第5話(3)
柚季は、フミカが受付で患者対応をする様子を遠巻きに眺めながら、それが終わるのを待っていた。
「・・アルト、大丈夫?何か顔色悪くない?」
隣に立っているアルトの顏色が、いつも以上に白い気がしたので柚季は思わずそう訊いた。
「そ、そうでしょうか・・実はちょっと緊張してしまって・・!」
「緊張って・・・フミカと話すことが?」
「・・はい」
アルトは苦笑する。
「確かに少しはするけどっそんな顔色悪くしなくても」
「そうなんですよね!頑張ります!」
「・・・」
たとえアルトが覚えていなくても、フミカとアルトが関係者だったことは事実。
もしかしたら、アルトにだけ感じる何かがあるかもしれない。
柚季は出入口付近に並べられている自動販売機に目を向けた。
(何か温かいものでも飲めば、少しは落ち着くかも・・)
そう思い、立ち上がる。
「ちょっと飲み物買ってくるねー」
アルトにそう言葉を残すと、柚季はこの場を後にした。
柚季が去ってすぐ・・アルトに声をかけた人物がいた。
「アールト!一緒にいこう~」
「!・・」
その声に振り向くと、微笑みを浮かべたフミカがそこに立っている。
思った以上に早いフミカの登場に、アルトは焦った。
「ちょっと待ってくださいっ・・今。柚季さんが・・」
「ふぅん。あの子、柚季っていうんだ!
いいじゃん、行こうよ!あたし、アルトと二人だけで話がしたいんだ!」
フミカはそう言って、アルトの腕を両手でガシリと掴む。
「ちょっと・・離してください!」
フミカがあまりに強く引っ張るので、アルトはこの場から数歩よろめく。そして、フミカに引っ張られるがまま移動し、病院の外へ出てしまった。
「はやくはやくー!柚季に見つかっちゃうからっ」
「っ──・・」
アルトは駐車場に入る前の駐輪場付近で、思い切ってフミカの手を振り払う。
「びっくりしたー。アルトでもこういうこと、出来るんだ」
フミカはアルトのその行為に驚いたらしく目を丸くした。
アルトは冷静になって口を開いた。
「・・フミカさん。僕とあなたが知り合いだったのは・・僕が地上にいた頃の話です・・・。
今は地上のキオクは全て無くしてしまったので、全くの別人だと思ってもらった方がいいと思います・・」
もしかしたら、この言葉はフミカのことを傷つけてしまうかもしれない。
けれど、アルトはフミカを自分から出来るだけ遠ざけたかった。
地上のことと関わることは怖い。
得に自分が関係した物事とは特に。
それは失ってしまって、もう絶対に手に入らないものだから、だ。
万が一、もう一度欲しい、なんて思ってしまったら、大変なことになる。
「あらら・・・やっぱ何も覚えてないんだー・・折角、あたしレイカンあるのに、このじゃ意味ないね」
「─・・」
フミカは微笑みながら、言葉を続ける。
「あのね!アルトも生きていた頃はレイカンあったんだよ!これならどっちかが死んじゃっても、話すことできるね!って話してたよねー」
「・・覚えてません」
「それから、あたしが趣味でかいてた小説、いつも読んでくれてたよね。実は今でもその小説、かいてるんだ!
続き読んでほしーな!たくさんたまったから」
「だから、地上のことは何も覚えてないんです!」
フミカの言葉をこれ以上ききたくなく、アルトは力強くそう言った。
フミカはそれにニコリと笑う。
「うん、知ってる。言ってみただけだよ」
「・・・中に戻りましょう。柚季さんがさがしてると思うので」
アルトは呟くような声でそう言うと、フミカに背を向ける。
その時、後方から伸びてきたフミカの腕がアルトのことをそっと包み込む。
「!・・・」
「アルト・・思い出してよ・・思い出して!それとも何?思い出したくないの?」
フミカはアルトの耳元でそう囁いた。
思わず、ゾクリとする。
「あたし、今でもアルトのこと好きだよ。
アルトがしんじゃってからも、ずっとあなたのこと考えてた・・やっと会えたのに、会いに来てくれたと思ったのに・・どうして忘れちゃってるの?
