解答編
5――恩返しと、仕返しと、どんでん返し(第三部完)
5.
「はー? 解答編ー?」
なっちゃんがあんぐりと大口を開けてる。相当癇に
でも、この状況に対して、お兄ちゃんは一切異論を挟まなかった。とゆ~ことは、この流れは問題ないってことよね。
だって、お兄ちゃんの裁定は絶対だもん。シシちゃんのお手並み拝見と言った感じなのかな? スマホ越しなのに、私たちのことを見透かしてる最強の審判。
「そう――解答編よ」シシちゃんの口調がいつもより静か。「――これ、警察もそのうち気付くと思うわ――遅いか早いかの違いだけでね――犯人も一日二日で思い付いた犯行だから、練り込みが足りなかったようね――」
『ぜひ僕も聞いてみたいな』
お兄ちゃん、シシちゃんに興味津々だわ。
トラック運転手の娘だから心の距離は置いてるけど、彼女の着眼点と発想、そして何より私をかばおうとした友情が、お兄ちゃんの心証を良くしたみたい。
「――私鉄実ヶ丘駅は一六:〇〇発で、私鉄海浜駅に一六:二〇着――JRのA便は一五:五〇発で、JR海浜駅に一六:二〇着――駅のホームは別々だけど、同着だわ――」
「それがどーしたってのさー?」
「――JRは全部で五駅に停まるけど――私鉄は最初の二駅を飛ばして三駅にしか停まらないわ――その差分のおかげで、私鉄がJRに追い付く余地があった――」
シシちゃんがおさらいするようにのたまった。
なっちゃんがファーコートの毛をむしりそうな勢いで口角泡飛ばす。
「そんな判り切ったことー、今さら確認する必要あるのー? 私鉄がJRより若干速いから何だってゆーのさー?」
「――なっちゃんはそれを利用したんでしょ――?」
まるで相手を
無論、シシちゃんの滑舌そのものは淡々としてるし、喋ってる間もちらちらと時刻表の確認にかまけてるんだけど、たまに視線を合わせたときの眼光が物々しいの。
「利用とか言われても意味わかんなーい。私鉄中央駅に一六:一五着した時点でー、その先が人身事故発生で運行停止してるのよー?」
「そうね――そこからJRに乗り換えようとしても、JRのA便も中央駅一六:一五着のため、乗り換えには間に合わないわね――」
「そのとーりよ! だから無理だって言ってるのにー」
「なら――その一つ前の駅はどう――?」
「えっ?」
「――私鉄中央駅の一つ前――私鉄の山際駅は一六:〇九着となってるわ――」
私鉄は最初の二駅(河川敷駅と裾野駅)をすっ飛ばすから、たった九分で山際駅まで来られるのよね。
「――ちなみにJRの山際駅は、A便が一六:十一着よ――」
二分の差がある!
この区間なら、私鉄はJRより速く着くんだわ。
私鉄とJRは大通りを挟んだ向かい側に線路を張ってる。二分あれば、全力で走れば乗り換え出来るかも知れない!
「――人身事故の発生を車内アナウンスで知った犯人は――一つ前の私鉄山際駅で下車した――事故発生直後はまだ混んでおらず、JR山際駅へ走ってA便に乗り換え出来た――A便はJR海浜駅に一六:二〇着だから、その後一〇分以内に私市油見さんを殺害すれば――残り三〇分でJR実ヶ丘駅へ帰還できる――一七:〇〇ぴったりよ――」
「…………!」
なっちゃん、顔面蒼白になっちゃった。あれほど真っ赤に憤激してたのにね。
そ~言えばあの待ち合わせ、最後に合流したのはなっちゃんだったわ。一七:〇〇に下車して集合場所へ移動するには、ほんの数十秒だけど時間がかかるもんね。
見れば、シシちゃんも青白くなってる。なっちゃんの生き写しみたいに。
As ifの法則、まだ効果があったのね……似た者どうし、なりきって、気持ちを通わせてるの? でもシシちゃんのおかげで、なっちゃんの犯行を暴けたんだよ?
