1――お兄ちゃんの部屋へ

   1.




「ただいま~お兄ちゃん! 相談があるんだけど、入れ替わった双子の死体が遺棄現場から消え去ってたらどう思う?」



 私は学生服ブレザーのスカートをたくし上げて、お兄ちゃんの注意を引こうとまとわり付いた。


 あいにくお兄ちゃんは、自室の安楽椅子で読書にふけったまま、微動だにしなかったけど……。


「それがどうかしたのかい?」


 むぅ……お兄ちゃん、素っ気ない。私の色仕掛けすらも無視されてるっ。


 せっかく十二月しわすの寒空を猛ダッシュで下校したって言うのにっ。おかげで肌寒いはずの夕暮れ時もすっかりカラダが火照っちゃったわ。


 もう、ついでだからこのままここでブラウスもはだけちゃおっと。暑い暑~い。上着を脱いで、ボタンを一つずつ手にかけて~……。


「こら、着替えは自分の部屋でしなさい」


「だぁって~、お兄ちゃんが構ってくれないんだも~ん」


 やった、食い付いたっ。


 私は安楽椅子の背後からお兄ちゃんの首に抱き着いたわ。ぎゅ~。うん、落ち着く。人肌って温かいよね~。冬はやっぱり家族のぬくもりに限るわ。


「ルイ、離れろって。本を読みづらい」


 お兄ちゃんは私の名を呼びつつも、相変わらず怜悧クールな視線は活字に落としたまま。


 ――そう、ルイ。


 私、湯島ゆしまルイ


 一六歳。高校二年生。


 身長は一五二センチ、体重は四二キロ、胸のサイズは……聞くな。好きなものはお兄ちゃん。尊敬する人もお兄ちゃん。宝物もお兄ちゃん。命より大事なものもお兄ちゃん。理想の男性像はお兄ちゃん。結婚したい男性もお兄ちゃん。趣味はお兄ちゃんにまとわり付くこと。特技はお兄ちゃんにまとわり付くこと。


