第3話(6)


 柚季たちが美術室を出て、廊下を歩いている時のことだ。

 視界の上から現れた誰か、が床に足をつく。

「!」

「用事は済んだ??君たち」

 彼女─・・・ミオは、明るい表情と声でそう言うと、口もとに笑みを浮かべる。

「ミ・・ミオ先輩!これには本当にっ・・本当にっ特別な理由がありまして!」

 アルトは泣きそうな顏をしながら、震えた声でそう叫ぶ。

「んー?特別な理由があることは、知ってるよ。その話はまた、別の時に訊かせてもらうとしてっ・・」

 ミオの視線が、一瞬だけ柚季の方へ動くのが分かった。が、すぐにそれは別の方へ動く。

「・・・」

「優歌さん、ゆく先は決まりましたか?」

 ミオは優歌の方を見ると、そう静かな声で問いかけた。

「・・・」

 優歌が黙りこくっていると、ミオはまた口を開く。

「・・・もう時刻は過ぎています。早く決めて頂かないと・・・」

「大丈夫。もう決まってるから!

 ・・・私、もう一度生きたい、この世界で」

 優歌は力強くそう言うと、ミオを見据える。

 ・・・その瞳には、迷いが感じられなかった。

 きっとずっと前から決めていたことなのかもしれない、柚季は何となくそう思う。

「・・再度、魂の旅にでるということですね・・・─分かりました」

 ミオはそう呟くのと同時に、手の中に何か、を現した。

 背の高い白い杖のようなもの。

 その先端はキャンドルのようなものになっており、柚季にとっては初めて見る道具だった。

「・・何、あれ?」

 柚季が呟くと、隣に立つアルトが言った。

「・・あの先に、魂、を灯すんです。先輩はそれが担当の仕事なので・・」

「・・・ふーん」

 すると、ミオはその杖の先端を優歌に向け、「では」と呟くと軽く頭を下げた。

 優歌はそれに小さく頷くと、柚季に視線を送る。

「優歌っ・・・!」

「ありがとね、」

 優歌がその言葉をこぼした後、ミオは杖の先端を彼女の透明な体の中に入れた。

「!」

 すると、たちまち優歌の体はフワリと燃え上がり、杖の先に灯る淡いピンク色の炎に形を変えた。

 ミオは炎を見上げると、微笑む。

「きれいな色の魂だね」

「?・・」

 その時、柚季は優歌の立っていた床の上に、何かが落ちていることに気付いた。

 ビー玉のようなそれは、中にキラキラとした砂が入っていてとても綺麗だ。

「それって・・」

 柚季が呟くと、ミオはそのビー玉のようなものを拾い上げる。

「・・・魂の中にあったキオクだよ」

 ミオはそう言いつつ、そのビー玉を服のポケットにしまいこんだ。

「・・・」

 そして、腰の細いベルトにぶら下がっている、丸みをおびたビンを手に取るとそれを胸の前に持ってきた。

 ・・ミオがビンから手を離すと、それはそのまま空中をフワフワと漂っている。

 何をするのかと思っていると・・ミオは「それっ」と呟くと同時に、キャンドルの先にともっている魂、をビンの中にいれた。

「!」

 魂は、一瞬大きく揺らいだかと思うと、ビンの中に納まるほどの大きさになる。

「これでOKだね」

 ミオは満足げに微笑んで、ビンにフタをすると、また腰のベルトに戻した。

 柚季はビンの中に入った魂を、じっと観察する。

 それは、まるで丸みがある炎のようで・・・けれど、それよりもずっと綺麗で優しい色をしていた。

「ミオ・・優歌の魂・・どうするの?」

 柚季が恐る恐るそう訊いてみると、ミオは魂の方に目を向け口を開いた。

「・・・記憶を抜き取っちゃったから、正確にはもう優歌さんの魂ではないのけれど・・・」

 ミオは魂のビンに、大事そうに掌をかざすと言葉を続ける。

「この魂は、しばらくの間、ゆっくり休ませてあげるんだ。

 そして、時がきたら地上にまた旅立っていくんだよ」

「そうなんだ・・」

 この魂は、再び地上に旅立ち何を得るんだろう。

 この魂はもう優歌のものではないのかもしれないけれど、優歌が叶えられなかった想いを少しでも満たして欲しい、そしてまた、琴音に会いに来てほしい・・・柚季はそう願わずにはいられなかった。

