第4話「地上に帰れる条件」
その日、学校から帰ると自室にはアルトがいた。
「お帰りなさい、柚季さん」
アルトは柚季の姿を見るなり、そう言って微笑む。
「・・・ただいまー」
柚季はその微笑みに、少し違和感を持った。
それはいつもと違い少しだけ引きつっているように見えたのだが、柚季は朝あったことを話そうと思い、
「アルト!今日の朝ね、すずが一つ目のヒントをくれたの」
「!」
「すずがくれた薬飲んだら、変な夢みて・・・そこにこれと同じ白い本がでてきて・・」
柚季はそう言いつつ、机の上に置いたカバンの中から白い本を取り出し、ページを広げてアルトに見せた。
「ほらっ夢の中でみた文をそのままかいてみたんだけど・・・どう思う?」
「・・・」
「わたしが思うに、この白いページって・・この文章をかくためにあるんじゃないかな!?だから、もしかするとっ・・・──アルト、どうしたの?」
柚季は、黙りこくったままのアルトのことが気になったので、話すことを止めると彼を見た。
アルトは、にっこりと笑うと、
「よかったじゃないですか!柚季さん。大きく前進しましたね!」
「・・・うん」
「僕がこの仕事、やめる前に進展があったみたいで安心しました」
「・・・──は?」
柚季は自分の耳を疑った。
「仕事やめるって・・・!?」
「・・・すみません。突然こんなことになってしまって」
アルトは静かに目を伏せた。
「でも、大丈夫です。僕の代わりに来るヒトがいますから・・柚季さんはそのヒトと・・」
「ちょっと待って!どうしてこんなことになったの?
アルトがこの仕事、やめなくちゃいけない理由が分からない!」
柚季は突然のことに困惑したまま、そう言葉を並べた。
アルトは苦しげに微笑む。
「理由なんて単純ですよ・・・失敗が多いからです。
今までは大目にみてもらえていたんですが、優歌さんの件でそれも難しいものになってしまったみたいです」
「!・・だって優歌のときはっ・・」
「柚季さん、そんなに心配しなくても大丈夫ですよ?やめると言っても・・・別の部署に移してもらうわけですから」
「でもっ・・」
柚季は口ごもる。
今まで頑張れたのは、アルトがいたからなのに・・・これからもそうであると信じていたのに・・・──。
突然そんなこと言われても、納得いかなかった。
「課長も言っていましたけど、この仕事、やっぱり僕には向いてなかったみたいです・・」
アルトはそう言って、困ったような笑顔を作った。
柚季は課長という言葉に思わず、
「あの小さい課長が、アルトのことやめさせたの?」
「・・・そうですけど、仕方のないことだったんですよ?」
「・・・」
柚季はそれを知って、より納得いかなった。
アルトは信用しきっているみたいだが・・・柚季にとっては、あの課長は絶対に信用できない。
(もしかして、このこともわたしへの嫌がらせ?)
そんなことを思ってしまう。
「柚季さん、今まで本当にありがとうございました。最後まで一緒に頑張れなかったことが、本当に残念です・・」
「・・──アルト、その課長と一回、話させてほしいなー・・なんてダメ?」
「えぇ!?」
「課長に会って、何するんですか?」
「だからっ・・アルトが仕事、やめなくちゃいけない本当に理由を・・」
とその時、ドカンッという大きな音がした。
「!」
ビクリとして、そちらの方へ視線を動かすとクローゼットの扉が開き、そこには・・
「あ、シイカ。早速きたんですね」
「おうっ・・やることは早く済ませてーからな!」
「・・・」
柚季はたった今柚季の部屋に来た、黒髪の天界人のことをじっと観察する。
どこかでみたことある・・・あの時、優歌の魂を切断した彼、だ。
「・・柚季さん、彼が次の担当になったシイカです」
アルトがそう言葉を並べると、シイカは柚季の背中をバシリと叩き「よろしくな!柚季!」とにこやかに言ってくる。
柚季はそれに思わず、眉を寄せた。
「・・シイカって・・魂と体の繋がりを切る?みたいな仕事してたよね?その仕事はしなくていいの?」
