「ハイウェイの残響」

 俺は昔、24時間営業の喫茶店でバイトしてたんだが、その店では本当にいろんな事があったんだ。

数え切れないくらいの、怪奇で不確かな体験……その中でも特に、店の常連客でもある、通称メロンちゃん(ほぼ毎日メロンソーダばかり注文する彼女に対し、バイト仲間達が勝手につけたあだ名)という女の子が絡むと、本当に怖い体験をする事が多々あった。


今からその一部を話したいと思う。良ければ最後まで付き合ってくれ。




まだまだ夏の残暑にさいなまれる日々を送っていた時の事。


その日、例に漏れず、俺は深夜の喫茶店のアルバイトに来ていた。


時刻は深夜2時。


客はたった一人。


いつもの気だるそうな表情でメロンソーダを飲み干す、メロンちゃんのみ。


ひょっとしてこの店の売り上げのほとんどは、彼女の飲食代でなりたっているのでは?


と、バカな事を考えつつ、俺は本日3杯目のオーダーであるメロンソーダを、トレーに乗せて彼女の元に運ぶ。


ゆるふわな長い髪に整った顔立ち、超がつく変人でなければ、デートにでも誘いたいくらいの美少女なのだが……。


「おまたせしまし、」


そう言いかけてメロンソーダをテーブルに運んだ時だった。


ガタッ、とメロンちゃんは何も言わず席を立ったかと思うと、そのまま化粧室のある方へと足早に行ってしまった。


「えっ?あちょっ……」


接客ぐらいちゃんとさせろよと内心悪態つきつつ、俺は誰もいないテーブルにメロンソーダを置いた。


その時だ、ブブッと言う歪な音が、突然耳に入った。


音の方に目をやると、そこにはメロンちゃんがいつも愛用しているノートパソコンがあり、ディスプレイにはなにやら動画が再生されていた。


「なんだ、この映像?」


その動画は、どうやら車内映像のようだった。


ドライブレコーダーってやつだろうか?


画面には、車がどこかの道路を走る風景が映し出されている。画質はそれほどよろしくはない。


車内の様子からして、車は大型車のようだ。


映像の左上には日付らしきものが見える。


20……五年前の映像か?時刻は午前6時と書いてある。


片側二車線の道路を、車は左斜線を直進して行く。


車が揺れるのと同時に、映像も微かに揺れるため、ずっと見続けると酔ってしまいそうだ。


「何だこれ」


俺は画面から目を背け、空になったグラスをトレーにのせテーブルから去ろうとした、その時だ。


去り際にもう一度見たディスプレイの映像に、俺は思わず目を奪われた。



左斜線を進んで行く車、その前方に信号のある交差点が見えてくる。


車の前方に見える交差点、その交差点には一台の大型バイク。


道路左側を走行しているかのように見えた大型バイクだったが、突如左にウインカーを出しながら大きく右車線にはみ出し、大型バイクがその場で左折し始めたのだ。


大型バイクは車の前を横切る様な形で左折していく、車間距離が見る間に縮まって行く。


次の瞬間、


「あっ」


と、小さく俺が声を漏らした時、背後から耳元で。


「がしゃーん」


「おわっ!?」


驚く俺の声が店内に響き、同時にトレーからグラスが落ちそうになった。


慌ててグラスを手で押さえつける。


セーフ、危うく一時間近くの給与が消し飛ぶとこだった。


「誰!?」


思わず背後から声を掛けてきた人物に吠える。


見るとそこには、


「おぉ、ナイス……」


と、気だるそうな顔で、両手でパチパチと拍手を送るメロンちゃんの姿が。


ナイス、じゃねえよ。


俺は思わずメロンちゃんを睨みつけた。


すると、メロンちゃんは拍手する手を止め、急に冷めたような口調でこう言った。


「あれ、見たんですか……?」


あれとは、さっきの映像か?


俺は急に気恥ずかしくなり、急いでメロンちゃんに弁明した。


盗み見たつもりはない、ただ再生されていた動画が視界に入ったから、思わず見てしまったわけで……。


「再生?私、電源落としてましたけど?」


「えっ?いや、だって俺が見た時には動画がもう流れてて、というかそもそもパソコンには手も触れてないし、」


そう言って、再び釈明する俺を他所に、メロンちゃんは何やら考え込んでいる。


やがて、ボソリと呟く様に彼女は言った。


「呪いの動画」


「へっ?」


「今店員さんが見たやつ」


「の、呪い……?」


聞き返す俺に、メロンちゃんは首を小さく縦に振った。


呪い?いやいやいやいや、何を言い出すんだこの子は、いやこいつは。


「あのね、呪いって、これは単なる事故映像、」


そこまで言いかけた時だった。


キーンッ!