どうして思い出してくれないの?ねぇアルト、どうして?」
「どうしてって言われましても・・・それが、天界のルールなんです。
お願いです・・離してくれませんか?」
・・・さっきから頭の奥がチクチクする。
その症状は、フミカが地上にいた頃のアルトと深い関係があったことを証明しているようだった。
このまま彼女と一緒にいると、本当に思い出してしまいそうだ。
・・・──怖い。
フミカは一体誰だろう。知ってはいけないことだ、きっと。
「ルール・・ルール・・そうだよねー。
シイカみたいな切断係り以外は、地上のキオク、持っちゃいけないんだったよね、確か」
「!・・・」
フミカの手が緩んだのが分かったので、アルトはその隙に彼女から離れる。
「どうしてそんなことまで・・・──」
フミカはそんなアルトの反応を楽しんでいるかのように、口元に笑みを作り
「だって、あたしとシイカ、ずっと前から友だちだもん!それぐらいの情報は入ってくるよ!
ちなみに、アルトもだよー?今でも、仲良くやってるみたいだね?」
「!シイカと僕が・・?」
「そう・・あーぁどうして切断係になってくれなかったの?あたし、信じてたのに」
フミカの口元は笑っているが、彼女の目は全く笑っていなかった。
逆に・・・その目には、怒りが入り混じっているようにさえ見える。
「っ・・・──」
「どうやったら、思い出してくれる?」
フミカはニコリとアルトに笑いかけた。
「・・・無理ですよ」
「そうだー。これなら、どうかなー」
フミカはバッグの中から、ケータイを取り出し、それを少し操作すると画面をアルトに見せた。
「!・・・」
そこに写っているのは、地上にいた頃のアルトとフミカ。
恐らく、教室という場所にいる。
アルトはその写真から、目を離すことができなかった。
・・・──とても、懐かしい。知らないキオクなのに。
フミカはアルトの腕を掴むと、引き寄せる。
「ねぇアルト!思い出して!思い出して!」
フミカの叫び声が、頭の奥までひびく。
写真から目が離せない。
頭痛が、じわじわと酷くなっていく・・・。
その時、フミカの手から誰かがケータイを引き抜いた。
「無理して思い出さなくてもいいから!」
「!」
柚季は引き抜いたケータイを、フミカに押し付ける。
病院内に二人の姿がなかったので、慌てて探してみたら、こんなところにいた。
・・・やっぱりフミカのことは、侮ってはいけない、そう感じた。
「あらら・・みつかっちゃった」
フミカは、何の悪気もなさそうに微笑む。
「・・・あのね、抜け駆けするようなまね、やめてくれない?」
柚季が声を低くしてそう言っても、フミカは微笑みを浮かべたまま、「ごめんね?」と返す。
明らかに反省していないことが分かったので、柚季はより苛立った。
「・・・あと、昔、アルトと仲良かったみたいだけど・・そういうのは関係ないから。
アルト、嫌がってたし無理やり思い出させようとするの、やめた方がいいんじゃない?」
「──・・」
「柚季さんっ・・僕は大丈夫ですから・・」
フミカは微笑むことを止めると、じっくりと柚季のことを観察するように見る。
「もしかして柚季って優しいヒト?」
「・・・は?」
「ふぅん・・」
「?・・・」
「アルトはね、思い出せた方が幸せになれるんだよ。だからあたしはやめないよ!
─・・・アルト、本当は思い出したいんだよね?思い出すことが出来るなら、思い出したいんだよね・・?」
フミカは、アルトのことをじっと見据える。
柚季もアルトのことを見ると、彼は視線を下へ向けた。
「僕は、思い出したくありません。
忘れることを選んだのはきっと、それなりの理由があったはずですから」
フミカはそれに不服そうに、表情を緩める。
「それならあたしが無理やりでも思い出させてあげるよ!
