第3話「いってしまったあの子ともう一度」
*
次の日の朝。
柚季は大きなあくびをしながら、いつもの通学路を歩いていた。
(あー・・ねむっ)
夜、アルトが帰ったのは約2時。
その後、すぐにベッドにもぐりこんだのだがなかなか寝付けず、きっと眠れたのは朝方だった。
(そのせいで寝坊するし、最悪なんだけどっ・・)
今日はいつもより15分ぐらい遅く家をでた。
でも遅刻することはないだろう。いつもは時間に余裕を持って、家をでるからだ。
(アルト、大丈夫かなっ・・?本当にくびになるなんてこと、なければいいんだけど)
そんなことを考えていると・・・すぐ近くで車のブレーキ音がきこえた。
それは、普段は滅多にきかないような、とても大きなブレーキ音。
「!?・・何?」
その後、すぐに聞こえてきたのはヒトの悲鳴とざわめき。
嫌な予感がした。
それでも、足は自然に早く動き大通りの方へ向かう。
「!!」
柚季の目に入ったものは、人だかりだった。
交差点の横断歩道のところに、人だかりができている。
「誰かっ!救急車呼んでくれ!!」
人だかりの中の誰かが、そう叫んだ。
(交通事故・・?)
その時、人々の間から、変な方向に折り曲がった自転車と散乱した荷物・・・。
それに、頭から血を流しぐったりとしている女子高生。
「っ・・・──」
(どうしてっこんなこと・・・)
彼女は助かるのだろうか。
誰か、救急車は呼んだのだろうか。
柚季は戸惑いながらも、バッグにしまってあるケータイに手を伸ばす。
とその時、空から一人の青年が現れた。
(えっアルト??)
一瞬そう思ったが、彼はアルトではない。
アルトと似たような白い服を着ているが、彼は金髪ではないし・・・全く別人だ。
彼が人だかりの中央に降り立ったせいで、その姿はここからではよく見えなくなってしまった。
(一体誰・・?)
柚季が人々をかき分けて、その中央に足を進めるとすぐに彼の姿が目に入った。
「!!」
彼は大きな鎌を持ち、意識がない女子高生へその刃を向けていた。
すると、彼女の体が淡い光を帯び、そこから何かがすぅとでてくる。
光を帯びたその美しい球のようなものは、細い糸のようなものでぐったりとしている女子高生の体と繋がっており空中をフワフワと漂っていた。
大きな鎌を持った彼は、「よっ」と言葉をこぼすと、その刃で糸のようなものを切り裂いた。そして、女子高生の体から離れた光の球を、彼は手で捕まえる。
(もしかして・・あの球って・・魂!?)
柚季は何となく、そう思った。
彼はその魂を、バッグのように肩にかけてある、大きめな鳥カゴのようなものの中に入れた。
そのカゴの中には、その魂の他にもいくつかの魂が入れられていることが分かる。
「えーっと・・野崎 優歌・・・OKだなっ」
彼はカゴにぶら下がっている小さな用紙に、何かペンでチェックをつけると、この場からフワリと離れる。
「!」
柚季は彼の姿を追いかけるため、人だかりから抜け出ると叫んだ。
「ねぇ!ちょっと待って!さっき何してたの??」
「!」
彼は柚季のことに気付いて、すぐ前の地面に降りてくると、
「おっ!誰かと思ったら・・お前、柚季じゃねーか!」
「・・は?何でわたしの名前、知ってるわけ?もしかして・・アルトの知り合いとか・・?」
彼が自分の名前を知っていることに驚いたが、それと同時にそのことが頭に浮かんだ。
似たような服着ているし・・・もしかしたら、仕事の仲間かもしれない。
「そうだなっ。オレはアルトの知り合いだなっ」
彼は陽気な笑顔でそう言う。
「・・・って言うか何してたの?それって魂・・?だよね?」
「見てたなら普通、分かるだろー。仕事してたんだよ、仕事!
