第3話(2)
*
次の日。
柚季は落ちつかない気持ちで、家をでた。
訊きたいことができたときに限って、アルトは来ないし、それに・・・琴音にあんな言葉を言ってしまった。
(今日、琴音、学校くるかなー・・)
一刻も早く謝りたかった。
するとその時、少し行ったところの信号で見覚えのある後ろ姿を見つける。
あの後ろ姿は・・・間違いなく琴音だ。
「琴音!」
柚季は、ほぼ反射的にそう叫ぶと、信号待ちをしている彼女の隣に並ぶ。
「ごめんね、琴音。・・・この前はひどいこと言っちゃって・・ほんとにごめん・・」
柚季は不安な気持ちのまま、必死にそう言葉を並べた。
琴音はそれに少しだけ目を見開いた。そして、少しだけ微笑む。
「よかったー・・今日も柚季に会えたっ。あたし、すごく心配だったの・・あんな言葉を言ったまま、柚季に会えなくなっちゃったらどうしようって・・・」
「?・・・わたし、琴音に何か言われたっけ?」
琴音が普通に会話してくれたことに、柚季はほっとしながらそう訊いた。
「あたし、柚季の病気の目みたとき、変なこと言っちゃったでしょ?ごめんね・・だから柚季もあんなこと言ったんだよね?」
「・・──ううん。悪いのはわたしだから」
・・よく見ると、琴音の目の周りは赤くはれていた。
きっと柚季の知らないところで、たくさん泣いていたのかもしれない。
「琴音・・・わたし絶対にこの病気、治すからっ・・・絶対にっ・・」
柚季は一つ一つその言葉を並べた。
これ以上、琴音に不安な思いはさせたくなかった。
「・・・うん」
琴音は小さく頷く。そして、
「あっ・・ちょっと寄りたいところあるの。いいかなぁ?」
「?・・いいよ」
琴音はあの交差点のところで歩みをとめると、カバンの中から取り出した小さな花束を他の花束たちと一緒に並べる。そして、静かに手を合わせた。
「・・・」
柚季も琴音と一緒に手を合わせる。
ここに並べられた色とりどりの花束をみて、柚季はこの事実を思い知らされた気がした。
思わず、泣きそうになる。
その時、琴音が言った。
「・・・もう一度でいいから、優歌に会いたいなぁ」
見ると、琴音は目を伏せていた。
「・・・」
「本当はね、今だに信じられないんだ。優歌にもう一生会えないってこと・・・。もしかしたら明日、何事もなかったように姿を見かけるんじゃないかって、思ったりもするんだよ?」
琴音はその瞳にうっすらと涙をためている。声も少し震えていた。それど、その表情はどこか穏やかだった。
「でも、こんな光景を見たら、実感するしかないよね・・もう一生会えないんだって」
「!会えるよっ」
柚季はとっさにそう言った。
琴音は驚いたように目を丸くすると、
「ありがとー」
「・・・」
きっと琴音は柚季の言葉を本気にしていないのかもしれない。
(でも・・)
柚季はもう一度、琴音に優歌を会わせてあげたかった。
そして放課後。
すっかり暗くなってしまった校舎内からでると、校門付近に立つ人影に目に留まる。
真っ白の服と金髪が闇によく映える・・
「アルト!」
柚季はそう叫んで、彼の傍まで駆け寄った。
「こんばんは、柚季さん。何か変わったことはありませんでしたか?」
柚季はそれに、白い本からすずの家にったことを言おうと思ったが、
(でも、そんなこと言ったら、また白い本取り上げられちゃうかもだし・・)
そう考えた柚季は、取りあえず本の話題は避けて、
「この前さ・・アルトの知り合いっぽいヒトにあったんだけど・・」
「え・・誰でしょうか?」
「アルトと同じぐらいの歳で、黒髪で・・大きな鎌持ってて・・・」
「あー多分、シイカですね」
アルトはにこりと笑ってそう言った。
「ふーん・・シイカっていうんだ、あのヒト。ちなみに同じ職場?のヒトだったりする?」
アルトと同じような服を着ていたことが気になったので、そう訊いてみた。
「そうですね!シイカも僕と同じ天界で働いています。役職は違いますけど・・」
「そうなんだ~」
柚季は、シイカが大きな鎌で魂と体の繋がりを切っていたのを思い浮かべた。
きっと彼の役職は、あのようなことをやるところに違いない。
「あのさっ・・」
柚季はあの時から気になっていたことを訊いてみようと思った。
「なくなった人がもう一度、地上にくる方法ってある?」
