第5話
雨ばかり降っていたこの街が嘘みたいに晴ればかりになって、毎日新しい景色を目にするようになった。
あれから1ヶ月。
傘はまだ私のところにある。
怖がりな私は娘を送ることすら戸惑い、園バス利用に変えてしまった。
パートでも始めようか。
少なくなった貯金用通帳の残高を見て大きなため息をついた。
『俺の働いた金だぞ!』
まさか、自分がその台詞を言われるだなんて思ってもみなかった。
いや、……というか、最近の私たちはすっかり会話がなくなっていたのに、久し振りに交わした言葉がこれかと心底悲しくなった。
このところ彼は金遣いが荒い。
靴やネクタイ、ジャケットなど。今まではそうでもなかった彼が急に外見を気にするようになった。
上着のポケットから出てきたキャバクラの名刺。
あまりに簡単な答えだった。
浮気ではないにしろ、想像出来た彼の姿。
けれど、不思議と嫉妬はしなかった。
それだけ冷めてしまっているのか、そんな自分の気持ちの方が何故か怖かった。
一人でいる部屋は、あまりに静かで落ち着かない。
娘が帰ってくる時間まで余裕がある。
ジメジメした自分を蒸発させたかった。
***
近くの公園のベンチに腰をおろす。
夏色の日差しは地面に葉の影を写しながら隙間をキラキラと縫っている。
テスト期間なのだろうか。
こんな早い時間なのに高校生のカップルが帰宅していくのが遠くに見えた。
どちらからでもなく繋がれる手。
制服の、白いシャツのせいだろうか。
あまりに眩しくて目を細めた。
――あの人と手を最後に繋いだのはいつだろう。もう思い出せない。
「記憶にないわ」
言葉にすると楽しくなってきた。
本当に覚えていない。
私の頭も、手のひらも、あの人にときめいた日のことを覚えていない。
「ホントに好きだったのかな」
見上げた木の葉の隙間からキラキラと光が射して眩しい。
暫く見つめていたら、なんだか気持ちが救われたように思えた。
「帰ろっかな」
まだまだ時間があるが、そう思いベンチから立ち上がったその時だった。
今日は水曜日じゃないのに。
まだ保育時間なのに。
私の目の前にいた、その人。
「……本物?」
私の問いに、彼は照れくさそうに頷き笑う。
「こっちのセリフですよ」
そう笑った彼の前髪が風で揺れた。
私はもう一度ベンチに腰をおろす。
彼は引き寄せられるように私の隣に並んで座った。
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