第4話(6)


 柚季はソプラノと共に、自室に戻ってきていた(シイカは天界に帰った)。

 ここにくるまでに、柚季が今日、桜川病院で会った”ソプラノ”のことを彼女に全て話した。

「ソプラノ、ほんとに今日行かなくていいの?」

 柚季はソプラノの隣に腰を下ろしつつ、そう訊いた。

「・・・うん。明日で大丈夫。どっちにしろ、今からじゃ病院入れないでしょ・・・そんなに焦らなくてもいい」

「そっか」

 柚季が事実をソプラノに打ち明けたとき、彼女はそれが信じられない様子だった。

 ・・・きっと、今もなのかもしれない。

 今のソプラノの表情は、少しだけ引きつっているように見える。

「柚季・・・本当?私、生きてるって」

「・・・本当だよ!ソプラノ、ちゃんと大人の姿になってたし」

「あの天界人は、そんなことありえないって」

 ソプラノは眉を寄せる。

「シイカのことは何か信用できないしっ・・・それにわたし、この目で見たんだから!」

「・・・確かにあの天界人は信用できない」

 ソプラノあポツリとそう言うと、唇を固く結んだ。

「でしょ!」

「──・・」

「じゃ、明日・・」

「もう寝る」

 ソプラノはそう言うと、その場に横になった。

 ・・・すぐに目を閉じる。

「え、もう寝るの?って言うか、何かかぶんないと寒いよ?」

「私、寒さとか感じないから」

「・・そーか、じゃ電気消すね?」

 柚季はそう言いつつ、電気にぶら下がっているヒモに手を伸ばす。

「消さなくていい。柚季が寝るときに消して」

「え・・大丈夫?」

「・・・」

 それっきり、ソプラノから返事がくることはなかった。

 もしかしたら、ソプラノは疲れているのかもしれない。

 もしかしたら、今日知ることになった事実について考えを巡らせたいのかもしれない。

 柚季はそんなことを思った。

「──・・・」

(明日、大丈夫だよね・・・?)



 目をつぶってじっとしていても、この困惑を拭い去ることはできなかった。

 まさか自分が生きてるなんて。

 実感なんてできないが、きっと明日になれば何かが変わるはずだ。

 嬉しくて仕方ない・・・けれど、困惑していた。

 ・・・一刻も早く、その感情とはおさらばしたかった。


 

 そして次の日

 柚季は学校に行くフリをして、ソプラノと共に桜川病院へ向かった。

 道中、二人の間には会話はなくただ沈黙が支配していた。

 柚季はそれが気になって仕方なかったが、目的地に着く頃にはさすがに慣れてきた。

「ここだよー」

 柚季はドギマギしながら言うと、多くの人々に混ざり病院内へ歩みを進めていく。

「・・・ソプラノが目を覚ませば、家族の人とか友だちとか・・・喜んでくれるね?」

 柚季は気を紛らわすために、隣を歩くソプラノにそんなことを言ってみる。

「私に家族も友だちもいない」

 ソプラノは呟くような声でそう返した。

「え、でもヒビキっていう兄弟がいるんだよね?」

「・・・──どうして知ってるの?」

 ソプラノは眉を寄せる。

 柚季はドキリとすると

「ちょっと・・ね!あと、ソプラノとヒビキって歌うたい、っていう歌手だったんでしょ?