「あ、柚季さん知ってるんですか?」
アルトは意外そうに目を丸くする。
「うん、見たことあるし」
「そーだよな!オレたち会ったことあるもんなぁ。
でも大丈夫だぞ。オレがアルトの仕事を代わるかわり、アルトがオレの仕事やることになったんだしな」
「!・・」
柚季はそれに、シイカの仕事現場を目撃したときのことを思い出す。
・・・あんな残酷な仕事、アルトにできるのだろうか。
「・・アルト、嫌じゃないの?」
柚季が呟くようにきくと、アルトは
「そんなことはありません。シイカの仕事も、やりがいのある重要な仕事ですから!でもやっぱり不安はありますが・・」
「──・・でも、アルトには・・」
「・・・」
柚季が言葉をこぼすと、アルトは困ったような笑顔を浮かべた。
するとシイカは、
「柚季~!アルトと一緒じゃなきゃ嫌なのかっ・・愛されてるなぁ!アルト!」
シイカはそう言うと、アルトに笑いかけた。
「・・・」
「そ、そーいうのじゃないから!ただわたしは、アルトのことが心配で・・!!」
「──・・大丈夫ですよ。
今回の仕事は僕には合わなかった、だから、別の仕事に移動する、それだけの話ですから」
アルトの表情はいつものように穏やかだったが、その声はいつもの違い力強いものに感じた。
柚季はそんなアルトの言葉に「・・そうか」としか返せなかった。
「今までのことや、白い本のことについてはシイカに話してありますから・・」
「・・うん」
「柚季さん、今まで本当にお世話になりました。これからもあまり無茶せず頑張ってくださいっ」
アルトはそう言うと、ペコリと頭を下げる。
「・・アルトもね」
柚季がそう呟くように言うと、アルトは頭を上げにっこりと笑った。
そして彼は背を向けると、フワリと浮き上がり天井を通り抜け姿を消してしまった。
「柚季~アルトってほんと、いいやつだよなー。まっ、それだけなんだけどな」
「・・・」
(このまま・・アルトにはもう会うことはないのかな)
柚季は心の隅で、そんなことを思う。
それが事実だとしても・・あまり実感できない。
もう、アルトに会うことはないんだって・・・──実感できない。
いや、認めたくない。
「おーい柚季、きこえてるかー?」
シイカが黙りこくったままの柚季の顏を覗き込んでくる。
(それに、このシイカってヒト、あまり信用できないし・・)
「・・はぁ」
柚季は小さくため息をつく。
「ん?さっき溜息つかなかったか?」
「ついてないから」
「そっか!ならいいけどなぁ」
「・・・」
*
「リツ、あの仕事はアルトには酷すぎるんじゃない?」
ミオはアルトがでていき、リツボシと二人きりになった部屋でそう言葉をこぼした。
「・・・誰もやりたがらない仕事だから、特別に”記憶を残せる”っていう条件がでてるぐらいだし。
それでも希望者は毎回少なくて、ほんと困っちゃうんだよね」
ミオの呟きに、デスクのイスに腰掛けたリツボシは腕を組み眉をよせた。
「はぁ~・・・だからって、同じ仕事のままでも効率悪すぎだろ!?アイツは魔女に対しても、柚季に対しても優しすぎる」
「んー・・確かにそうなんだよね」
「いざとなったら、あの薬を使って感情をコントロールしてやることも可能だ。シイカみたいにな」
「・・・」
ミオはそれに沈黙を置いた後、
「リツ、それはアルトが望んだ場合、だけだよね?」
「あぁそうだよ!」
境界の魔女は自分たちにとってはやっかい者、のはずなのだが・・──
その力を利用している者が天界にはいる。
ミオはその事実に少なからずうんざりしていた。
けれど、どうこう言うのも面倒なので黙っておくのだが。
「・・・」
それとあともう一つ。ミオには気になっていることがあった。
切断係は、地上のいろいろな場所に行くことが多い。
・・・地上には、アルトのことを知っている人物がいる。
彼、とアルトが会うようなことがなければいいのだが。
(まぁ会ったとしても、面白そうだけど・・!)
