第5話 真相

 あれから彼についての新たな情報を手に入れることはできなかった。

「リリー様、これ以上の詮索せんさくはおやめください。」

 フレーバーティーをリディアに出しながらセイラがたしなめる。

「なぜそこまでして止めるのかしら?何か知られてはいけないことでもあるの?」

「…違います。彼はリリー様が思っているような方ではありません。」

「どういう意味?」

 フレーバーティーを飲みながらそう聞くとセイラはしまったという表情カオをした。

「そのままの意味だな。セイラ、用心しないか?開いてたぞ。」

 突然、割って入った声にリディアは驚いてその主を探す。扉の前にグレイスが立っていた。

「閉めたわよ。」

 グレイスは辺りをざっと見回し、舌打ちすると何か呟いた。するとなにかが動いた気がした。

 ビクと肩を震わせるとそれに気づいたらしいグレイスが安心させるように言った。

「心配するな。俺たちのシーフだ。」

「シーフ?初めて聞くわ。」

 セイラが抗議の目を向けて言う。

「グレイス!」

 セイラの口調が強くなるのは珍しく、リディアも数えるほどしか目にしたことがない。

 いったい何があったというのだろうか。

 グレイスはため息をついて答えた。

「いずれ分かることだ。それに彼女の協力があれば事が早く進む。ヤツが持っているのは確かだからな。」

 リディアは困惑して二人に説明を求めた。

「なんのこと?あなたたちだけで話を進めないでくださる?」

 グレイスは壁に背を預け語り始めた。

「どこから聞きたいんだ?」

「グ、…ー。」

 セイラはグレイスと言いかけてその言葉をのみ込んだ。口出しするなと彼の瞳が語っていたからだ。どうやら冗談ではなく本気で彼女を巻き込むつもりらしい。

 リディアはカップをソーサーに置いて言った。

「あなた方はいったい何者?まずはこれかしらね。」

「分かった。ーレイヴァス・ハーヴァント・ヴィスコンティ。これが俺の本当の名前だ。彼女はセイラ・アルメリア。そしてエルキスの婚約者でもある。」

「え?お兄様にはもうお相手がいるわ。」

 レイヴァスは興味深そうにほおと呟きセイラにだそうだ、と話をふった。

「陛下の嘘ね…。」

「お父様が嘘をついていると言うの!」

 無意識に声が大きくなる。

「リジー、声がでかい。それにしても…ずいぶんと信頼してるな。ヤツが全ての元凶だと言うのに…。」

 これにはリディアが反論した。

「あなたに!お父様の何が分かるというの?いい加減なことをおっしゃらないでくださる!」

 レイヴァスは淡々と続けた。

「なら、お前の目で確かめろ。明日、24時に展望テラスへ来い。それで分かる。─すまん、話がれたな、街で騒がれている海賊ってのは俺の部下シーフ。つまり…俺は世間を騒がせている海賊ってことだ。彼女もな。」

 面白がるようにレイヴァスはそう言った。海賊だということを隠す気は全くないようだ。

「…っ、あなたたち…ー。」

 唖然あぜんとして言葉が続かない。

だましていたことは謝る。だが、俺たちも目的があってここにいる。邪魔してくれるなよ。」

 リディアは状況を整理しようと深呼吸をした。そして頭の中で情報を組み立てていく。つまり、彼らは騎士や侍女ではなく海賊であり、目的を達成するために近づいてきたということである。今まで築いてきた関係は全て嘘だったというのだろうか。リディアはショックを受けた。

「リリー様…、お願いです。今までのことを無かったことにしないでください。確かに初めは目的のために近づきました。ですが今ではあなたといることが楽しいんです。」

「…そう。─もう何を信じたらいいか分からないわ。二人とも出ていって!!」

「リ─!」

 レイヴァスはセイラを睨んで黙らせると言った。

「俺たちをどうするかはお前しだいだ。報告したければするんだな。逃げも隠れもしない。行くぞセイラ。」

リディアは何も答えなかった。

二人が出ていったあと、リディアは彼らのことを報告しようかどうか

王国にしてみれば彼らは悪であり報告する義務がある。しかしそんなことをすれば彼は捕まり、いくら王女であってもそう簡単には会えなくなる。それだけは嫌だった。

「この気持ちはなんなのかしらね…。」

 誰にでもなく独りごちる。

「それって…、好き。ってことじゃないのかお嬢さん?」

 突然、降った声に顔を上げるとテーブルを挟んだ向かいに見知った人物がいた。

「レオンハルト!いつから─?」

 レオンは扉を閉めて言った。

「最初から。心の声が言葉になって出てたぜ。レイの言う通り無用心だな。衛兵も立たせてないなんてあんた、王女だって自覚あんの?だからオレらみたいな輩が入って来やすいんだよ。誘拐でもされたいわけ?」

