「指差す怪人」


 俺は昔、24時間営業の喫茶店でバイトしてたんだが、その店では本当にいろんな事があったんだ。

数え切れないくらいの……その中でも特に、店の常連客でもある、通称メロンちゃん(メロンソーダばかり頼む彼女に対し、バイト仲間達が勝手につけたあだ名)という女の子が絡むと、本当に怖い体験をする事が多々あった。

今からその一部を話したいと思う。良ければ最後まで付き合ってくれ。



夏がもうそろそろ終わろうかというのに、今日は真夏が一日巻き戻されたかのような暑さだった。


そんな日に、俺はいつものように深夜帯のアルバイト先である喫茶店にいた。


「ねえ見てみなよ……」


厨房にいた相方が、耳に付けていたイヤホンを外しながらカウンターにやってきた。

深夜の喫茶店は俺とこいつのツーオペだ。

ていうかこいつまた音楽聴きながら仕事してやがったか。


「何をだよ」


ムッとしながら相方に聞くと、そんな俺をお構いなしに窓の外を顎で促すように指し示した。


明滅する赤ランプ、パトカーだ。

遅れて救急車もやってきた。

耳を澄ますと確かにサイレンの音が鳴っている。


この喫茶店無駄に防音設備いいんだよな。


「ていうか最近多くないか?」


「だよね……僕もそう思う、昨日も一昨日も来てたよね」


「ああ」


相方に短く返事を返し、俺は外の光景に目を細めた。


ここ最近、すぐ近くの大通りの交差点で事故が多発している。

しかも車同士ではなく、人身事故だ。

見通しの悪い場所でもないし、そんなにスピードを出すような場所でもない。

確かに人通りも多いが、歩車分離信号のため歩行者が飛び出したりなどしない限りは滅多な事故は起きないはずなのだが……。


「はいポテトフライ、揚がったよ……」


「お、おう」


相方に言われカウンターに運ばれてきたポテトフライの皿をトレイにのせ、窓側の席に座る客に運ぶ。

最近よく来る男性客だ。

歳は二十代後半、伸び放題の髪は見た目清潔とは言い難い印象。

毎日同じ服で窓の外に目をやりながら、ニヤニヤと一人笑っている。

まあ簡単に言えばお近づきにはなりたくないタイプだ。


「おまたせしました」


「遅せぇよ……」


こちらを見向きもせず外を見ながら男性客がボソリと言った。


だったらマックでも行きやがれ、安いし早いしコスパもいいぞ、とは口には出せず、苦笑いで軽く頭を下げカウンターへと戻る。


「ああめんどくせえ……」


トレイを下げ思わず小声で悪態を付く。


「ああ、私よく言われます……」


「ええっ!?」


耳元で聞こえた少女の声に思わず背を正して振り向いた。


「ヨーソロー」


片手を上げ、やる気のない眠そうな目で訳の分からない挨拶をしてくる少女。

この喫茶店の深夜の常連客、メロンちゃんだ。


いつもの赤い眼鏡にふわりとした毛先を揺らしながら片手を上げ指先をちょいちょいと曲げている。


「い、いらっしゃいませ」


「いらっしゃいました、メロンソーダください……」


「くっ……かしこまりました」


相変わらずやりにくいというか会話が成立しない。

黙っていれば美人だし可愛いのにとつくづく思う。

天は二物を与えずと言うが本当だなと、今ならしみじみと思える。


「お待たせしました」


注文されたメロンソーダをいつもの席に運び、俺はメロンちゃんの前に置いた。


「店員さん……あれ」


「はい?」


徐に指を差すメロンちゃん。

指先を釣られるように目で追うと、そこは先程事故があったであろう交差点だった。

被害者は運ばれたのか救急車は既になく、事故を起こしたであろう人物が大勢の警官に囲まれ四苦八苦している。


「ああ、最近多いんだよね、また人身事故みたいだし」


警官達を見ながらそう言うと、


「違う、アレ」


メロンちゃんは言いながら首を横に振り、もう一度外を指さした。


「ん?どれ?」


もう一度食い入るように外の光景に目を凝らす。


「店員さんなら見えるはず……違和感……感じて……」


「い、違和感?」


また直ぐにこうやってトンチンカンな事を言い出す。

メロンちゃんの悪い癖だ。

なまじ本人が霊感少女であるからこそなのだろうが、見るな、感じろ!みたいな今時フランス映画でもそんな抽象的な事を……事……。


そこで俺は止まってしまった。

いや、止まったというのは正確ではない。

正しくは思考が停止したのだ。


視界の先、パトカーの車両の向こう側に立ち尽くす、異様な出で立ちの大男。


有り得ない……でかい、デカ過ぎる。


パトカーの天井部分にその男の腰がある。

俺の目がおかしいのか?


慌てて両目を擦りもう一度外に目をやると、


いない……消えた。


「ど、どこいった!?いい、今の大男!」


「へえ、あんたあれが見えるんだ?」


「へっ?」


背後から男の声が聞こえた。

先程の窓側にいた男の声。

振り向くとカウターレジの前でこちらを見てニヤニヤと笑みを浮かべる、あの男性客の姿があった。


「あ、あれって……な、何がっすか?」


頭の整理が追いつかない。

さっきのざんばら髪のボロ布を着た大男はなんだ?

目も異様に飛び出していたし、顔もまるっきり生気を感じない。しかも途端に消えやがった。


そして……そしてこの男性客は俺に何て言った?