 ミオはそんな柚季の心情を読み取ったのか、柚季の顏を覗き込むと微笑んだ。

「柚季、いいこと教えてあげよっか!」

「?」

「これから、の魂の行く先を優歌さんに決めてもらうのはね、記憶を抜き取った後でも、もしかしたら魂に彼女の思い、が残っているかもしれないから・・・なんだよ」

「!」

「もちろん、確証はないけれどね・・・少なくともあたしたち灯し火係りは、みんなそう願って仕事してるってこと!」

次にその手は、ポケットの中に伸びる。

「・・・ちょっとつきあってもらっていい?」


 ミオについて行って行きついた場所は、学校の屋上だった。

 彼女は、屋上の端の方まで歩みを進めていったので、柚季とアルトもそれに続く。

 この場所からは、自分の住む夜の街並みが見渡せた。

 真っ黒い地上は、建物のはなつ明かりや、車がはなつ小さな明かりで満ちている。

 それらの光はあっても、柚季にとっての夜の闇は少しだけ不気味で怖かった。

 ミオはポケットにしまってある、ビー玉のようなもの(優歌の記憶のカケラ)を手に乗せて、それを空にむかって伸ばす。

 そして、記憶のカケラを軽く握りつぶした。

「!・・」

 それは、風に吹かれると、小さな光の粒になって街の明かりに吸い込まれるように消えていく・・・。

「っ・・どうして?」

 ミオがとった思わぬ行動に、柚季は驚きを隠せなかった。

 ミオは手の中の光の粒が、街中に消えて行ったことを確かめると、柚季に方へ振り返る。

「記憶のカケラって言っても、何の効果も持たないただの砂なんだよね。天界に持ち帰っても、すぐに処分されちゃうだけだからさ」

「!」

 ミオは微笑む。

「・・・地上人は、すぐに忘れる、生きものだし・・・こーしてあげれば、みんな少しの間は優歌さんのこと、覚えていられる気がするでしょ?」

「──・・・」

「ま、気休めだけどね!」

 ミオの気持ちは嬉しかったが・・・柚季はどこか気に食わなかった。

「気休め何かじゃないしっ・・わたし絶対に優歌のこと忘れないっ・・それに、琴音も優歌のこと忘れるはずないから」

 柚季が力強くそう言っても、ミオは微笑んだまま特別な反応は示さなかった。

 まるで、柚季がそう言うことを予想していたみたいだ。

 ミオはにっこりと笑顔を作ると、

「うん、期待してる♪」

「だから、大丈夫だって!!」

「・・・じゃーあたしはこれでー。

 あ、アルト!リツが話があるらしいからできるだけ早く帰ってくるんだよ?」

 アルトはミオの言葉に目を丸くする。

「えぇ!?課長がっ?」

「うん、そうそう・・それと─・・」

 ミオの視線は、アルトあら柚季の方へ移り

「柚季が今着ている天界の制服、あたしのなんだよね!」

「え、そうだったんだ」

「アルトにそれかした時、アルト、女装の趣味に走ったとばかり思ってたんだけどー・・・」

 ミオは視線をチラリとアルトへ向ける。

「そっ・・そんなことあるはずないですよ!」

「なぁんだ、残念・・・ってことで、柚季もアルトと一緒にその制服返しにきてね♪」

 ミオはにこやかにそう言うと、この場から浮き上がり夜空の中へ姿を消した。

「柚季さん、僕、天界に戻らなくては・・・」

「え、もう?」

 柚季の言葉にアルトは頷く。

 その表情はよくなく、とても不安そうだ。

 柚季も嫌な予感はしていた。

(もしかしたら・・アルトの課長にも、優歌を地上に連れ出したことばれてるかも・・)

 そう思いつつも柚季は、

「そうだね。でも、少し休んでいこうよ!

 今日動きっぱなしで疲れちゃったからさ」

 ミオは出来るだけ早く、と言っていた。だから、今すぐでなくても大丈夫だと柚季は思う。

「アルト、働きすぎも体によくないよ?」

「・・そうでしょうか」

「そうそうっ」

 柚季は不安げな顔色のままのアルトの腕をつかむ。そして、歩き出した。

 やっと、すずがだしてきた一つ目のヒントをもらえる条件、をクリアーできたのだ。

 それはアルトのお蔭でもあって・・・だから、少しでいいから彼にはゆっくり休んでもらいたいと思った。

(今すぐ天界に戻っても、きっと休めないと思うし・・)



 ミオはすっかり日が落ちた街中に立っていた。

 日が落ちたと言っても、ここは、建物が放つ光や外灯で不自由しないぐらい明るい。

 ミオは優歌の魂が入ったビンに、背の高いキャンドルの先端を入れる。すると魂は、まるで炎のようにフワリと燃え上がり、キャンドルの先端に燃え移った。

 ミオは魂の炎がキャンドルの先端で揺らめいているのをしっかりと確認すると、バス停に立っている30代ぐらいの女性に歩みよった。

(・・・彼女の魂と優歌の魂は相性抜群!これなら安心だね)

 優歌の魂の色は、淡い桃色。彼女の魂も優歌の魂の色に近い、桃色をしていた。

 自分の目、を使えばその色を判断することができる。

 この魂の色を見る能力は、天界人なら誰でも持っているが、灯し火係に選ばれるのは、得に目がいいヒト、だけなのだ。

「・・・」

 ミオは女性に向かい、軽く頭を下げる。

 そして、キャンドルの先端に灯っている魂の炎をまた別のキャンドルに移すように、女性の体に移した。

 魂の炎は、女性の全身を包み込むように燃え上がると、彼女の体の中に吸い込まれるようにして小さくなり・・・そして消えた。

 ・・・地上人の一部の女性は、体に2つの魂を灯すことのできる不思議な力を持っている。

 ミオの灯した優歌の魂は、この女性の魂の温もりに包まれながらゆっくりとゆっくりと旅立ちの準備をする。そして、再び小さな命、となってこの地上に降り立つことができるのだ。