 ほんと、びっくりしたよっソプラノ歌上手いんだねー!」

「・・・」

「・・・」

「──・・・私とヒビキは、たった2人の家族だから・・きっとヒビキは喜んでくれると・・思う」

 ソプラノは表情を緩め、少しだけ笑う。

 柚季はそんなソプラノを見て、ほっとすると「うん」と返した。

 そんなことを話しているうちに、ソプラノ、がいる病室の前までやってきた。

「ここの部屋だよ」

「・・・」

 そして、柚季は緊張気味に出入口の扉を開き、中へ歩みを進めていく。

 そこにあるベッドには、大人のソプラノが昨日と同じように静かに眠っていた。

「この人が・・──私?」

 ソプラノは柚季の隣に立ち、”ソプラノ”のことを食い入るように見下ろしていた。

「私・・・こんなに大人になってたの・・?」

 ソプラノは口元に手を当て、とても驚いている様子だった。

 ・・・そうか。ソプラノが事故にあってから、もう10年以上はたつんだ。

 ソプラノが手放していた時間は、とても大きい。柚季はそのことを実感した。

 ソプラノはそれ以上、何も言葉にしないまま、ただ静かに”ソプラノ”のことを見下ろしている。

「・・・──ソプラノ?」

「・・・信じられない」

「!・・」

「でも、分かる。この人は私」

 ソプラノはその小さな白い掌で、ベッドに力なく置かれているソプラノの手を取った。

「可哀そう・・・こんな姿になるまで、ベッドの上にいたなんて」

 ソプラノは震える声で言うと、苦しげに目をつぶった。

「っ・・・でも、もう大丈夫・・私、ちゃんと戻ってきたから・・」

 ・・・うっすらと目の淵に涙をため、彼女はより強くその手を握りしめる。

 その時、出入口の扉が開いた。

 ソプラノは手を離し、柚季はトビラから入ってきた人物が誰なのか窺がう。

 背が高い、30代前半ぐらいの優しげな雰囲気を持つ男性。

「ヒビキ・・・」

 ソプラノが小さく呟くのが聞こえた。

「!・・・」

(この人が・・・)

 彼・・ヒビキは、こちらまで歩み寄ると荷物を床に置きつつ、

「めずらしいね。姉ちゃんにお客さんなんて」

 そう言って微笑んだ。

「はいっ・・ソプラノ・・さんとは、ちょっと知り合いなので」

 柚季は怪しまれないように、適当にそう返す。

「そうだったんだ。姉ちゃん、よかったね・・久々にお客さん、来てくれたよ」

 ヒビキは眠っているソプラノに顏を近付け、にっこりと笑った。

「・・・」

「やっぱ今日もダメか・・・せっかく来てもらったのに、ごめんな。

 姉ちゃん、もう10年ぐらいこの状態なんだよ・・」

「・・そうなんですか」

 柚季がそう返すと、ヒビキは困ったように笑う。

「もうあれから10年以上、たつんだもんな・・ほんと早いよ。あの時はオレ、泣いてばかりいたよな・・」

 ヒビキはそう言いつつ、持ってきたカバンを開け、中から缶ジュースを取り出した。

 そして、それを柚季に手渡す。

「今日、来てくれてありがとな。こんなものしかなくて、悪いけど」

「・・い、いえっありがとうございます・・」

 柚季はドギマギしながら、缶ジュースを握った。

 今まで会話をすることに精一杯で、ソプラノの反応を窺がう余裕がなかったのだが・・・──。

 柚季はソプラノの方へ目を向ける。

 ・・・ヒビキは、ソプラノの前にしゃがみ込み彼女と目を合わせた。

「はい、君にも」

「・・・」

 ソプラノは、ただ困惑した様子でヒビキのことを見据えている。

「ほんとに・・・あのヒビキなの・・・?」

 ソプラノの声は、今にも消えてしまいそうだ。

「?・・どうしてオレの名前・・」

「っ・・──どうして・・笑ってるの・・・?」

「?・・・」

「あれ、君、どこかで・・」

 ヒビキは今気付いたようにそう言って、今にも泣いてしまいそうなソプラノを見た。

 とその時、部屋のドアが開かれる音がしたかと思うと、パタパタと幼稚園児ぐらいの男の子と女の子がヒビキに駆け寄ってくる。

「パパ~まだぁ?」

「早く行こうよぉパパ」

 ヒビキはそれに「今行くから、ママのところで待ってろ」と困ったように言いながら、子供たちの背中を出入口に向かって押す。

「ママが、早くしないと電車の時間におくれるって言ってたよ~」

「うん、言ってたー」

「分かった分かった、今すぐ行くってママに伝えてきてくれっ」

 ヒビキはそう言いつつ、カバンの中の荷物を棚の中に手際よく移動させていく。

「「分かったー」」

 こどもたちはそう返すと、手を繋いで部屋から出て行った。

 ヒビキは手を動かしつつ「ごめんなー騒々しくて」と言い苦笑する。

「・・・──たった2人の家族じゃなかったの?」

「!・・・」

 柚季は思わず、息をのむ。

 ・・・ソプラノは静かに、涙を流していた。

 そして、踵を返すと彼女は早足で部屋から出て行ってしまった。

「っ・・ソプラノ!待って!」

 柚季は、追いかけようと足を踏み出す。

 それと同時に、後悔していた。

(傷つかないはずないのにっ・・・)