それに、これはどっからどー見ても魂だな!」
「・・・やっぱり」
それを確信した途端、胸がギュッと締め付けられた。
「ねぇ!その魂、あの子に返してあげてよ!」
柚季がそう言うと、彼はとても困ったような顔をした。
「はぁぁ?無理に決まってるだろーっ?こいつは今日が寿命だったわけだし」
すると彼はまたフワリと浮き上がった。
「ごめんな、柚季!オレ、今仕事中で忙しいんだよな。じゃぁなっ」
「は?・・ねぇ!ちょっと!!」
柚季の言葉に耳をかす様子なく、彼は街並みの向こうに姿を消してしまった。
「・・・行っちゃったし」
その時、遠くの方から微かに救急車のサイレンが聞こえてくる。
「・・・っ」
柚季はそれと同時に、その場から離れ学校へ向かった。
(もう・・・助からないよ)
柚季は少し泣きたくなった。
*
校門に立つ見覚えのある姿に、柚季は思わず立ち止まった。
「あっ柚季さん。待ってましたよ」
アルトの表情は、いつも以上に明るく見えた。
「アルト・・大丈夫だったんだね?」
柚季はその表情を見て、そう確信する。
「はい。本当によかったです」
どうやらアルトは、それほどきついことは言われなくて済んだらしい。
「それに、白い本は柚季さんの元に置いておく形になりました。
やっぱり、また余計なことすると危険なので」
「そーなんだ!じゃ、よかった」
どちらにしろ、またアルトに頼まれたら、断ろうとは決めていたのだが。
・・・結果的に断らなく済んで、安心することができた。
「そう言えばさっき・・」
「あ、すみません。僕もう行かなくては。今日は年に一度の全体会議なので」
アルトはそう言いつつ、地面からフワリと浮き上がる。
「そんなこともやるんだ。大変だねー・・」
「それほどではないですよっ・・ではっ」
そして彼の姿は、空の中に溶けるように消えて行った。
チャイムとほぼ同時に席についた柚季は、あることに気付いた。
(今日、琴音来てなんだ・・珍しいなー)
斜め前にある彼女の席は、いつもと違い空っぽだった。
・・休むなんて、今までほとんどなかったのに。
(どうしたんだろ・・?)
そんなことを思っていると、先生が教室に入ってきて朝のHRが始まった。
柚季は琴音の席から目線を外す。
(風邪ひいたのかな・・琴音)
そして、時間は過ぎ・・・お昼休みが終わろうとしたときのこと。
柚季が次の授業の教科書を、机の中から引っ張りだしていると、琴音が後ろの出入口から入ってきた。
「あ・・」
柚季は琴音がこちらに来ると、
「おはよー琴音」
「・・・おはよ」
琴音は少しだけ笑ってそう言うと、自分の席へカバンを置く。
「・・・」
(何か元気ない?)
いつもの琴音と少しだけ違う、柚季はそう感じたが、そのことは気にしないようにして彼女の隣まで行くと、
「どうしたの??学校くるの遅かったね」
「うん、ちょっと急用ができちゃって」
「・・・そうだったんだー」
急用って何だろうと疑問に思ったが、柚季はそのことについては触れずに、
「でも、よかったじゃん。午後の授業が始まる前に丁度来れてっ」
「うん、確かにそーかも・・」
その時、授業開始のチャイムが鳴り響いた。
柚季は琴音に別れを告げると、自分の席につき教科書を開いた。
「・・・」
それからというもの、柚季はどこか落ち着かなかった。
移動教室のときも、清掃時間のときも何だか琴音の様子がおかしい。
明るく話してみても「そうだね~」と一言返してくるだけで終わってしまうし(いつもなら、もっといろいろ話してくれる)、それに自分から柚季に声をかけることをしない。
そんなことを気にしている間にも、あっと言う間に時間はすぎ放課後になってしまった。
柚季が部活に行くため、荷物をまとめていると琴音が言った。
「柚季ー今日はあたし、部活休むね?」
柚季は琴音の言葉がショックだった。
「えっ・・・何で?」
「ごめん・・ちょっとさぁ」
「・・・」
「・・・」
琴音は困ったように目を伏せた。
「いいじゃん!部活、行こうよ!」
柚季は気付いたら、そう言っていた。
「えっ・・・──」
琴音は動揺した表情を浮かべる。
「ほらっ・・絵かいたら、少しは元気でるかもよ?」
柚季はこんな気持ちのまま、今日、琴音と別れてしまうことが嫌だった。
それに、何も気づかないようにしている自分も、嫌だった。
柚季は琴音のロッカーまで早足でいくと、そこに入っているスケッチブックを取り出し、それを琴音に押し付ける。
「ほらっスケッチブック持って・・・さ!」
琴音は驚いたような表情をしたが、すぐにそれは穏やかになると、
「・・じゃぁ・・行こうかなぁ」
「うんっ行こう」
柚季は出来るだけ明るくそう言うと、スケッチブックを持ち琴音とともに教室を後にした。
