第3話(4)
やっと見つけた。
すぐに声をかけたいところだが・・隣に立つミオの視線が痛いことに柚季は気付く。
「・・・」
「柚季、仕事は責任持って、最後までやるんだよ?」
ミオにそう耳打ちされ、柚季がはっとして彼女を見ると、そこには微笑みを浮かべた顏がある。
「──・・・」
(どうして・・・)
柚季はミオに突然言われたその言葉に、戸惑いを隠せなかった。
まるでミオは・・柚季が優歌に会いたがっていることを知っているみたいだ。
ミオは明るくていい人だが、まだ柚季が知らない何か、がある、そう確信した。
(でも、今はそのことより・・)
はやくこの仕事、を終わりにして、ミオの監視がなくなったら優歌に声をかけよう。
柚季はそう心に決めて、何事もなかったようにまた名前を出来るだけ早口で読み上げていく。
・・・全員の名前を読み上げたとき、ミオは柚季に2枚目の用紙を読むよう指先で合図を送ってきた。
(そうだ、こっちも読まないといけないんだよね)
面倒だと思ったが、どちらにしろ途中で放り投げても、面倒なことになることは目に見えていたので、柚季は仕方なく一枚目の用紙を捲り、二枚目の文章に目を通した。
(えー・・と・・)
「これから先は、ご自分の希望により移動する部屋が異なってきますので、注意して下さい。
再度、魂の旅、にでたい方は二階にある準備室へ。天界で働くことを希望される方は、一階の会議室へ3時間以内に移動してください。
また、天界で働く魂の一部を除き、今までの記憶は全てリセットさせて頂きます。そのことをご理解下さい」
柚季が次の文を読もうとした時、誰かがそれよりも早く口を開いた。
「再度、魂の旅にでるってことは、オレたちは生まれ変われるってことなのか??」
彼は不安げな表情で柚季を見るが、それに応えたのはミオだった。
「簡単に言えば、そーいうことですっ。しかし、今までの記憶は全てリセットされるので、本当のゼロからのスタートになります」
「・・・」
「ほとんどの方は旅にでることを希望されますが、もちろん、そうでない方もいらっしゃいますよね?そーいう場合は、わたしたちと一緒に、決められた時間、天界で働きましょう~。
ちなみに記憶をリセットされたくない方も、天界で働く方を希望して下さいね。一部の部署だけは、リセットせずに仕事ができることになっていますので!」
ミオはにこやかにそう言った後、柚季に用紙の続きを読むよう視線を送る。
柚季は用紙の文章へ目線を落とした。
(あと少しだ・・)
「後の詳しい説明は、それぞれの部屋でおこないますので質問のある方は、その時にお願いいたします・・・以上です、解散してください!」
柚季がそう言い終えると、静まり返っていた部屋がざわつき始めた。
ヒトビトは、この場で立ち話を始めたりそそくさと部屋からでていったり・・・
「!」
柚季が優歌の姿を探すと、彼女は丁度部屋から出ていくところだった。
(ヤバい!早く行かないと見失う!)
足を踏み出そうとしたその時、ミオに「お疲れ~割とうまく話せてたよ」と声をかけられる。
「・・ごめん!わたし行かないと!」
柚季は持っていた用紙をミオに押し付けると、駆け出した。
「・・・」
部屋からでると、柚季は周囲を見渡し優歌の姿を探した。
(どこっ・・優歌!)
地上と違い、ここでは天界で働く者以外は体が透明だ。なので、とても探しにくい・・。
柚季は歩調を早めながら、じっくりと周囲を見渡す。
その時、ヒトビトの間の空間に優歌らしき後ろ姿を見た。
「!いた」
彼女に追いつこうとした柚季は、より歩調を早める。
「お前、地上人だな?」
「!」
あと少し・・と思った時、誰かに声をかけられた。
弾かれたように振り返ると、そこに明るい栗色の髪をした男の子がいた。
「つーか・・お前、アルトが担当している地上人だろ?
何でこんなところにいるかは知らねーが、勝手なことはするなよ!?」
「・・は?」
柚季は思わず、眉を寄せる。
「ただえさえ面倒な仕事なのに、これ以上事を大きくするなって言ってんだよ!