「――山際駅で乗り換えるなっちゃんの姿が、駅の監視カメラに映ってるはず――海浜駅一六:二〇着で下車する彼女の姿もあるはず――これで詰みだわ」
『なるほどね』
お兄ちゃんだけが、変わらぬマイペースで相槌を打ってる。
そこへ、ようやく三船さんたちがどやどやと戻って来た。捜査方針が決まったのかな。おあいにくさま、すでにシシちゃんが解いちゃったのよね~。
「おや? しんみりして微妙な空気だねぇ」
三船さんが紫色の襟を正しながら、怪訝そうに私たちを見回す。
同時に、私たち全員がスマホをいじってたことに気付いたものの、警察も何事か察したらしく、叱ったりはしなかった。私の通話相手がお兄ちゃんだと理解したんだと思う。
「また涙くんかい?」
『こんばんは、三船さん』
もはや勝手知ったる語気で、お兄ちゃんが明朗に挨拶を交わす。
スマホを挟んで警部と話すの、何度目だっけ? お兄ちゃんのおかげで事件が即日解決してるから、三船さんも態度が一変したわ。無論、お兄ちゃんが居なくても、警察ならいずれ犯人を逮捕できるとは思うけど。
『でも、今回は僕じゃないんですよ』
「へぇ?」
「――なっちゃんが容疑者です――」警察に訴えるシシちゃん。「――駅の監視カメラをしらみつぶしに探せば、犯行時刻に電車を降りる近影が見付かると思います――あたしも友達を告発するのは辛いけど――」
「そうなのかい?」
三船さんが、なっちゃんの顔を覗き込む。
なっちゃんはそのまま真っ白に燃え尽きて、消滅しそうなくらい呆けてたわ。何度も警部に探りを入れられ、やっと我に返ったかと思うと、しどろもどろに弁解を始めたの。
「だ、だってうちはー、汞銀河クンが好きだったんだもーん!」
イヤリングに手をやりつつ、
うわ~ド派手な自白もあったもんね。元友人とはいえ、ちょっと引くかも……。
「うちは家庭科室でー、油見ちゃんの毒物混入計画に加担させられたのよー! こっそり農薬を混ぜてー、全て
家庭科室の件まで言っちゃった。
お兄ちゃんの別解は正しかったんだわ。犯人はもう一人居た……それが、なっちゃん。
泰野洽湖は今、警察に書類送検されてるわ。汞銀河もショックでしばらく学校を休んでる。学業を重んじてた奴が休むなんて、皮肉よね。
「毒物混入に成功すればー、イヤリングをうちにプレゼントするって、油見ちゃんが言ったのよーっ! うちは油見ちゃんの厚意に報いるべく、混入役を引き受けたのーっ!」
『厚意に報いる……まさに「返報性の法則」だね』
「さっきも言ってたやつ~?」
『そう。かけられた恩情を返そうとする心理さ。私市油見さんは物品を譲渡し、浪川奈津さんはその対価として毒を盛った。持ちつ持たれつの互助関係は、人間関係を円滑に運ぶための、よくある心理だよ。あるある』
確かに世の中はギブ&テイクよね。
(返報性の法則も伏線だったのか~)
私はたまらず天を仰いじゃう。
お兄ちゃんが口に出した心理学って、必ずどこかで回収されるのよね~……これからは気を付けようっと。
「でも油見ちゃんはー、その約束を破ったのよー!」
なっちゃんは恨みがましく唇を噛みしめた。
皮膚が切れて、口から血を流しつつ、おどろおどろしく怨念を吐き捨てる。
「油見ちゃんの奴ー、うちを利用したくせに、いざとなったらイヤリングを渋り始めたのーっ! 油見ちゃんは貧乏暮らしだからー、金目の物は手放したくなかったみたーい。
『私市さんは、返報性の法則を守らなかったのか』
「そーよ! だから殺して奪ったのー!」
『人間は約束を破られたときや、恩を
目当てのイヤリングだけ奪って、逃げた――。
そして、さっそく身に付けて、さも自分の物だったかのように振る舞ったんだわ。よもやお兄ちゃんの写真に同じモノが映ってたなんて思いもよらずに、ね。
「ややっ! これは自供ですかな!」
浜里さんが駆け寄って、三船さんの顔色を窺ってる。
問うまでもないわ。三船さんは首肯すると、他の部下たちにも号令をかける。
「駅まで行って、監視カメラを回収してくれ。犯行時刻に全身ファーファッションの子が映り込んでいれば、それが証拠になるねぇ」
『表向きはそうなりますね。みんながそう思うなら、それが正解で良いと思います』
お兄ちゃんが、意味深長に呟いてたわ……。
*
第十二幕――了(迷宮回避)
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