 そして命の恩人も――お兄ちゃん。


「お兄ちゃ~ん、私のお話聞いてよ~」


 断腸の思いでお兄ちゃんから離れた私は、くるりと身をひるがえしたわ。


 その拍子にスカートがふわっと舞って、黒のニーハイソックスと絶対領域から覗くパンチラがお兄ちゃんを悩殺のうさつ……できれば良かったんだけど。


「ああ、もうこんな時間か。結構長く読み込んでしまったなぁ」


「って、お兄ちゃん無視しないで~! 今日は新しいパンツ穿いて来たんだけど! フリルの付いた可愛いやつ! ローレグできわどいの、ほら~見て見て!」


「見せびらかすんじゃない。痴女か君は」


「だって~、お兄ちゃんに構って欲しいんだもん! 妹・ルイちゃんは人肌恋しい季節なのです。頭撫でて、撫でて」


「はぁ……よしよし」


「えへへ~」


 お兄ちゃんの細い手が、私の頭蓋ずがいに沿って揺り動かされる感触。


 ふぁ~、幸せ。


 私、お兄ちゃんにしか髪を触らせない主義だからね。美容院にも行かないから、かなり長め。たまに自分で切るけど、普段は後ろで結んだり、ねじったりしてる。


 お兄ちゃんも私と同じ黒髪の、うれいを帯びた小柄な美青年よ。あ~、いつ見てもかっこいい。中性的な横顔を見るたびに胸がキュンキュンするわ。


 私たち、二卵性双生児なの。


 一卵性ほど生き写しじゃないけど、お兄ちゃんと同じ顔・同じ遺伝子を共有してるなんて、すごく幸せだと思わない? 特別な存在って感じがする。


「ルイ。そんなにじろじろ見るなって」


「あ……ごめんね、ナミダお兄ちゃん」


 ――湯島ナミダ


 それがお兄ちゃんの名前。


 一六歳の高校二年生。


 私と同じ高校に通ってる……はずだった。


 お兄ちゃんは制服を着ずに、私服でくつろいでるわ。タートルネックのセーターとスラックス。学校どころか、今日は家から出てないと思う。


 ちょっとした事情で、お兄ちゃんは全日制高校を辞めたのよ……半年前に。


 今は、同じ高校の通信制へ移籍してる。月イチで登校日が定められてるけど、基本は家に居たまま、郵便やインターネットを介した課題提出で単位がもらえるみたい。


「お兄ちゃん、何の本読んでるの?」


 私はかたわらのベッドにお尻を沈めたわ。この位置が、お兄ちゃんと対峙するベストポジション。お兄ちゃんのベッド、いい匂いするし。


 ときどき足を組み替えて、ニーソの美脚(自称)をお披露目するけど、反応ないな~。


「この本かい? ユングの自伝さ」


 え、ユング?


「ユングって、心理学で有名な~? ま~たお母さんの部屋から拝借して来たの?」


「あそこには心理学の本がたくさんあるからね。あるある」


 お兄ちゃん、家中を物色しすぎ。ひょっとして私の部屋も入ってたりする?


 あ、でも私、お兄ちゃんになら全てをさらけ出せるから、むしろどんどん物色して構わないけどね。私はいつでもノーガードよ、お兄ちゃん。


「母さんの職業、精神科医だろう? 心理学の入門書が多くて、読むと面白いんだ」


「確かにお母さん、お医者さんよね。心理学科を出たあと医学部に再入学したっていう、変な経歴だけど……」


 うちのお母さん、三〇歳をだいぶ過ぎてから医者になったのよ。学部も二つ卒業してるし、かなり特殊だわ。


 もともと精神科医だったお父さんが、夭折ようせつしたのがきっかけよ。臨床心理士だったお母さんは遺志を継ぐべく、幼かった私たちを託児所に預けて医学部に再入学してたな~。


(お父さんの死因は、深夜徘徊してた非行少年に絡まれての傷害致死……)


 おかげでお母さん、少年犯罪に異常な関心を持ってる。


 今では警察の紹介で保護観察者の心障を診たり、補導少年の更正も務めたりしてる。


 ただでさえ多忙な医業だから、家に帰って来ないこともザラよ。だから私たちは兄妹二人きり、昔から仲が良い方だったわ。


「いやぁ、読めば読むほどユングっておかしな人物だよね。変人説あるある」


「え、おかしいの?」


「そうさ」ポン、と本を手で叩くお兄ちゃん。「この人、洒落にならない女たらしだよ」


 か、仮にも心理学の大家たいかに向かって、とんでもない暴言を吐いてる……。


「ユングってさ、ロリコンストーカーなんだよね」


「ろ、ろり?」


「ユングの妻・エマとは年の差結婚なんだよ。エマが一四歳のとき、成人済みのユングがいきなり求婚を迫ったらしい」


「うわ……事案すぎる~」


「だろう? エマは全力で拒否したけど、ユングはその後六年間、交際を迫り続けた」


「へ、変態ストーカー……」


「結局エマは根負けして、結婚を受け入れたんだってさ」


「エマちゃん陥落!」


「そこまでした以上、さぞかしユングは愛妻家なのかと思いきや、浮気と放蕩の日々」


 はわわぁ~……。


 ていうか、お兄ちゃんの端正な唇から、そんな下劣な言葉が出て来るのが嫌ぁ~っ。


「仕事の助手や、診療に来た患者まで、身近な女性をとっかえひっかえ、公然と交際したそうだよ。羨ましい」


「今、余計な一言が聞こえたよ~な……」


 私の空耳かな?


 お兄ちゃんが「羨ましい」なんて低俗なこと言わないよね。女っ気ないのがお兄ちゃんの魅力だもん。お兄ちゃんは私だけのモノ。私以外の女に興味持っちゃ駄目!