耳を突き抜けるような強烈なハウリング音、耳鳴りだ。


我慢できず顔をしかめてとっさに両の耳を塞いだ。


瞬間、パリンッガシャンッ、


トレーから滑り落ちたグラスが、床で無残に砕け散る。

それと同時に、耳鳴りが止んだ。


「な、何、今の……?」


俺は割れたグラスには目もくれず、メロンちゃんに目をやった。


先ほどまでの気だるそうな少女は、そこにはいなかった。


居るのは、どこか妖しい光を放ちながらも、冷たく射すくめるような瞳で俺を見る、一人の少女の姿。


こうして、俺はこの少女と、悪夢の夜を過ごすはめになるのだが、この時の俺はまだ、そんな事、微塵も予想だにしていなかった。




この一件の後、メロンちゃんは頼んだメロンソーダに目もくれず、支払いを済ませて店を出て行ってしまった。


ただ彼女は去り際に、俺にこう言い残していった。


「詳しくはまた明日話します。まだ調べていない事があるので……」


俺は去っていくメロンちゃんの後姿を、ただ黙って見送る事しかできなかった。


その後、バイトを終え帰宅した俺は、シャワーを浴びストロング缶片手に、パソコンを立ち上げた。


大学の後輩から安く譲ってもらったもので、性能は低いが、動画や映画を観たり、ネットサーフィンするぐらいならこれで十分。


検索欄にマウスを合わせキーボードを叩く。


画面には、呪いの二文字が浮かぶ。


再びマウスを合わせ、左クリックに人差し指を置いたとこで、俺の手は止まった。


「アホらし……」


あの時は突然の耳鳴りにビックリしただけだ。


なんならバイト前に耳鼻科にいったっていい。


そう思い、俺はストロング缶を一気に飲み干すと、座布団を枕代わりにして、その場に寝転ぶ。


バイト疲れと酒の効果も相まって深い海に沈んでいくかのように、そのまま眠りついた。



どれくらい時間がたったのか、俺は夕刊の配達バイクの音で目を覚ました。


「やっべ、寝すぎた……」


今からじゃ耳鼻科は無理だなと肩を落としため息をつく。


カーテンの隙間から漏れる夕日の光が、薄暗い部屋をやんわりと照らしている。


ふと顔を上げると、パソコンの画面の光が目に付いた。


ぼんやりと滲むディスプレイ、目を擦りながら視線を画面に合わせていく。


「ん、何だ……?」


画面にはいくつかの文章が、上から順に規則正しく並んでいた。


そしてそのいくつかの文章のうち一つを、マウスでドラッグした跡があった。


やがて視界がハッキリと開き、俺はドラッグされている文章に目をやった。


20……どこかで見た数字だ。五年前……午前6時……。


「これ、メロンちゃんのノーパソで見た映像の……!?」


画面に食いつく様にして読み進めて行く。


15日、午前6時頃、N市の国道201号線で、自営業を営むKさん(28)運転のバイクが交差点で左折しようとしたところ、後続からきた大型トラックと接触、バイクから投げ出されたKさんは、頭を強く打ち、駆けつけた救急車で病院に搬送中、死亡が確認された。

大型トラックの運転手も搬送されたが、命に別状はないという。

同署によると、事故現場の国道は中央分離帯のある片側2車線の道路。

交差点手前は緩やかな右カーブとなっていて、走行車線上を走っていた大型トラックが交差点に接近した際、右側を走っていたKさんの大型バイクが、突如大型トラックの前方を横切る様にして左折しだしたため、大型トラックの停止が間に合わず、Kさんのバイクと接触したと見られ、同署が詳しい原因を調べている。


昨日あの動画で見た内容と同じだ。


日にち、時刻、場所、車種も、何から何まで同じ。


何で……何でこの事件の検索を……誰が……?俺が??


記憶を遡る。


呪い……あの二文字を打ったとこまでは覚えている。


でもその後は?


そもそも映像しか見ていないのに、俺はどうやってこの事故内容をヒットさせたんだ?


