第7話
次の水曜日はまた雨だった。
『傘、そろそろ返しにきて』
あの日の帰り際、彼はそう言って微笑んだ。
意識してる訳じゃ。
頭ではそう思っていても体はとても正直で。久しぶりに丁寧な化粧と鏡を覗く回数に、自分でもバカみたいだと思う。
でもなぜかくすぐったい。
恋をしている高校生のように嫌じゃない不安で心が踊った。
はやる気持ちを押さえながらドアに手をかけると、あの日と同じようにドアベルが乾いた音を鳴らして私を招き入れた。
『すいません、今日、定休……』
そこまで言った彼が私の顔を見た途端、顔をくしゃくしゃにして嬉しそうに笑った。
「おいしい……」
彼は私がなにも食べていないことを知ると手際よくトマトクリームのパスタを作った。
そう!?と嬉しそうに笑う彼は少し照れているようでもあった。
「はい」
差し出されたココア。
男の子なのになんて手際がいいんだろう。下げられ洗われた食器と目の前に置かれたカップ。
驚いていると、私の心が読めたのか彼がにこやかに言う。
「なんでも自分で出来るように!って思って生きてきたからね」
そうしてゆっくり窓の外を覗く。
だらだらと降り続ける雨を見て嫌そうに眉を下げる。
その横顔に間違いなく見とれていた。
「思い出すから、雨の日が嫌いなんだよ」
そう言って話し始める。
「ちょっと出掛けてくるだけだって言ったんだ」
椅子をひいて腰かける。
「そのまま帰ってこなくなっちゃったけど」
カップに口をつけて一口だけ飲む。
彼は明るく話したけれど。
今もニコニコ笑っているけれど。
なぜか。
どうしてか、私には彼が頑張っているように見えて。
健気に耐える子供のように見えて。
彼の手が震えているような気がして。
堪らなくなった。
そして動き出す。
そう。
何かが私を動かした。
彼の手に、そっと自分の手を重ねる。
伝わる体温。
彼の手は冷たくて、そのことで、なおさら温めたくなった。
強く両手で包み込む。
「杏奈さん」
彼が弾かれるように私を見上げる。
見つめあい、問いかけた。
「……泣いたことある?」
驚く彼にさらに続けた。
「……もっと前に会いたかった」
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