「徘徊者」

 俺は昔、24時間営業の喫茶店でバイトしてたんだが、その店では本当にいろんな事があったんだ。

数え切れないくらいの……その中でも特に、店の常連客でもある、通称メロンちゃん(バイト仲間が勝手につけたあだ名)という女の子が絡むと、本当に怖い体験をする事が多々あった。

今からその一部を話したいと思う。良ければ最後まで付き合ってくれ。



あれは、蒸し暑さが一挙に霧散するような豪快な雨が降る夜だった。


途切れることなく落ちてくる雨に、俺は深いため息をついた。


暇、ではない。こんな大雨が降ると、決まって店は避難所と化す。



「すみませーん」


「あ、はい」


「注文いいですか?」


「はい、少々お待ちを」


「ね~サンドイッチまだ~?」


「はいただいま」


「トイレどっち~?」


「そこを突き当たって右です」


と、まあこんな感じだ。しかも深夜帯は2オペ。深夜だというの昼間なみの忙しさだ。

ため息の一つや二つ、出るのは当たり前。


「メロンソーダ……」


俺の背後から、聞きなれた声が上がった。


振り返ると、そこにはゆるふわな髪をし、ヘッドフォンを首にぶら下げた、一人の少女が立っていた。


この店の常連客だ。いつも決まった時間、決まった席につき、必ずメロンソーダを注文する謎の美少女。

メロンソーダばかり注文するので、バイト仲間の間では、通称メロンちゃんと呼ばれている。


「はい……少々お待ちを」


正直に言う。俺はメロンちゃんが苦手だ。なぜかって?


メロンちゃんはいわゆる見える人で、関わるとろくでもない事が多いからだ。

そのせいで俺はこの店で何度も怖い目にあってきた。


が、それはそれ、メロンちゃんは客だ。


俺の采配で無視を決め込むわけにはいかない。


俺はしぶしぶ返事を返すと、厨房でメロンソーダを受け取り、メロンちゃんがいるテーブルへと向った。


ふと、テーブルの仕切りの向こう側に、何かが動くのが見えた。


子供だ。正確には、仕切りから見える、子供の頭。


子供?客に子供連れなんていたか?いや、記憶に無い。


軽く頭を傾げ、俺は子供の頭を目で追った。すすすっと、頭が動く。髪の長さからして女の子のようだが……気になる。俺はメロンソーダを一旦カウンターに置くと、窓側の席に回りこんだ。

丁度子供の進む前方に回りこむ。が、


通路側に座っていた男性客が立ち上がり、こちらに向ってきた。しかも縦にも横にもでかい。

無駄にでかいぞこの男。

前が見えない。向ってきた男が俺を邪魔そうに見るため、俺は体を横にし通路を譲った。


直ぐに通路の方を振り返るが、いない。


あれ?どこだ?


頭だけを左右に振ると、今度はカウンター側の仕切りに、女の子の頭部が見えた。


いた。っていうかいつの間に反対側に?こうなると意地だ。


俺は、窓側の通路を素早く移動し、カウンター側の通路へと回り込もうとした、その時だ、


「やめた方がいい」


声と同時に、俺は急に右手首を掴まれた。


振り返ると、そこにはメロンちゃんがいた。相変わらずの無表情な顔でこちらをジッと見ている。


やめた方がいい?何の事を言ってるんだと思ったが、直ぐにそれが、俺が女の子を追い掛け回している事だと悟った。何だか気恥ずかしくなる俺。しかも注文をまたせたままだと気がつき、俺は急いでメロンちゃんに頭を下げた。


「す、すみません、すぐに持ってきます」


掴まれた手を振りほどき厨房へと急いで向う。が、また掴まれた。


何なんだ一体。


俺はちょっとムッとしながらも振り返り、


「すみません今すぐお持ちしますから」


と言って、再びメロンちゃんの手を振りほどこうとした。しかし、メロンちゃんは俺の手首を離すまいと、今度はしっかりと掴んでくる。


「あの、離して、」


俺がそこまで言いかけた時だった。


「逃げて、見つかった」


「はあ?」


訳が分からない。何に見つかったと言うんだ。


俺が困惑していると、メロンちゃんはめいっぱい背伸びをし、俺の耳に口を近づけ、囁くような声で言った。



「さっきから追い回してるみたいだけど、あれ、頭だけですよ。子供の生首が浮遊してる。自分に気づく人を探してるみたい」


「なっ……!?」


頭から冷水を掛けられたかのように、全身の血が凍りつく。同時に背後から、


「ヒヒ……」


と、地の底を這うような、不気味な声が響いた。


引きつり強張った顔で僅かに振り向く、仕切りから、少女の顔が上半分だけ飛び出し、こちらを凝視していた。


「逃げて……」


メロンちゃんが言うのと同時に、俺は逃げた、ダッシュで逃げた。

店を飛び出し。着の身着のままで、駐車場に止めてあったバイクにまたがると、俺は無我夢中で店を後にした。



翌日、俺は朝出勤してきた店長に、大目玉を食らったのは言うまでも無い。


しかもその日の夜、助けたお礼と言われ、メロンちゃんにメロンソーダを奢るはめになった。


ちなみに、あの現象はしばらく続いた。見つからないように仕事をし、見つかったら逃げるの繰り返し。

そのたんびに俺は、メロンソーダを奢るはめになった。


メロンちゃん曰く、あの時店の中にいた客の誰かが、あの女の子の体を持っているみたいと言っていたが、

正直その時の俺にはどうでもいい事だった。


とりあえず言える事は一つ、


だから言ったんだ。メロンちゃんに関わると、ろくでもないことが起こると……

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