ミオの口元にはいつのまにか、笑みが浮かんでいた。
リツボシのこの判断が、今後の展開にどう関わってくるかとても楽しみだ。
*
数日後・・の放課後。
柚季は、美術室を去る琴音に「また明日ね」と手を振ると、ため息をついた。
今日の朝、すずから伝言があったのだ。
白い本からすずの声が聞こえてきて、「二つ目のヒントをあげるから、私の家にきて」と言われた。
そのことは柚季にとって嬉しいはずなのだが、気付けばため息ばかりついてしまう。
(あのシイカってヒト、本当に大丈夫なのかな)
何だかとても不安だ。
アルトはちょくちょく顔を見せにきてくれたのだが、シイカはあの日から一度も来てくれない・・・し。
(っていうか来てくれないんじゃ、すずの家に行くこともできなんだけどっ・・)
はやく行かないと、すずの気が変わってヒントを聞き逃してしまうかもしれないのに。
柚季はそんなことを考えつつ、道具を片付け始めた。
「絵、上手だなー!」
「!」
その声にはっとして顏を上げると、いつのまにか、そこにはシイカが立っていた。
彼は興味津々な様子で、机の上に広げてある描き途中の絵をのぞきこんでいる。
そして、そこから視線を外すと柚季を見て、二カッと笑った。
「よ!柚季、何か変わったことあったか?」
「・・・やっときた」
柚季はため息混じりに、そう言葉を返す。
「悪りぃ悪りぃ、オレもまぁいろいろ忙しいんだよ」
「あったよ!すずからの連絡!二つめのヒントをあげるから、すずの家に来てだって」
「おっそうなのかー!じゃぁ行ってみるか?」
「うん」
柚季は即座に頷いた。
柚季はシイカと共に、境界にきていた。
すずの家に向かおうと歩き出そうとしたその時、シイカが口を開く。
「オレ、すずの家、一回しか行ったことねーから、場所よく覚えてねぇんだよなぁ・・柚季はどうだ?」
「大丈夫。わたし覚えてるから」
(シイカ、すずの家に何しにいったんだろ・・)
柚季はそう思いつつも、シイカに返事をする。そして歩き出した。
シイカも柚季の隣を歩く。
「ちなみにな、オレがすずの家に行った理由は、柚季の魂を切断するためだったんだよな」
「は?・・でもわたし、こーして生きてるけど」
柚季は、シイカの思わぬ言葉に眉を寄せる。
「・・ま、これもアルトのお蔭ってことだよな」
「?・・」
「あ、次、柚季の寿命がきたら、魂を切断するのはアルトなんだよなぁ・・
そうなった場合、かなり気まずいよな、お前ら割と仲良かったしな」
「・・・って言うか!そんな縁起の悪いこと軽々しく言わないでくれない?
──・・・あっとしてもそんなこと、ずーっと先のことだし!」
シイカがにこやかに言ってくるので、苛立った柚季は思わずそう返した。
「おう!そうだといいな!」
「・・・・はぁ」
・・・しばらく歩くと、すずの家に到着した。
柚季は家の扉の前に立つと、シイカに
「ここだよ、すずの家」
「そうなのか!やっとついたな」
すると、シイカは手の中にポンッと何かを現した。
・・・見覚えのある、分厚い本。
アルトが術を使う時の本だ。
「それ、アルトのだよね?」
「おう。使うかもしれねーから、アルトから借りたんだよな」
「・・・っていうか、使い方とか知ってるの?」
アルトが本を持つとしっくりくるのだが、このシイカが持ってもどうも似合わない。
だから、その本をシイカが上手く使っているところも想像できなかった。
「ん~知らねぇな!」
「やっぱり」
「・・適当に使えば、どうにかなるだろ!」
「かなり不安なんだけど・・でも、大丈夫だと思うよ。今回は術なんて使う時ないと思うし」
柚季は、すずの家のドアを開いた。そして「すず、入るよー」と言いつつ、中に歩みを進める。
・・返事はなかったが、柚季は本棚が立ち並ぶ薄暗い部屋をそのまま歩いて行く。
その後にシイカも続く。
「・・・」
(何だろう・・)
始めは、この闇とこの迷路のような本棚が不気味なものに感じたのに・・今ではその感覚が全くしない。
柚季は赤の瞳を隠している眼帯を外し、その景色をじっくりと両目に映した。
「・・・」
逆にこの景色は・・安心感がある、そう思うのは柚季の気のせいだろうか。
「何か・・似てるな~境界の魔女に」
「!・・え」
見ると、隣を歩くシイカが柚季を見ていた。
柚季はその言葉に、少なからず動揺する。