「優歌のこと、よろしくお願いします」

 ミオは女性に自分の姿や声がうつっていないと分かっていても、そう言って頭を下げた。

 もう魂の中には優歌はいないのかもしれないけれど。

 ミオは、他の魂を灯すときも、必ずそう言うようにしていた。

 自分は再び魂の旅にでることより、天界で働くことを選んだ。だから、そんな自分がその言葉を言うのはどこか身勝手なような気もする。けれど、言っておきたいことはやっぱり言っておきたい。

 自分はきっと地上で辛くて苦しい思いをしたのだろう。記憶を抜かれたせいで、何も覚えていないが、天界で働いているということはきっとそういうことだ。

 けれど、優歌は違う。またこうして、地上に降り立つことができる。

 そう・・・せっかく降り立つことが出来るのならば、

(優歌の旅路がどうか幸せなものでありますように)

 ミオはそう心の中で呟いた。

「・・・さて・・と!」

 ミオはこの場から、浮き上がると外灯の上に足をつく。そして、大きな伸びをした。

(リツに頼まれた仕事もちゃんとこなさないとねっ・・)



 柚季はアルトを連れたまま、自宅の玄関の戸を開いた。

 すると中からパタパタとこちらに走ってくる足音が聞こえてくる。

 柚季が母に「ただいまー」と言って家に上がると、

「ゆず!一体今までどこ行ってたの!?」

 と怒鳴られる。

「あ・・・」

「昨日、帰ってこなかったでしょ!?」

「ごめん・・どうしても外せない用事があって」

 柚季は母の怒り顔に動揺しながらも、何とかそう返した。

 どうやら今回は、境界や天界に長くいすぎたらしい。

「なら、連絡の一つもよこしなさいよね?」

「うん、これから気を付けるから」

 母は柚季の言葉に、少しばかり表情を和らげる。

「・・・でも、無事で何よりよ。

 ・・お腹すいたでしょ、ゆずの分の夕飯、残してあるから食べなさい」

「ありがと」

 そして母は、踵を返すと居間の方へ姿を消した。

「・・・」

 心配性の母のことだから、きっと柚季が帰ってくるまで気が気でなかったのだろう。

 そう思うと、母に申し訳ないことをしてしまったと思った。

「いいものですね、心配してくれる誰かがいるってことは・・」

 後ろに立つアルトがそう呟いたが、柚季は聞こえないふりをした。


 柚季はアルトに部屋で待っているように言うと、台所へ向かった。

 そこにある鍋の中をのぞくと、カレー、が入っている。

(よかった・・・けっこう量ある)

 自分だけ夕食というのもどうかと思ったので、アルトの分の用意しようと思ったのだ。

(それにしてもお腹空いたな・・・)


 柚季が、おぼんの上にカレーライスと水の入ったコップを乗せて部屋に入ると、テーブルの前に座っていたアルトがこちらを見る。

「おまたせー、ね、一緒に夕飯食べよ!」

「!・・」

 柚季はアルトの前に座ると、おぼんの上に乗ったカレーをアルトの前のテーブルに置く。

「い・・いいんですか?」

 アルトはとても戸惑っている様子だ。

「うん。わたしひとりで食べてるのも何だし、一緒に食べよー」

「・・・はいっありがとうございます」

 アルトは微笑むと、目の前に置かれてあるカレーライスに視線を落とす。

「・・それにしても、変わった食べ物ですね・・それにこの匂い・・初めてかぎます」

「え、アルトってカレー食べたことないの?」

 柚季は思わぬ事実に、手の動きを止める。

「これは、カレーという食べ物なんですねっ・・はい、見るのも食べるのも初めてです」

「へー・・・まぁいいや。母さんの作るカレー美味しいからさ、食べてみてよ」

 天界のヒトは普段、一体どんなものを食べているのだろうと考えながら、柚季はアルトにそう返した。

 その後、スプーンの上のカレーを口へと運ぶ。

 チラリとアルトの方へ視線を投げると、彼も口の中でカレーをもぐもぐさせていた。

「はじめてのカレーの味はどう?」

 柚季が何気なく訊くと、アルトはスプーンを皿の上に置いた。

「?・・」

「・・すごく・・美味しいです・・」

 そう言うアルトの声は、何故だか微かに震えている。

 すると、彼の目から涙がこぼれ落ちた。

「!ちょっと・・何も泣くほどのことでも・・」

 思わぬ事態に柚季はとっさにそう声を上げた。

 カレーを食べて泣かれても、どう言葉を返していいか分からない。

「すみません・・本当においしくてっ・・・!

