第10話

 娘を送り出した静かな部屋。椅子に座った私は実家での夏を思い出していた。


 我が家は札幌市から少しだけ離れた恵庭市にあり、祖父の代からの農家で、父の畑には数多くの野菜が育っている。

 昔、どこか怖かった父の背中はいつの間にか丸くなり、孫の手を引く日焼けした手はいつの間にかシワだらけになった。


『杏奈、大丈夫?少し痩せたんじゃないかってお父さんが言ってたわ』


 洗い物をする私の隣で、萌が摘んできたお花を瓶に差しながら母が言った。


 向こうは暑いからね!と、誤魔化そうと口を開こうとした途端、言葉より先に涙が溢れた。

 母は何か気が付いたかもしれない。

 しかし、何も言わずに、私の背中を擦った。


 帰る前日、父に誘われ、最後の畑仕事をした。

 昔は何故か恥ずかしかった『農家の娘』

 反抗したことも沢山あった。

 小さくなった父の背中に時の流れを感じた。


『ごめんね、お父さん』


 理由は言えないけれど父の背中にその言葉だけをかけた。


 農家が格好悪いだなんて言ってごめん。

 彼とうまくいってないの。

 好きな人まで出来てしまった。


 ごめん。

 ごめんなさい。


 何も言わなかったのに。


『お前は昔から、頑張りすぎるところがあるから』


 そう言って笑い、ふざけたように、いつでも帰ってきていいぞ。と言った。


 親の存在。


 なんて大きくて暖かいのだろう。お日様のようだと思う。


 私は萌のお日様になれているだろうか。


 ふと、親をほとんど知らずに育った彼を思い出した。


 雪。

 名前の通り、どこか冷たいものに覆われた彼の心。


 でも私は知っている。

 雪解けの季節があること。

 お日様がきらきら光り、呼応するように雪もきらきら光ること。


 萌のお日様になりたい。

 雪のお日様になりたい。


 私はずるいだろうか。


 けれど。

 狂った歯車を修理する気のない私。

 それよりも。

 コロコロと外れてしまいたいと願う気持ち。


 私はひとつの決心を固めた。

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