「あんたら、あの大男が見えたんだろ?」


そう、それだ。

見えた……あの大男が……この男性客にも……見えていたのか?


「何とか言いなよ……あ、あれか?もしかしてあれ初めて見た?」


「は、初めて……?あ……ああ」


呆然としながら俺は男性客に頷いた。


「あっそう、はは、見えるけど相当鈍い人だねあんた、ウケるわあ」


そう言ってニヤニヤと笑う男性客。

本来なら腹でも立てるところだが、まだ頭は混乱している。


一体何が?


「落ち着いて店員さん……」


「えっ?」


メロンちゃんだ。

言いながら俺の手を軽く握ってくれた。

微かな温もりが指先から伝わってくる。

少しだけ正気を取り戻した気分だ。


「まあいいや、見えるだけならどうしようもないね。言っとくけど俺は違うから、あんたらとは……俺はアイツが使えるんだよ、俺が指を差すとおりに動いてくれる……いや操れるんだ」


「操るって……あんたさっきから何を?」


「店員さんあんたもここ最近見ただろ?連日の交通事故……さて誰のせいでしょう……?」


男性客はインチキ臭い手品師のように、身振り手振りをしながら、窓の外の光景に大袈裟に手を広げて言った。


「誰のってあれは……事故……」


いや待て……こいつはさっき俺にこう言った。


俺が指さす通りに動く、操れると……。


体が急にぞくりとした。

ゾワゾワと無数の虫が足元から這い上がって来るような感覚。

思わずその場から後退りしていると。


「何?ビビってんのあんた?まじウケる、あははははっ。まあ俺もあれが操れるなんてここ最近知ったんだけどね、とりあえずまだ色々試したいし、また来るよこの店に、つうわけで明日もよろしくね店員さん」


ニヤついた笑を零し、代金をレジに置いて男性客は立ち去ろうとする。


「ちょっおい!」


「何?」


男性客が面倒くさそうに振り向く。


「何って……あ、あんた自分が何してんのか分かってんのか!?」


気が付くと思わず俺は入口で叫んでいた。

叫んだ後にしまったと厨房を見たが、相方は耳にイヤホンをはめたまま体を上下に揺らしている。


店内には俺とメロンちゃん、そして目の前のこいつだけだ。


「何って?俺が何をしたって言うの?俺は何もやってないだろ。やったのはあいつだ……まあ俺がやらせてんだけどさ……くくくくっ」


「てめえ!」


もはや客でもなんでもない。


「店員さん落ち着いて……」


男性客に詰め寄ろうとした瞬間、メロンちゃんに言われ、握られた手の感触を思い出す。


「いや、でもこいつ……」


俺はメロンちゃんと男性客の顔を交互に見た。


「邪魔するならあんたらもアイツの餌にしちゃうよ……?言っとくけどアイツは力のある人間にしか扱えない、つまり俺より強くなけりゃ、あんたらじゃ無理ってわけだ……じゃあな」


男性客はそう言い残し不敵な笑みを浮かべ店を出ていった。


いやこのまま行かせちゃダメだろ!


俺はメロンちゃんの手を振り払い入口の扉を押し開いた。


「待って……」


「何だよ!アイツの話聞いただろ!?今止めなきゃあいつまたっ」


「止めればいいのね……」


「へっ?」


ボソリとメロンちゃんは言うと、俺に背を向け、窓越しに外へと体を向けた。


先程の事故現場。

人だかりの中、警察もようやく引き上げようとしている最中だ。

警察車両が動き出す。散り散りになっていく野次馬たち。

そこに紛れるようにして……奴だ。


先程店にいた男性客。

こちらをチラチラと気にしながらも、その顔には相変わらず不気味な笑みが垣間見える。


「あいつ……!」


やはり今からでもバイクで追い掛けて……!


そう思った時だった。


突然、あの男性客の体が不自然に止まった。

直立というより何か抱きつかれたようにして。


「何だ……?」


俺は窓辺に詰め寄り横断歩道の前で直立する男性客に目を凝らした。


景色が歪む。

いや違う。

あの男性客のところだけ歪むように……が、それも違った。

歪むのではない、何かが、そこにある……。


何だ……あれ……。


もう一度目を凝らす。

思い出せ。

違和感を探すんだ……。


自分に言い聞かせるようにして固唾を飲む。

その瞬間、


「あっ……!」


あの大男だ。

しかもその両手は、あの男性客を抱き締めるように掴んでいる。

傍から見れば男性客は爪先で立っているようにも見えた。

異変に気が付いた周りの人々も、訝しげに男性客に目を向けている。


何が……起こっている?


唖然とする目の前の光景、だが、そんな俺の視界の隅に、窓ガラスに反射して背後にいる、メロンちゃんの姿が見えた。


メロンちゃんは……一体何を……?


頭の中に先程のメロンちゃんの声が響く。


《止めればいいのね……》


そしてその言葉を追うようにして、男性客の声が頭の中に蘇る。


《言っとくけどアイツは力のある人間にしか扱えないい……》


力のある……?


思わずメロンちゃんに振り返り叫んだ。


「やめろっ!」


瞬間、背後から激しい車のクラクションと、凄まじい衝突音が轟いた。


窓越しに聞こえてくる悲鳴。


そして……。


「何で……」


嗚咽のような俺の声が虚しく店内に響く。


僅かに滲む俺の視界に、窓の外を指さすメロンちゃ……いや、指差す怪人の姿が、そこにあった……。



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