第5話(4)



 次の日・・

 眼帯で目を隠すことは諦めるしかないので、柚季はしぶしぶ学校へ向かった。

(さすがに両目、隠すわけにはいかないしっ・・・)

 左目だけ隠しても、どうせ赤い瞳だと分かってしまうのだし、ここはいっそ眼帯なんて外してしまおう、そう思った。

(目の色なんて、よく見ないと分からないしっ・・・いざとなったら、カラコンいれてるって言えばいいよね・・?)

 正直、誤魔化せるか不安だ。

 クラスのみんなの反応が怖くて仕方ない。

 そんなことを考えていると、後方から「柚季さん、おはようございます!」と声をかけられる。

 振り返ると、柚季のすぐ後ろにはいつの間にかアルトがいた。

「あ、アルト、おはよー」

「柚季さん、その瞳・・!」

 アルトは早速、柚季の目の変化に気付いたらしく、そう言った。

 柚季はそれに、少しだけ笑ってみせる。

「うん、早くしないとヤバいかも・・でも、大丈夫だよ!絶対どうにかするし」

「・・・」

「今はそのことよりも、話したいことがあって!」

 ・・・ここは家をでたばかりの道端。あまり人も通らないし、このまま話しても大丈夫だろう。

 昨日、フミカからきかされた事実は、自分よりもアルトにとっての方が重要な事実だ。

 早く伝えないと。

「アルト・・・昨日、フミカからきいたことなんだけど・・」

「はい・・」

 アルトはとても不安そうに頷く。

「率直に言っちゃうと、フミカはもう亡くなってて・・今は、アルトの体に魂を入れてもらって生きてる状態なんだって」

「!・・え」

 柚季は戸惑っているアルトの瞳を見据え、

「アルトはまだ生きてるんだよ!

 すずがフミカを殺せって言うのも、きっと・・・アルトはもとの体に戻るべきってことなんじゃないかな!?」

「──・・・」

「わたしもそう思うよっ・・

 アルトの体なんだし、やっぱりアルトが使うことが・・一番正しい形なんだと思う・・」

「・・・」

「何より、アルトが生きいたなんて嬉しい・・!

 天界で働くのなんてやめてさっ・・地上で生きようよ!」

「・・・えっと・・ですね・・」

 すぐに返事がくることに期待していた柚季は、アルトが口ごもった事実に大きな不安を覚えた。それに、もどかしくて仕方なかった。

 アルトの体を使ってのうのうと生きているフミカ。こんな状況、絶対に許されるはずないのに・

「ねぇアルト・・」

「僕は生きていた・・んですね・・信じられません」

 アルトは呟くような声でそう言った。

 その瞳は、ゆらゆらと揺れ、とても動揺しているようだ。

 柚季は必死になって、

「そうだよ、アルトっ・・アルトにはまだ生きる資格があるんだよっ・・」

「──・・・」

 アルトは俯く。

「・・・アルト?」

「ごめんなさい・・少しだけ考えさえてください」

 そしてアルトは、この場から浮き上がり、柚季の視界から消えてしまった。



(あー・・やっぱ唐突すぎたかなっ)

 学校にきてからずっと、柚季は、アルトのあの反応が気になって仕方がなかった。

 目の問題は、思いのほかクラスメイトにも先生にも、突っ込まれなかったので、やはり気になってしまうのはアルトのこと。

(でも、言わないわけにはいかないし、伝えてよかったよねっ・・)

 結果的にはそういう結論に落ち着いた。

 けれど、頭の中は授業内容を全く受け付けない。

(アルト・・このまま、フミカに自分の体を使わせる・・なんてこと、しないよね)