あり得ないだろ……。


マウスを動かしシャットダウンを選びクリックする。


その瞬間、


キーンッ、



「つっ!?」


激しいハウリング音、耳鳴りだ。


しかも明らかに昨日のものよりも強烈な耳鳴り。


ブーンッ、


パソコンの電源が落ち、カーテンで締め切った部屋に暗闇が広がる。


同時に耳鳴りが収まった。


「ハァハァッ……」


と、喘ぐ俺の声が虚しく部屋に響く。

こめかみ辺りがヒリヒリするように痛む。


小刻みに震える肩を自分の手で押さえながら、俺は着の身着のまま、バイクの鍵を手に取り部屋を後にした。


目指す場所は、もちろん俺がバイトしている喫茶店だ。


だが、今は目的が違う。バイトをするためじゃない。


彼女に会うために。そう、メロンちゃんに会い、事の真相を確かめるためだ。


今までもこんな変な体験をした事がある。

その度に、俺がたどり着く先の答えを、彼女は導き出してくれた。


途中、やはり考え直し引き返そうかと思ったが、その度にあの強烈な耳鳴りが襲ってきて、俺はフラフラになりながらも、15分程バイクを走らせ、やがてバイト先の喫茶店に辿り着いた。


店内には遅出のバイト仲間が何人かいたが、俺はおかまいなしにそいつらを無視して、店の死角、カウンター隅にあるテーブル席へと向かった。


普段なら深夜にしか現れない常連客、その彼女の姿が、そこにあった。


まるで俺が今ここに来るであろう事を予想していたかのように、彼女はそのテーブル席で、息荒く店に入った俺を、その大きな瞳でじっと見つめ返してきた。


「きてくれると思ってました。時間がありません、行きましょう、案内します」


メロンちゃんはそれだけ言うと席を立ち上がり、会計を済ませ店を出た。


俺は何も聞かなかった。聞いたところで、おそらく彼女は何も話さない、確たる場所で、確たるものを感じた時に、俺に事の真相を語ってくれる、なぜだか分からないがそう思えた。


今まで、この店でいろんな事があった。

数々の不思議な体験を重ねてきたのだ、彼女と一緒に。


だからこそ、そう思えたのかもしれない。


「えっちょっと中尾君、来るの早くない?まだ7時だよ?」


そう声を掛けてきたのは、バイト仲間のすみれさんだ。

気さくないい人で年は31歳と年上だが、見た目も若く美人で、頼りがいのある先輩。


「すんませんすみれさん、俺、今日バイト……」


なんと説明しようか、ここに来て病欠というのも信憑性に掛ける。


するとすみれさんは俺の顔を覗き込みながら


「辛そうな顔して……何かあったの?」


すみれさんの問いかけに俺は口ごもる。


とてもじゃないが訳は話せない。まあ話したところでどうにかなる問題でも、ましてや信じてもらえるような話ではない。


すると、俯く俺にすみれさんは、


「分かったわよ。そんな顔すんなって!店長には私からうまく言っとくからさ」


そう言ってケラケラと笑いながら俺に肩パンをかましてきた。

地味に痛い。


「えっ、い、いいんですか?ていうか俺まだ何も、」


「いいったらいいの、あんたがそんな深刻そうな顔してんだもん、きっと言いたくても言えない大事な何かがあるんでしょ?ならいっといで、いつか話したくなった時で良いからさ」


すみれさんはそう言うと再び肩パンをかましてきた。


だから地味に痛いぞすみれさん。


俺はそんなすみれさんに深々と頭を下げると、店を出てメロンちゃんの後を追いかけた。


途中振り返ると、店内ですみれさんが、こちらに向かって笑顔で両手をぶんぶんと振ってくれていた。


その笑顔に、俺は少し勇気付けられたような気がした。


もう一度すみれさんに頭を下げ、俺はすぐさま周囲を見渡す。


「彼女さんですか?」


「うわぁっ」


突然背後から耳元で声を掛けられた。声の主はもちろんメロンちゃんだ。


「か、彼女って誰が?」


「さっき店で手を振っていた女性です。美人さんですね」


さきほど店で見た時とは違い、いつもの気だるそうな目で俺を見るメロンちゃん。


「んなわけあるか、バイトの先輩だよ先輩、ほ、ほら、案内してくれるんだろ?メットもう一つあるから、俺のバイクで行こう」


こんな話題をメロンちゃんとしたのは初めてだ。思わず小っ恥ずかしくなり、俺は足早に駐輪場に向かった。


バイクに乗りエンジンを掛けると、俺が渡したヘルメットを被ったメロンちゃんが、バイクの後部座席に、ぎこちなさそうに乗ってきた。


中々新鮮な光景だ。

第三者ならスマホで隠し撮りしていたかもしれない。


「何か……?」


背後からくぐもった声がする。


「いえ、何も……手、俺のお腹に回して、しっかり掴まらないと本当に吹き飛ばされちゃうからね?」


そう言うとメロンちゃんはハッとした仕草で勢いよく俺にしがみ付いてきた。


「ちょっ苦しっ……」


いや、これはもしかしてある意味役得なのでは……?


