第6話

 まるで私の心の中を読まれたようだった。


「じいちゃんの調子があんまり良くないんです」


 彼はそう話し出した。

 あのお店を営む、お祖父さんとお祖母さんは両親をなくした彼の親代わりだという。


「事故です。あっけなく」


 そう言って微笑んだけれど、どこか寂しげな彼。

 あぁ、人は、回りにはわからない、その人その人の悩みや悲しみがあるんだと改めて思い知らされる。


 自分を育ててくれたお祖父さんの体調が冬頃からあまり良くないらしい。


「ばあちゃん一人じゃ大変なんで」


 今までも幼稚園とお店の手伝いとを並行していたらしいが、お祖父さんが風邪をひいてしまったらしく今週いっぱいは幼稚園をお休みしてお店を手伝っていたという。


「避けてたから気付かなかったでしょ」


 そう言って彼は私の顔を見た。

 敬語と、タメ口とが織り交ざる不思議な会話。その微妙な距離感が私を緊張させる。


「嘘じゃないですよ。この前言ったこと」


 真剣な顔になった彼は私の目をまっすぐに見る。

 からかわないで。と辛うじて出た言葉はすぐに彼の言葉にかき消された。


「……スーパーで」


 え?


「スーパーで、他のお客さんが忘れていったもの、サービスカウンターに届けてた」


 え?


「でも、混んでて、ずっと待ってた」


「それなのに、迷子とかお年寄りとかに順番どんどん譲ってて」


 ――ああ。思い出した。


 引っ越してきたその日。

 あの人と萌と近所のスーパーに買い物へ行った。

 レジを終え、袋に詰め終わり帰ろうとすると私のものではない小さなレジ袋が1つ。中には生理用品が入っていた。


 さっき隣で詰めていた人かも。

 そう思って少しその場に留まったが、誰も取りに戻る様子がない。


 私はごくごく普通に、サービスカウンターに向かった。


 その時、萌を抱いたあの人は『そこに置いとけよ』と言ったけれど、誰か心ない人が持っていってしまうかもしれない。


 そう思ったから。


 混んでいるサービスカウンター。泣いている子供や荷物を抱えるお祖母ちゃんの方が先でいいと思ったから。


『だから置いとけって言ったんだよ』


 入口で待っていたあの人が吐き出した言葉。待たせてごめんね、と情けなく笑った私。


 引っ越してきて最初の嫌な思い出だったから、いつの間にか忘れていた。

 もしかしたら忘れようとしていたのかも。


「あぁ、素敵な人だなぁってずっと見てたんです」


 彼は言う。

 そんな私が気になったと。

 そして、転園の手続きにやってきた私を見つけて嬉しかったと。


「だから」

「嘘じゃないですよ。この前言ったこと」


 ザワザワと騒ぐ木の葉。

 時間がここだけ止まってしまったようだ。


 彼は私を見つめてもう一度言う。


『好きです。杏奈さん』

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