「──・・」

 アルトのことだから、ないとは言い切れないだろう。

 そうだとしたら、アルトのために何かが出来るのは自分しかいないのだ。

 徐行終了のチャイムが鳴るのと同時に、柚季は立ち上がる。

 何がアルトのためなのかなんて、本当はよく分からない。

 でも・・じっくり考えている余裕なんて、あるはずなかった。

「柚季~一緒にお昼たべよう」

「ごめん、わたし、行かないと!」

 柚季は、こちらに歩み寄ってきた琴音のよろを通り過ぎると、教室を後にした。



 アルトは、柚季の通う学校の屋上にいた。

 端の方に腰をおろし、視界に広がる街並みをながめる。

 天界に戻ってもいいと思ったが、地上の方がヒトに見られなくて済むので安心できる。

 物思いにふけっていたかったので、アルトはここにいた。

 ・・・アルトの頭にこびりついて離れないのは、柚季の言葉。

『アルトは生きている』

「──・・・」

 いまだに信じられなかった。

 もちろん、フミカがアルトの体を使っているという事実も簡単に受け入れられるはずはない。

 だって自分には、地上にいた頃のキオクが一切ないのだから。

 きっとキオクが戻れば、フミカがアルトの体を使っている理由や自分がしんでしまった理由も分かるはず・・・そう思った。

 アルトはポケットから、課長の部屋から持ってきてしまったキオクをビン、を取り出す。

 その中に入っているきれいな青色の液体は、日の光を浴びてキラキラと輝いた。

(これを飲めば、キオクを戻せるんですよねー・・)

 正直、怖かった。

 もしかしたら、何も知らないままの方が幸せなのかもしれない。

 けれど、何も知らないままの自分、でいることも怖かった。

(もう一度、地上で生きていいかなんて分かるはずないですよっ・・)

 分かる方法はただ一つ・・・全てを思い出すこと、だ。



 柚季はフミカがいるはずの病院にきていた。

 院内に入り、フミカの姿を探すと受付で忙しなく働く彼女の姿をすぐに発見する。

「──・・」

 柚季にはある考えがあった。

 フミカには悪いが・・・

 柚季はフミカにゆっくりと近づくと、彼女に声をかけようとする。

 が、何かの用事ができたらしく、フミカは受付のスペースを抜けstaff only という張り紙があるドアの中へ姿を消した。

「・・・」

(いいやっ・・入っちゃえっ)

 柚季は周囲に気を配りながら、フミカに続いてドアの中に入る。

 次にフミカが、壁際に並ぶドアのうちの一つに入っていくのが見えたので、柚季もそのドアの前に立った。

 ためしにドアに耳をあて、中にフミカ以外の誰かがいないか伺ってみる。

 ・・・中は、とても静かだ。

 フミカ以外はいないはず・・そう決めて柚季はドアを開け中に足を踏み入れた。

 途端に目に飛び込んできたのは、イスに腰かけ休憩をとっているらしいフミカの姿。

 テーブルには、コンビニの袋、ペットボトルの飲み物・・そして、すずの薬。

「柚季?どうしたの??」

 フミカは突然の柚季の登場にとても驚いているようだった。

「──・・・ごめん、フミカ」

 柚季はそう呟き、すずの薬の方へ目をやる。

 あの薬がなければ、フミカはアルトの体を使えない。

「え、何が?」

 フミカが立ち上がった瞬間、柚季はテーブルに置いてあるすずの薬を手にとった。

「!・・・──」

 その瞬間、重い空気が二人を包む。

「柚季―・・それ、返して?」

「ごめんっ。やっぱわたし・・こんな状況、許せない!」

 そして柚季は薬を握りしめたまま、部屋を飛び出した。

(こんなもの、水に流しちゃえば・・・)

「柚季!待ってよ!!」

「っ・・・」

 もちろん、フミカは柚季の後を追いかけてくる。

 こんな知らない場所では、逃げるにも逃げられない。

 そう思った柚季は、staff onlyの場所から飛び出した。

 その場にいる、病院のスタッフや多くの患者の間をすり抜け、柚季はひたすら走る。

「お願いその子を捕まえて!!大切なものをとられたの!」

 フミカの叫び声が響き渡る。

 周囲の人々はただ戸惑っている様子だったが、近くの男性が柚季の方に手を伸ばしてきた。

「っ──・・!」

(捕まるっ・・・)

 とその瞬間、柚季の体と男性の手の間にバチリと静電気のようなものが走った。

「!・・」

「な・・何だ?」

「─・・」

(すずの力だ・・また使えたっ)

 ・・・がそのことに気を取られていたせいで、近くにいた人に壮大にぶつかってしまう。

 床に倒れ込む柚季。

「痛っ・・」

 すかさず駆け寄ってきたフミカが、柚季の手を離れた薬のビンを拾い上げる。

「!」

「あたしのこと、殺す気なの?」

 フミカは冷ややかな瞳で、柚季を見下ろした。

「─・・最初に殺したのはフミカでしょ?」

 柚季はまっすぐ掌をフミカに向ける。

 ──・・掌の先に、電気がわずかに走ったのが分かった。

 この力で、フミカの持っている薬を粉々にすることができれば・・・。

(いけっ・・・!)