ふとそう思った瞬間、


ゴスッ、


俺のヘルメットに、メロンちゃんのヘルメットがぶつかった。


いや、正しくは、俺のヘルメットにぶつけてきただ。


「あの、何かな……?」


俺がそう尋ねるとメロンちゃんは、


「いえ、邪念を払ってやろうと思いまして」


そう言ってもう一度、


ゴスッ


やめて、メット傷つくから……。


内心ぼやきながら、俺はバイクを発進させた。


途中休憩を挟みながら、俺はメロンちゃんの案内で、目的地の他県にあるN市、国道201号線へと辿り着いた。


やはりここか。俺が自分のパソコンで見た、交通事故の記事内容に書かれた場所と同じだ。


路肩にバイクを止め、メットを脱いで辺りを見渡す。


周りが暗いせいもあるが、映像で見た五年前の風景と違い、道路もその周辺もかなり様変わりしていた。


メロンちゃんを歩道に降ろし、俺は適当な場所にバイクを停める。


すると、メロンちゃんが俺の傍によって来て、


「店員さん、もしかしてこの場所、以前から知ってました?」


感のいい子だなと思いつつ、俺は今日家で起こった出来事を全て彼女に話した。


メロンちゃんは俺の話を聞き終えると、目を瞑り、何か思案するように眉間に皺を寄せた。


やがてメロンちゃんは目を開け、振り返り歩道を歩き出した。


その後を追うようにして俺も後に続く。


「あの映像は、とある人物から譲り受けたものです」


振り返りもせずメロンちゃんは言った。

そして俺の返答も待たず、そのまま話を続ける。


「他者のパソコンにネット経由でウイルスを送り込み、私的な文書や映像を盗み取るハッキングを行っていたらしいのですが、その一部が昨日、店員さんが見た映像です」


ハッキングって、もろ犯罪じゃないか。

ため息をつきながら、俺は再びメロンちゃんの話に耳を傾ける。


「そのハッカーは当初、仲間内五人だけで、その事故映像を楽しんで観ていたらしいのですが、やがてその五人に異変が起こったらしいです」


「異変って、あの耳鳴り……?」


「最初は耳鳴りだけだったみたいです。ですが途中から激しい頭痛や吐き気に襲われ、ついには死者がでました」


「し、死者まで!?」


肌があわ立つ様な感覚、蒸し返すような暑い夜だというのに、寒気を感じる。


「五人の内四人は、今もなお病院に緊急入院しており、もう一人は私たちと同じ、ここに何かあると、現場へと車で来た際に、単独事故を起して亡くなったそうです」


そこまで言うと、メロンちゃんは立ち止まり、道路側にある電信柱に視線を落とした。


メロンちゃんの視線の先に、何やら白い紙で巻かれたようなものがある。


目を凝らして見ると。


花束だ、しかもまだ真新しい。


「ここで……亡くなったのか?」


俺の問い掛けに、暗がりの中メロンちゃんが小さく頷く。


「病院にいた仲間内の一人が、事の状況をネットの書き込みで相談しているのを見て、私が介入した次第です」


「め、メロン、じゃない、き、君は、大丈夫なの?」


「私ですか?もう五日くらい前から、激しい耳鳴りと頭痛に悩まされてますよ。苦しそうに見えませんか?」


そう言って俺の顔を覗き込んでくるメロンちゃん。


普段の表情とほとんど変わらない気だるそうな顔。


見えるわけないだろ。


「まあいいです。それよりも着きましたよ、あそこが映像で見た事故現場です」


メロンちゃんは片手を上げ指を刺しながら俺にそう言った。


その方向には、街頭と信号機が並ぶ大きな交差点がある。


横断者用の信号機が、誰もいない歩道を明滅する光で、虚しく照らしていた。


国道の割には車も人気も余りない。夜だからだろうか。


「五年前の事件の内容は知っていますね?」


交差点を見回している俺に、メロンちゃんが話しかけてきた。


「あ、ああ、パソコンで見たよ……ただ、その後どう処理されたのかは分からないけど」


「今日、国立図書館で少し調べてきました。事件も古いし、ネットでは限界があるので」


そういえば、昨日メロンちゃんはまだ調べていない事があると、俺に言い残していた。


「何か分かったの?」


そう聴くと、メロンちゃんは頷いてから口を開く。


「あの後、遺族側とトラックの運転手との間で、裁判になったようですね」


「裁判?」


「はい、遺族側はもともと事故の件で争うつもりはなかったようですが、トラックの運転手は、バイクの方が過失があるとして、修理代と慰謝料を、事故で亡くなったKさんのご両親に請求したそうです」