「・・だって、すずとわたし、姉妹だし・・似ていても仕方ない・・よ!」
「そうか!そういえばそうだったなっ」
「・・・」
柚季にとっては、苦し紛れの言い訳だった。納得なんてしたくても、できない。
すずの家に安心感があるのも、自分がすずに似てきたのも、きっと・・・──すずの薬がきいてきた証。
すずが自分の体をじわじわと乗っ取っていっている証。
「・・つーか、魔女の奴、でてこねぇーなぁ。もしかしたら、留守なんじゃねーのか?」
「どうだろ。来てって言われて行ったんだから、いるはずだと思うけど」
すずの家に入ってしばらく歩いているが、すずは姿を現さない。
そのうちでてきてくれるとばかり、思っていたのだが・・・。
柚季は立ち止まると叫んだ。
「すず!いる!?いるならでてきて!!」
「魔女~いねぇのか?」
「・・・」
「・・・」
「・・今日はアルトくんじゃないのね」
「!」
その声に振り返ると、そこにはすずが立っていた。
彼女は赤い瞳を歪ませ、微笑む。
・・・柚季はその姿を見て、あぁやっぱりすずはどこか不気味だ、と改めて感じた。
柚季は口を開こうとするが、シイカがその前に口を開く。
「おっ魔女、でてきたな。ちなみにアルトは、別の仕事に移動したぞ」
「ふぅん、そうなの。残念ねぇ」
「・・ねぇすず!あの夢ってどんな意味があるの?」
柚季は二つめのヒントをもらう前に、確認しておきたいことがあった。
すずからもらったあの薬を飲んでみた夢。
幼いすずらしきヒトと、文字の列がある白い本。
「そうねぇ、あれは一つ目のヒント、そのものよ」
「それだけじゃ、分からないんだけど」
「・・はは、ダメよぉちゃんと自分で考えなさい」
すずはそう言いつつ、柚季の方へゆっくりと歩みよってくる。
「!・・」
柚季は思わず身構えた。
すずは、柚季の目の前で立ち止まると
「あ、でもこれだけは言っといてあげるわ。
あの真っ白な本を文字で埋めるってことも、・・とても大事よ」
「!・・・」
(文字で埋める・・・やっぱりあれで間違ってなかったんだっ・・)
あの夢の中で見た白い本は、全てのページに文字がかかれてあり・・その物語は完結しているようだった。
きっと柚季の持っている白い本も、あの夢の本と同じようにすれば・・・きっと、何かある。
「そんなことより、もっとよく見せて」
「!・・」
すずは、柚季の方へその白い手を伸ばしてくる。
そして、その顏を両方の掌で包み込み、柚季の左目を覗き込んだ。
「・・まえ見た時より、だいぶ綺麗な色になったわねぇ。とてもお似合いよ、ゆず」
すずは口元に満足げな笑みを浮かべる。
「そのうち、こっちの瞳も・・・」
その言葉と同時に、すずの視線が柚季の左目から右目へと動いた。
「ちょっと離し・・」
とその時、シイカが柚季とすずの間に割って入り、二人の距離を引き離す。
「余計なことは、しねーことだな!」
シイカは微笑みを浮かべ、そう言った。
「・・・はは。頼もしいのね、君は。ちょっとゆずとお話ししたかっただけなのに」
「・・・」
柚季はシイカの行動が意外だと思いつつも、彼の背中の後ろでほっと胸をなでおろした。
シイカはいつもヘラヘラしているが、いざという時は真面目に動いてくれるタイプ?らしい。
「・・・──すず。二つ目のヒント、教えてくれるんだよね?」
柚季がシイカの後ろからそう訊くと、
「そうよ、そのために来てもらったわけだしね・・・二つ目のヒントは・・」
「・・やっぱり魔女のことなんて、信用しない方がいいんじゃねーのか!?
ヒントがどうだのって・・ただ柚季のことを使って楽しんでるよーにしか、見えねーよ!」
柚季がすずの言葉に、耳を傾けていると、シイカがそう言った。
「・・・」
「・・・」
シイカのその言葉に、重たい空気が周囲を包み込む。
柚季は、必死になって
「仮にそうだとしても、わたしの体を取り戻すには、すずのことを信じるしか方法はないんだよ!」
シイカはそれに口元を緩める。
「ほんとにそうか?気弱なアルトには出来なかったかもしれねーけど、オレには出来るぞ」
「!・・」
「この魔女を消滅させること!そうすれば、柚季も”呪い”から解放されて、一件落着ってわけだしなぁ」
すると、シイカは手の中に術の本を現した。
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