2――校舎裏へ(後)



「ねぇ湯島さん、この学校って事件ばっかりで気味悪くない?」


 昇降口で上履きに取り換えた私たちを待ってたのは、クラスメイトの愚痴だったわ。


 ぞろぞろと教室へ引き返す渦中だから、同級生の一人や二人、合流するのも当然よね。


「あ、おはよう増場ますばさん」


美憐みれんでいいのに」


 冴え渡るような赤毛が印象的な、私より頭半分くらい背が高い女の子よ。単に私が小柄なんだけど。


 お兄ちゃんよりやや低い彼女の名は、増場美憐さん。と言っても、見かけたら話す程度の仲だけどね。選択科目は美術で、音楽の私とは別々だし。


 赤毛に代表されるように、ファッションに赤を多用してて目立つ子よ。胸元のペンダントは赤い宝石だし、赤い腕時計だし、赤いブレスレットだし、赤いマニキュアだし、赤い靴下だし、口紅も赤いしハンカチも赤いわ。スマホカバーも赤い。


「十二月に入ってから、立て続けに事件が起きてるわね。何なのよ全く」


 増場さん、ピリピリしてるな~。もともと独特のオーラを持ってたけど、彼女の所属する部活――美術部だったかな――でも、異彩を放つ存在って聞いてる。


「不祥事だらけで、学校の評判は下がってるよね~」


 なんて話を合わせる私だけど、お兄ちゃんはどう思ってるんだろ。


 チラチラと顔色を窺う私に気付いたのか、増場さんもお兄ちゃんに視線を投げたわ。


「この人は誰? 湯島さんと顔が似てるね」


「あ~、うん。私の自慢のお兄――」


「湯島涙です、よろしく」


「――って台詞をかぶせないでよぉ! お兄ちゃんの意地悪っ」


 とっとと会釈を済ませちゃうお兄ちゃんが心憎いっ。


 まぁ、そんなにべもない性格もクールで好きだけどね。私はいつだってお兄ちゃんのイエスマンだから。


「へぇ。ちょっとかっこいいかも」


 ……何ですって?


 私、思わずこめかみがうずいちゃった。駄目だよっ、私以外の人がそんな風にお兄ちゃんを品定めするの厳禁っ。


「あたしは増場美憐、出席番号は一四番! 湯島さんと同じクラスの――んううっ!?」


 お兄ちゃんへ歩み寄る増場さんの顔を両手で挟んで、グイッと私の方にらしたわ。


「お兄ちゃんは展示品じゃないのよ、じろじろ見たら失礼でしょ?」


 私はいつにない低音で、増場さんに言い聞かせたわ。


 そもそも出席番号とか名乗る意味ないし。何シナ作ってるのよ。あぁん?


「げ。湯島さんすっごい剣幕。自己紹介しただけなのに、そこまで鬼気迫らなくても」


「駄目なものは駄目なのっ! 第一、増場さんには彼氏さんが居るでしょ! 同じクラスの阿保あぼわたるくん!」


「な、何言ってんのよ!」途端に赤面する増場さん。「あいつはただ、同じ美術部ってだけだし、そんなやましい関係じゃないっていうか、えと、その――」


 あからさま過ぎて判りやすいな~、この子。


 しめしめ、これでお兄ちゃんから注意が逸れたわね。


「じゃあ、僕のクラスはこっちだから」


「うん、早く行ってお兄ちゃん。ここは私が食い止めるわ!」


「……なんでそんな切羽詰まってるのさ」


 本当は片時も離れたくないけど、悪い虫が付くよりは安全よね。


 同級生を虫扱いしちゃう私も私だけど。


 とにかくお兄ちゃんを遠ざけた私は、未だにほっぺを紅潮させてる増場さんの背を押して、二年一組まで歩いたわ。


「あ、あたしは別に、あんなアホなんて好きじゃないからね! ちょっと、聞いてる?」


「あ~はいはい、聞いてる聞いてる」


 彼氏発言、効果覿面すぎ。


 増場さんって達観してるようで、実はウブなのよね。


「あ、噂をすれば阿保くんも教室に来たよ」


「ええっ? ど、どこどこ?」


「――ここだ」


「うきゃあっ!」


 増場さんの背後から、ノッポな男子が声をかけたわ。


 細長い人影を私たちにかぶせる。長身から見下ろす切れ長の双眸がかっこいい、って評判なの。私は、背が高すぎる人って威圧的だから好きじゃないけど。


 制服から絵具の匂いが漂ってるのは、美術部に入り浸ってるせいかしら。


 そう――この人が阿保渡くん。


「美憐、戸口の前に立つんじゃない。邪魔だ」


「だ、だだだって、突然声をかけられたらビックリするじゃないのよ!」


「どく気がないなら、どかすまでだ。僕に担がれるのと、逆さまの宙吊りにされるのと、どっちが良い? 逆さまの方が、お前のパンツを拝めそうだな。見たくもないが」


「どくわよ、どけば良いんでしょ!」


 増場さん、頭から湯気が噴出しそうな勢いで火照ってる。


 この二人ってば、しょっちゅうこんな漫才を始めるもんだから、クラス内ではすでに公認カップルになってるの。からかう気も失せちゃうわ。


「おはよ~、阿保くん」


「湯島も居たのか。相変わらず小さいな。そこの美憐を見習って、赤系の膨張色を取り入れたらどうだ? 目の錯覚で大きく見えるぞ」


「む~。いいのよ、私は小さくて満足してるもん。お兄ちゃんと釣り合ってるし」


 阿保くんって美術に詳しいから、色彩関連のトリビアを頻繁に話してくれるのよ。


 もともとクラスから浮いてたけど、増場さんと話すうちに馴染んだのよね――。



 ウ~~~~ウ~~~~。



「――ん?」


 教室の外から、パトカーのサイレンがこだましてた。


 クラス全員、教室の窓際へかじり付く。望遠した校門前に、続々と警察のパトカーやワゴン車が到着したわ。捜査班らしきいかつい面子が、ぞろぞろと立ち入って来る。


 実ヶ丘署の強行犯係と鑑識係ね。ついにお出ましか~。


(あ、三船さんも居る)