部活の時間が始まると、琴音はいつもと同じように絵を描き始めた。
柚季もそんな彼女を見て、心の中で安堵の溜息をつくと筆を走らせる。
「ここの色さー、青と紫だったらどっちがいいかなぁ?」
琴音は柚季にそう訊くと、絵の背景になっている空の部分を指差した。
「んー・・どっちでもいけそうだけど」
「そっか!じゃぁ青にしよっと」
「・・・」
(よかった・・琴音、調子もどったみたい・・)
琴音の笑顔を見て、柚季も思わず微笑んだ。
・・・やっぱり琴音は、絵が好きなんだと改めて感じた。
その時、「ありがとうございましたーさようならー」の声が出入り口の方から聞こえた。
「「さようならー」」
柚季と琴音は、美術室を去る部員にそう返す。
そして、柚季は壁にかけてある時計に目をやった。
(もうこんな時間か・・)
「あたし、もう少しやってこーかなぁ。柚季は?」
琴音は手を動かしながら、柚季にそう訊いた。
「じゃ、わたしも」
柚季も手を動かしながら、そう返す。
・・・そして、少したつと柚季と琴音以外の部員は全員帰ってしまったようだ。
「そーいえばさ、琴音、美大受けるって言ってたじゃん。やっぱり、そういう場合、美術の先生に作品、みてもらったり個人的に指導受けたりするの?」
美大に関して興味がないわけではない柚季は、そんなことを訊いてみた。
すると、琴音の手の動きが止まる。
「・・・」
「?・・」
すぐに返事がこないことに疑問を持った柚季は、彼女の方へ目線を動かした。
「!・・・」
柚季は思わず息をのむ。
琴音は唇をぎゅっと噛みしめ、泣いていた。
「えっ・・琴音?」
「あたしっ・・もう・・美大は受けないかも・・──」
琴音は、嗚咽を漏らしながらそう言った。そして、筆を置くとハンカチで涙を拭う。
「?・・どうして・・?」
「・・っ・・一緒に頑張ろうって約束してた子、今日の朝・・死んじゃったのっ・・交通事故で・・」
「!!・・──」
琴音の言葉で、柚季が今朝目撃した光景が目の前に浮かんだ。
(まさか・・あの子が・・?)
「っ──・・どうして優歌が死ななくちゃいけないのっ・・あたし、優歌がいないと頑張れないよっ・・」
琴音はハンカチに顏をうずめて、絶え間なく涙を流す。
「─・・」
柚季はそんな琴音の様子を、ただ見ているしかできなかった。
何か声をかけようと口を開いても、それは言葉にできないまま消えてしまう。
(分からないよ・・どんな言葉をかければいいかなんて・・)
それでも柚季は、自分の手をそっと琴音の背中に乗せた。
「っ・・・──」
琴音はより一層、体を丸め苦しそうに涙を流す。
すると、琴音はハンカチから顏を離し、
「柚季も・・・死んじゃうのっ・・?」
「え・・?」
涙で潤んだ琴音の瞳は、柚季のことを見据えた。
「柚季・・ずっと眼帯してる・・本当に治るの?本当に大丈夫なの?」
琴音の震える手は、柚季の眼帯へ伸びてきてそっとそれを外そうとする。
「!・・」
柚季は琴音の手を振り払うことも出来ず、ただこの左目があらわになる瞬間を待つしかできなかった。
そして、琴音は眼帯を外した。
「!」
その眼帯は琴音の手から、ポトリと床へ落ち・・彼女は目を大きく見開き、柚季の左目を見据えた。
「何?この色・・本当に病気なの!?本当に大丈夫なのっ?」
琴音は今までにないぐらい、真剣みのある声でそう言った。
彼女の瞳に、じんわりと涙が滲んでくる。
「だ・・・」
大丈夫、柚季はそう言おうとしたが、それは叶わなかった。
一瞬、意識が遠のく感覚・・そして、
「ごめんね。わたしもしぬ、の」
柚季のその言葉に、琴音の目が大きく開かれる。
柚季の唇は、そんなことはお構いなしに言葉を続けた。
「でも、大丈夫よ。時がたてばすぐに忘れられるわ。私のことも優歌のことも、ね」
「っ・・──柚季・・どうしてそんなこと、言うの・・?」
琴音は震える声でそう言うと立ち上がり、早足で美術室から出ていってしまった。
「っ琴音!」
自由を取り戻した柚季は、とっさにそう叫ぶが琴音の姿は視界から消えてしまう。
「っ──・・・!」
それとほぼ同時に、深い絶望感が柚季の心を支配した。
「すず!!わたしにあんな言葉、言わせないでよ!」
そう叫んでみるが、返ってくるのはただの沈黙で。
琴音を追いかけようと立ち上がったその時、柚季のバッグの中から強い光が放たれた。
「!?何?」
バッグを開けると、光を放っているのはあの白い本だった。
柚季は恐る恐る、それを手に取る。そして、ゆっくりとページを開いた。
すると、より強い光が本の中からあふれ出る。
「っ・・まぶしい」
と、光の中に何か影のようなものが見えた。
「?・・」
(本に何か・・かいてある・・?)
