第11話

「雪先生、ちょっと」


 呼ばれて入った園長室。

 賑やかに遊ぶ子供たちの声が急にシャットアウトされる。


「秀一さんお元気?」


 園長がそう話始めたから少しだけ頬が緩む。

 秀一とは祖父の名前だ。

 園長は祖父と幼馴染みで、小さい頃からずっとご近所さんだったらしい。

 栄養士の資格を取った時、真っ先に声をかけてくれたのは園長だった。


「はい、お陰さまで最近は随分調子がいいです」


 そう。と嬉しそうに笑ったあと、園長はデスクの引き出しから一枚の紙を取り出した。

 そっと広げたその紙を見て僕は急に背筋が冷たくなる。


「匿名で、私のところに送られてきたの。これ、雪先生と佐川さんで間違いない?」


 店から出る杏奈さんを見送る僕。その紙には、その様子が写し出されていた。


「あ、あの、これは」


 急なことで思わず声がどもる。


「秀一さんのお店よね?これ」

「はい」



「そうか!佐川さんはお客様なのね!」

 園長が僕を誘導するように話し出す。

「お店のお手伝いをしてるときに園児の保護者がいらしたら入口まで送って差し上げるわよね」

「まったく、誰がこんなもの送ってきたのかしら」


 そう言って、


「でも、雪くん、気を付けなさい!こういうこともあるってこと!」

「戻っていいわよ!このことは私しか知りませんから」


 大袈裟に笑う園長は、まるで僕を牽制しているようでもあった。


『気を付けなさい』


 もしかすると、園長には気付かれたのか?

 いや、まさか。


「――園長。もしも、園長が思う悪い方だったらどうしますか」


 そう投げ掛けてみると、少し悲しそうな表情を浮かべた園長が言った。


「どれが悪いかなんてわからないわ」


 ――え?

 僕が戸惑うと、また表情を変え、次はまっすぐ僕を見つめてから、


「しかし園長としては、もしこれが本当であれば、残念ですが雪先生をクビにしなければなりません」


 そうキッパリ言い切った。

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