大丈夫!絶対に後悔させたりしないから!」
「─・・ちょっと、フミカ!少しは落ち着いたら?」
「─・・」
「・・・」
「今日はもういいや」
フミカはそう呟くように言うと、踵を返し大股で立ち去っていく。
「!ちょっと、フミカ!」
せっかく会えたのに、このままだと彼女のことを何も知らずに終わってしまう。
このままじゃダメだ。
「フミカ!待って!」
柚季はフミカのことを追い越して彼女の前に立つと、言った。
「わたし、まだフミカにききたいこと、たくさんあるんだけどっ・・」
「そうだったんだー・・あたしもだよ、柚季。
だって、明らかに普通じゃないよねー?その眼帯の下とか、かなり気になる」
「・・・わたしのことも教えるから、フミカのことも教えて?」
─教えると言っても、すずに”フミカを殺せ”と言われたことまでは教えられないが。
フミカは何かを考えているらしく、少し沈黙をおいてから
「分かったよ!ゆっくりお話ししよう」
フミカは嬉しそうにそう言うと、柚季の手を取って歩き出した。
「今、のアルトにはきかれたくないから、二人だけで話そうね、柚季」
「・・・だね!」
柚季はフミカに手を引かれながら肩越しに振り返り、アルトに視線を送る。
(後でアルトにも伝えるからっ・・)
目だけでそう伝えると、アルトは不安げな様子で頷いた。
「店とかじゃ話しにくいから、あたしのおアパートきて!
近くのケーキ屋さんでお菓子買ってこ!飲み物は家にあるから~」
「うん」
柚季はアルトから視線を外すと、フミカに歩調を合わせる。
彼女の横顔を一瞥してみると、フミカはただ嬉しそうだった。
──・・・けれど、完全に心を許すことはできない。
多分、フミカもだろう。
柚季とフミカは病院近くのこじんまりとしたケーキ屋で買い物をした後、フミカのアパートへ向かった。
病院から歩いてすぐの場所にあるそれは、造りがしっかりしている真新しい雰囲気のあるアパートだ。
「適当に座っててね。すぐ準備するからー」
「うん、ありがと」
フミカはキッチンのスペースにケーキの箱を持っていき、皿やティーカップを戸棚から取り出した。
柚季はその間に部屋の様子を注意深く観察してみる。
綺麗に片付けられた部屋・・・それに、白で統一された家具がより清潔感を引き出している。
「・・・」
低い戸棚の上に並べられた写真たてが柚季は気になった。
それぞれ、可愛らしいデザインの額に入れられて綺麗に並べられている。
(気になる・・)
柚季は立ち上がると、戸棚へ近づいた。
見てみると、それらはみな、幸せ、を象徴しているような写真。
さっきケータイで見せられたアルトとフミカの写真もある。
他の写真は、幼いフミカと家族で写ったものや、フミカ、と友だちとで写ったもの・・他にもいろいろな時期や場所、人たちと写ったものがあった。
「─・・・」
が、柚季はこれらの写真に大きな違和感を覚える。
初めてフミカのケータイ写真を見た時にもあった違和感。
気のせいだと思っていたのだが・・・。
柚季はアルトとフミカで写っている写真を手に取ると、じっくりと眺めた。
じんわりと嫌や汗が額に滲んでくるのが分かる。
(このヒト誰・・・?)
ここに写ってアルトは、今のアルトと髪色や目色は違うが、間違いなくアルトだ。けれど、彼の隣にいる彼女、はフミカじゃない。
今、お茶の用意をしてくれているフミカとは別人だ。
(一体誰なの・・!?)