「じゃああの映像は?」


「トラックの運転手が、Kさんに過失があるとして、警察に届けた証拠映像のようですね。店員さんはバイクにいつも乗ってますよね?同じバイク乗りとして、あの映像を見て、何か不自然に感じる事はありませんでしたか?」


「不自然……」


確かに俺はバイクにはもう4年は載っている。大型バイクの免許も実は持っていて、Kさんの載っていた大型バイクと同じような車種にも、過去載っていた事がある。


ただし、大型は燃費が悪くメンテにもかなりお金がかかるため、一年ほどで載るのをやめて、今のバイクを購入する時に、下取りに出してしまった。


「そう言えば、ここの交差点ちょっと歪だよね?」


「歪?」


短く聞き返すメロンちゃんに、俺は頷いてから話を続ける。


「あの事故の映像だとバイクは左折したよね?でも見てくれ、左折した道の先は鋭角で急な左カーブになってるんだ。それにほら、この交差点の手前、緩やかな右カーブになってるだろ?だから歪な……あっ、そうか!だからバイクは大回りしたのか!」


「何か分かったんですか?」


俺の反応にメロンちゃんが飛びついてきた。


これも中々新鮮な状況だ。普段ならこういった時、主導権はいつもメロンちゃんにあるのだが。


などと得意げに思っていると、こちらを見るメロンちゃんの目つきが段々と怪しくなってきた。今にも噛み付かれそうだ。

あまり焦らすのはやめておこう。


「ゴホンッ……え、ええと、つまり、まずこの事故なんだけど、バイクがトラックの前方で右側で大回りをした事が、そもそもの原因なんだよね?でも大型バイクっていうのは車体も通常のバイクより長く、大回りする事は多々あるんだ、だけど今回に関してはそれだけじゃない。交差点の左側、曲がった先は鋭角な左カーブになってるだろ?大型バイクは小さく曲がる事もできる、でもあんな左カーブなら、大回りしないと曲がれないんじゃないかな?交差点左には右折レーンもあるから車幅も狭い、普通に曲がったら車線はみ出して対面衝突しかねない、大型バイクならなお更だよ」


「なるほど……他には、他には何かありませんか?」


「ほ、他に?う~ん……」


メロンちゃんにせかされ俺は辺りを見回す。他に何か……。


注意深く見回すが、特には何も浮かばない。


「何でも良いんです、そうじゃないと、亡くなったKさんも、そのご両親も……」


「えっ?」


今メロンちゃんは何て言った?ご両親も?


「Kさんのご両親は、一年前、Kさんの命日でもある今日、お二人とも亡くなられました。トラックの運転手はご両親に、Kさんが突然右側から大きく曲がったせいで追突した、手前でブレーキを踏んだがそれでも間に合わなかったと言っていたそうです。結局過失割合は、トラックの運転手が3に対し、Kさんは7と判断されたそうです。その後、裁判による心労と、Kさんの過失を覆せなかった悔しさからの、自殺だったようですね」


「そ、そんな……」


じゃあ、もしかして呪いは……?


そう思った時だった。


メロンちゃんは首を横に振り口を開いた。


「この呪いがご両親、もしくはKさんによるものなのかは分かりません。ただ……痛っ!?」


「ど、どうしたの?」


メロンちゃんの様子がおかしい。話を途中でやめ、いきなりその場にうずくまってしまった。


何やら痛そうにこめかみを押さえている。


まさか……!?