 ソプラノが地上から離れていた時間は、とても長い。

 それは柚季も・・・きっとソプラノの十分分かっている。

 そして、その時間が地上のあらゆるものも変えていくことも、きっとソプラノは知っていたはずだ。

 わざわざ口にしなくても、ソプラノはその事実をちゃんと理解している・・柚季は、心の隅でそう思っている節があった。だから、訊くことができなかった。

 ・・・いくら理解はしていても、心の奥から湧き上がる感情はどうにもできない。

「ソプラノ?姉ちゃんと同じ名前だ」

 ヒビキの言葉がきこえたので、柚季は立ち止まり

「っ・・あの子は・・本当にソプラノなんです!」

 気付いたらそう言っていた。

「!・・」

「ソプラノは、死んじゃった後も、ヒビキのことをずっと・・ずっと・・待ってた・・それなのにっ・・やっと地上に戻れる、ヒビキに会えるって・・それなのにっ」

 ヒビキは何も悪くない。そう分かってはいたものの、言わずにはいられなかった。

「やっぱり、信じてくれないですよね・・?」

「──・・・」

 ヒビキはただただ困惑している様子だった。

 そして、黙ったままこちらに歩いてくると、隣で立ち止まる。

「・・・ごめん。待たせているから行かないと」

「!・・・」

 ヒビキは困ったように笑うと、病室内からでていってしまった。

「っ・・」

(せっかく生きてるって分かったのに・・このままじゃダメだ)

 ここで動かないと、絶対に後悔する。

 柚季も病室からでると、ヒビキの背中に向かって叫んだ。

「待って!」

「!」

 ヒビキは柚季の言葉に立ち止まると、こちらへ振り返った。

 柚季は無視されなかったことに、一安心すると

「もう一度、わたしたちと会ってくれませんか?いろいろ話したいことがあるんです!」

 少しの間。そして・・・

「いいよ」

 ヒビキは少しだけ微笑んで、そう返した。

「・・・」

「・・・」

「じゃぁ、この病院の向かい側にファミレスありましたよね・・?そこに明日の夜九時に待ってますからっ・・・」

「うん、必ず行くよ」

 ヒビキはそう言って、柚季に向かい手を振る。

 柚季は軽く頭を下げると、彼の後ろ姿を見送った。

(ちゃんと来てくれるよね・・?)

 まだ、心臓がバクバクと強く波打っている。

 不安がないわけではないけれど、ここはヒビキを信じなければ。



 柚季は、病院を出ると辺りを注意深く見渡した。

「ソプラノっどこ?」

 部屋からでていってしまったソプラノの行方を、柚季は外に出るまでの間も探していたのだが、結局は見つけることはできなかった。

「──・・・」

 嫌な考えが頭をよぎる。

(もしかして、もう天界に行っちゃったとか・・)

 せっかくヒビキに会えたのに、そんなこと絶対にダメだ。

 柚季はそう自分に言い聞かせて、病院の出入口周辺でも彼女の姿を探しまわる。

 ヒビキがソプラノのことを、想っていないなんてことないと柚季はそう信じていた。

 そう、そんなこと絶対にない。

 母がすずの絵本を残していたように、大切な家族のことは何年たっても、大切なことには変わりないと、柚季はそう信じていた。

「!・・」

 病院の敷地をでたところで、柚季は立ち止まる。

 街路樹の根本でうずくまるようにして座っている女の子は、ソプラノだった。

「ソプラノっ・・」

 柚季は駆け寄ると、ソプラノの隣にしゃがみ込む。

「うぅ・・」

 ソプラノは、腕に顏を埋めて泣いていた。

 柚季は、彼女の背中に腕をまわすと

「ねぇっ・・もう一回、ヒビキとよく話してみよう?」

「・・・っ・・生きてるって分かっても、全然嬉しくない・・」

 ソプラノは、嗚咽を漏らしながら苦しげに言葉を並べる。

 柚季はその言葉が、ショックだった。

「どうしてっ・・せっかく・・」

「私が会いたいのは、あのヒビキじゃない!!」

 ソプラノは、涙で頬を濡らしたまま立ち上がると、そう叫ぶ。

「待って!」

 ソプラノが立ち去ろうとしたので、柚季はとっさに彼女の手を掴みそれをさえぎった。

「柚季に私の何が分かるの!?」

「!」

 ・・が、力強く振り払われてしまった。

「っ──・・・」

 そして、ソプラノの後ろ姿は柚季の視界に入らない方へ消えてしまう。

(確かにわたし、ソプラノのことあまり知らないけどっ・・)