アルトの隣で笑っている彼女は。
・・・いや、むしろ今、この部屋にいるフミカ、もよく考えたらフミカという保証はどこにもない。
とその時、背後から物音がした。
弾かれたように振り向くと、お茶の準備を終えたフミカがこちらを見ている。
「どうしたの?怖い顏しちゃって」
そう言いながら、フミカは柚季の隣に立った。
「・・・あなた、本当にフミカ?」
「ふぅん、やっと気づいたんだ」
「!」
フミカは口元に薄い笑みを浮かべる。
「バカだね~普通、最初、写真みせて時に気付くよ?」
「・・──ねぇ、あなた誰なの!?」
柚季が叫ぶようにして言うと、フミカはにっこりと笑う。
「あはは・・はは・・そんな怖がらないでよ。ちょっと座って待っててー」
「?」
そして、フミカは柚季の視界に入らない部屋へ姿を消してしまった。
数分後・・
お茶の用意されたテーブルの前で座って待っていると、部屋に戻ってきたフミカが柚季の正面に腰を下ろした。
「!・・」
柚季はそのフミカの顏をみた瞬間、ぎょっとする。
さっきほどまでのフミカと大分印象が違うのだ。
濃いめのメイクをおとしたからだろう。それに長い髪を後ろで束ねている。
それと同時に、柚季は改めてあることに気付いた。
──・・フミカは誰かに似ている。
「柚季―今のあたし、誰に見える?」
「誰にって・・・」
フミカはフミカ以外の誰でもない・・・はずなのに。
柚季のよく知る誰かにそっくりだ。
「早く何でもいいから、思ったこと言ってみてよ」
こんなことありえない・・認めたくない・・が、早く何かを言わないとフミカのこと視線からは逃れられないだろう。
柚季は意を決して、口を開いた。
「今のフミカ・・アルトにそっくりなんだけど」
フミカはそれに、にっこりと笑った。
「当たり~・・あ、でも、惜しいかな。
だって、そっくりなんじゃなくて、あたしはアルトだもんっ」
「!!」
「正確に言うと、アルトの体にあたしの魂を入れてもらっている状況なんだけどね~」
信じがたい事実に、柚季は何と言葉を返していいか分からなかった。
こんなこと、本当にあるのだろうか。
いや・・・アルトやシイカ・・すずの存在を知っているのだから、認めるしかないだろう。
「それにしても、本当によかったー・・」
フミカはそう言って、紅茶をすする。
「?─・・何が?」
「だって、アルト、男のくせに体つききしゃだし、顏をどちらかというと言えば女顔だし・・髪伸ばしてメイクすれば、簡単に誤魔化せるしね」
柚季はその言葉に思わず立ち上がると、叫ぶように言った。
「っ─・・どうして!?どうしてっ・・アルトの体、フミカが使ってるの?」
フミカは小さくため息をつくと、ティーカップをテーブルの上に戻す。
「少し考えれば、分かるよね?」
「・・じゃぁ・・フミカはっ・・もう・・──」
思わず口ごもると、フミカは刺すような目つきで柚季を見た。
「何・・?早く言ってよ!同情なんて、いらないから」
「フミカは・・、もう死んでるってこと?」
柚季が意を決してそう言うと、フミカは口元に薄い笑みを浮かべた。
「うん、その通りだよ。
あたしの体は、とっくの昔に灰になった。
まぁ元々ボロボロの体だったし、燃やされることにくいなんてなかったんだけどね~」
フミカの言葉は、柚季の心情とは真逆にお気楽そうだった。
「っ・・じゃぁ何でアルトの体を使って生きてるの?
アルトはフミカのためにしんだってことなの?」
柚季は思わず、声を張り上げる。
フミカはにっこりと笑って、
「そーなるね。でもアルトは許してくれた。きっと今でも許してくれる!絶対に」
「!!そんなことっ・・」
「アルトは優しいから、許してくれるっ・・許してくれるんだよ!
「そんなことあるわけないじゃん!