 レオンの言わんとしていることを正確に読み取ったリディアは答えた。

「─そう…。あなたも彼のシーフなのね…。ですが、あなたにとやかく言われる筋合いはありませんわ!」

 リディアはレオンを目を真っ直ぐ見返してそう言いきった。

「─なるほど。レイが気に入るわけだ…オレもハマりそう。」

 レオンは小さく呟くとリディアのあごを人差し指と親指ですくい上げた。

「─ッ、なんですかレオンハルト。」

 にらんで抵抗してみる。だがレオンは不適な笑みを浮かべて言った。

「─…それはオレにとって逆効果だお嬢さん。後な、レオンって呼べ。」

 レオンもまた近くで見るとグレイスにひけをとらない端整な顔立ちをしている。グレイスとは違いレオンは甘い言葉で攻めてくることが多い。香水もムスク系のものをつけるらしくふわりと甘い香りがしている。

 互いの唇が触れそうになったとき、部屋の扉が勢いよく開かれ衛兵が入ってきた。

「リディア様から離れろ!」

 レオンが分かりやすく舌打ちした。

「続きはまた今度なお嬢さん。」

 彼はリディアの頭上を助走もつけずに飛び越えるとそのまま窓に突っ込んだ。割れた窓から風が入り込みカーテンと髪を揺らす。

「リディア様!お怪我はありませんか?」

 いつの間にきていたのかグレイスがかけ寄ってくる。そして上衣を脱ぐとリディアの肩にかけてやる。

「ええ、大丈夫。ありがとう。」

 グレイスにそう言ったリディアは衛兵を見返して言った。

「今すぐ出ていきなさい。ここをどこだと思ってらして?この件については厳重に抗議させていただきますわグレイス団長」

「申し訳ありませんリディア様。お前たち、私が戻るまで待機していろ。陛下への報告も私が戻ってからだ、いいな。」

「ですが…。」衛兵のひとりが言いかけた言葉をのみ込んだ

「聞こえなかったのか?下がれ。反論はあとで聞く。」冷淡な口調でグレイスはそう言った。衛兵たちは慌てて一礼すると逃げるように部屋を出ていった。

「すまん。迷惑をかけたな。」

 リディアは割れたガラスを片づけながら首を横にふった。

「─った。」

「バカか。割れたガラスを素手で持つ奴がどこにいる!」

 グレイスはリディアの手首を掴んで指先をくわえた。

「─ちょっ…何をなさるのっ?」

 全身が一気に熱くなり頬まで紅潮する。グレイスはクスクス笑いながら唇を離すと止血だと答えた。そして胸ポケットから布を取り出すとそれを破きリディアの指に巻いた。

「ありがとう。」とお礼を言うとグレイスはああ。とそっけない返事を返す。

「片づけは俺らがする。レオン、隠れてないで手伝え。」

「…バレたか。レイ、お前の読み通りだった。動き始めた。」

「そうか。追いついたか?」

「いや、かれた。」

「…お前から逃げきるとは相当なやからだな。

 主語のない会話が二人の間で交わされる。リディアはそれを黙って聞いていた。

「ああ。けど、見当はついてる。どうするレイ。」

「放っておけ。そのうち嫌でも顔を合わせることになる。」

「だな。」

 グレイスは何も言わず片づけを続けた。それを見ながらリディアは事の真相を聞こうと改めて決心した。

 片づけをほとんど終えたグレイスは彼女に言った。

「リジー、今夜は俺の部屋で寝ろ。風邪をひかれては困る。」

「ええ。さっきは取り乱したりしてごめんなさい。話の続きを教えていただける?なぜ私たちが狙われるのか。父は何をしているのか。」

「分かった…。俺は真実しか言わない。たとえそれがお前を傷つけることになっても文句は言うなよ。」

 リディアはこくりと頷きグレイスの後を追う。

 彼には一番広い部屋が用意されている。初めて入ったが書類などは綺麗に整頓されているし部屋もきちんと掃除がされていた。

「意外と綺麗ね。」

 グレイスは半目でリディアを見て言った。

「…お前、人のことを何だと思ってる?よくありがちな整理整頓ができない男だとでも思ってたのか?」

「そうではないけれど…お兄様がそんな感じだったから。お兄様の部屋が綺麗なのはあなたのお陰だったのね。」


「ああ、そのほうが仕事がしやすいだろう?」

 グレイスはテーブルに散らかっていた書類を片づけながらそう言った。

 リディアはそうねと答えた。

 書類を棚に戻したグレイスは近くにいたレオンに言う。

「バカどもを説教してくる。何があるかわからん、一緒にいてくれ。」