 すると、柚季の指先からバチリと電気の筋が伸び、フミカへ向かう。

 が、それはフミカに届く寸前で弾き返された。

「!アルト・・」

 フミカの前に立っているのは、アルトだった。

 彼は柚季の力を弾き返すのに使ったらしい術の本を、手の中で広げている。

「柚季さん・・お願いです。止めてください・・」

 アルトは苦しげな表情と声で、そう言った。

「っ──・・!!だって・・」

「アルト!思い出してくれたんだね!?」

 アルトは、フミカの言葉に小さく頷いた。

「はい・・全て思い出してしまいました・・」

「!!思い出したって・・どうして」

 柚季が立ち上がりながら、そう呟くと

「天界に・・僕のキオク、が保存されていたんです。それを手にする機会がたまたまありまして・・・本当はダメだったんですが・・」

「─・・」

 アルトは術の本を閉じると、それを手の中からかき消し

「柚季さん・・どうしちゃったんですか?いつもと違うといいますか・・冷静じゃないですよ?」

「っ・・そんなんじゃない」

 これしか、方法はなかった。柚季はそう自分に言い聞かせる。

「・・・柚季さん」

 すると、フミカはアルトの手を取り、ぎゅっと握りしめる。

「アルトっ・・本当に思い出したんだよね?本当だよね?」

「・・はい」

 アルトは穏やかな表情と声でそう返した。

 柚季はそんなアルトを見て、本当に彼に地上の頃のキオクが戻ったのだと確信した。

 アルトがフミカにあんな表情を見せるなんて、少し前だった考えられない。

 そして柚季は、気付いてしまった。

 今アルトは、柚季の味方ではない。

「・・・わたし、もう行くね」

 柚季の口から、自然とその言葉がこぼれ落ちる。

 そして、フミカとアルトに背を向けるとこの場を後にした。

 ・・・何故だろう。

 アルトということには変わりないのに、今の彼は柚季にとって、アルトとは思えなかった。



 学校に戻る気にはなれなかったので、柚季は自宅に戻ってきていた。

 ベッドに腰掛け、ため息をつく。

「あー・・なにやってんだろ、わたし」

 家につくまでの間、いろいろ考えてしまった結果、冷静ではないところがあったと柚季は反省していた。

(ほんと、どうすればいいんだろ・・・)

 このままいい人のままでいても、きっと自分の体はすずに乗っ取られる。

 どちらにしろアルトがフミカの味方になっている今の状況では、これ以上彼女に攻撃などできないし・・したくないのだが。

「──・・・」

 どうしららいいかなんて、分かるはずなかった。

 唯一、頼りにしていたアルトも隣にいない。

 絶望という感情が、じわじわと柚季の心を支配していく。

 すずのだしてきた条件は、フミカを殺すこと。

 どんな理屈を並べても、それは間違いなく事実なのだ。

(出来るわけないじゃん・・)