 それに何ででしょうね・・少しだけ懐かしい感じがするんです・・」

「・・・」

 アルトの言葉に、柚季はドキリとする。

(そうだ・・・アルトも地上で生きていた頃もあったんだよね・・)

 ミオの仕事を少しだけ手伝って分かったことは、しんでしまって天界にいった場合、希望次第で生まれ変わることができるということ。

 逆に生まれ変わりたくない場合は、天界で働けるということ。その場合は、生きていた頃の記憶はリセットされてしまう(一部の部署をのぞき)。

「─・・・」

(じゃぁアルトは、生まれ変わりたくなかったってこと・・だよね・・一体どうして)

「ねぇアルト・・どうして・・」

 が、柚季はそこで言葉を止めた。

「あ、やっぱいいや・・」

「?・・」

 この話題はまた後にしておこう。

 今は柚季もアルトも疲れているときなので、軽い気持ちできいても後悔するかもしれない。

 ・・・柚季はそう思った。


 食べ終えた食器類を片付けて部屋に戻ると、柚季の目にある光景が飛び込んできた。

「ねてるしっ・・」

 アルトがテーブルの上に顏を伏せるようにして、眠っている。

(やっぱ疲れているんだよねー・・)

 柚季はアルトのことを起こさないよう、そっと部屋の中を移動する。

(そうだ、この制服、ミオにかえさないとっ)

 自分もゆっくりしたいと思いつつも、部屋にきた時にぬいだ、白の上着を手に取り丁寧に畳んでおく。そして、着たままになっている白のスカートも脱ぎ、いつもの適当な服に着替えた。

「・・・」

(アルトが起きるまでわたしもゆっくりしよー)

 そう思ったが、勉強机の上に置いたままの”白い本”が気になった。

 一つ目のヒントをもらえる条件をクリアーしたのに、肝心のすずからの反応がない。

(まさか、忘れているわけじゃないよね?)

 急に不安になってきた。

 白い本を開き、紙面に向かって「すずー」と呼びかけてみる。

「・・・」

 が、返ってきたのはただの沈黙だ。

 柚季は本を手に持つと、ベッドに腰をおろす。

(・・まっ大丈夫だよね)

 このまま何も連絡がなく、すずに体を乗っ取られる・・・なんてこと、ないはずだ。

 おそらくすずは、そんなずるい真似をするようなヒトではない・・・多分。

「・・つかれた・・」

 柚季は白い本を手に持ったまま、ベッドに体を倒す。

 ・・・そして、眠りにおちた。



「・・・偉いわ、ゆず」

 すずは背の高い本棚が立ち並ぶ部屋の中、そう呟いた。

 本棚から一冊の絵本を取り出し、胸に抱える。

 すずは柚季の左目から伝わる情景や気持ちを受け取り、彼女が条件を達成したことを察していた。

 ・・・多少、無理をしてもらう方が丁度いい。

 これからのことを考えると。

(誰かを助ける・・・なんてことは大変でしょう?)

 きっとそれは、責任をおい、自分を犠牲にすること。

 でも・・とても、やいがいのあること。

(もっともっと・・必死になって、ゆず)

 周りが見えなくなるぐらいに、ね。



 柚季はふと目を覚ました。

 寝すぎたと思い、弾かれたように飛び起きる。

「──・・・」

 すると、部屋の隅にある小さな本棚の前に、アルトが座り込んでいるのが分かった。

 彼はその中に並べてあるマンガ本を興味ありげな様子で、観察しているようだ。

 するとアルトは、こちらに気付き立ち上がった。

「あ、柚季さん・・・ゆっくり休めましたか?」

「うん・・・」

 アルトの背景にある窓の景色は、うっすらと明るい。

 どうやらもう朝がきたようだ。

 少し寝ようとしただけなのに、ずいぶんと寝てしまったらしい。

「アルトは・・・大丈夫?」

「すみません・・・柚季さんの部屋で居眠りしてしまうなんて・・でも、そのお蔭でゆっくり休めました!」

 アルトはにっこりと笑う。

「そうか!よかった!」

 アルトは、ついさっきまで寝ていたのだろうか・・それとも、大分前に起きて柚季が起きるのを待っていてくれたのだろうか・・柚季はそんなことを思う。

「では・・僕は天界に戻りますね」

「あ、ちょっと待って!わたしもミオに制服返しにいかないと」

「・・・なら、僕が返しておきますよ?

 借りたのは僕なわけですしっ・・・」

 柚季はそれに首を左右にふる。

「大丈夫!お礼も言っておきたいからさー」

 アルトは柚季の言葉に、柔らかい笑みを浮かべると

「では、一緒に行きましょうか!」

「うん」


 一通りの用を済ませて家をでると(母には学校に行くと伝えた)、家の前ではアルトが待っていた。

 天界で目立ってしまわないよう、白いコートに身を包んだ柚季は彼の方に歩み寄る。

「おまたせー」

「あ、では行きましょうか」

 アルトはその言葉と同時、上空に向かい手を伸ばし、指をパチンと鳴らした。

「!・・」

 目を凝らしてよく見てみると、はるか上空に透明なトビラが浮かんでいるのが見えた。



 柚季はアルトとともに、一度境界にでてから、そこにある天界へのトビラを通りぬけた。

 夜の中にいるような不気味な道を進むと、天界に入れる大きなトビラの前にたどり着く。

「やっと着きました」

 アルトはそう呟くと、トビラを押し開け中へと入る。

 柚季もアルトの後に続き、中へ歩みを進めた。

 そこは広々とした建物の中で、多くのヒトビトが行ききしている。

「ミオってどこにいるか・・」

 アルトに問いかけようとしたとき、「やっときたねー待ちくたびれたよー」と後方から声がした。

 振り返ると、そこにはミオがいた。

 と同時に、彼女のお周囲に立つ、天界の制服を着た数人の男性が目にとまった。

(誰だろう)

