第4話(2)



すると、シイカは手の中に術の本を現した。

「!!・・・シイカっ本の使い方なんて分かるの!?」

 柚季はドキリとし、とっさにそう言った。

 呪い、から解放されれば、自分にとってこれ以上嬉しいことなんてないはずなのに。

 シイカが術の本を使えるかなんて、本当はどっちでもいい。

 柚季が心配なのは・・・

 シイカは肩越しに振り返ると、二カッと笑った。

「心配すんなって!」

「・・・」

 そしてシイカは、術の本をパラパラと捲り始める。

 と、すぐにあるページで手の動きを止めた。

「おっこの術がよさそうだなぁ・・確か、この模様を指でなぞればいいんだよな」

「・・・シイカ、本気なの?」

 焦りを感じる中、柚季がそう訊くと「本気に決まってるだろ?」とすぐに返事がくる。

「──・・・」

 次に柚季は、すずの方へ視線をうつした。

 柚季の不安をよそに、彼女はどこか楽しんでいるような笑みを浮かべていた。・・すると、目が合う。

「大丈夫よ。ゆずの感情は間違っていないわ。誰だって目の前でヒトが消える瞬間は、見たくないものだもの・・それがどんな立場のヒトであろうとね」

 すると、術の模様を描き終えたらしいシイカは、本の中からでてきた光の球を手に取った。

 ・・・それは、あっと言う間に変形していき、拳銃のような形になる。

 シイカは白色の拳銃を手に握ると、満足げな笑みを浮かべた。

「・・・よし、上手くいったみたいだなぁ・・・覚悟しろよ、魔女」

 そしてシイカは、銃口を真っ直ぐすずへ向ける。と同時に、引き金を引いた。

 そこからは、小さな光の球が発射される。

「!・・すずっ」

 すずに当たってしまうと柚季は思ったが、彼女は身軽にこの場からジャンプしフワリと本棚の上に足をついた。

「大変だわぁ、どうやら薬、が効きすぎているみたいねぇ」

「・・?」

 その間にも、シイカは次々と球を発射し、すずはそれを本棚の上を移動しながらかわしていく。

「上手く避けるじゃねぇか!」

「ははっ消されるなんて嫌だもの」

 速度を緩めることなく移動するすずは、肩越しに振り返り口元を緩めた。

 シイカもそれに笑みを返すと、この場から浮き上がりすずのことを追いかけはじめる。

「ちょっと・・!」

 この場に残されてしまった柚季。

「どうしよっ・・」

(取りあえず追いかけるかっ)

 遠くになってしまった2人の姿を追いかけるため、柚季は駆け出した。・・が、走っても走っても柚季の足は二人の姿に追いつけない。

 そして、その姿は暗闇にかき消されるほど、遠くに行ってしまった。

(って言うか・・追いつけるわけないし・・)

 事態が落ち着くまでここで待っていよう、そう考えた柚季は取りあえずこの場に座り込む。

(・・・もしも、すずがシイカに消されちゃったら・・)

 そんなことを考えた。

 自分は・・・嬉しい?

 それとも・・・悲しい?

 きっと嬉しい。でも、自分のせいですずが消えるということも事実。

 そう考えると、素直に嬉しいなんて言えない。

(いやっ・・すずはわたしの体を乗っ取ろうとしてるんだし・・そこは素直に嬉しいって思っておこーよ・・)

 なのに、素直に嬉しいと思えないのはどうしてだろう。

「・・・」

 もしかして、これ、もすずの薬のせい・・・?

 そんなことを考えていると・・

「!!・・・」

 電撃の塊のようなものが、柚季のすぐ横を勢いよく通過した。

(危なっ・・・)

 一瞬、心臓が止まったような感覚に陥る。

「ゆず、そんなところに座ってたら危ないわよ」

「!」

 その声に見上げると、すぐ近くの本棚の上にはすずがいた。

 そして彼女は、再び手の中に電撃の塊を現すと、それを放つ。

「あ・・!」

 その先には、シイカがいた。

 彼は「おっと」と言葉をこぼし、すずの攻撃をギリギリで避ける。

(危なっかしいんだけど・・・)