俺は急いでポケットからスマホを取り出すと、緊急通話に連絡しようとした。


が、その手はか細く白いメロンちゃんの手によって止められてしまった。


「離して、救急車呼ばないと!」


怒鳴るように言う俺に対し、メロンちゃんは激しく首を横に振って見せた。


「こんな時に意地張っても仕方ないだろ!」


「びょ、病院に行けば治るとでも……?本気でそう思っていますか?」


すかさず言い返すメロンちゃんの言葉に、俺は押し黙ってしまった。


片手でこめかみを押さえる。


そう、俺も先ほどから僅かな頭痛を感じていた。しかも徐々に痛みが強くなっていく感じだ。


ブブッ、


突然、歪な機械音が聞こえた。


昨日、喫茶店でメロンちゃんのノートパソコンから聞こえた音と同じだ。


俺とメロンちゃんは、ほぼ同時にはっと顔を見合わせ、確信したように互いに頷く。


すぐ様メロンちゃんは背負っていたバックを地面に置き、中からノートパソコンを取り出した。


開くと、やはりだ。

ノートパソコンは勝手に起動を始め、更に触れてもいない画面が次々に切り替わり、あの事故映像が、勝手に再生し始めていた。もはや疑いようがない現象だ。


「み見ろ……って、事だよね?」


俺の問いに、メロンちゃんは小さく頷く。


画面を見ると、昨日より画質が荒いような気がした。


いや、よく見ると荒いのではなく、何かノイズ交じりのものが、画面にチラチラと映し出されていた。


やがてそのノイズが、画面中央に不自然に固まっていく。


ジジッ、


突然、俺たちの真上にある街灯がなぜか明滅しだした。


それと同時に画面のノイズが、不自然に形を成していく。


「何だ?これ、人の……顔!?」


そう、突如現れたノイズは、画面中央で人の顔のように蠢き始めたのだ。


それはまるで、苦痛で顔を歪めている男の顔のようにも見える。

更に画面の中の顔は、もがきながら頭を揺らすと、口と思われる部分を大きく開いた、次の瞬間、


「ウオォォォォッ!」


スピーカーから聴こえる唸り声が、静寂を切り裂くかのように辺りに響き渡った。


「うわぁぁっ!!」


全身の総毛立つような恐怖に、俺は思わず画面から飛びのいた。


「い、今の……って、ど、どうしたの?大丈夫!?」


まただ、メロちゃんは額を抑えつけ、苦しそうにしゃがみこんでしまった。


「動画……な、何か気付い……た、事は?」


息も絶え絶えといった感じで俺に返事を返す。


「と、とにかく病……」


そこまで言って俺は口をつぐんだ。


先程メロンちゃんが言った言葉が脳裏にこびり付く。


──病院に行けば治るとでも……?


もう、そうは思えなかった。


「何で……何でこうなったんだくそっ!」


俺はやり場のない怒りを吐き捨てるかのように言うと、暗闇の中僅かな光を放ち続けるノートパソコン抱き抱えた。


画面の中に、先程のノイズはもうなかった。

替りに、あの事故映像が再生されていた。


食い入る様にして動画を見る。


「け、検察庁で、確認……しま……した。と、トラック運転手……は、当時60キロの速度で………痛っ」


「け、検察庁まで行ったの?調書を見たのか……って、もういいから、少し休んでて」


俺は苦痛に顔を歪ませるメロちゃんを、電信柱に寄り掛かるようにして座らせると、再び画面に視線を戻した。


法定速度ギリギリで走ってたって事か……ん?いや、待てよ……このトラック、ちょっと早過ぎないか?


そう、道路を走るトラックの周りの風景、それらの移り変わりが激しいように見える。


本当に60キロの速度なのか?


トラックの運転手は、バイクの運転手Kさんが突然右側から大回りしたせいで、プレーキを踏んでも間に合わなかったと言っている。

でも大回りはこの道路の特殊状しかったがなかった。

ならなぜ事故は起こった?

もしこの道路のせいなら、事故はもっと起こっていてもおかしくない。

それなら警察も経験で直ぐに気が付くはずだ。

なのに警察は気がついていない。

それどころかトラック運転手の供述をそのまま採用している事になる。

つまり事故は、ただ単に道路のせいで起こった訳じゃない……。


じゃあ原因は?


辺りを見渡す。暗がりのせいもあるが、動画の中で再生されている道路の風景とは明らかに違っているように見える。


無理もない、5年も経っているのだから景色が変わっていてもおかしくはない。


当時の目安となる起点から、正確な距離を測りたい。そう考えた俺は、ふと、昔自動車学校で先生が雑談混じりに話してくれた事を思いだした。


『道路の標識物ってのは、どんなに道路が整備されてもそこから動く事はない、不動の建築物って事だ』


「不動の建築物……そうだ、標識物を目印にすれば!」


俺はスマホをポケットから取り出すと、すぐ様地図アプリを開いた。


続いてノートパソコンの動画再生をコマ送りにしながら、1つ1つの標識物を確認していく。


そして開いた地図アプリに目をやり、スマホの画面に指を走らせる。

標識物のある場所から目的地の交差点までの道のりをマーキング。


すると……。


出た、目的地までの正確な距離、当時と変わらない距離のはずだ。


動画の再生画面を見る。再生時間に目をやると、秒単位で数字がカウントされているのが分かる。


標識物を目安に、そこから交差点到達時間を測る。


時速計算は、確か大学で習った(休学中だが)通りなら、走行距離(m)÷1000÷走行時間(秒)×60×60=、


つまり画面の標識物から交差点の到達時間と走行距離を割出せば、このトラックが何キロで走っていたかが割り出せる!