「ま、偉業と人格は別物さ。天才だからこそ性格破綻者、なんてパターンはよくあるからね、あるある。そういう意味では、フロイトも大概だし」


「フロイトって~、ユングと並ぶ心理学の著名人よね」


「フロイト自身、重度の神経症に悩まされてたのは有名な話だ。コカイン研究なんてものに傾倒してたしね。心理学者が心を病んでたなんて、医者の不養生だね。あるある」


「う、うん……えーと、断言するお兄ちゃんのドヤ顔もかっこいい」


よ? ただ、どんな人も多面的で、良い面と悪い面があるのさ。画一的な人間なんて居やしない。芥川龍之介あくたがわりゅうのすけの『藪の中』ってあるだろう? 各人がしか話さないから、矛盾だらけで結末を迎える」


「ヤブノナカ――」


「それが人心の面白い所なんだよ」


 は~。人の心は多面的なのね。くさしてめるお兄ちゃんも、そう。


 だって、すごく楽しそうだもん。部屋に閉じこもってたから話し相手が欲しかったのかな。話すだけじゃなく、抱きしめてくれてもいいのにな~。


「どうした、ルイ? 僕の顔をじっと見てるけど」


「だって、お兄ちゃんかっこいいんだもん」


「ルイはブラコンだなぁ。俗語だけどね、ブラザー・コンプレックス」


「お兄ちゃんはシスコンじゃないの?」


「違うと思うよ」


 ガ~ン……私、傷付いた。めちゃくちゃ傷付いたっ。私はお兄ちゃん一筋なのに、お兄ちゃんは何とも想ってないなんてっ。


「泣くなって、ルイ」私の頬を拭うお兄ちゃん。「気持ちのすれ違いはよくあることさ」


「すれ違いまくりよっ。私、さっきからチラリズムで誘惑してるのに無視されてるし~」


「ルイはスレンダーだから、体の凹凸おうとつも控え目だよね」


「……何かトドメ刺された気がする」


「あ、ところでネットのニュース見たかい? この街のことが載ってたよ」


「って、また話を逸らす~!」


「まぁまぁ」ポケットからスマホを出すお兄ちゃん。「実ヶ丘みのりがおか市の外れ、自然の緑を多く残した『市街化調整区域』で、山火事があったんだってさ」


 実ヶ丘市は、私たちが住んでる街の名前。市街化調整区域っていうのは、都市開発を制限して自然を保護してる、環境に優しい地域のこと。


 市の中央を突っ切る出流いづる川を境に、住宅地と自然保護区が分断されてるの。


「山の枯れ草が出火元だって。あるある、冬は空気が乾燥してるから、自然発火しちゃうこと、よくある」


「そんなのどうでもいいよ~。いつまで経っても本題に入れないじゃないの~!」


 私、ついに不貞腐れちゃったわ。


 そう。もともとは違う話をするために来たのよ。


 ――冒頭の謎かけ。


 双子の死体。


 それは私にとってもなのに――。


「ごめんごめん」背もたれに体重を預けるお兄ちゃん。「双子の死体が消えたんだっけ」


「うん。実はその死体っていうのが――」


 私は小さな胸に手を当て、いよいよ本題を話し始める。



「実はその死体っていうのが――だったの」



「……何だって?」


 お兄ちゃんが端正なまなじりをぱちくりさせたわ。


「ん~と、お兄ちゃんは『双子の入れ替わり』って判る?」


「推理小説でよく見るね」本棚へ目を向けるお兄ちゃん。「双子の外見は同じだから、成り済まして行動するとか、アリバイ作りに利用するとか。よくあるトリックだ」


「私の友達が一卵性双生児で、事件に巻き込まれちゃったみたいなの~……」


「一卵性なら瓜二つだね」


「私とお兄ちゃんは二卵性よね!」


「今それ確認する必要ある?」


「……ないけど」


 そ、そんなつれない顔しないで~。でも、お兄ちゃんだから許す。


「私の友達……中洲なかす秀海ひでみちゃんが、事件に関わってるの」


「秀海?」まぶたをすがめるお兄ちゃん。「その子、知ってるよ。僕が全日制に在籍してた半年前、一度会ったことがあるなぁ」


 中洲秀海、一七歳。私のクラスメイト。


 とっても優秀で品行方正な、いわゆる委員長タイプの子。生徒会長も目指してた。