 レオンはひらひらと手を振って了解と答える。

「リジー、何かされそうになったらこれを使え。」

 ニヤリと笑いながら彼が投げて寄越よこしたのは細長いアンプルのようなものだった。

「これは…?」

「即効性の麻酔薬だ。どこでもいいから刺せ。」

「分かったわ。」

「そんなに警戒するなよレイ。手出しはしないさ…たぶんな。」

「信用できないな。」

 そう言いおいてグレイスは部屋から出ていった。

 しばらく沈黙が流れる。最初に口を開いたのはレオンだ。

「あんたさ、さっきからずっと顔が真っ赤だけど気づいてない?」

 え、とリディアは頬を両手で触る。少し熱かった。

 その様子を見たレオンはボソリと言った。

「……ほんと、温室育ちなのな。」

 リディアには聞こえなかったらしく何も言わなかった。

「ねえレオン、お兄様が狙われている理由は何なのかしら?レイヴァスに聞いたら上手くはぐらかされてしまって…。」

「なぜ、オレに聞く?帰って来てから本人に聞け。」

「…そうね、変なことをきいたわね。ごめんなさい。」

「なぜ謝る?あんたさぁ、もう少し感情、表に出しなよ。そっちの方が楽にじゃないか?」

 そう彼女に言葉を投げかけた。

「確かにあなたの言う通りね。けれど私は一国の王女です。弱音を吐くわけにはいかないわ。」

「ご立派な考えだ。けどな…、それだといつか自滅するぞ。せめて俺たちの前でくらいリジーとして振る舞ったらどうだ?」

 いつの間に戻っていたのかレイヴァスが話に割り込んでくる。リディアはぐっ、と言葉に詰まった。レオンは小さく舌打ちをして壁にもたれた。彼は小さく笑みを浮かべ椅子に座った。

 レオンはふてぶてしく言った。

「さっさと説明してやれば?」

「レオン、機嫌悪いな。」

「チッ…。誰のせいだと─。」

「口喧嘩なら他所でやっていただける?」

 リディアがピシャリと言い放つ。

 二人は視線を交わし含み笑いを浮かべた。

「悪い。さて、本題だ。エルキスが追われている理由はパンドラの地図に書かれた文字が読めるから。」

「なぜ、お兄様はそんなことができるの?」

「俺が面白半分で教えたからな。その情報がどこからかれたようだ。」

 リディアは疑わしい目で彼を見た。レイヴァスは彼女が思っていることを先読みしたように言った。

「おいおい、勘違いするなよ。狙わせようとして教えたわけじゃない。俺たちとヤツらは無関係だからな。それに―パンドラの地図はもともと俺の所有物モノだ。だが、街の酒場で酔いつぶされてられた。それを取り返すのが本来の目的だ。」

 リディアはそれを聞いてほっとした。エルキスをどうこうするつもりはないようだ。

「もし…目的のモノが手に入ったらどうするの?」

 リディアの不安げな表情にレイヴァスは優しく答えた。

「何も言わずに居なくなるつもりだったがお前のせいで予定が狂った…。責任とれ。」

「せ、責任…て。」

 レイヴァスの顔が近づいてくる。またキスか何かされるのかとぎゅっと目をつぶる。

「冗談だ…。簡単に人を信用するな。」

 その言葉でリディアは瞑っていた目をあける。

 リディアたちのやり取りを見ていたレオンは呆れたように言った。

「…お前らさぁ、オレがいること忘れてね?」

 レイヴァスがかもな、と意地悪な笑みを浮かべながらそう言った。

「マジ腹立つな。」

「知ってる…。」

 二人は互いに視線を交わして笑い合った。その様子にリディアは心が暖かくなる。

「仲がいいのね、あなたたち。」

「長い付き合いだからな。お嬢さん、そろそろ休め。夜はまだ長い。」

「そうね。そうする…わ。」

 リディアの意識がゆっくりと遠のいていきそこでふつりと切れた。傾く身体からだをレイヴァスが受け止める。

 そして、ベッドに寝かせたあと彼女を愛しそうに見つめて言った。

「おやすみリジー。レオン、おそらくパンドラの地図はヤツが持ってる。目を離すなよ。」

「ああ。じゃあ行くわ。動きがあれば連絡するな。」

 レイヴァスが頷くとレオンは一瞬で消えた。

 机に散らばった資料を読みながら呟いた。

「─どう出る…ウェントス?」

 燭台しょくだいあかりがたのしそうに笑う彼の口元を照らしていた。



















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