アルト、もっと生きたかったに決まってる!」
柚季はそう言い放つと、フミカの部屋から出て行こうと踵を返す。
(はやくアルトに伝えないと・・・)
その時、ドサリと何かが床に倒れる音がした。
「!」
振り返ると、フミカが床にうずくまっている。
「!・・フミカ・・・?」
フミカは「うぅ」と苦しそうに声を漏らし、体を僅かに震わせる。
「ちょっと・・フミカ・・大丈夫っ?」
思わぬ事態に柚季は彼女の方へ駆け寄った。
・・・よく見ると、フミカの体は青白い光を帯びている。
「──・・・?」
「バッグ・・取って・・」
フミカが呟くような声でそう言った。
柚季は慌ててテレビの前にある、フミカが持ちあるいていた肩掛けバッグをこちらに引き寄せる。
フミカは震える手でバッグの中をさぐると、小瓶に入った錠剤を取り出しその中の一錠を口に含んだ。
「!・・」
(すずの薬・・?)
すると、フミカの体を覆っていた青白い光は段々とおさまっていく。
「・・やっぱりダメだなー。すずの薬飲んでおかないと」
「・・・」
「相性が合わないと、魂は身体に馴染んでくれないんだってー・・すずの薬でおさえてるけど」
フミカは苦しげな表情を少し緩める。
「柚季―あたしのこと、心配してくれんだ・・ありがと」
「だって、急に倒れられちゃ、心配しないわけにもいかないしっ」
「ふうん・・・でもね、優しいと損するだけだよ?アルトみたいに!」
フミカはその言葉と同時に、柚季の眼帯を無理やり引きはがした。
「!っ・・」
柚季は反射的にその左目を掌で隠そうとするが、手をフミカに捕まれそれを遮られる。
「──・・赤い瞳・・!」
フミカはただ驚いた様子で、そう言葉を零した。
「離して」
見られてしまったものは仕方ない。
柚季はそう思いつつ、フミカの手を振り払う。
「・・シイカからすずは赤い瞳してるってきいてたんだけど・・・もしかして、柚季・・」
「わたし、すずの妹だからさ!」
余計なことをきかれる前に、柚季はとっさにそう言った。
これぐらいだったら、ばれても問題ないだろう。
フミカはそれにわずかに目を細める。
「そうだとしても、地上人がこんな瞳の色してるなんて、ありえないよねー」
「いや、結構いたりするよ?」
(いるわけないけど・・)
「──もしかして柚季って・・すずなの?」
フミカの突拍子もない発言に、柚季は思わず苛立った。
そんなこと絶対ありえないのに。
「そんなこと、あるわけな・・」
そう言ったところで、突然、体の自由が奪われた。
「!・・・」
それと同時に、両目に鈍い痛みが走る。
柚季はその痛みで、今、自分の瞳はどちらとも赤く染まったのだと実感した。
「あながし間違ってないわぁ・・もうすぐで、わたしはすず、になるから」
柚季の口から自然とその言葉が、発せられる。
「!何?どういう意味!?」
「・・・」
柚季はそれに微笑みを浮かべた。
「・・あなたのかく物語・・なかなか面白いわよ。
私がつけた条件もちゃんと守ってくれているみたいだし・・」
「!・・そうだよっ・・あたし、すずに言われた通り、ちゃんとハッピーエンドで終わらせるようにしてるんだよっ・・」
めずらしくフミカは必死な様子だった。
「そうよねぇ・・あなたのかくハッピーエンド、あたし好きよぉ・・」
「─・・やっぱりあなた、すずなんだよね!?」
「今はゆずの体をかりてる状況よ」
「・・・ふーん・・まぁ何でもいいやーすずと話せることには、変わりないんだしね」
「・・・」
フミカは柚季の手を取ると、ぎゅっと握りしめた。
「あたしね・・・──まだ死にたくない」
柚季は優しげに微笑む。
「・・えぇ、分かっているわぁ」
「あは・・さすがすずっ。あたし、今まで通りすずのために物語かくから・・これからもよろしくね?
あたし、物語かくのだけは、昔から得意なんだよー。だから、大丈夫!」
「・・あなたがあたしのために物語をかいてくれる限り、あたしはあなたのために薬を送り続けるわぁ・・約束したでしょう?」
「うん、そうだよねっ」
フミカは安心したように、表情を緩めた。
「ねぇねぇすず!一緒にお茶しよう?お話ししたいこと、たくさんあるんだ!