 もしかして・・この戦い?は、どちらかが消えるまで続くのだろうか。

 ・・・そんなの嫌だ、そう思った柚季は立ち上がると、「二人ともやめて!!」と大声で叫んだ。

 その声に、一瞬だけすずの視線が柚季の方へ動いたのが分かった。

「!!」

 その瞬間、シイカの放った球がすずの肩をかすめる。

 ・・・そこから血はでることなく、代わりに彼女の肩部分は、細かい粉のようになって弾けた。

 すずは表情を少し歪めたが、ひるむ様子なく次々とシイカに攻撃を放っていく。

 ・・と、そのうちの一撃がシイカに直撃した。

「!シイカっ・・」

 彼の体は、すずの電撃の塊に巻き込まれるように飛ばされると、そのまま本棚に勢いよくぶつかる。

 その衝撃で、その本棚は倒れ・・・シイカは、その下敷きになってしまった・・のだろうか。

 ここからでは、よく確認することができない。

「・・少し、薬の効果を弱めてあげないといけないわねぇ」

 すずはそう呟くと、柚季の隣に降り立った。

「!」

 柚季は彼女の掌に、いつの間にか白の錠剤が握られていることに気付く。

 すずは満足げな笑みを浮かべたまま、シイカがいるであろう方向へ早足で向かった。

「・・・──」

(薬の効果を弱めるって・・・──!?)

 嫌な予感を持ちながらも、柚季はすずの後を追いかけた。

 倒された本棚の隣まで歩くと、その下から「いってーなぁ」というシイカの声が柚季の耳に届く。

「シイカっ・・大丈夫?」

 柚季は本棚を持ち上げようと手を伸ばす・・・その時、バラバラになった本の山からシイカが顏をだした。

「お、柚季!オレは無事だぞ」

 そして彼は、本の山の下から何とかはいでると、多くの本の中に埋もれるようにしてある、白い拳銃に手を伸ばす。

「ダメよぉ大人しくしてなさい」

 シイカの手が拳銃に届くまえに、その手を掴んだのは、すずだった。

「んだよ・・!離せっ!」

 その時、すず口の中に何かを含んだ。

 柚季には分かる。白い錠剤だ。

 そしてすずは、何のためらいもなく、その唇をシイカの口に押し当てる。

「!・・」

(うぁ・・)

 柚季はその光景に思わず見入ってしまった。

 ・・・やはりすずは、このような行為を何とも思わないらしい。

 シイカはただ驚いたように、目を見開き・・・

 すずはすぐに、彼から唇を離す。

「・・・魔女!オレに何か飲ませたな!?」

 シイカは口を手のこうで拭うと、苦しそうに咳払いをする。

「ききめを弱める薬、よ?これで君は銃を撃てなくなるわぁ」

 シイカはすぐに白色の銃に手を伸ばすと、それをすずにまっすぐ向けた。

「!!・・シイカ!」

 撃ってしまう、そう思った柚季は、とっさにそう叫ぶ。

 ・・・が、シイカの指は、引き金にかかった状態で停止していた。

 そして、小刻みに震えだす。

 シイカは自分のその手を、信じられないような表情で見入っていた。

「っ・・何でだ!?」

「どう?久々に味わう人間らしい感情は」

 すずは、銃越しにシイカを見据え口元を緩めた。

「あの課長さんから何て言われて薬を受け取ったかは知らないけど・・それは私が作った薬よ?」

 シイカはそれに小さく舌打ちをする。

「リツボシ課長からは、天界が処方した薬って言われたよ」

「はは。それで簡単に信じちゃったわけねぇ。君もけっこうかわいいところ、あるのね」

「・・・──はなっから信用なんてしねーよ、課長のことは」

「・・・」

「”感情を殺す薬”なんて便利なものがあったから利用した、それだけだよ」

「ふーん、そうだったの」

「なんか気に入らねーなぁ・・取りあえず、今日は諦めるか」

 シイカはすずから視線を外し、そう呟くように言うと、この場から姿をかき消してしまった。

「!・・」

(うそっ行っちゃったし・・)