 と思いつつも、柚季は手に持つミオの制服の入った彼女に手渡す。

「これ、制服・・!ありがと」

「はーい♪」

 ミオはそれを受けとると、手に持つ何か、を柚季の額に近付けた。

「!?」

 一瞬、何かと思ったが、すぐに理解できた。

 銃、だ。

 全身が真っ白で丸みをおびた、あまりそれらしくないデザインだが・・・──間違いなく。

「・・・少し前に決まったことなんだけど・・やっぱり、柚季みたいなイレギュラーは世界にいてはいけないんだよね」

「・・・──は?」

 ミオは静かな笑みを浮かべ、柚季を見る。

 今までのミオでは考えられないような、不気味な笑み。

 ミオが「お願い」と呟くと、周囲にいる男性たちは、柚季の腕を両方から力強く掴んで、この場から身動きがとれないようにする。

「!!ちょっとっ離してよ!」

「ミ・・ミオ先輩!お願いですっ・・止めてください!

 柚季さんは何も悪くないんです!!」

 アルトはミオに駆け寄り、必死な様子でそう言った。

「うん、そうだよね。柚季は何も悪くない・・・でも、こーいう状況になった以上、仕方ないんだって」

「─・・」

「地上人が境界や天界の存在を知るなんて、あってはいけないんだよ?

 今までずっとその決め事は破られたことなんてなかった」

「・・・」

「だから、柚季も”こっちのこと”は忘れて。

 境界の魔女のお遊び、に付き合うのはそれからにしてほしんだよね!」

「・・・お遊び何かじゃない!!」

 ミオの言葉に柚季は思わず声を張り上げた。

 ・・・少なくとも、自分にとっては、だが。

 ・・・そう信じてやらないと、全て失ってしまう。まだ希望はある。柚季はそう信じていたかった。

「それに、忘れるなんてこと、ごめんだからっ」

 きっと境界や天界のことを忘れてしまったら、自分は何もせずにすずに体を乗っ取られることになる。

 今までアルトと頑張ってきたことや、優歌のことも、なかったことになってしまう。

 そんなこと、絶対に嫌だ。

「ミオ先輩、お願いです!考え直してください」

 アルトが不安げな声でそう言うと、

「無理ムリ。上が決めたことだから」

「でもっ・・」

「アルト!少しは自分の立場をわきまえてほしいな」

 ミオはため息交じりにそう言って、柚季の額に銃口を押し当てる。

「・・大丈夫!どうにかするから」

 柚季はそう言葉をアルトに投げると、必死に男性の手から逃れようともがくが・・・やはり、自分の力ではどうにかできそうにもない。

「うーん・・どう考えても無理だなぁ。

 大丈夫だよ!このタマは記憶だけを正確に抜き取ってくれるから、痛くもかゆくもないしね」

 ミオはそう言いつつ、引き金に指を置く。

「!・・」

 もうダメだ・・と思ったその時、左目に鈍い痛みが走った。

 あの時と同じ、意識が遠くに行く感覚。

「これ以上、ゆずに触れないで!汚らわしい!!」

 柚季は無意識のうちに、そう叫んだ。

 それと同時に、柚季の体にパチリと静電気のようなものが走り、柚季を捕えている男性、ミオ、近くにいるアルトは、反発する強い力ようなもので後方へ吹っ飛ばされた。

「一体っ何なの!?」

 体を起こしそう叫んだミオに、アルトが、

「柚季さんの体の中に・・魔女さんが入っているんです」

「魔女って・・あの境界の魔女?」

 アルトはそれに頷く。

 ・・・悪い事態のはずなのに、何故だかアルトは少しだけ安心してしまう。

(きっと・・もうこれで・・)