 とその時、視界に誰かの足元がうつりこんだ。

 見上げると、微笑みを浮かべたシイカと目が合う。

「・・・」

「ごめんなぁ。アルトじゃなくて」

 シイカはニカッと笑うと、柚季の頭にポンと手を置く。

 柚季はそれを振り払うと

「今話せるような気分じゃなから」とかえした。

 特にシイカとは、と付け加えようと思ったが、それすら言う気力がなかった。

 今はただ一人でもんもんと考えていたい。

「ほーそっかそっか!なら別に話さなくてもいいぞ~」

「・・・」

「──・・泣いてるヒマなんてあるのか?ん?」

「っ──・・・」

 今まで必死になってこらえてきたものが、あっけなく柚季の頬を伝っていく。

 アルトに否定されてしまったことが、こんなにもショックだったなんて、この瞳の問題に独りで向き合うことが、こんなにも怖いことだったなんて思いもしなかった。

 柚季が必死になって涙を拭っていると、シイカが何かを柚季の手に握らせる。

「ほら、これでも食っとけ」

「?」

 手を開いてみてみると、金色のパッケージに包まれた一口サイズのチョコレートだった。

「オレ、地上の食べ物でチョコレートが一番好きなんだよなぁ」

 シイカはそう言いつつ、ポケットから出したチョコの包みをはがし、口へと入れる。

「・・・柚季もそうだろー?」

「・・・」

「・・・」

「・・・確かに好きだけど、一番ってわけじゃ・・」

「ほー嫌いじゃないなら、くっとけくっとけ」

 シイカはニカッと笑顔を作る。

「じゃ、貰っとくー。ありがと」

 ・・いつの間にか涙はとまっていたので、柚季は取りあえずシイカにそう言った。

「おーいいっていいて~。にしても、あのアルトがキオクを取り戻す時がくるなんてなぁ」

 シイカはそう言いつつ、その場にあぐらをかいて座り込む。

「・・そういえば、シイカって生きてた頃のアルトとフミカのこと、知ってるんだっけ?」

 柚季は、フミカの発言をきいてから気になっていたことをきいてみた。

 シイカはそれに、微笑みを浮かべる。

「おー知ってるぞ!知りたいか?」

「・・・うん、教えて」

 ・・・普通の人間だった頃のアルト。

 柚季にとっては、天界人のアルトが当たり前であって。

 人間だったアルトを知るのは、少し怖いような気もする。

 けれど・・・──。

 知らないでいることもそれと同じぐらい、怖いことだった。

 だから、知りたい、柚季はそう思った。



 約5年前・・・

「現実ってどうしてこんなに窮屈なんだろー」

 フミカは、自室の机に頬杖をつきながら、そう呟いた。

 その右手にはシャーペンが握られており、机の上にはノートが広げられている。

「・・・物語の世界だったら、いろいろな世界に行けていろいろな人と出会えて、必ず誰かから必要とされて・・ドキドキハラハラするような事件も起きたりして・・それから・・」

「それ、オレに言ってるのかぁ?」

 フミカの方法に立つシイカは、そう言って首をかしげた。

 ・・フミカとその幼馴染のアルトは、シイカたちのことが見える数少ない人間のうちの一人のようで。

 シイカにとっては、まるで普通の友だちのように、接することのできる存在だった。

 フミカは、頬杖をつくのをやめると、シイカを見る。

 ・・・その顔色はあまりよくない。

 まぁ、健康的な体とはほど遠いフミカの体・・・だ。そんなことはよくあること。

「違うー独り言!