 そうだとしても、ソプラノを助けたい、その感情をおさえることは難しかった。

(だって、ソプラノはまだ生きてるのに・・・──)

 その事実は、柚季にとって嬉しいことだった。

 ・・・けれど、ソプラノの言葉・・「全然嬉しくない」。

 そんなこと言われたら、怖くなる。

 助けたい、その気持ちが少なからず揺らいでしまう。

 もしかしたら、すずはこの事実を知った上で、ソプラノのことを天界に連れてって、という条件にしたのだろうか。

 ・・・すずは、ソプラノのこと柚季よりもよく知っているから・・ソプラノの幸せ、をよく知っているか・・・もしかして・・・。

「っ─・・でも」

(すず、わたしどうしたらいいの・・!?)



 ヒビキは駅のホームに立って、向こう側を電車が通過する様子をぼーっと眺めていた。

(あの子が姉ちゃん・・?まさか)

 いつものようにソプラノのお見舞いに行ったら、眼帯をつけた女子高生と10歳ぐらいの紺のワンピースを着た女の子がいた。

 何となく不思議な雰囲気を持つ2人だとは思ったが、そんなことを言われるなんて思いもしなかった。

(・・だって、姉ちゃん、ベッドの上で寝たままだよな?)

「──・・・」

 けれど、言われてみれば、あの子、昔の姉ちゃんにそっくりだ。容姿も声も雰囲気も。

 ・・・本当にこんなことがあるのだろうか。

 体はずっとベッドの上で、魂はどこか別の世界に・・・?

「・・まさか」

 本当に信じがたい話だ。

『たった2人の家族じゃなかったの?』

 信じられない─・・・そう思っていても、あの子の言葉が頭の中にこびりついて離れない。

 あの子の言葉は、間違いではない。むしろ事実だ。

 あの頃のヒビキにも家族と呼べるのは、ソプラノたった一人だった。

 ・・・その事実を知っているのは、自分とソプラノだけなのに。

「ぱぱ~きいてるー?」

 娘がヒビキの腕を引っ張り、頬を膨らませる。

「あぁ、ごめんごめん」

 ヒビキは苦笑しつつ、その頭をなででやった。

「──・・・」

(仮にあの子がソプラノだったとしても・・・)

 自分は意識を失う寸前にかわした、ソプラノとの約束を破ってしまったのだ。

 きっと、謝っても許してもらえるようなことではない。

(あぁ、きっと・・・)

 ソプラノは、約束を守ってくれているから、あの頃の姿のままなのだ。

 そう思うのと同時に、あの子はソプラノだ、そう確信してしまった。



 そして次の日・・。

 結局、朝になるまでソプラノは柚季の部屋に戻ってくることはなかった。

 もちろん、家周辺や病院周辺も、時間が許す限りは探した。

 でも、見つからなかった。

 一体、どこに行ってしまったのだろう。・・・シイカもいないし。

(さすがに今日は、学校行かないとヤバいかなー・・)

 琴音から、心配しているようなメールもきてたし。

 それに、万が一母さんにばれたらとても面倒だ。

(今日は一応、学校行って・・はやめに帰ってソプラノのこと探そう)

 ヒビキとの待ち合わせの時刻になるまでに、会えればいいのだが。

(ソプラノー・・大丈夫かな)

 走り去っていく、彼女の後ろ姿が目に焼き付いて離れなかった。

 あんな言葉を言われてしまったのだから、正直、ソプラノと顏を合わせることは少しだけ怖かった。

 柚季は朝食のパンを口の中に押し込むと、いつものように牛乳で流し込む。そして、席を立った。



 ソプラノは、自分、が眠っているベッドの傍らに立ち、その顏を見下ろしていた。

 そう言われなければ、本当にしんでいると思えるぐらい、痩せ細った体に白い肌。

「──・・・」

 こうして立っているだけでも、ソプラノには分かった。

 この体は、この私・・・”魂”を求めている。

 この体に引き寄せられる感覚が、この部屋にいるとより強くなるのだ。

(そんなこと言われても、無理・・)

