第13話

 この制服を脱いでから、もう8年もたったのか。

 校門から出てくる後輩たちの姿が眩しく思えて少し目を細めた。


『ピンクのお守り』

 そう聞いて思い出した一人の女の子。

 兄弟のいない僕にとって、まるで妹のように一緒に大きくなった子だった。


『雪ちゃんと同じ高校受ける』


 そう言ったから、贈った学業守り。

 もう三年も前なのに、いまだに身に付けてたのか。


 あの時、気がつかないふりをした彼女の想い。傷付けたくなくて、はっきり言わなかったあの日の自分と、しばらく彼女を忘れていた自分。


 悪いのは僕だと思った。


 あの写真と杏奈さんへのイタズラ電話。

 自分のせいで杏奈さんを不安にさせてしまった。



「雪ちゃん……」



 彼女は校門の少し前で僕に気付き足を止めた。


「少し話せる?」


 そう聞くと彼女はバツが悪そうに軽く頷いた。


「おばあちゃんが言ったの?私だって」


 いつの日か杏奈さんと座ったベンチに並んで座ると、すぐに彼女が話し出した。


「いや、園長は言わなかったよ。雫から渡されただなんて」


 そう。


 そう呟いて彼女は膝の上の手のひらをギュッと丸く握った。


 高松 雫。

 東高の三年生。


 両親がなくなって祖父母に引き取られたあと、あの人に出来た最初の孫が雫だった。

 今でも、あの日の園長の嬉しそうな顔が思い出せる。

 そう、雫は園長の孫娘だった。


『雪くん、仲良くしてあげてね』


 まわりの大人はみんな働いていたから、よく一緒に遊んでやった。

 同級生たちが雫を邪魔扱いしたりすると、無性に腹がたって喧嘩になったこともあった。


 僕はお兄ちゃんだったんだ。


 けれど、いつの頃からか雫が少し変わってきた。僕に彼女が出来たりすると変に泣いたり怒ったりした。

 でも8つも年下だから、まだ小学生だったりしたから。


『お兄ちゃんが取られるみたいな感覚じゃないの?』


 当時の彼女に言われた言葉に、その通りだ、と疑わなかった。


「……雪ちゃん、あの人が好きなの?」


 重い口を開いた彼女。

 ちゃんと答えなければと思った。


「うん、そうだよ」


 弾かれるように彼女が声を荒げる。


「結婚してるじゃん!」


「うん」


「子供もいるじゃん!」


「うん」


 徐々に泣き声になる彼女は怒っているようだった。


「雪ちゃん、8こも違ったら恋愛感情なんか湧かないって言ったよね?」


「うん」


 東高の合格がわかったあの日、真っ先に伝えにきた雫が何を言おうとしてるのかわかった僕は、とっさに言ってしまった。


『彼氏ができたら教えてくれよな、兄ちゃん応援するから』


 一瞬歪んだ顔をして『雪ちゃんよりいい人なんて見つからないよ』と言った彼女。

 それを遮るように、

『8つも上の大人をからかうなよ。』

 と、確かに言った。


「雪ちゃんが好きなの。ずっと、ずーっと前から好きなの」


「うん」


「雪ちゃんより8こ年上の人に取られるなんて絶対無理!」


「私のことなんてすっかり忘れてた!私は忘れてなかったのに!」


「ひどいよ、雪ちゃんはひどい!」


 そう言いながら僕の腕を叩く彼女は、もう小学生の女の子じゃなかった。18才の一人の恋する女性だった。


「ごめんな、雫。本当にごめん」


 こんな僕をこんなにも好きでいてくれてありがとう。

 気持ちを無視したりして悪かった。

 ちゃんとこたえるよ。

 ちゃんと話すよ。

 ちゃんと聞くよ。


 もう、逃げてばかりの僕はやめるから。

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