スマホの電卓を開き、急いで計算をする。


「えと、イコール、と……げっ、ま、マジかこれ……」


電卓の画面には、96、そう記されていた。


つまり当時トラックは96キロの速度で走っていた事が分かる。


「何が法定速度だクソ野郎!」


俺はありったけの憎悪を画面のトラックにぶちまけると、メロンちゃんの元へと向かった。


白雪のように白い肌が少し熱を帯びているようにも見えるが、先ほどよりは表情は楽そうだ。


「何か、分かったんですか……?」


傍に来た俺に気が付いたのか、そう言ってメロンちゃんは、ゆっくりとその大きな両の瞳を俺に向けてきた。


俺はとりあえず分かった事をまとめ、これが動かぬ証拠だとばかりにメロンちゃんに解説してみせた。


「お手柄ですね店員さん……今回は本当に助っ……うっ、あぁぅっ……!?」


「えっ……メ、メロンちゃん?」


咄嗟に思わずそう呼んでしまった。


苦しそうに呻き声を小さくあげると、彼女はそのままま地面に倒れ込んでしまった。

急いでメロンちゃんの体を抱き抱える。

するとその首に、何やら黒いモヤのようなものが見てとれた。


「な、何だ……?こ、これって、手っ!?」


メロンちゃんの首に不自然にまとわりつく黒いモヤのようなもの、それはまるで、黒焦げた人の手のように見えた。


「うわぁぁっ!くそっ!は、離れろよ!このっ、このっ!!」


口から飛び出しそうな心臓がバクバクと胸の内から俺を叩いてくる、逃げ出したい気持ちを必死に押さえつけ、喉が枯れそうな勢いで俺は叫んだ。


黒いモヤを振り払う俺の手が、虚しく空を切る。


「くそっ!!」


再びノートパソコンを手に取った。


ジジッ、ジジジッ!


画面には、あの人の顔を形取ったノイズの塊が、もがく様にしてまた映っている。


何だ、何を訴えてるんだこいつは?一体俺にどうしろって言うんだ!?


まだ……まだ何かあるのか?解き明かせてない何かが……。


「オオオッー!」


画面の前で葛藤する俺を嘲笑うかのように、ノイズの塊はその顔を歪に歪ませ、スピーカーから獣じみた雄叫びをあげている。


もはや呻き声すらあげなくったメロンちゃんを、俺は片手で抱き寄せた。


どんどん青ざめていくメロンちゃんの顔色を見た瞬間、俺の頭の中で、何かが吹っ切れた。


もう片方の手で掴んでいたノートパソコンに、俺はぐいっと顔を近づけ、押し殺すように、だが、ありったけの殺意を込めて言った。


「見つけてやるから……ちょっと黙ってろ!」


なぜかその瞬間、俺の目頭には熱いものがこみあげていた。

感情の昂りからか、溢れ出た涙が俺の頬を伝って、メロンちゃんの唇にぽつり、と落ちた。


急いで涙を肩口で拭き取り再び画面に目をやると、そこにあのノイズの顔はなかった。


代わりに、再びあのドライブレコーダーが再生されていた。


ふと時計に目をやる。

午後23時57分。


間もなく、日付が変わる。


動画再生時間は残り3分を切っていた。


これが最後なんだな……。


なんとなくだったがそう感じた。

これがラストチャンスなんだと。


動画に目を向ける。

不思議と焦りはない、むしろ自分が今、恐ろしく冷静だとさえ感じる。


強いて言うのなら、おそらくそれは彼女のせいなんだと思った。

抱き寄せていた彼女の体から、微かに温もりを感じたからだ。

僅かだが、小鳥のさえずりぐらいの心音が、俺の腕に伝わって来るのが分かる。


画面に目をやる、残り再生時間は1分を切った。


40秒……30秒……20秒……10秒……。


6……5……残り4秒、その時だった。


「あった……」


俺は画面の停止ボタンをクリックした。


残り4秒の静止画面。そこに映っていたのは、


トラックのフロントガラス、そこに反射して映りこむ車内のボンネット、そしてボンネットの上に、無造作に置かれた赤いゴムテープ。


それが、フロントガラスに映り込んでいた。


停止ボタンから再び再生ボタンを押す。


トラックがバイクに衝突する僅か手前で、赤いゴムテープが宙を舞った。


これはそう、慣性の法則だ。


電車が加速する事により、中にいる人間は少し前に倒れそうになる。これは中にいる乗客がその場に止まろうとする事に対して、電車が加速する事により、進行方向とは逆に慣性が働くからだ。

減速はその逆方向に慣性が働く。


では、これが加速でもなく減速でもない、急ブレーキだったら?