 残されたのは柚季とすずだけになり、周囲は沈黙が支配する。

「邪魔者も去ったことだし・・早速本題に入りましょうか」

 柚季はすずの言葉にドキリとしたが、何とか「うん」とだけ返す。

「・・二つ目のヒントは・・・あ、ちょっと待ってね。今連れてくるから」

「?」

 そしてすずは、柚季の視界から消えどこかへ行ってしまった。


 数分後・・

 そわそわしながら、すずのことを待っていると、本棚の影からすずが姿を現した。

「!」

 柚季はすずが腕にかかえている女の子を見て、戸惑いを隠せなかった。

 すずの腕の上で眠っているらしい女の子は、ソプラノだった。

「どうしたの?その子・・いつもすずと一緒にいる・・ソプラノって子だよね?」

 柚季がそう訊くと、すずは小さな笑みを口元に浮かべる。

「ゆず。この子が二つ目のヒントよ」

「!?」

「この子のことを・・天界に連れてってあげて。

 もちろん、無理やりじゃぁダメよ・・必ず本人の許可を得てね。

 それが出来たら、とても大事な二つ目のヒントをあげるから」

 すずは読み上げるようにそう言葉を並べると、早速、眠っているソプラノを柚季に渡そうとする。

「ちょっと待って!」

 困惑した柚季は、思わずそう叫んだ。そして必死に言葉を続ける。

「でも、ソプラノって確か、天界に行くの嫌がってたよね?

 それに・・無理やり連れていかれそうになった時、すずが助けていたような気がするんだけど」

 柚季はその時の光景を思い出す。

 優歌を探すため、アルトと共に天界に行こうとしたとき。

 天界人に無理やり連れてこられたらしいソプラノを助けたのは、すずだった。

 その時ソプラノは、大声を上げて泣いていた。

 まるで彼女らしくないその表情に、柚季はとても驚いた。

「・・知ってたの?」

 すずは不服そうに目を細める。

 柚季はそれに、コクリと頷く。

「ほんとはソプラノのこと、連れていってほしくないんじゃないの?」

 柚季が思い切ってそう訊くと、

「・・はは。その通りよ、ゆず」

「・・・」

「まだ天界に行きたくないっていうこの子を、私はずっと守ってきたわ。

 きっと私と似ているところがあったから・・あの時の私は、この子のことを放っておけなかったんでしょうねー・・」

「・・・」

「その気持ちは、もちろん今も同じよ」

 すずは微笑む。

「じゃぁどうして・・」

「不確かな理由で、長い間境界にとどまることは、ただ悲しみを増やすだけ・・・そうならないためにも、ソプラノは出来るだけ早く天界に行くべきなのよ。

 ・・・──これで納得してくれたかしら?」

「・・・ふーん・・?」

「あ、ちなみに私は確かな理由があるから、まだまだ境界にいるつもりよぉ」

「すずも早く諦めて、天界に行った方がいいんじゃない?」

 柚季がニヤリとしてそう言うと、すずはわざとらしく困ったような表情を浮かべた。

「いじわるねぇ・・でも、許してあげる。だって、ゆず、私とそっくりで可愛らしいんだもの」

「そんなこと言われても、ぜ・・」

 その時、すずは腕にかかえたソプラノを柚季の方へ持ってくる。

「・・・」

 柚季がソプラノを受け取るため、腕の伸ばすと、すずは柚季の腕の上に彼女の体をそっと乗せる。

 そこにかかる体重を思った以上に軽く、生きていることが不思議なくらいだった。

(いやっ・・実際、生きてはないんだけど・・)

「その子、なかなか頑固よ。本当に頑張らないと、クリアーすることなんて無理かもね」

 すずはそう言うと、柚季に目を向ける。そして本棚の影へ姿を消してしまった。

「・・はぁ」

 柚季はため息をつく。

 ・・・すずが柚季に押し付けてきたのは、無理難題。

 ソプラノとほとんど面識ない自分が、彼女のことを天界に連れて行くことなんてできるのだろうか。

(本当に滅茶苦茶すぎるんだけど、すず)

 ・・・けれど、頑張るしか・・ないし。

 柚季はソプラノの寝顔を、そっと見下ろす。

(寝ているだけなら、可愛いんだけどっ・・な!)

 それに、初めて聞いたすずのソプラノに対する気持ち。

 あんな人間らしい感情が、すずにもあったなんて意外だった。

(すずは、ソプラノに対してだけ優しいのかなー・・)

 柚季はそう思いつつ、出口に向かって歩みを進めていく。

「・・・」

 けれど、すずが自分にとっては敵だということを忘れてはいけない。

 本気をださないと、自分の体はすずに奪われてしまうのだから。

 柚季はそう自分に言い聞かせた。

(・・でも、大切なソプラノをこーしてわたしに預けてるってことは、一応信頼はされているってことなんだよね)

 柚季にとって、その事実は嬉しくないわけではなかった。

 ・・・しばらく歩くと、出入口まで戻ってきた。

 柚季はすずの家からでると、取りあえずソプラノをすずの家の壁に寄りかけるように座らせる。

(どうしよ・・起こしてみるか・・)