「天界人!よくききなさい!!」

 すずは柚季の声を使ってそう言い放った。

「私とゆずはとても大事な約束をしているのよ。

 そのケリがつくまでは、ゆずに危害を加えるなんて許さないから・・」

「・・・」

「もし、また今日みたいなことがあったらぁ・・次はただでは済ませないわ」

 柚季は口元に笑みを浮かべると同時に、手の中にバチバチと電気の塊を発生させる。

「!・・・」

 次の瞬間には、その電撃の塊は手の上で空気に溶けるように消えてしまった。

 そして、柚季は再び意識が遠のく感覚におそわれ・・・思わず床にしりもちをついた。

「柚季さん、大丈夫ですか?」

 アルトが心配そうに駆け寄ってくる。

「うん・・大丈夫っ」

 すずに勝手に体を使われることは不快でならなかったが、危機から逃れられたことには取りあえず安心できた。

 アルトが手を差し出してくれたので、柚季はそれを掴んで立ち上がる。

「魔女との約束って・・魔女の一番望むものを持ってくれば、柚季のことを諦める・・ってやつだよね?」

 ミオが引きつった表情で、柚季を見てそう訊いた。

 柚季はそれに頷く。

 どうやらミオも、そのことについて知っていたらしい。

「柚季、アルト・・・本当に境界の魔女のこと信じてもいいの?」

 ミオは表情に影を落とし、柚季そしてアルトへ視線をおくる。

 柚季はそれに、

「分からないけど、今は信じるしかないから」

「・・・」

「ふーん・・そっか!ま、それはそれでいいと思うよ。

 どっちにしろ、わたしたちからは手出しできないみたいだしね。これじゃーしばらく様子をみる・・・ってことになりそーだね!」

 ミオは小さくため息をつくと微笑んだ。

「じゃ、この件は保留ってことにしとこうか!

 あ、アルトはリツが呼んでいるから、ちゃんと部屋に行ってね・・っていうか、わたしが連れてってあげよーか!」

「大丈夫ですよ!ちゃんと行きますからっ」

 アルトの声にも耳をかさず、ミオはガシリと彼の腕を掴んだ。そして、柚季を見ると

「柚季は、そのトビラから地上に帰ってね」

 その言葉に振り返ると、いつのまにか柚季の背後にはトビラがあった。

 全体的に薄いピンク色で、可愛らしいトビラだ。

 またミオを方に振り向くと、彼女はアルトのことを引っ張るようにして歩き、すでにこの場から離れてしまっていた。

「・・・」

(何かアルトのこと心配だけど・・取りあえず、帰るか・・)



 地上に戻ってくると、まだ午前中だった。

(学校行くか・・)

 トビラを通ると丁度自宅の前だったので、今から準備すれば、午後の授業が始まる前に余裕で教室に入れるだろう。

 柚季は自室で学校の制服に着替えて、バッグに必要なものをつめこんでいく。

 念のため、白い本、も中に入れておいた。

「あ・・」

 その時、眼帯をしていないことに気付いた。

 今までこの左の赤い瞳には、視力がなかったのだが、何故だか少し前から見えるようになっている。

「・・・」

 だから今は眼帯をしていると、視界が悪くなるだけなので、出来れば外しておきたいのだが・・・。

(でも、学校ではしておかないとねー目立つし)