 お兄ちゃんとも面識があるわ。秀海ちゃんが『生徒会選挙』に立候補したとき、みんなで手伝ったのよ。


「僕がまだ全日制に居た頃だね」思い出に浸るお兄ちゃん。「生徒会長に出馬した秀海ちゃんと、対抗馬の水野霙みずのみぞれって人が一騎打ちになって――」


 水野、霙――。


「お兄ちゃん駄目っ! のことは思い出しちゃ駄目~!」


「どうしたのさルイ」


「今はそんなことより、双子の話~!」


 慌ててお兄ちゃんを抱擁したわ。私の胸にぎゅっと美貌を埋ずめさせるの。これで気をまぎらわせて! 可愛い妹の谷間に挟まれたら、さしものお兄ちゃんも従順に――。


「何だか洗濯板をあてがわれた感触だな」


 ……聞かなかったことにしよっと。


 私、細身だからね。余計なお肉、付いてないからね。ぐすん。


 お兄ちゃんに引き剥がされて、私はしぶしぶベッドに座り直す。


「でね、お兄ちゃん。秀海ちゃんは双子なんだけど、もう片方の子は、高校へ入った途端に堕落しちゃったみたい。秀海ちゃんとは正反対の不良生徒で、ろくに登校もしなくて」


「初耳だな。まぁ不登校なら知りようがないか」


「そっちは張河はるかさんって言うの。窃盗や恐喝、深夜徘徊を繰り返して、補導もされてる」


「出来の良い身内を持つと、片方は荒んでしまう。よくある話だ」


「補導された張河さんの更正に、お母さんの精神科が紹介されてたんだって!」


「母さんが?」目を丸めるお兄ちゃん。「そう言えば、警察の依頼も受けてるんだっけ」


「死体で発見されるのも、この張河さんだったそうよ」


「はずだった?」


「だから、死体が消えてたんだってば。張河さんの死体が消失してたの」


 私は懐中からスマートホンを取り出すと、一枚の画像を表示したわ。


「これが張河さんの写真よ~。もらい物だけど」


 ……ケバい。


 厚化粧しまくった、どぎついヤンキー女が眼光を鋭く飛ばしてる。


 スプレーで染めた髪、濃ゆいファンデーションのムラ、口紅は毒々しい紫色。糸くずみたいな細い眉や、厚ぼったいアイシャドウなんて、仮装大会かと思っちゃうほどよ。


 前髪を下ろし、あまり目立たせてないのが不幸中の幸いね。


「アイシャドウが妙に濃いなぁ」画面を指差すお兄ちゃん。「大人ぶるための化粧とはいえ、背伸びし過ぎじゃないか?」


 いわゆる反抗期の不良よね。我欲のためにレールを外れて、自分を誇示する否定主義ネガティズム


「秀海ちゃんと同じ顔とは思えない。化粧は人を化けさせるね、あるある」


 お兄ちゃん、私以外の異性をじろじろ見過ぎ。ちょっと嫉妬。


「それでね」スマホを引っ込める私。「どうやらこの子、暴走族や不良仲間とも親交が深かったみたい。無免許なのにバイクや車を乗り回してたって」


「無免か。補導歴も多そうだなぁ」


「もちろん。指紋もばっちり採られてるんだって……でも」


「でも?」


 言い淀む私に、お兄ちゃんが優しい眼差しで問い直した。


 ああ~穏やかな瞳! そんな目で見つめられたら私、何でも話せちゃうっ。



「でも~、実は補導されたのって張河さんじゃなくて、成り済ました秀海ちゃんなのよ」



「え?」


 お兄ちゃんは一瞬考え込んだあと、声を裏返らせたわ。


って、そこかい?」


「うん」


 そこ。


「素行不良を最初に実践したのは、実は秀海ちゃんだったの~! 双子は両方とも優等生であり、不良でもあったのよ」


「両方とも?」


「ずっと優等生をやってたら、ストレスが溜まっちゃう。そこで秀海ちゃんは、双子の張河さんに成り済まして、夜遊びで羽を伸ばしたの」


「へぇ……」


「張河さんも、たまには優等生としてチヤホヤされたいから、秀海ちゃんに成り済まして登校した……入れ替わりの利害が一致したのよ」


 私自身、自分で喋ってて信じられなかったわ。


 双子は言葉遣いも、仕草も、癖も、その日の出来事や記憶まで完璧に模倣し、ボロが出ないよう入れ替わってたの。


 もてはやされたいときは、秀海ちゃんに。


