3――落雪の室内へ(後)
こうして四階へ舞い戻った私は、お兄ちゃんの後をてくてく歩く。
先頭には三船さんと浜里さん。懐から出したトランシーバーで、鑑識課の人を数名、呼び寄せてるわ。落雪の痕跡を徹底的に調べる腹積もりね。
「失礼します!」
浜里さんが勢い良くドアを開けて、四〇八号室に踏み込んだ。
うるさい声ね……威勢が良いのは病室じゃマナー違反よ?
案の定、中に居た沖波恵と沖渚が、度肝を抜かされて間抜け面をかたどってる。
ルームメイトの湊艫子は見当たらない。ストーブつけっ放しになってるから、またぞろトイレにでも向かったのかしら。
「――何ですか一体」
渚が剣呑な語調で抵抗した。
物騒な立ち入りに警戒するのも無理ないわ。おまけに私とお兄ちゃんまで見えた日にゃあ、剣呑どころか険悪ムードに染まっちゃう。
ひ~、こっち睨んでる、めっちゃ睨んでる。
やめてよね、今は言い争う気なんてないんだから。特にお兄ちゃんが同伴してるんだもん、私は猫をかぶってなきゃ叱られちゃう。
「先ほど、下の通用口で事故がありましてねぇ」
三船さんがあらましを説明する。
沖親子はそれを聞いて納得したのか、しぶしぶ身を
母親の波恵は、すぐに目を閉じてぐったりと横になる。余計なことは考えず、安静に努めてるっぽい。過労で鬱気味だから、無理もないわ。
「三船主任! ありましたよホラ、窓の外に張り出した屋根!」
開けるなと書かれた窓を全開させて、浜里さんが鬼の首を獲ったようにはしゃいでる。
私たちも彼の背後から目を凝らしたわ。
あ、本当だ。
屋根から垂れ下がる氷柱のうち、一本だけ折れてるじゃないのよっ。
「自然に折れて落下したのか、人為的に折られたのかは判別しづらいねぇ」
三船さんは慎重に見解を述べたけど、そういうのは鑑識が分析するんじゃない?
なんて思ってたら、さっそく鑑識課の青い作業服たちが駆け付けたわ。
三船さんの言い付け通りに立ち回ってる。彼らは氷柱を何枚か撮影した後、今度は長棒の先にデジタルカメラを取り付けて窓外へ伸ばし、ここからは見えない屋根の上も遠隔撮影する念の入れようよ。
「屋根の上にも、落雪した痕跡が写っているねぇ」
つまり、固まった雪と氷柱が両方とも落下して、どちらかがお母さんに命中したってこと?
落下物が多いほど、命中率も上がるもんね。たった一発で偶然当たるのは無理があるだろうし。
「――ふん――湯島家の誰かが落雪被害にでも遭ったわけ――?」
渚が、私の背中越しに憎まれ口を叩いたわ。
こいつめ~、いちいち茶々入れせずに居られないの? ロビーでもからんで来たし。
用を終えて帰ろうとした矢先だったから、余計にうざかったわ。私とお兄ちゃんは敏感に足を止める。警察も私たちを注視する始末よ。
「あなたには関係ないよ~」せいぜい平静を取り繕う私。「ちょっとうちのお母さんが怪我しただけだもん」
「――あの精神科医が? ふふっ」
あ、こいつ笑ったな!
腹立つ~っ。人の不幸を喜ぶなんて、頭おかしいんじゃないの? 逆恨みもいい加減にしてくんないかな。
「――ふふふ、ああ、これは失礼。ま、お気の毒と言っておくわ――人の恨みを買うような輩は、どっかで報いを受けるのよね――」
「こっちの台詞よそれは~!」
「――病室で叫ばないで」睨まれちゃう私。「――ま、お見舞い申し上げますとだけ言っておくわ。ふふふ――」
む、ムカつく~~~~。
こいつ、わざと私を煽ってるよね? 心のこもってない、形だけの会釈をよこすの。慇懃無礼とはこのことだわっ。
私は憤然と踵を返す。そこには眉根を寄せたお兄ちゃんが立ってて、私にそっと耳打ちしたわ。きゃ、耳がくすぐった~い。
「ルイ。挑発に乗ったら相手の思うつぼだぞ」
「判ってるよ~。けど私、あいつ嫌い。クールに去るのみだわっ」
私はせいぜい感情を殺して、大股で廊下に退出する。
お兄ちゃんもすぐ後ろを付いて来た。ドアを閉じて、私の頭をポンポンと叩くの。
「よく出来たね、ルイ。偉い偉い」
ひゃっほ~い。
すぐさま私の機嫌は回復したわ! お兄ちゃんは私の特効薬よね。
それを見てた三船さんや浜里さんが、鑑識に指示を出したあと私たちに向き直る。
「君たち、人に恨まれる覚えはないと言っていたけど、実際は沖さん親子から怨恨を買っていたねぇ」
「え~。怨恨って言うか、とばっちりなんですけど~」
もごもごと言い訳めいた弁明を吐く私だったけど、今しがたのやりとりは警察も無視できなかったみたい。
「事故ではなく、傷害事件の線も考える必要があるねぇ」しきりにメモを取る警部。「さっきの沖親子も、あとで事情聴取してみよう。退勤するガイシャを狙って、真上の病室から意図的に氷柱を落とし、事故に見せかけて大怪我させたかも知れない」
「ありそうですね」
お兄ちゃんまで便乗したわ。
た、確かに単なる事故じゃ釈然としなかったけど~。
沖渚の敵意なら、本当にやりかねないわよね。
落雪事故に
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