第3話 再会
なんの前触れもなく
だがグレイスはブレることなく落ち着きはらった口調で言った。
「なんのご用ですか?リディア様。わざわざお越しにならなくてもお呼びになれば行きましたよ。」
「ええ、そうね。…ならば少し時間をいただける?」
リディアは少し間をおいてそう言った。冷静に考えてみればその通りだ。王女であるリディアがわざわざ出向く必要はないのである。
グレイスは内心、おもしろくて仕方がなかった。才色兼備と評される彼女にこんな意外な一面があるとは思わなかったからだ。ますます興味がわきリディアのことが知りたくなったのも事実である。
「分かりました。行きましょう。」
グレイスはリディアの手を引いて東棟から離れた。歩きながらグレイスは溜め息をついた。
「お前、もう少し立場を自覚しろ。」
「会いたいと思ったから来ただけよ。」
さらりと恥ずかしいことを言ってのけるリディアである。
グレイスは一瞬、目を
「…無意識か。面白いな。」
「なんですって?」
「なんでもない。…少し付き合え。」
リディアの返事を待たずにグレイスは歩き出した。
手を引かれるがまま連れていかれたのは裏門だった。
「何をする気?」
グレイスは人差し指を唇に当てる仕草をすると衛兵の小屋をノックした。小窓から顔を
「…グレイス様、また
「ああ。今日は王女も一緒だけどな。」
「それはそれは―…って何を考えてるんですか!陛下にバレたらどうするんです?」
「護衛を任されたのは俺だ。俺がついてれば問題ない。ヤボ用もあるしな…。」
「…分かりました。どうぞ」
衛兵は暗黙の了解と言った様子で招き入れた。
「リディア、おいで。」
ついていってはいけない。そう思うのに体がいうことをきかず歩き出す。差し出された手を取るとグレイスは小さく呟いた。
「ようこそ外界ヘ。」
衛兵は奥から二着の服を持って来るとグレイスに渡した。
「これに着替えろ。ドレスだと目立つからな。」
「分かったわ。後ろの紐をといてちょうだい。」
「…ほんと無意識だな。」
小さく呟いて衛兵に借りるぞと奥を示す。頷いた彼は馬を準備してきますと言って出ていった。
「馬は一頭でいい。」
そう伝えたグレイスは奥に入り目隠しのカーテンを閉めるとドレスの紐を解き始めた。二段目までほどき手を止める。
「できたぞ。出てるから早く着替えろ。」
「ありがとう、グレイス。」
「ああ。」
グレイスは部屋を出ると自分も着替えた。商人のような格好だ。そこへ準備を終えたらしい衛兵が戻ってきた。
「気に入ってますね。」
「ああ。気取ってないところがいい。」
「初めてじゃないですか?」
「そうだな…。―うっかり口を滑らせて俺のことバラすなよ。」
「分かってます。」
話し終えたと同時に奥からリディアが出てきた。
「動きやすいわね。」
彼女は感心したようにそう言った。
「働きやすいように仕立ててあるんだよ。
時間が惜しい、行くぞ。」
グレイスはリディアの手を取り、小屋から出た。美しい青毛の馬が
「綺麗ね。今日はよろしくね。」
撫でたリディアに馬は顔を擦りよせた。
「…驚いたな。俺たち以外にはなつかないんだが…。」
「お気をつけください。」
グレイスは衛兵の真意を正確に読み取り頷いた。リディアを軽々と抱き上げ馬に乗せると手綱を持って走り出した。彼らは森に続いた道に入って行った。
しばらく走ると開けた場所に出た。そこは小高い丘だった。
初めて馬に乗ったリディアは怖くてグレイスの服をずっと掴んでいた。
「リディア、顔を上げろ。支えてるから落ちやしない。」
リディアは恐る恐る顔を上げた。いつも見ている景色とは全く違っていた。暖かな光が街全体を照らしている。
「綺麗…。いつも宮殿から見ているだけだったから。」
「だろう?ここが俺の治める
「何ですって?!」
グレイスは嘘とも本当とも取れる口調でそう言った。
「…―冗談だ。真に受けるな。」
彼はクスクス笑いながら言う。と、グレイスの瞳がスッと細められた。そして舌打ちをすると腰に差していた銃に手をかける。
「どうしたの?」
急に変わった空気に戸惑い問いかける。
「追っ手を撒く…。振り落とされるなよ!」
そう言ったグレイスは手綱を握り直すと馬の腹を蹴った。
馬はスピードを上げて走り出した。リディアはギュッとグレイスに抱きついた。彼の吐息が耳にかかり赤くなる。そして耳元で囁かれる。
「いい子だ。しばらくそのままな。」
グレイスは森に続く脇道に入ると見事な手綱さばきで馬を操り銃を抜いた。
「森に逃げたぞ!追え。」
「…―っ、グレイス、怖いわ。」
リディアの言葉に彼は言った。
「すぐ終わる。そのまま下向いてろ。」