柚季の問いかけに、アルトの表情がわずかに動いた。
「?・・いきなりどうしたんですか?」
「実はね、すずに言われたんだけど・・わたしの友だちの琴音と、この前なくなった琴音の友だちの優歌を、もう一度会わせてあげることが出来たら、すずが望むものに繋がるヒントをくれるって」
柚季がそう言葉を並べると、アルトはその表情をより不安げなものにする。
「えぇっ・・本当ですかっ・・困りました」
「ってことは、なくなった人が地上に来ることってできないの?」
「やろうと思えば出来るかもしれませんが・・基本的に禁止されています」
「・・・」
「・・・」
「出来ることはできるんだ?」
「ですけどっ・・」
アルトはそこで口ごもる。
だが、柚季は気にしなった。
「じゃー2人、会わせてあげようよ!どっちにしろ、それがすずの出してきた条件なんだし」
「・・・」
アルトは少しの沈黙を置いたあと、
「・・そうなんですよね・・柚季さんを助けるためには、やらなくてはいけません」
アルトはその言葉を並べた後、弱弱しく微笑んだ。
柚季はその微笑みに不安を覚えてが、言った。
「じゃぁまず、優歌に地上にくるよう伝えないと・・・」
「あっその名前、聞き覚えあると思ったら、思い出しました。その優歌さん、僕が受付した子ですよっ」
柚季はそれに思わずまゆを寄せる。
「まじで?・・っていうか受付って?」
「境界に初めて来たヒトには、受付をしてもらうんです。その時に、確かに会いました」
アルトはそのことを確信したらしく、自信ありげにその言葉を並べた。
「そうだったんだっ・・・じゃぁ、境界に行けば優歌に会えるかな?」
「多分・・会えると思います。まだ、境界にいる時期のはずですので」
「──・・・」
自分がやろうとしていることが正しいかどうかなんて、分からない。
けれど、精一杯やってみなくちゃ分からない。
「・・・では、もう一度境界に行くんですね?」
「うんっ」
アルトの問いかけに、柚季は頷いた。
*
柚季はアルトと共に境界に来ていた。
ここは、相変わらず静かな空気が流れていて、落ちついた気持ちになれる気がした。
柚季は上空や地上に広がる街並みを眺めながら、
「たくさん家あるねー・・・この中から優歌の家、探すの大変だと思うんだけど」
アルトはそれに対して、困ったような表情を浮かべた。
「ですよねーっ・・一軒一軒、まわるしかないですかね?」
「かなり地道な方法なんですけどっそれ。
あ・・・って言うか、受付の時に、どこの家に誰が住むとか、そういうことは分かるようにしないの?あってもよさそうな気がするけど・・・」
そのことを思いついた柚季は、期待をこめてそう訊いてみた。
「・・・」
「・・・」
「た・・確かにそうですよね!ちょっと上のものに訊いてきます」
そしてアルトは、踵を返すと背後にある背の高い建物の中に姿を消した。
「・・・」
(って言うか・・それぐらい気付こうよ!アルトーっ!)
柚季は思わず、苦笑した。
そして、数分後。
柚季が同じ場所でアルトのことを待っていると、彼は手に書類のようなものを持って帰ってきた。
「お待たせしました!」
「で、どうだった?」
「・・優歌さんがどこにいるのか、ちゃんと分かりましたよ」
アルトはにっこりと笑う。
「ならよかった!で、どこなの?」
するとアルトは、手の中の薄い冊子を広げて柚季に見せる。
そこには簡単な地図のようなものが記してあった。
規則的に並ぶ四角は、おそらく家々を記していて、そこには数字とかおかしな記号のようなものがふってある。
「優歌さんの家は、ここ・・[★=27]です」
アルトは、四角のうちの一つを指差してそう言った。
「そーなんだ!でも、この地図少し分かりずらいね?」
柚季が見る限り作りがシンプルすぎて、現在地を探そうと思ってもよく分からない状況だった。
「大丈夫ですよ!僕にはわかりますから。・・・こっちです!」
アルトは冊子を閉じると、何の迷いもなく歩きだす。
「ほんとに大丈夫??」
柚季は、アルトの背中を追いかけながらそう訊いてみる。
「大丈夫ですよー」
アルトは肩越しに振り返り、そう返した。
「そっか!じゃぁ頼んだっ」
「任せてくださいー」
「・・・」
(アルトの方が境界に詳しいのは当たり前だしねっ・・)