分かったなら、今すぐ地上に帰って大人しくしてろ!」
・・・彼が柚季のことを地上人だと知っていることは驚いたが、それよりも気がかりだったのは・・
「って言うか・・大分年上のわたしに向かってその口のきき方はなくない?さすがにイラッとするんだけど・・それに、まだ地上に帰るわけにはいかないし・・さっきやっと優歌を見つけて・・・」
柚季はそう言いつつ、優歌がいるはずの方へ目線を動かす。・・が、そこに彼女の姿はなかった。
「・・いなくなっちゃったし!」
(早く探さないと)
柚季はそう思い、駆け出そうとするが、その前に男の子は言った。
「お前っ・・さっきオレのこと、ガキだって言ったな?」
「は?言ってないし」
(こんなところで時間くってる場合じゃないのにっ・・・)
男の子は、柚季の反応が気に入らないらしく、
「言っとくけどなぁ・・オレはお前よりずーっと大人なんだからな?ずーっとな!」
「はいはい」
「お前、信じてねーだろ??」
「信じるわけないじゃん!じゃ、わたし行かないと・・」
柚季は目線を男の子から外す。そして駆け出そうとするが、男の子は柚季の前に立ちそれをさえぎる。
「!ちょっと・・!!どいて!」
その時、男の子の体が光を帯びたかと思うと、見る見るうちに背が伸び彼は柚季の身長を追い越した。
「!?」
見ると、彼の顔立ちも、幼いものから大人っぽいものに変化していた。
「・・これで信じるしかねーよな?」
彼は得意げに微笑み、柚季を見下ろす。
まさか大人の姿になるなんて思いもしてなかった柚季は、驚きのあまり息をのむ・・が、
「すごーい!天界のヒトってこういうこともできるんだ」
ここで時間をロスするわけにはいかなかったので、適当にそう言ってこの場から離れようとする。
しかし、首元に腕をまわされ、彼に動きを封じられた。
「!!」
「いいか、地上人。お前は、面倒な仕事、でしかねーんだ。
つまり、生かすのも殺すのもオレたち次第だってことを、よーく肝に銘じておくんだな」
彼は柚季の耳元でそう囁いた。
「・・・離して!」
柚季が強くそう言うと、彼はあっけなく離れる。
・・・自分の顏が引きつっていることが分かった。
きっと、彼の言葉は嘘ではないだろう。
「柚季さん!」
「!」
その声にはっとして振り返ると、アルトがこちらに向かって走ってくるのが見えた。
「アルトっ・・」
柚季は無事、彼と会えたことにほっと胸をなでおろす。
アルトは柚季の隣で立ち止まると、隣に立っている彼、に気付いたらしく、
「あ、課長。お疲れさまです」
軽く頭を下げ、そう言った。
「・・・課長?」
柚季はアルトの口から発せられた意外な言葉に眉を寄せる。
彼・・・課長は、そんなアルトに今までとは正反対の優しげな笑みを浮かべた。
「あぁ、お疲れ」
「・・・」
「・・あまり無茶はするんじゃないぞ?」
「?・・・はい」
そして課長は、優しげな表情のまま、アルトの肩をポンと叩くと何事のなかったようにこの場から立ち去った。
柚季はそんな彼の背中を目線だけで追うと、
「アルトの課長・・・って、アルトの前ではいつもあんな感じなの?」
アルトはその言葉に、きょとんとする。
「僕の前では・・・と言うより、課長は誰に対してもあんな感じですよ?」
「!・・でも、さっき、殺すのも生かすのもオレたち次第だ!って言われたんだけど!しかも本気っぽかったし」
「まさかぁ・・あの課長がそんなこと言うはずないですよ~。
そんなことより・・・柚季さん、課長の外見について彼の前で何か言いましたか?」
アルトは少し不安げな表情を浮かべた。
「言ったような、言ってないような・・」
「あの・・出来るだけ、課長の外見については・・本人の前では言わないようお願いできますか?」
「は?どうして?」
アルトは小声で言葉を続ける。
「外見が子ども、ということを課長はとても気にしているんです・・・天界では、外見と年齢は比例しないので・・。
それに、先ほどのように大人の姿になるような術は、気力的にも体力的にもキツいはずなので・・」
「・・なら、そんな術、使わなければいいじゃん」
柚季は思わず、眉間にしわを寄せた。
アルトは困ったように笑う。
「僕も出来ればそうしてほしいんですけど・・課長はプライドの高い方でして」
「めんどくさっ」
「はは・・・でも、優しくていつも僕たちのことを心配して下さるいい方なんですよ?