そう思った柚季は、目を細めて紙面に顏を近づける。
その時、本の中から白い二本の腕がでてきた。
「!!えっ」
それは柚季の首の後ろに手をまわすと、本の中に柚季の体を勢いよく引き込んだ。
視界が反転し、一瞬何も見えなくなったかと思うと、また視界に何かがうつり込む。
学校ではない、全く別の場所に転がり出てたらしく、その途端誰かに体を支えられる。
「・・・つかまえた。柚季」
「!」
そこにいたのは、ソプラノという女の子だった。
それに、ここの場所は見覚えがある。
背の高い本棚が立ち並ぶ・・すずの家だ。
それが分かった途端、柚季の額に嫌な汗がじんわりとにじんでくる。
「一体何なのっ・・急に引っ張り込むの止めてほしいんだけど」
「・・・」
ソプラノは軽くため息をつくと、
「すず様が、柚季に話があるから」
「!・・・」
気付くと隣には、すずが立ち柚季のことを見下ろしていた。
すずは微笑む。
「・・・ゆず。私は事実を言ったまでよ?」
「あんなこと、事実でも何でもない!それに、琴音を傷つけちゃったじゃん・・・最悪だよっ」
柚季は立ち上がると、思わずそう叫んだ。
「・・・傷つけた?あんな言葉だけで?気にしすぎよ、ゆず」
すずは何の悪気もなさそうに、表情を緩める。
「っ・・・──!」
「・・ゆずにここに来てもらったのは、伝えたいことがあったからなのよ」
「・・・何?」
すずの言葉が許せない柚季だったが、その気持ちを何とか押し込んでそう返した。
「大切なお友達を失った琴音ちゃんは、とても可哀想ね・・?」
「・・・?それが何?」
「もし、彼女とそのお友達が、もう一度会うことができたらそれはこの上ない喜びなんでしょうね・・」
「──・・・」
すずの赤い瞳は、柚季の反応を注意深く伺っているようだ。
すずは言葉を続ける。
「琴音ちゃんがお友達ともう一度会うことができたら・・・ゆずに”私が一番望むものに繋がる一つ目のヒント”をあげる。
きっとそのヒントがなくちゃ先に進めないから、とても大切なヒントよ」
柚季はその言葉に、自分の耳を疑った。
「もう一度会う?そんなことできるわけっ・・」
「あら、いいの?簡単に諦めちゃっても・・きっとそうすれば、琴音ちゃんも元気になってくれるはずなのに」
「!・・」
「やる前から出来ないなんて、決めつけるべきではないわ。可能性の中から出来ることを探すの。・・あなたたち、友だちでしょう?」
その時、柚季とすずの間の床に白い穴のようなものが現れる。
「じゃぁ頑張ってね。ゆず」
すずのその言葉と同時に、後ろから強く背中を押され・・
「ちょっ・・・ちょっと待っ・・」
バランスを崩した柚季の体は、その穴の中に落下した。
一瞬、視界が真っ白になったかと思うと、またすぐに別の景色が映り込む。
・・・ここは元いた美術室だった。
(戻って・・これたんだ)
柚季の足元には、白い本が何事もなかったように広げて置いてあった。
「・・・」
なくなった人にもう一度会う・・本当にそんなことができるのだろうか。
どちらにしろ、自分の命がかかっているんだ。
精一杯、やれるだけのことはやらなくてはいけない。
柚季は琴音の座っていた席へ目を向ける。
そこには、スケッチブックとパレットが置きっぱなしになっていた。
(琴音にちゃんと謝らないと・・)
すずが言った言葉であっても、自分が言ってしまったことには変わらないのだから。
(もしも・・本当に・・──もう一度・・)
琴音がなくなった友人の優歌、に会えたのなら・・・二人はどんな言葉を交わすのだろう。
柚季は何となくそう思った。
そして次の日・・。
アルトが姿を現さないまま朝をむかえると、柚季はいつものように教室に入った。