 少なくとも家と病院を往復するだけの毎日よりは、物語の中の方が楽しそーだなって思ったんだよ」

 少しだけ不服そうにそう言うフミカに、シイカは

「なるほどなぁ・・でも、実際行けるわけじゃねーだろ?」

 フミカはそれにより、表情を歪める。

「シイカさ!どうしてそんな夢のないこと言うの??ヒトじゃないくせにっ」

「・・・・」

「部屋の中にこもってることしか出来なくなって、あたしはペンとノートさえあれば、何処へでも行けるんだよ?分かった??」

「ほー分かった分かった」

 シイカがそう返すと、フミカは再び机に向かい、ノートにペンを走らせる。

「・・・」

 シイカはフミカの背中から目をはずすと、自分の肩にかけてあるカゴへ目をやった。

 そこにくくりつけられている用紙・・そこには、フミカの名前がある。

「そろそろ時間だな」

 シイカがそう呟くと、フミカはシャーペンを机の上に置き言った。

「・・・やっぱり、あたし死ぬの?」

 そろそろ時間という言葉だけで、分かってしまうとは少し意外だった。

 シイカは微笑むと

「なんだ、分かってたのか」

「あたしもとうとうその魂たちの仲間入りってわけだね」

 フミカは立ち上がると、シイカに向き合う。

 その視線は、シイカの肩にかかっているカゴの中にいる魂たちへ注がれていた。

「・・・それで、いつなのー?」

「んー・・あと、10分ってとこか」

「!!」

 シイカの言葉に、フミカの表情が急変する。

「あ・・は・・は。いくらなんでも、急すぎじゃない?」

「ごめんなぁ。前もって教えたとして、寿命を変えられたら困るだろー?」

「っ・・本当に殺す気なの?友だちなのにっ本当に殺せるの・・?」

 フミカはまだ希望を捨てていないようだ。

 それでもシイカは、いつものように言葉を並べる。

「・・別にオレは殺すつもりはねぇよ。文句だったら、寿命を決めた奴らに言ってくれ」

「っ──・・」

 とその時、机の上に置いたままになっているフミカのケータイから、メロディが流れた。

 がフミカはそれに特別な反応は示さず、黙りこくっている。

「・・おいおい、ケータイなってんぞ?」

「・・アルト」

 フミカはそう呟くと、部屋からとびだし一階へ駆け下りる。

「?・・」

 シイカもそれに続く。

 フミカは玄関まで走っていき玄関の戸を開いた。

 そこには、ケータイを耳にあてたアルトが立っている。

 彼は突然のフミカの登場に、驚いている様子だったが

 「あ、フミカさんっ・・ちょっと渡したいものがありまして」

  そう言いつつ、手に持つ紙袋に手を伸ばす。

  ・・すると、フミカはアルトに勢いよく抱きつく。

 「っ・・・アルトっ・・あたしまだ、死にたくない」

 「!?・・」

 「さっきシイカに言われちゃったんだよね。あたし、もう10分後には・・」

  震える声でそう言うフミカは、より強くアルトを抱きしめた。

 「っ──・・・本当ですか、シイカ」

  アルトの引きつった表情は、フミカの後方に立つシイカに向けられる。

 「あぁ・・そうだよ」

  シイカは出来るだけ間をあけずに、そう返した。

 「・・・」

  すると、フミカはアルトからそっと離れる。

 「ごめんね、アルト。そんなこと言われても困るよねー・・。

 よく考えたら、そんな悪いことじゃないかも・・だって、この不自由な体とおさらばできるってことだもん」

「フミカさんっ・・そんな悲しいこと、言わないで下さいよっ・・僕は嫌ですよ・・!!」

 アルトは声を張り上げ、そう言った。

「・・アルト、ありがとう。でも、もう無理なんだって・・」

「大丈夫ですよ!!」

 するとアルトは、視線をシイカの方へ向ける。

「お願いです、シイカ!フミカさんのことは諦めてくれませんか?」

「そんなこと、言われてもなぁ・・」

 アルトは、シイカの前まで駆け寄ってくると、目の淵に涙をためながら、また叫ぶ。

「お願いですっお願いですから・・」

「・・・──」

「っ・・・」

「そこまで言うんなら、別にいいぞ」

 シイカがニカッと笑ってそう言うと、アルトとフミカの表情が一瞬にして緩んだのが分かった。

 シイカは微笑みを浮かべる。

「でも、なぁ。フミカの魂の代わりに、境界まで持ってく魂が必要なんだよ」

「・・・じゃぁ、僕のを持ってって下さい」

「!?アルト、何言ってるの!?」

「因みに、寿命だけは変えられねぇからな?

 いくら魂が地上にとどまることはできても、フミカの体は間違いなく使い物にならなくなるんだぞ?」

 とその時、フミカはその場にしゃがみ込んだ。

 その息使いは、とても苦しそうだ。

 アルトはそんなフミカの傍らに寄り添って、

「僕はもう十分、なんです・・だから、フミカさん、僕の体を使って下さい。

 お願いですっ・・健康な体で好きなこと、もっとやって少しでも楽しんで生きてほしいんです」

「っ・・・」

「フミカさん、お願いですから・・恩返し、させて下さい」

 アルトの言葉に、反応できないほどフミカは苦しそうだ。

 が、それでも彼女はなんとか言葉を並べる。

「健康な・・体・・かぁ」

「はいっ・・」

 フミカは震える手で、アルトの手をギュッと握ると

「・・じゃぁ、1年・・ううん・・半年でいいから・・”かして”?