 柚季はソプラノの肩に手を置き、軽く揺さぶった。

 その間に、彼女が起きたら始めに何を言おうかと考える。

 するとすぐい、ソプラノはゆっくりと目を開いた。

「・・えーと・・」

「・・・」

 ソプラノは目の前の柚季のことをいつもの無表情で見据えると、立ち上がった。

 続けて柚季も立ち上がったとき、ソプラノは口を開く。

「どうして柚季がわたしと一緒にいるの?」

 その声は何だかとても不機嫌そうだ。

 それでもめげずに柚季は、

「・・ソプラノは知ってるの?すずがわたしにだしてきた二つ目のヒントのこと」

「・・・」

 が、ソプラノは柚季の言葉はきく様子なく、すずの家の中へ引き返そうとする。

「ちょっと待ってよ!」

 柚季はとっさにソプラノの手を掴んで、それをさえぎった。

「待たない。面倒だから」

「面倒って!話ぐらいきいてよ!」

 ソプラノは柚季の手を振り払おうとするが、柚季はそれをさせなかった。

「・・・」

「すずに、ソプラノのことを天界に連れてってあげてって言われたの。

 無理やりじゃなくて、ちゃんと本人の意志で、だって・・そうすれば、二つ目のヒントを教えてくれるって・・!」

 柚季の言葉に、ソプラノは力を緩める。

 柚季が手を離すと、彼女はこちらに振り返った。

「・・天界になんか、行かない。ずっと前からそう決めてるから」

「!──・・・」

 ソプラノの声には、迷いというものが感じられなかった。

 するとすぐに、ソプラノは家の扉を閉めようとする。

「!今、すずのところに戻ったとしても、またわたしの所に戻るように言われるだけだと思うよ?

 すずがわたしに、ソプラノをあずけたのは事実なわけだし」

 柚季の言葉に、ソプラノの動きが止まった。

「・・・」

 少しの沈黙の後、彼女は家の外に戻ると柚季の前に立つ。

「うるさい。分かってたから」

「・・・そう?」

(分かってたって・・絶対分かってなかったよねっ)

 そんなことを思ったが、取りあえずは、ソプラノのことを引き留めることができ安心した。

「柚季ってかわいそう」

 ソプラノはポツリとそう口にした。

「・・は?」

「きっとすず様は、柚季がクリアーできないのを分かってて、わたしを二つ目のヒントにしたんだと思うから。これで柚季の体をすず様のもの」

 ソプラノはわずかに口元を緩める。

「・・・随分と余裕なんだね!でも分からないよ、やってみないよ!」

「やらなくても、分かるから」

「いや、分からないし」

「分かる」

「分からない!」

「少し見ない間に、随分仲良くなったんだなぁ」

 その声にはっとして振り向くと、柚季の隣にはいつの間にかシイカが立っていた。

「シイカっ・・一体どこ行ってたの?」

 あの状況ですずと二人きりにされてしまったことを、少なからず根に持っていた柚季は声のトーンを低くしてそう訊いた。

「悪りぃわりぃ、ちっと急用を思い出したんだよな」

 シイカは相変わらずのにこやかな表情でそう返す。

「・・・ふーん」

(そう言えば、シイカも天界が処方した薬飲んでるって・・・)

 しかし本当は、すずの薬らしくて・・・

 とても気になったが、今はそのことよりも、この状況を説明することが先だ。

「ねぇ、さっきすずから二つ目のヒントの条件をきかされたんだけど・・」

「お!そうなのかっよかったな!で、どんな条件だったんだ?」

「・・・ソプラノを天界に連れて行くことだって」

 柚季がそう言うと、シイカは視線をすぐさまソプラノの方へ動かした。

「そんなんでいいのか?簡単じゃねーか!・・・よいこらせっと!」

 シイカはそう言うのと同時に、ソプラノの体を軽々しく持ち上げ自分の肩に乗せるようにした。

「じゃ、行くか!」

「ちょっと!!違うから!ソプラノが自分の意志で行ってくれるようにしないとダメなんだよ」

 柚季が慌てて言うと、ソプラノは「離して!」と叫び、シイカの腹に勢いよく足蹴りをくらわせる。

「う”おっ」

 シイカの手が緩んだすきに、ソプラノは地面に足をついた。

「ありえない。これだから天界人は」

 ソプラノはシイカを刺すような目つきで見る。

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