 紫色の派手なスーツに身を固めた、刑事にあるまじき格好の男性。


 やっぱ目立つな~。


 年齢は二〇代後半だけど、あの中では一番偉い警部さんで、所轄と警視庁の中継役も担ってる。いわゆるキャリア組のボンボン。将来は本庁勤めになるんだろうな~。


「色彩学的に、紫色は気高いプライドの象徴だ」


 いつの間にか後ろに居た阿保くんが、私の頭上からぽつりと呟いたわ。


 三船さんのことね。目立つカラーリングだから、一言告げずに居られないみたい。


「紫は高潔かつ高尚。人を遠ざける、余人を寄せ受けない心理作用を持つ。恐らくは相当なエリートじゃないか? また、高嶺の花や高貴な妖艶さ、魅惑と言った心理もある」


「エリートよ。あの人、警視庁から出向してるキャリア組だもん」


「そうなのか」


 阿保くん、一瞬だけ目をすがめたわ。


 なんで私が知ってるんだ、って言いたそうね。私も成り行きで知ってるだけだから、深い意味はないわ。何度も三船さんのお世話になれば、嫌でも顔馴染みになるってば。


「おーい、ガキども席に着けー」


 やっと担任教師が入って来た。


 三輪みわ一元かずもと先生。美術教師よ。


 冬だっていうのにワイシャツの袖を腕まくりして、画材で汚れないようにしてるの。着席する私たちを見回した先生は、深呼吸を経て一気呵成に伝令する。


「あー、知っているとは思うが、校内で不祥事が起きたため、本日は臨時休校とする」


 ざわざわと生徒たちが騒がしくなったわ。


 正確には、休みになってラッキー、ってどよめきばかりだったけど。


 そんなもんよね、高校生なんて。人の死より目先の利益よ。


「ちなみに!」バン、と教卓を叩いて黙らせる三輪先生。「我がクラスの副担任・セルシウス先生だが――」


「事件の第一発見者ですよね?」


「――先に言うな湯島」


「はう、ごめんなさい」


「そんなわけで、教室には顔を出せない。警察の初動捜査に協力しているはず――」


 RRRRRRRR。


「――だ?」


 電話が鳴ったわ。先生のポケットから響いてる。


 教室は基本的にケータイ禁止だけど、職員だけは緊急時に備えて電源を入れててもOKなのって、不公平だと思いま~す。


「っと、噂をすればセルシウス先生からだ」ケータイを取り出す三輪先生。「現場で事情聴取中のはずだが、急用でも出来たのか? ……もしもし?」


『OOPS! OUCH!』


「……は?」


 空気が一変したわ。


 室内をつんざいたのは、セルシウス先生の悲痛な慟哭だったんだもん。


『ジーザス! サノバビッチ! マイガー! シット! ガッデム!』


 すっごい絶叫。


 金切り声でまくし立ててる。ありったけ唾を吐いてる。


 な、何があったの?


「あー、セルシウス先生? 落ち着いて下さい、どうしたんです?」


『HELP ME グハッ! PLEASE……頼ム、殺サナイデ……ギャーッ!』


 え? 何?


 私たち、座ったまま凝り固まっちゃった。三輪先生さえも唖然と呆ける始末よ。


『ゲフッ……STOP……ヤメ、ロ……貴様、フォ――テ――ンッ……!』


 ぷつりと、そこで電話が切れたわ。


 まるで何者かに、無理やり切られたような体裁で。


 けど、最後に先生が言い残した言葉は、私たちの耳にしっかりとこびり付いてる。


「フォーティーン? 一四って言ったのか、今?」


「ふぇっ?」


 出席番号『一四番』の増場さんが、頓狂な嬌声を上げたわ。


 声に驚いたクラスメイトたちが注目すると、みるみる顔を赤面させてく。


 ていうか、意味不明極まりないわ。一緒に居た泉水さんは何してるのよ――。



「セルシウスさん、どこですかーっ?」



 ――なんて思ってると、廊下を駆けずり回る泉水さんの靴音が横切ったわ。


 セルシウス先生を探してるみたい。


(え、じゃあはぐれたってこと?)


 私、目をしばたたかせちゃった。


 校舎裏に居たはずなのに、なんではぐれたんだろう?


 せっかく三船さんたちが到着して、本格的に捜査を始めるっていうときに――。


 RRRRRRRR。


「――また電話か!」ケータイを睨む三輪先生。「今度は雨宮教頭か……もしもし?」


『三輪先生かね、大変なことになった。今しがた、警察を招いて校舎裏へ向かう途中だったんだが、君の副担任であるセルシウス先生が、中庭の茂みで死んでいたんだよ!』




   *



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る