柚季さんのことも、こうして保護して下さったわけですし」
「!!・・・保護?違う!」
柚季は思わず、声を張り上げた。
それにアルトの顔色が変わる。
・・しかし柚季は言わずにはいられなかった。
「アルト・・・あまりあの課長のこと、信用しない方がいいんじゃない?」
「?・・・どうしてですか?」
「だって・・・──」
柚季はそこで言葉をつまらせた。
それと同時に、言わなければよかったと後悔する。
(アルトにとって課長、は・・大切な上司なんだ)
「・・・」
「・・・」
「ごめん。やっぱ何でもない・・・それより今は優歌を探さないと」
「ですねっ・・!もしかしたら優歌さんはあの部屋に・・」
「さっきさ!優歌、すぐそこにいたんだけど見失っちゃって!」
柚季がとっさにそう言うと、アルトは目を丸くする。
「本当ですか!なら、この辺にいるかもしれませんね?探してみましょう!」
「うん」
そして・・・数分後。
優歌はあっけなく見つかった。
廊下の端に、並べられたイスに腰掛けて、隣にいる誰かと話している。
「・・・」
「・・・」
「ア、 アルト、話しかけてみてよ!」
「え、僕ですか?」
柚季は頷く。
アルトは不安げな表情をしながらも、ゆっくりと優歌の方へ歩みよる。
柚季もアルトの斜め後ろを歩き、彼女に近付いた。
「ちょっと宜しいですか?」
アルトがそう声をかけると、優歌は驚いた様子でこちらを見た。
「えっと・・野崎 優歌さんですよね?」
「そうですけど・・」
「優歌さん、僕たちと一緒にもう一度、地上に来てもらってもよろしいですか?」
アルトの言葉に、優歌はより目を見開いた。
「えっ・・地上に!?もう一度行けるの!?」
「・・・はい」
「・・・」
「琴音に会ってほしいの」
柚季が、アルトの隣でそう言葉を並べると、優歌は突然立ち上がり「会いたい!」と力強く言った。
柚季は予想していた通りの優歌のこたえを聞くことができ、安心する。
「・・・では、僕についてきて下さい!」
アルトが先頭を切って歩きだすと、優歌はそれに続く。
柚季も彼女の背中を追いかけた。
「!・・・」
その時、前方から歩いてくるミオの姿が柚季の目にとまった。
(・・・そういえば、アルト、なくなった人が地上のヒトに会うことは基本的に禁止されているって言ってたっけ・・)
大丈夫なのだろうか。
もしも誰かに見られたら・・・──。
そんなことを思って、ドギマギしながらミオとすれ違ったが・・得に何も言われなかったので、柚季はほっと胸をなでおろす。
「・・・」
柚季は歩調を早めて優歌を追い越すと、小声でアルトに問いかけた。
「ねぇ・・・まえ、なくなった人が地上にいくことは基本的に禁止されてるって言ってたよね?ほんとに大丈夫なの?」
「・・・──念のため、見つからないように行った方がいいかもしれません」
アルトは真剣味のある声でそう返す。
「え・・・じゃぁ、やっぱり許可とか取れなかったの?」
アルトは柚季の言葉に、少し沈黙をおいた後、
「・・・この件に関しては、誰にも言わないようにしているんです。
柚季さんを魔女の呪い、から助けるのも僕の仕事なわけですし・・・堂々と訊きに行ってもいいんですが・・・許可が貰えなかったときのことを考えると、どうも怖くなってしまって」
「・・・」
「許可が貰えなかったとしても、柚季さんを助けるために、これはやるべきことなんです。
この気持ちが揺るがないためにも、あえて訊かないようにしました」
そう言うアルトの表情は、少し不安げだった。
「・・・そっか。ありがと」
柚季のその言葉に、アルトはわずかに口元に笑みを作る。
・・・もしもの時は、柚季もアルトのためにできる限りのことはあろう、そう心に決めた。
「・・取りあえず、この建物からでましょう」
「うん」
柚季は頷いた。
・・・少し歩いて3人が立ち止まったのは、大きなトビラの前。
ここの建物に入る時に通ったトビラだ。
アルトは優歌に手招きして、彼女を隣に呼ぶと
「では優歌さん、でてもらってもいいですか?」
そう耳打ちして、周囲を用心深く見渡す。
柚季も念のため、優歌の背後に立って周囲から彼女の姿が見えないようにしておいた。
「・・・」
アルトはゆっくりとトビラを開け、人ひとりが通れるぐらいの隙間を作ると、優歌を見る。
優歌は何も言わないまま足を踏み出すと、その隙間を通りぬけ柚季の視界から姿を消した。
3人がトビラの外に姿を消すのを見届けると、ミオは口元に小さく笑みを作った。
拍手をするようにパチパチと手をならす。
「すごーい!本当にユウレイを地上に連れて行くなんて!」
踵を返すと、足取りはいつも以上に軽かった。
「でも、わたしはアルトの先輩として、ちゃんとリツに報告しないとね♪」
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