柚季は改めてそう考えると、アルトの背中を追いかけた。
少し歩くと、アルトの歩みがとまった。
柚季も続いて立ち止まる。
周囲には家々が立ち並んでおり、アルトはそのうちの一軒に近付く。
「この家?」
「そうです」
よくよく見ると、その家のトビラにはプレートがかかっており、[★=27優歌]と文字が並んでいる。
「ほんとだ!ちゃんとプレートにかいてある」
柚季が思わずそう呟くと、アルトはコンコンとトビラをノックした。
「優歌さん、ちょっとお話したいことがあるんですが、よろしいですか?」
・・が、それにこたえる声はない。
「いないのかな?」
柚季が訊くと
「いや、いるはずですよ・・・優歌さん!」
アルトはまた大声でそう言ったが、やっぱり帰ってくるのはただの沈黙で。
「・・優歌さ~ん!!」
「入っちゃわない?」
これではいつ入れるか分からないと思った柚季は、そう言った。
アルトはそれに少し不安げな顏をする。
「大丈夫でしょうか」
「だって、せっかくここまで来たのに、会わないわけにはいかないじゃん」
「・・確かにそうなんですけど・・・──では、入っちゃいましょうか」
「うん」
そしてアルトはトビラの戸ってそっと手をかけた。ドアノブをまわすと、開け放つ。
「入りますよー?」
アルトはそう叫びつつ、家の中に足を踏み入れる。
柚季も緊張気味にそれに続いた。
「!・・・」
優歌の家の中は、どこか見覚えのある風景だった。
・・・美術室。
けれど、柚季がいつも使っている美術室ではない。きっと別の学校の美術室。
優歌の姿を探したが、彼女の姿は見当たらなかった。
「優歌、いないくない?」
柚季は隣に立つアルトに、そう訊いてみる。
アルトはそれに、眉を寄せ「うーん」と唸った。
「おかしいですねー」
「優歌なら、さっき天界に行ったけど」
「!」
振り返ると、家の出入口には、アルトと同じ制服を着た男性が立っていた。
「え・・・本当ですか?」
どうやら彼は、アルトの仕事仲間らしい。
そしてアルトは、家からでる。柚季も同じようにした。
すると、男性はトビラにかかったプレートを外した。
それと同時に、家の中の風景は何もない白い部屋に姿を変えた。
「?・・」
柚季は、その男性の視線がこちらに注がれていることに気付く。
「アルト・・もしかして、こいつって・・」
「!では、行きましょうか、柚季さん」
アルトはその男性から柚季を隠すように立つと、無理やり腕もひっぱりこの場を後にした。
「ねぇアルト!急にどうしたの?」
まだ早足で柚季を引っ張るアルトに、そう言葉を投げると、彼は立ち止まり手を離す。
「突然すみません・・ちょっと・・ですねっ」
アルトは曖昧な笑みを浮かべた。
「?・・ちょっと・・何?」
・・・あの男性の柚季を見る目は、あまりよくないように思えた。
一体どうしてだろう。
アルトは不安げな声で、
「・・地上のヒトが、境界や天界にいることってほんとはあっちゃいけないことなんですよ」
「えっ」
「でも、柚季さんの場合は、特別、ですし・・仕方ないと思うんですけどねー・・」
アルトの言葉に、柚季は不安感に襲われた。
「確かにそうだけど・・さっきみたく、事情を知らない人に会ったらヤバくない?」
「・・そうなんですよね。あまり会わないようにした方がいいかもしれません。
あ・・でも、いざという時は、僕がちゃんと事情を説明しますから」
アルトはそう言うと、微笑みを浮かべた。
「じゃ・・よろしくね?」
「はい」
「・・・」
(大丈夫だよね?)
不安がなくなったわけではないが、アルトの言葉に柚季は取りあえず安心できた。
(って言うか、魔女の呪い、を解くためには地上だけにいるわけにはいかないし・・・)
それにアルトもいる。だから、きっと大丈夫だ。
「・・・そういえば、優歌、天界に行ったって言ってたけど」
柚季がそう言葉をこぼすと、
「そうなんですよね・・意外に早いのでびっくりしましたよ・・急いだ方がいいかもしれません。天界は魂のこれからを決める場所なので」
「ふーん・・・?」
すると、アルトは不安げな瞳で柚季を見た。
「柚季さんも・・行きますよね?」
「うん、もちろん」
柚季は頷いた。
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