第14話
金曜日。
私は幼稚園の応接室にいる。
「佐川さん、孫が本当に失礼なことをしてしまって……」
園長に呼ばれた今日、内容は検討がついていた。
『ごめんね、杏奈さん』
雪くんが話した雫ちゃんの話。
なぜだか彼女には腹が立たなかった。
『……あの、すみませんでした』
雪くんの横にいた彼女が代わった電話。
彼が言うには彼女から私に謝りたいと言ったようだった。
雪くんのことも、彼女のことも責めようだなんて思いもしなかった。
ただ、
『あの!イタズラ電話は私じゃないです!本当に。信じてください』
そう言う彼女の言葉に嘘はないように思えて、もやもやしたものが晴れていないのも確かだった。
「私のせいかもしれないわ」
園長がそう話し出した。
「私ね、秀一さん……雪くんのお祖父さんが好きだったの」
4つ年上の幼馴染み、秀一をずっと想い続けていたという。
秀一はあるホテルの見習いシェフとしてスタートし始めたばかりで、お世辞にも安定した生活を送っていけるとは言い難い時期だった。
けれど真面目で一生懸命な性格の秀一は周囲からの評判も良く、園長――鈴子の両親もとても気に入っていたという。
「父なんて、秀一さんに『いつか鈴子を貰ってくれ』って言ってたのよ」
嬉しかった。
いつか彼のお嫁さんになれるんだって、そう疑わなかったから。
「でもそうはいかないものよね」
ある日、学校の友人を紹介したの。
「春乃は一番の仲良しでね。ちょっといい家のお嬢さんだったんだけど、すごく気があって」
それが全てを変えてしまった。
秀一が春乃を好きになってしまった。
春乃もまた、秀一を好きになってしまった。
真面目で一生懸命な秀一は、春乃に何度も想いを伝えた。
「私ね、春乃を応援したの」
え?秀一さんのこと好きだったのに?ですか?
そう私が聞くと、
「違うわね、応援したふりをしたの」
春乃が気にしているのは私のことだけだと分かっていたから、私が応援すると言ったら、やっと秀一さんの想いを受け止めたわ。
でも私はそのあと罪を犯したの。
「春乃の両親に匿名で手紙を出したわ。秀一さんのことを書いて」
春乃の両親は裕福ではない秀一さんを快く思わなかった。すぐに二人は会うことさえ困難になった。
私は二人の橋渡しをかってでたけど、二人の手紙を勝手に読んでは何通も何通も届けずに捨てたの。
「ひどいでしょ」
「……酷いです」
思わず出た私の本音に園長は深く頷き、少しだけ微笑んだ。
「けど、ある日秀一さんが泣いているのを見てしまったのよね」
男の人が……ましてや、秀一さんが泣くだなんて。
「後悔したわ。好きな人を苦しめているのが自分だと分かって」
それから……?と私が問うと、園長はにっこり笑ってさらに続けた。
「強い想いは切れないのよね」
秀一は何度も何度も春乃の両親に会いに行き3年もかかって、やっと許してもらえたのだという。
「それにね、春乃は私の罪に気が付いていたわ。でもいつも言うの。『ありがとう』って。今でもよ。まったく」
ふふふ。と笑う園長は、私の方を見て静かに話す。
「遺伝かしら?孫が雪くんを好きになったのは。困ったものね」
どうしてこんな話を私にしたんだろう。
園長は私たちのことに気が付いているんだろう。
強い想いを持つ二人を見抜く力があるのだろうか。
責めたりはしないが、試されているようだった。
「あ、あの、私」
聞いてほしい。
この人に聞いて欲しい。
そう、思って口を開いた時だった。
――トントン。
ドアをノックする音と同時に萌の担任が覗いた。
「すみません、園長。あの、佐川さん」
名前を呼ばれ目をやると、担任の綾先生が不思議そうな顔をしてこう言った。
「門のところに、萌ちゃんのお迎えだと知らない人がきてるんですが、佐川さん今日萌ちゃん……そんなのないですよね?」
え?
一瞬なにか分からなかった。
「あ、あの、夫では、なくて?」
綾先生が萌の父親を知らないはずはないと思いながらも、それ以外に思い当たる人がいなかった。
先生の言葉を聞いて私は嫌な予感が全身を駆け巡った。
『いえ、女の人です。若い』
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