前でも後ろでもない、不確定な力は不規則に働き、まさに文字通り、大惨事になる。


つまり、あの赤いゴムテープが突然宙を舞ったのは……そう、トラックの運転手は、そもそもバイクに気がつくこともなく、国道を36キロオーバーで交差点に進入し、衝突寸前に急ブレーキを掛けたのだ。


全ては何もかもデタラメな供述と、それを間に受けた警察の失態だったのだ。


ブツッ……。


ノートパソコンの電源が急に落ちた。

いや、そもそも電池が残っていたのかも怪しい。


「うぅん……すぅ……」


小さな寝息が腕の方から聞こえた。


目を向けると、メロンちゃんは俺に体を預けたまま、穏やかそうな顔で眠りについていた。


俺は彼女の小さな体を抱き抱えると、脇にある階段に運び、俺に寄り掛かるように隣に座らせた。


起こそうかとも考えたが、


「ははっ……終わった……な」


力なくそう呟いた俺の体は、糸が切れたあやつり人形のようにその場にずり落ち、薄れゆく意識にそのまま身を委ねた。


どれくらい経っただろうか、車のけたたましい騒音に、俺は目を覚ました。


その瞬間、頬に急激に冷気を感じた俺は、


「つ、冷たっ!?」


我ながら間抜けな声をあげてしまった。


頬をさすりながらその場で飛び起きた俺は、状況を確認しようと、重力に抗えない瞼を手で必死に擦りながら辺りを見渡した。


街灯が消えている。


だが空は少し青みがかっていて、東の空はほんのりと明るみを帯びていた。


夜明けだ。


ふと視線を落とす。

すると目と鼻の先ともいえる距離にメロンちゃんの顔があった。


「えっ、ええっ!あ、あのそのっ、い、一体何が」


状況が飲み込めず、俺は一度頭を左右に振ってから、もう一度確認する。


俺が座っている場所、向き、そして後頭部にはメロちゃんの両膝が、


どうも俺は膝枕をされていたらしい。

再び顔をあげると、そこにはいつも店で見る相変わらずの気だるそうな瞳があった。

ちなみに手には、自動販売機で買ったのであろう、メロンソーダのペットボトルが2本握られている。


「どうしました?エイリアンでも見たかのような顔をして」


いや、そこは幽霊だろ、と突っ込みたかったが、疲れていたのでスルーした。

まあ、ある意味未確認生物である事には間違いないが。


「どうぞ、これ」


「えっ、あ、ありがとう……」


そっと渡されたペットボトルの蓋を開け、俺は一気に口の中に流し込んだ。


バチバチと弾ける泡達が、口の中に流れ込んでくる。


メロンソーダなんて久々に飲んだけど、意外と美味いな……。


「店員さん、今回は本当にありがとうございます。そうですね、何かお礼をしなくては……何か欲しいものとか……ありますか?」


「ほ、欲しいもの?」


突然のメロンちゃんの申し入れに、俺は戸惑いを隠せなかった。


急に言われても何も思いつかない、それにこの距離は……。


いつもはテーブル越しでの会話だ。


店員と客、それだけの関係……。


それだけの……。


「あ、あの、欲しいものっていうか、その知りたい事が……」


「知りたい事?教えられる範囲でしたら……」


少し身構えるようにしてメロンちゃんは返事を返した。


俺は意を決して重い口を開く、


「な、名前を教えて、くれないか……」


聞いてしまった。

ほぼダメ元だった。

彼女の名前を、俺は永遠に知ることはないだろうと、なぜかそう思っていたからだ。


「美兎」


「み、みと?」


「はい美術の美に兎と書きます」


美しい……兎……か。


そう頭の中で思った瞬間、俺は急激に恥ずかしくなり、手に持っていたメロンソーダをまたもや一気に口に流し込んだ。


弾け飛ぶ泡のカプセル達が、喉をほどよく刺激する。

それに顔をしかめるふりをしながら、俺は彼女から顔を背け、まだ夜の気が薄暗くさ迷っている空を見上げた。


そう……この夏、俺は初めて、彼女の名前を知ったのだ。

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