 ここの世界は、自分が思っているより残酷だった。

 自分が手放していた時間は、ながすぎる。改めてそう感じてしまう。

 この世界によく馴染んでいるヒビキを見て、それは今の自分と違いすぎて。

 ・・・いくらヒビキが、こうしてお見舞いに来てくれたとしても、お見舞いに来てもらっている、という自分の居場所はあっても・・・この世界で生きていく、という自分に居場所が残っているとは思えなかった。

「よ!準備できたか?」

「!・・」

 その声に振り返ると、いつの間にか隣にはシイカが立っていた。

 ソプラノはすぐさま顏を背けると、部屋からでていこうとする。

「にしても、マジでこんなことがあるんだなー。一応、課長に報告した方がいいのか、これは」

「・・・──」

 ソプラノはそれに、肩越しに振り返る。

 シイカはベッドの上のソプラノ、のことをまじまじと覗き込んで

「お前、こんなにでかかったんだなー。

 魂が入ってなくても、心臓が動いてれば体は勝手にでかくなるもんなんだな!

 ちっとサギじゃねーか!?まるで生きてるみてーじゃねーか」

 ソプラノは、シイカの言葉が終わらないうちに部屋からでると、この場から離れようとする。

 正直、あの天界人とは関わりたくない。

「ちと待てって」

 が、少しも歩かないところで、シイカに行く手をさえぎられてしまった。

「邪魔、どいて」

「・・・で、天界に行く準備はできたか?」

「・・・」

 ソプラノは思わず口ごもる。

 そして、それと同時に「行く」と即答できない自分がいることに気付いた。

 何もかもが変わってしまった世界には、戻る価値なんて見いだせないと思っていたのに。

 シイカはそれに口元に笑みを作った。

「オレの言ったこと、あながし間違ってなかっただろ?」

「─・・・見てたの?」

 ソプラノはシイカを睨む。

 シイカはそれに、ニカッと笑った。

「・・・サイテー」

「それでもまだ天界へ行く決心が出来てねーってことは、つまりまだあのヒビキってやつが大好きで仕方ないってことだよな?」

「!私はっ・・」

「ほれ、これ貸してやる」

「?・・・それ何」

 シイカが手の中に現したのは、背の高い大きな鎌。

 その大きな刃は、人を殺めることもできてしまいそうだ。

「これは、体から魂を引き離して、その繋がりを断ち切ることのできる道具なんだよな」

「・・・」

「つまり、この鎌を使えば、ヒビキって奴の魂と一緒に、天界へ行けるぞ?」

「!・・」

 ソプラノは思わず、息を飲む。

「・・それてヒビキのことを殺せってこと?」

「殺す~?別にそんな言い方しなくてもいいだろー?」

 シイカはしゃがみ込むと、その鎌をソプラノの前に差し出し言葉を続けた。

「それは地上人が使う言葉だろー・・・地上の魂は、いずれ天界へ帰る。その時の少しぐらい早めたって別にたいした問題じゃねーよ。

 んで、希望すればまた地上に戻ることも出来るし、それが嫌っつんなら、お前ら2人で天界で働けばいいじゃねーか。天界で働くのも、それなりに楽しいぞ」

「──・・・」

「約束を破ったのは、ヒビキの方なんだろ?お前は何も悪くねー・・それぐらいは、ヒビキも理解してるんじゃねーのか?」

 ・・・シイカの言葉に、ソプラノの心が大きく揺らいだ。

 深くて大きな闇に、一筋の光がさしこんだような感覚。

「──・・・私、悪くない?」

 ソプラノの声は、微かに震えていた。

「おうっ悪くない悪くない」

 シイカはそう言いつつ、ソプラノの頭をくしゃくしゃとなでる。

 ・・・ソプラノは、気付いたらシイカの鎌を手に取っていた。

(私、まだヒビキと一緒にいたいっ・・・)

 この何もかもが変わってしまった世界以外のどこかで、ヒビキと一緒にいれるなら・・これ以上の幸せはなかった。

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