 だから、アルト・・もう一度地上に戻ってきて、絶対に」

「・・・分かりました!」

 アルトの言葉をきくと、フミカはわずかに微笑みを浮かべた。

「んじゃ、時間だからな」

 シイカは手に持つ鎌を大きく振り上げ・・そして、フミカの体を切り裂く。

 それと同時に、フミカは意識を失い、アルトは力をなくしてフミカの体を両腕で支えた。

「っ・・フミカさん」

 アルトはフミカを支えている腕に力を込め、絞り出したような声で呟いた。

 シイカはフミカの体からでてきた魂を確認すると、それと彼女の体を繋ぎとめている糸を鎌で断ち切った。

 空中をフワフワ漂っている魂を、シイカは掌で捕まえるとアルトを見る。

「アルトー本気なのか?フミカに言ってたこと」

「当たり前です。さっさとやって下さい」

 アルトは俯いたまま、力強い声でそう返した。

「・・・」

「・・・」

「んじゃ、やるぞ?」

 シイカは、鎌の刃をアルトの体に近付ける。そして、切り裂いた。

 アルトは意識を失い、倒れる。

「──・・」

 アルトの体からでてきた魂を、フミカの時と同じように彼の体から引き離す。そして、それをカゴの中に入れた。

「・・・」

 シイカの手の中にあるのは、フミカの魂。

 シイカはそれを、アルトの体の中に押し込むように入れる。

 反発するような力があって、少し入れにくかったが、フミカの魂はアルトの体の中に吸い込まれていった。

 ・・すると、アルトのまぶたがピクリと動き・・”フミカ”は目を覚ました。



「・・・まぁ、その後、アルトの体とフミカの魂が馴染まないっていうことが分かって、魔女の薬に頼ったんだけどなぁ」

 シイカは、苦笑いを浮かべる。

 柚季はシイカからきかされたアルトとフミカの事実に、ただ愕然としていた。

 どうしてアルトは、こんなにも・・・──。

 すると、シイカはまた口を開く。

「オレが疑問なのは、あの真面目なアルトが、フミカとの約束を破って天界人になったってことなんだよなー。ほんと、わけわからねー」

「・・・」

 すると、シイカは「そろそろ行くかぁ」と言って立ち上がる。

「・・・シイカは、その時のアルトとフミカのことみて何とも思わなかったの?」

 柚季はそれが気がかりだった。

 淡々と話すシイカの言葉には、やはり感情というものがこもっていないように思える。

「思わなかったな」

 シイカはさらり、とそう言った。

「・・・」

「少なくとも、柚季が期待しているような感情は持たなかったと思うぞー。

 つーか、そういう感情なんて、切断の仕事するのには邪魔なだけだしな」

「・・・そういえばシイカもすずの薬で、そういう感情消してるんだっけ?」

 柚季は、シイカと二人ですずの家に行った時、シイカとすずの間でそのような事実を匂わす会話があったことろ思い出す。

「まぁ、そういうことだなー。

 オレ、こう見えて、ガラスのハートだから、薬に頼んねぇとやべーんだよ」

 シイカはニコニコしながら、そんなことを言う。

「へー・・」

(そんな顏して言われても、説得力なんだけど・・)

「お、そうだそうだ」

 シイカは何かに気付いたらしく、再び柚季に目を向けて

「そろそろ魔女との決着、つけた方がいいと思うぞー。

 天界の方でも、いろいろ動きだしているみたいだしなっ」

「!動き出してるって?」

 ・・・が、シイカは柚季の言葉は無視して、天井の中へ姿を消してしまった。

「・・・」

 部屋に一人になってしまった柚季。

(あんな気になる言い方しなくてもっ・・・)

 気になって仕方ないが、おそらくもう時間がないということだろう。

 それは十分すぎるほど実感してしまったので(瞳の色がどちらも赤くなったり、すずの力が使えたり)、今さらどうのこうの言っている場合でもない。

「・・ねぇ、すず!」

 もしかしたら、話し合いで解決できるかもしれない・・・そう思ってすずの名前を呼んでみたが・・

「・・・」

 やはり反応はなかった。

 もう、すずがいいヒトだということに期待するのはやめておこう。

 柚季はそう心に決めた。


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