 羽目を外したいときは、張河さんに。


「アイシャドウを始めとする厚化粧も、理由は『双子の抽象化』らし~わ」


「そうか。厚化粧で顔を包めば、双子の判別が曖昧になる。入れ替わりをごまかせるね」


「ただ、やっぱり秀海ちゃんは不良に慣れず、うっかり補導されて指紋を採られたの」


 双子でも、指紋は異なるわ。


 指紋は後天的に形成される模様だから。たとえ双子でも、同じ指紋は存在しない。


「なるほど」本をひざに置くお兄ちゃん。「張河役として指紋を採られた以上、秀海ちゃんは何をやっても張河だと認識されてしまうのか」


「そ~なのよ!」お兄ちゃんに身を乗り出す私。きゃ~至近距離。「入れ替わりは破綻したわ……優等生と不良、光と影のバランスが崩れちゃった。光だった秀海ちゃんが影になり、影だった張河さんが光になった」


 影の悪行は、秀海ちゃんが一人で背負っちゃった。


「あるある。役割的にも光と影を読み取れるね。双子の心に潜む『シャドウ』って奴だ」


「シャドウ?」


「人間は、普段の自分と異なる、相反する人物像に憧憬や反骨を抱くんだ。優等生と劣等生のようにね。それは心の奥底に押し殺された自分の鏡……シャドウと呼ばれる心理なのさ」


「相反する人物像~って、秀海ちゃんと張河さんみたいな?」


「影の自分が暴走し、捌け口を求めた結果が、双子の入れ替わりだったわけだ」


 光と影……心の多面性が招いたってこと?


「ユングは、そうした影の自分を受け入れることで成長できるといたけど、秀海ちゃんは受け入れるどころか入れ替わってたわけだ。よくあるよくある」


 いや、しょっちゅうあったら困るけど……。


「そんな真似したら、張河さんが損をするだけなのになぁ。張河さんの経歴ばかりが汚れて、秀海ちゃんは綺麗なまま……歪みだけが蓄積される」


 お兄ちゃんは憮然としながら、所在なげに本をぱらぱらとめくった。


 私も本になりたい。お兄ちゃんの手中で愛撫されたい。


「それで? 補導後の秀海ちゃんは?」


「秀海ちゃんは……狂ったわ」お兄ちゃんの手を握る私。「栄光ある秀海役の座を奪った張河さんを恨んで、殺害したそ~よ」


「殺害! あの子が?」


 驚いて安楽椅子から飛び上がるお兄ちゃんも、可愛くて好き。


「秀海ちゃん家の双子部屋には~、血痕が大量に残ってて、凶器に使われた大型カッターナイフもあったみたい……日用品だから、指紋もばっちり検出されて~……」


「やけに詳しいな」


「今日、学校へ警察が聞き込みに来たのよ……実ヶ丘署の泉水いずみおばさんがね」


「あぁ。あの人か」たちまち脱力するお兄ちゃん。「湯島泉水。実ヶ丘署の警部補で二七歳。母さんの親戚だよね。母さんはもう四〇歳超えてるけど、よく似てる」


 私たち、遠縁に警察が居るのよ。しかも強行犯係の。


 二〇代で警部補まで叩き上げた泉水おばさんは、相当なスピード出世らしいわ。


「それとルイ、おばさん呼びはやめなよ。泉水さん、まだ若いんだから」


「え~。どうも馴染めなくて……あのおばさん、捜査となると鬼気迫る形相で怖いし」


「張河さんの死体、自宅になかったのかい?」


「双子部屋のパソコンに書き置きだけ発見されたらしいの。私も泉水おばさんから聞きかじっただけだから、うろ覚えだけど、確か――」



『――私は、入れ替わった張河を殺す。私は張河が憎いし、指紋を採られた自分の失態も許せない。張河を市街化調整区域の山に埋めて、私も自害する――』



「それはまた、よくある無理心中だね」


「……ないよ~普通」思わずずっこける私。「ここ最近、学校で会ってた秀海ちゃんが実は張河さんだったなんて、も~ビックリよ。信じらんないっ」


「殺害された推定時刻は?」


「昨日の夕方五時~八時よ。五時前後に秀海ちゃんと張河さんがそれぞれ帰宅するのを、近所の人が見てる……そして八時頃、父親も仕事から帰って、書き置きと血痕を発見したの。父親の帰宅時間は自己申告だけど、その時間に警察へ通報したのは本当みたい」