 見えるようになったことは嬉しいが・・・何故だがあまりいい予感がしない柚季だった。


 柚季が教室に入り、自分の席へつくと早速琴音がこちらに歩みよってきた(今は休み時間のようだ)。

「柚季―おはよー」

「おはよ」

「よかった、今日はちゃんときたんだね!昨日、休みだったから心配しちゃったよ~」

「うん・・ちょっと急用できちゃって」

「そうだったんだ」

「・・・」

 柚季は琴音の表情を注意深く観察してみる。

 少し前の琴音よりは、大分表情が明るくなったみたいで安心した。

「あのねっ・・あたし、本当に優歌にもう一度会えちゃった」

 琴音は静かな声でそう言うと、微笑んだ。

「・・──マジで?」

 柚季は何も知らないように見えるよう、そう返す。

「柚季の言ったこと、本当になったね!すごいなぁ」

「?わたし、何か言ったっけ?」

「もう一度優歌に会えるよって言ってくれたよねぇ?」

「・・そう言えば言ったかも」

 あの時は、正直どうなるか不安だったが・・・アルトが一緒に無理してくれたお蔭で、どうにかすること、ができたんだ。

「やっぱ柚季はすごいなぁ何でも出来ちゃうんだね!」

「いやっわたし何もしてないから!」

「・・・えへへ」

「・・・」

 すると、授業開始のチャイムが鳴り響く。

「えーっと、次の授業何だっけ・・」

 柚季は、時間割表がはさんであるファイルをカバンから取り出そうとする。その時、琴音は言った。

「・・・あたし、優歌の分も頑張るよ。せっかく生きているんだしね」



 その頃天界では・・・

 アルトはミオに引っ張られて、リツボシの部屋までやってきた。

 ミオはほんとんど間を置くことなく、ドアをノックすると

「リツ、入るよ?アルトのこと連れてきたから!」

 すると中から「どうぞー」と声が返ってくる。

 アルトはどんなことを言われるのか想像しながら、部屋の中にはいったミオの後に続いた。

 リツボシは、デスクに座ったままミオとアルトの方へ視線を動かす。

「・・・あ、その前に報告しておきたいことがあるんだよね。いい?」

 ミオがリツボシにそう問いかけると、彼は微笑みを浮かべながら頷いた。

「・・・やっぱり、柚季の記憶を消すことは難しいみたい。

 彼女には境界の魔女の監視がついてる」

「・・そうか。本当にやっかいだな・・境界の魔女は」

 アルトは二人の会話に思わず

「柚季さんの記憶を消すように言ったのは、課長だったんですか・・・?」

「?・・あぁ」

「そ・・そうですか・・」

 アルトはその事実が少なからずショックだった。

 課長は・・──いくら仕事であっても、こんな残酷なことができてしまうのだろうか。

 ・・・その考えが顏にでたのだろう。

 リツボシは口を開く。

「アルト・・分かっているとは思うが、本来ならば地上人が境界や天界の存在を知ってはならないんだ。何故だか分かるか?」

「”死”を誘発するものになる可能性が、あるからですよね・・」

「・・そうだ。さすがアルトだな、分かってるじゃないか」

 リツボシは口元に笑みを浮かべた。

 ・・地上人は、死の世界を知らないからこそ、生きるということにこだわる。まだ、ここにいたいと思える。

 けれど、死の先、を知ってしまったら・・・──その常識は、もろくも崩れ落ちてしまうだろう。

「でも、課長。柚季さんの場合はおおめに見てもらえないでしょうか。

 境界や天界まで行動範囲を広げないと、魔女さんのだしてくる条件を満たすのは難しいと思うんです」

 アルトが必死に言葉を並べると、リツボシは困ったような笑顔を浮かべる。

「本当か?アルトが柚季の代わりに、境界や天界に行くようにすれば事足りたんじゃないのか?」

「!・・・」

「そういう方面でも、手助けができたらと、アルトには柚季のところまで仕事に行ってもらったんだが・・・──」

「それはっ・・」

 アルトは思わず口ごもる。

 ・・・確かにそうだ。

 始めは、自分ひとりで全てこなすつもりだった。けれど柚季の「一緒にいきたい」という言葉を断れなくて・・・こういう状況になってしまった。

「・・アルト。柚季が”死んだ方が楽になる”・・と考えだしたらどうするんだ?上手く否定する言葉は考えてあるのか・・・──?」

 リツボシが、難しい表情でアルトを見据える。

「っ──すみませんでした。僕の考えが甘かったことが原因です」

 アルトは深々と頭を下げる。

「いいや、分かってくれればいいんだよ。

 それと・・柚季に境界や天界のことを他の地上人に話さないよう、伝えてくれないか?」

「はい、分かりました」

「・・ってことは、リツ!柚季が記憶を持ったまま生きることを許すんだね?」

 ミオがそう訊くと、リツボシは頷く。

「・・あぁ。どちらにしろ、魔女の監視がある時点で、余計な手出しはできないだろうしな」

「うん。そうなんだよねー・・アルト!こんなこと異例中の異例なんだからねっ?これから気を付けるよーに!」

 ミオはアルトの顏を覗き込む。

「・・ですよね」

 アルトは弱々しい返事をすることで、精一杯だった。

 すると、リツボシは・・・

「じゃぁ、早速本題だが・・・」



 その頃、柚季は・・・

 いつものように、自室で学校へ行く準備をしていた。

「・・・」

 机の上に置いてある白い本が目に留まり、それを手に取る。

(何かあるかもしれないし、持っていこう・・)

 場所とるんだよな・・と思いつつ、カバンの中に押し込んだ。

 その時、

「ゆず」

「!!」

 聞き覚えのある声に柚季は息をのんだ。

 この大人びた声は・・間違いなく、すずだ。

 どこからきこえてくるのだろうと思っていると、カバンの中の白い本のページから淡い光が漏れ始めた。

「!・・きたっ」

 一つめの条件をクリアーしたにも関わらず、すずからの反応はなかったが・・それが今、きたのだと確信する。

 柚季は白い本を手に取ると、それを開いた。

 その途端、その光は紙面一杯に広がり、再び声が聞こえてくる。

「琴音ちゃんと、なくなったお友達を無事、会わせてあげることができたみたいね」

 柚季はそれに「そーだよ!頑張ったし」と返す。

「えらいわぁゆず。約束通り、一つ目のヒントをあげる」

 するとその時、本の紙面の中からするすると何かが出てきた。

 柚季は思わずビクリとする。

 それは・・ヒトの手だ。

 マネキンのような白い肌に、その爪には紅色のマニキュアがきれいに塗ってある。

「ゆず。これが一つ目のヒントよ」

「!」

 その言葉と同時に、その手の中に何かが現れた。

 一錠の薬。

「・・これを飲めって言うの?」

 柚季は思わず眉を寄せる。

 赤と白のそのカプセルは、何だか怪しげだ。

 それに、すずの薬を自ら飲むなんてこと気が進まない。

「そうよ?ヒントを得たかったら、素直に飲むことね」

「・・・」

 柚季は恐る恐るその薬をつまみ上げると、

「本当に?大丈夫っ?」

「ははっそんなに警戒しないで、ゆず。

 あたしは、可愛い妹のゆずに嘘なんてつかないわ」

 すずの声はそう言うと、紙面からでている手はゆっくり中に吸い込まれるように消えていった。

 ・・・ただの真っ白に戻る紙面。

 柚季は本を閉じると、その薬を掌に置きじっと眺めた。

 すずが言うには・・この薬を飲めば、一つ目のヒントが得られるらしい。

(・・──大丈夫だよね?)

