2――調理実習へ(後)
さ~て、どのケーキを食べようかな~……。
「星型よりはハート型チョコがいーかなー。バレンタインっぽいしー」
なっちゃんが真っ先にケーキを取った。
大きなハート型のチョコがデコレーションされた部位よ。
「じゃ私はぁ、白い皿のやつぅ」
続けてりょーちゃんも選んだわ。
見栄えのするケーキね。配膳にはさまざまな色の皿が使われてるけど、黒いチョコケーキには白い皿のコントラストが絶妙で、人目を引くわね。
「――あたしはこれにするわ」
シシちゃんも動いた。手に取ったそれは、一つだけフォークの位置が逆だったわ。お皿の左側に置いてあるの。
他のケーキは、皿の右側にフォークが乗ってるのに……。
シシちゃんは『左利き』だもんね。左側にフォークがあれば、自然とそれを選んじゃうのも判る気がする。左利き用の配膳だから。
(汞と泰野、意外と人を見てるのね~)
このフォークの配置、シシちゃんの利き手を察してのことでしょ?
こいつらは仕事柄、客への気配りが出来るんだわ。性格は悪いけど、料理をもてなすプライドは持ち合わせてる。
(この二人って態度こそ剣呑だけど、実はシシちゃんと距離を縮めたいのかな~?)
私、ちょっとだけ見直しちゃった。
安直かも知れないけど、歯に衣を着せないだけで根は良い奴なのかも知れない。ほんの少し好感度が上がったのは事実よ。
「キミはどれを食べるんだい?」
汞銀河が私にトレイを差し出した。
残るケーキは三つ。一つ目は、チョコペンを駆使したデコレーションで『St.バレンタイン』と筆記されてる。
二つ目は、さっきなっちゃんが選ばなかった星型チョコのケーキ。チョコペンのデコレーションよりは地味だけど、チョコがおいしそう。
三つ目は、たまたま何もデコレーションがない部位で、殺風景だわ。ホールケーキを切り分けると、ときどきこういう『外れトッピング』が出るのよね。
「ん~、私は真ん中でいいわ」
私は二番目の星型チョコを選んだ。
これが一番無難よね。こんな選択に悩んでも仕方ないし。
あとの二つは、汞銀河と泰野洽湖がイチャイチャしながらどっちを食べるか決めてた。何あれ、見せ付けてるつもり?
「わたしはこの無地で良いわ。ギンガがチョコペン入りの豪華なやつを召し上がってちょうだい。その文字、わたしが書いたのよ。ぜひギンガに食べて欲しいの」
「あっはっは、可愛い書き文字だね? チョコペンは油断するとすぐ固まってプロでも書き損じることがあるのに、達者じゃないか?」
「ギンガの店で慣れてるから、大丈夫よ」はにかむ泰野。「わたしにとって、ギンガが全て。アナタに出逢ってから人生が充実したのよ」
「あっはっは、よせよ人前で」
うげ~、気持ち悪っ。
人目もはばからず、二人だけの世界を創り上げてる……。
そんな甘い雰囲気とは対照的に、家庭科室内の女子連中は険悪ムードに染まってく。人気者が特定の女と仲睦まじくやってれば、そりゃ~温度差も激しくなるわ。
「はい皆さん、席に着いて。実食の時間ですよ」
先生が手を叩いて取り成した。おかげで喧噪も収まったわ。って、なんで私がこいつらに
「いただきま~す!」
一斉に手を合わせて、思い思いにケーキを口へ運ぶ。
あ、おいしい。
私、我知らずほっぺがゆるんじゃった。なっちゃんに指差されて気付いたわ。慌てて顔を引き締めたけど、時すでに遅し。汞銀河がニヤニヤと私を見てる。不覚~。はいはい私の負けよ。あなたの腕前は認めるわっ。
「おいしーねー」舌鼓を打つなっちゃん。「甘さ控えめのビターチョコだから、しつこくないしー」
「一切れじゃ物足りないよぉ」
「あっはっは、さすが判ってるね? ぜひ今日の帰りにボクの店へ寄っておくれよ?」
汞銀河がしたたかに営業スマイルを浮かべる。
冗談なのか本気なのか判断しかねるセールストークも、巧妙よね。こいつ商売が上手だな~。ファンなら絶対に従っちゃうでしょ、こんなの。
「はいギンガ、あーんして」
泰野洽湖が汞銀河の口許へ、ケーキを強引にねじ込んだ。
うわ~、こんなこと人前でやる奴居たんだ……凄まじい見せ付けっぷりね。まるで自分が汞銀河の正妻だと宣言せんばかり。
きっと、汞銀河の恋人というポジションが彼女のアイデンティティなんだわ。ま~私もお兄ちゃんに依存してるから、似たようなものだけど。
「――ご馳走様――思った以上に苦かったわね、このビターチョコ――」
シシちゃんが一足先に完食してた。
早いな~……この子にとって汞銀河のケーキなんて、ゆっくり味わう価値もないってことか。調理中ずっとけなされてたし、さっさと食べて退散したいんだわ。
シシちゃんはしきりに「苦い、苦い」と吐き捨てつつ、そそくさと起立する。
食器を流し台まで運び、スポンジで洗い始めて、そして――。
「――うぐぐっ!」
瞬間、シシちゃんが青ざめた……え?
汗を噴出し、白目を剥いて、胸元を手で掻きむしる。もがいた拍子にお皿を足下へ落とし、自身も床にくずおれて、悶絶を始めたのよ!
騒然となったわ。介抱する私を、みんなが取り囲む。
シシちゃんはじたばたと四肢をあがき、何度も
「保健室!」
先生が立ち上がり、養護教諭を呼びに行く。患者を下手に動かすより、教諭をここに連れて来る方が安全だから。
「どーしたの、その子?」
なっちゃんが引いてる。食事中にゲロ吐かれたら、そりゃ~気分も悪くなるわね。
「吐くほどまずかったのぉ?」
りょーちゃん、それは違うと思うよ。どう見ても、ただごとじゃないもん。
「中毒症状よ、これ!」叫ぶ私。「凄い拒絶反応。異物が混入してたのかも!」
「異物だって? ハ!」鼻を鳴らす汞銀河。「ボクが作ったケーキだぞ? 怪しい材料なんて入れるわけないだろう?」
「それとも、わたしの計量に見落としがあったとでも?」
泰野洽湖まで私に目くじら立ててる。
あ~もう、うるさいな~。
「あなたたちじゃなくても、作業中に誰かが混ぜることは出来るでしょ~! って言ったら、私も容疑者の一人になっちゃうけど」
でも、あのケーキって、トレイに並べたやつを各自ランダムで選んだのよね?
下手したら、私が毒入りケーキを手に取ってたかも知れないってこと……?
私は背筋がゾッとしたわ。
さしずめ、ケーキの『ロシアンルーレット』――?
――のちに、シシちゃんは病院へ運ばれた。
胃を洗浄した結果、家庭科室の清掃に使う酸素系漂白剤と、外の花壇に使う農薬(除草剤)が検出されたそうよ。誰が、いつ、そんなものを食べさせたのよ~っ!?
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