グレイスはリディアにフードを被せると馬の腹を蹴り森から出た。不適な笑みを浮かべて疾走する。それを見つけた相手が並走してくる。
「今日こそ決着をつけてやる。」
興奮冷めやらぬ瞳をグレイスに向ける。
「―付き合ってやりたいのは山々だが先約がある、消えろ。」
冷めた瞳で男を睨む。
「―…っ。」
それ以上言葉が出ず、男は馬の脚を思わず止める。その間にグレイスは距離をあけ馬の速度を緩めていく。
リディア、と優しく囁きフードをとってやると彼女は不安げな瞳でグレイスを見上げた。なにが言いたいのか顔に出ていた。グレイスは優しく笑って言った。
「もう追って来ないから安心しろ。もう少しで着くから景色でも眺めてろ。」
グレイスはそう言いながら迷路のようになった街中を進んでいく。そして
「いるか?」
「ああ。そちらは?」
一人がそう聞いてくる。
「大事な女。それでいいだろ…通せ。」
連中は黙ったまま通路を開けた。
リディアの手を引きグレイスは奥に進んでいく。突き当たりに店の入り口があった。石壁には看板が吊り下げられている。そこから察するにバーのようだった。
おおよそ一般人は近寄らないであろう店構えだった。そこに
すると、カウンターで酒のボトルを眺めていた男が言う。
「ちゃんと来たな。レイヴァス。」
「今後、王宮に来るならその呼び方をやめろ。今はグレイスで通してるんでな。」
リディアはその言葉に引っかかりを覚えてグレイスを見上げる。
「どういう意味かしら?」
グレイスはしまったという顔をするがもう遅い。いつもと同じように接していて彼女がいるのを忘れていた。慣れないことはするものじゃないと思ったのは言うまでもない。
「…はぁー。レイヴァスってのは俺の本当の名前だ。少し訳があって偽名を使ってるんだよ。詳細はそのうち話す。」
溜め息をつき彼はそう言った。
「…そう。なら私も共犯ね。安心して。バラすようなことはしないわ。」
「ほぉ―ずいぶんと物分かりのいいお嬢さんだ。連れてくるわけだ。もう少ししたらくるから待ってな。」
リディアは彼に質問した。
「あなたの名前は?」
彼の金髪に青色の瞳が一瞬、鋭くなりグレイスに向けられた。グレイスは答えた。
「彼女は王女のリディア・リィーナ・ヴィッセル。」
「…―なるほど。オレの名はレオンハルト。レイヴァスとは昔からの知り合いだ。」
「すまないな態度がなってなくて。」
「ええ、本当に。まぁいいわ。それよりもう少しで来るって誰のこと?」
「お前が会いたい人だ。」
グレイスの言葉にリディアはまさか、と思った。
入り口からフードを被った数人が入ってきた。
「急用ってなんなんだグレイス?」
フードを下ろしその人が顔を上げる。グレイスの隣にいるリディアを見た彼は目を見開いた。
「お兄様、無事だったのね。」
リディアは思わずエルキスに抱きついた。彼女を抱きしめながらグレイスに厳しい目を向ける。
「どういうことだ?なぜ妹がここにいる。説明しろ。」
グレイスはやれやれといった感じで肩を
「リ―王女が毎日、情報を求めてくるんでね。」
「今はその話をしてるんじゃない。なぜ外に出した?父に知れたら命はないぞ。」
グレイスはクスリと笑って言った。
「…はたして俺を殺せるかな。場数は俺のほうが多い。俺がお前らを
―おっと。油断大敵だな王女サマ。」
リディアの平手を彼女の手首を掴んで制し、軽口をたたいてみる。
ただ、軽く捕まれているだけなのにビクともしない。リディアは少し恐怖を覚えた。
「…グレイス、離して」
彼はすぐに離してくれた。そしてリディアを抱きよせた。
なぜだろうグレイスの心音が心地いい。リディアはその音を聞きながら眠りの淵に落ちていった。
急に重さを増した体にグレイスはおやすみと囁いた。
リディアを横抱きにしたグレイスは言った。
「例の件、さっさと結論を出せ。敵は増える一方だ。」
それだけ言ったグレイスは店を出る。
リディアを抱えたまま馬に乗り王宮へと戻るとそのまま彼女の部屋へと運ぶ。
「ずいぶん遅かったわね。」
扉の前に立っていたセイラが声をかけてくる。
「これでも早く帰ってきたつもりなんだが?」
「そう。入って。」
リディアをベッドに寝かせたグレイスはセイラに後を頼み部屋を出て離宮に戻った。自室に戻り煙草に火をつける。
机の引き出しからとある文書を取り出す。それは一族しか閲覧できないとされているヴィッセル家の歴史書だ。
そんなものをなぜグレイスが持っているのか分からない。彼は月明かりと
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