あと、物語の感想、もっと詳しくきかせて~」
フミカは柚季の手を引っ張り、テーブルの前まで誘導していく。
・・・・
・・・──
「そんなことしている場合じゃないし!早くわたしに体、返してよ!」
柚季が思わずそう声を上げると、向かい側に腰を下ろしているフミカがきょとんとして柚季を見た。
「すず、どうしたの?」
「・・・──わたし、柚季だから」
「えーせっかく話、盛り上がってきたんだよ?はやくすずに戻ってもらってよ」
「盛り上がってたって・・まだ何も話して・・?」
そう言っている時に、柚季の視界の下にケーキの乗っている皿が映り込んだ。
柚季はそれに違和感を覚える。
さっきまで乗っていたケーキが、皿の上から消えている。
皿の汚れ具合や、フォークの乗っている位置からして、食べてしまった後、みたいだ。
「フミカ、わたしのケーキ食べた?」
「何言ってるの??お話ししながら、一緒に食べたよねー?」
「は・・?」
(全くキオクに無いんだけどっ・・)
けれど、フミカがこんな嘘、つくとは思えない。
嫌な予感がして柚季は立ち上がると、しまっているカーテンを開け、外の景色を確認した。
「!」
(まっくら・・さっきまでは明るかったのにっ)
ポケットに入っているケータイを開いて、今の時刻を確認すると、もう夜の12時近かった。
「うそっ・・ありえない!」
「何なにー?何があり得ないのー?」
フミカも立ち上がり、柚季の隣で窓の外を眺める。
「何もないよねー?」
「っ・・何でもないから」
(すずに体を使われている間のキオクがないってこと、今までなかったのに・・しかも、こんな長い間・・)
最初の頃のすずとフミカの会話の時は、確かにキオクにあった。
けれど、その後は・・・
ヒヤリとしたものが、全身を駆け巡る。
「っ・・・──」
(もう、時間がないってこと・・?)
その後は底知れぬ不安に襲われた。
本当に、のんびりなんてしてられない。
柚季は踵を返すと、フミカの部屋を後にした。
いち早く事実をアルトに伝えたかったが、時間もだいぶ経ってしまったし夜もおそくなってしまったので、柚季は家に帰ってきた。
明るくなっている玄関の戸を開けると、顔色を悪くした母が駆け寄ってくる。
柚季は何か言われることを覚悟して「ただいま」と言った。
「ゆず!こんな時間まで何やってたの!?
父さんがとめなかったら、ケーサツに電話するところだったのよっ?」
「ほんとごめん・・なかなか抜けられない用事があって」
柚季はそう言いつつ、靴を脱ぎ、家に上がる。
また母に心配をかけてしまったので、申し訳ない気持ちで一杯になる。
本当はメールの一つも入れたかったのだが、何せすずにずっと体を使われていた。
出来るはずもない。
「・・・次からはメールするようにするから、あまり心配しないで・・」
「ちょっとゆず、右目も何か色変よ?よく見せなさい」
「!」
母はそう言いつつ、柚季の右目を覗き込んでくる。
柚季はそれにドキリとした。
思わず、この場から駆け出し洗面台の鏡で確認する。
「うそ・・」
右目も左目ほど国はないが、その色は赤く染まっていた。
目元だけ見ると、本当にすずみたいだ。
「っ──・・」
やっぱりすずは、確実に柚季の体を乗っ取っていっている。
「ゆず、やっぱり病院かえましょうよ」
柚季の後方に立つ母は、相変わらず顔色が悪かった。
「病院じゃ、治せるわけないよ」
この色が本当に病気だと信じていた頃なら、そうしたかもしれない。
けれど、これ、は違う。魔女の呪い、なのだ。
「でも、心配しないで。絶対になおしてみせるから!」
柚季は母の方へ向き直ると、そう言い切った。
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