(こういう時に限って、アルト来ないし・・)
それに・・
柚季は琴音の机へ目を向ける。
もう朝のHRが始まる時刻だが、琴音は姿を現さない。
(琴音、今日休みかなー)
柚季はため息をつく。
もしかしたら、自分があんな言葉を言ってしまったからかもしれない。
(大丈夫かな・・琴音)
その頃、天界では・・。
一休みしたアルトが部屋からでて、少し歩くと後方から「アルト!」と声をかけられた。
振り返ると、そこにはたまに言葉を交わす程度の仲の同僚がいる。
「ごめん、今日だけオレの仕事代わってくれないか?」
「・・・仕事って何のですか?」
アルトは気が進まないと思いながらも、そう返してみる。
「境界の受付!アルトもやったことあるよな?」
「ありますけど、僕にはっ・・」
「じゃぁ頼んだ!ごめんな!今日だけだから」
同僚は、掌をパチンと胸の前で合わせてそう言うと、慌ただしくこの場を去ってしまった。
「今日だけですよ!」
アルトは大きめの声でそう返すと、軽くため息をつく。
柚季のところへ顏をだそうと思っていたのだが・・
(仕方ないですねーっ)
受付係を任されてしまったアルトは、仕事場である境界の建物にきていた。
ここは広々とした空間で、物というものはなく天井から吊り下げられたたくさんのランプが、まばゆいほどの光を放っていた。
部屋の中央には丸テーブルがあり、その上には魂が入ったカゴが数個並べて置かれてあった。
切断係の者が地上から集めてきた魂たちだ。
「じゃぁアルトは、この分お願いね」
隣にいる同じ受付の仕事をする女性に渡されたのは、クリアファイル(ちなみに今日の受付係はアルト含め5人だ)。
その中には、これから魂たちに配る書類やその魂たちの名簿などが入っている。
「・・わかりました」
アルトはそう言ってファイルを受け取ると、そこの一番手前にある名簿の目を通した。
そして、テーブルに近付くと、その名簿と一致するカゴを探す(カゴにも名前入りの札がぶら下げてあって、自分の持つ名簿と同じ名前がある札を探す)。
(あ、ありました。これですね・・)
同じようなカゴが並ぶ中、自分の目的のカゴを見つけると、それを手前まで持ってきた。
見た感じ、カゴの中に入っているのは、5~6個の魂たちだ。
アルトがカゴのフタを開けると、そこからフワリと魂たちがとびだしてくる。そして、それらは一つ一つヒトの形に姿を変えた。
魂が生きていた頃の姿だ。
アルト以外の受付係も、次々とカゴのフタを開け・・そこからでてきた魂たちもヒトの形に姿を変えていく。
そのヒトビトは、年齢も性別もさまざまだ。
ただみんな、どこか驚いたような表情を浮かべ周囲を見渡している。
すると、女性の受付係が掌をパンパンと2回叩いて言った。
「みなさん、長い旅路お疲れ様でした!
これから私たちがお名前を呼びますので、それぞれ名前を呼んだ者のところへいらしてください。必要な書類をお渡しいたします」
その言葉を言い終えた後、女性は名前を大きな声で呼び始めた。
他の受付係も、名簿に目を通しながら名前を読み上げる。
アルトも名簿の名前を確認すると、「野崎 優歌さん!」と大きめな声で呼びかけた。
・・・するとすぐに、アルトの前に歩み寄ってきた一人の女性がいた。
彼女は学生服に身を包み、不安げな顏でこちらを見る。
「えっと・・優歌さんでよろしいですか?」
アルトは彼女に渡す書類に貼られてある小さな顔写真と、彼女の顔を見比べそう訊いた。
「・・・はい」
彼女は小さく頷いた。
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