 すずを信用しても。

 どちらにしろ、すずの渡してきたヒントはこれだけ。捨てることもできない。

 アルトに相談したいが、次、彼にいつ会えるかなんて分からない・・・というか待ちきれない。

「・・よし」

 柚季は覚悟を決めると、その薬を口の中へ投げ込んだ。

 ・・・思い切ってゴクリと飲み込む。

「!・・」

 すると、頭の中がグラリとする感覚におそわれた。

 次にやってきたのは、今まで経験したことのないような強い眠気。

(や・・ば・い・・)

 柚季はベッドの方まで何とか歩み寄ると、そこに倒れ込み意識を手放した。



 次に柚季が目を開けると、そこに広がっているのは真っ白の空間だった。

 ここは一体どこだろう。

 自分は・・・夢でもみているのだろうか。

「・・・」

 音も目に映る景色も何もない。

 柚季はそれに、恐怖に似た感情を覚える。

「──・・なんだろ。あれ」

 目を凝らすと、遠くの方に何かが見えた。

 柚季は迷わず走り出すと、それに歩み寄る。

 それは・・白色のベッドだった。

 その上には、たくさんの絵本が散らかるようにして置いてある。

(どうしてこんなところに絵本が・・)

 そのうちの一冊を手に取ろうとした時、突然声がした。

「お姉ちゃん!この絵本読んで!」

「!!」

 弾かれたようにそちらを見ると、そのベッドの上には幼い女の子が寝そべっていた。

「びっくりしたっ・・誰!?」

 でも、どこかで見たことのある顔立ち。

「はじめまして。私は、すずだよ!お姉ちゃん」

 女の子・・すずは、可愛らしい笑顔を浮かべた。

「すずって・・──あの!?」

 いや、まさか。

 柚季は心の中ですぐ否定する。

 だって目の前にいる女の子は、小学校1年生ぐらいの歳だ。

 けれど・・・似ている。まるで、あのすずを幼くしたような。

 すずは何も言わずに、ベッドの上のから柚季の手を引くと

「ねぇねぇ絵本読んで?」

「・・・は?」

 ベッドの上に散らかっている絵本のうちの一冊を手に取り、それを柚季に押し付けてきた。

 柚季はとっさにそれを受け取ってしまう。

「悪いけど・・わたしそれどころじゃ・・」

「うー・・読んでぇ読んでぇ~」

 すず、は表情を大きく歪ませ、今にも泣き出しそうだ。

「・・・はいはい」

(こんなことしてるだけで、本当にヒントにたどり着くの?)

 柚季はそう思いつつも、また絵本を開いた。

 ・・・それを繰り返すこと数回・・・。

「次はこれ読んでー」

「あーはいはい」

(さすがに・・そろそろ限界)

 柚季はまたすずから絵本を受け取る。

「!」

 その瞬間、今まであったダルさが一気に吹き飛んだ。

 今、すずが手渡してきた本・・はただの絵本ではない。

 白い本、だった。

 そう、柚季が境界のすずから、ヒントに繋がるものとして受け取ったあの白い本・・・と全く同じもののように思える。

「・・・」

「はやくはやく~」

 女の子のすずは、今までと同様、早く読んでと柚季を急かす。

(そんなこと言われても、この本、中も真っ白なんじゃ・・)

 柚季はそう思いつつも、本を開いた。

「!」

 その瞬間、柚季の目に飛び込んできたのは、ゆったりとした文字の列。

(うそっ・・文字がっ・・!!)

 柚季がそれをすぐに目で追おうとすると、すずが柚季の腕を掴んだ。

「・・──早く読んで?」

「!・・─」

 見ると、真剣みのある目と視線があう。

「・・・分かったから」

 柚季は何とかそう返すと、文字の列に視線を落とした。

「昔むかしあるところに・・・  ・・ ・・


「!・・」

 柚季は気付くと、自室のベッドに横になっていた。

(戻って・・これたんだ)

 体を起こして、安堵の溜息をつく。そして、立ち上がると机の上に置いたままになっている白い本を手にとった。

(夢の中?では、ここに文字が・・・)

 ドギマギしながら、ページを開いてみるが・・そこはただの白いページのままだ。

「─・・・」

 けれど、思った通りだと感じる。

 あの夢で、すずに読み聞かせた文章をなぜだか柚季はしっかりと覚えていた。

 この不思議な感覚・・やはりあの夢は、すずの薬によるものだと実感した。

(何も書いてないなら、自分でかけばいいんだ・・)

 柚季はカバンの中の筆箱から、ペンを取りだすとペン先を白い本の紙面へ近づける。

「・・・」

 そして、柚季は夢にみたままの文章をそこに並べていった。

(昔むかし、あるところに・・・・)

 しかし柚季は数ページ文章をかいただけで、ペンをとめることになった。

 ・・・─この先は分からない。

 だって、途中で目を覚ましてしまったから。

 夢の中では確かに続きがしっかりとかいてあった。

 ・・一体この先は、どんな物語がかかれていたのだろう。

(でも、もしかしたら・・・)

 また次があるかもしれない。

 そして、この白い本、を夢の中の白い本と同じように、全て文章で埋めることができたら・・・──・・きっと・・。

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