「そうか。僕が居ない半年の間に、大変なことになってたんだな」


 半年の間――。


 嫌な記憶が、頭の奥でうずく。


 私、お兄ちゃんを見返しちゃった。顔から胸へ視線を下ろし、さらに腰へ、下半身へ、膝へ、すねへ……やがてお兄ちゃんの足首まで双眸をスライドしてく――。



 ――



 お兄ちゃんには、左足首がない。


 義足がめ込まれてる。


 椅子の脇には、歩行補助のステッキもあるわ。これが半年前、お兄ちゃんが全日制高校をやめた一因……あの『事故』に連なる忌まわしい記憶。


「ルイ。秀海ちゃんは、張河さんを殺したあと、死体を山へ埋めに行ったんだよね?」


「うん……ベランダから死体を庭へ突き落して、車庫まで引きずった痕跡があったって」


「車に乗せて山へ向かったのかい? 運転は誰が?」


「張河役は無免でバイクや車を乗り回してたって言ったでしょ~。不良仲間の教えで」


「ああ、そうか。おまけに日没の早い冬なら、夕方以降は人目も忍べる」


「車は、山ふもとに放置されてたんだって」


「なぜ死体を運んだんだろう? 書き置きを残したってことは、隠蔽目的ではない。死体遺棄場所には、本当に何もなかったのかい?」


「判んな~い。穴を掘って埋めようとした痕跡は見付けたらしいけど、空っぽ。張河さんの毛髪や衣服の繊維は採取できたから、そこに運んだのは事実っぽいわ」


「秀海ちゃんが別の場所に移したのか? 何らかの理由で、気が変わって」


「別の場所まで張河さんを運ぶの? そんな体力、秀海ちゃんにあったかな~……」


 女子高生が死体を運ぶのはキツそう~……男性でも重労働じゃない?


「車で運んで、戻って来たんじゃないか?」


「あ、そっか……わざわざ再び山に戻る理由は判んないけど」


「車内には、何もなかったのかい?」


「それ私も聞いたけど、至って普通よ~。発煙筒とか、車の工具とか、給油用の携行缶とか、ありふれた備品ばっか」


「変哲なし、か。ガソリン残量はどうだった? 乗り回したから減ってたかな?」


「タンクも携行缶も空っぽだったみたい。運転に慣れてない人って、燃費悪いのね」


「となると、パソコンの書き置きが怪しいな。手書きじゃないから誰でも書き込める。本当に秀海ちゃんの文言かな? 中洲家の親は何か言ってる?」


「さぁ~? 秀海ちゃん家は父子家庭で、父親は日中、お仕事だから……双子の入れ替わりとか軋轢とか、全然知らなくて途方に暮れてたって聞いたわ」


「父子家庭か」目を丸めるお兄ちゃん。「つくづく、僕らと対照的だなぁ。母子家庭と父子家庭。二卵性双生児と一卵性双生児。対比あるある」


「茶化さないでよ~。とにかく秀海ちゃんが心配で……車を捨てて、どこ行ったんだろ」


「母さんに聞いてみれば? 今はまだ病院だろうけど、張河役の秀海ちゃんを受け持ってたんだろう? 何か知ってる可能性はありそうだ。うん、あるある」


 ――お母さん!


 医者が患者の個人情報を口外するとは思えないけど、泉水おばさんも聞き込み捜査に行くだろうし、こっそり立ち聞きするチャンスはありそう……?


「私、ちょっと行って来る。病院は家から近いし、すぐ戻るわ!」


 はだけてた制服のボタンをめ直した私は、さっそく出かける準備を整えたわ。


「行ってらっしゃい――あ、それと」スマホをちらつかせるお兄ちゃん。「母さんと話すときは、通話をONにして欲しい。電話越しに、僕も傍聴したいからさ」


「判ったわ、任せて!」


「あと、ルイの色仕掛けは色気ないよ」


「あうぅ……」




   *




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