第2話(5)
*
そして夜。
明日の準備を終えた柚季が、ベッドに入ろうとした時のことだ。
クローゼットのトビラが内側から勢いよく開かれたかと思うと、そこからアルトが飛び出してきた。
「!!びっくりしたっ・・アルト・・今度はそんなところから・・」
アルト以外にも、その中にしまってる服やら帽子が一緒に飛び出してきたが、彼はそんなこと気にする様子なく柚季に歩み寄る。
「柚季さん・・これ返します」
アルトが柚季に手渡したのは、あの白い本だった。
「!はやかったね・・もう課長にみせたんだ?」
帰ってくるのが、予想以上にはやかったので柚季は驚く。
「見せてないです」
アルトは真顔でそう言った。
「は・・!?」
「でも、大丈夫です。課長にはレプリカの方を渡しておいたので」
柚季はアルトの口からでた以外な言葉に、自分の耳を疑った。
「レプリカって・・!そんなことして大丈夫だったの?」
アルトは柚季の反応にも動じる様子なく、少し微笑んだ。
「大丈夫ですよ・・魔女さんからもったレプリカは本物そっくりで・・絶対に気付きませんから」
「えっ、すずから貰ったやつだったの??」
アルトはコクリと頷く。
「それに・・やっぱり、その白い本は柚季さんがしっかり持っているべきですねー・・・」
「?・・・」
アルトは独り言のようにそう呟くと、その場に力なく座り込んでしまった。
「えっ・・大丈夫!?」
柚季がアルトの前に座ってよくよく彼のことを見ると、その瞳にはまるで力が入っていない。それに色白の肌が、今はやけに赤みを帯びている。
アルトはまた言った。
「僕が勝手なことしなければ・・魔女さんにキスをされなく済みましたよね、きっと・・」
「アルトもされたのっ?って言うか、すずってそーいうこと平気で出来ちゃうんだ・・・やっぱり」
柚季は、その時のことを思いかえす。
(あの時は変な薬飲まされて・・)
「!!・・・もしかして、アルト、すずに変な薬の飲まされなかった?」
柚季がとっさに訊くと
「・・はい、飲まされたと思います・・何だか、頭がぼーっとして・・」
そう言っている間にも、アルトは具合が悪そうに頭をぐらりとして・・・そして、そのまま柚季の方へ倒れ込んだ。
「!ちょっと・・・大丈夫っ?」
柚季がとっさにアルトに体に触れると、とても体温が高いことが分かった。
「体、熱いんだけどっ・・・大丈夫!?」
柚季の呼びかけにも、彼は反応を示さず、ただぐったりとしている。
(どうしよっ・・・)
柚季は取りあえず、アルトの体を床にそっと横にさせた。
ためしに、彼の額に手を当ててみると・・・やっぱり、かなり熱があるようだ。
(病院に連れて行くって言っても・・・アルト、天界のヒトだし・・)
今まで経験しないような事態に、柚季の心臓はドクドクと音をたてる。
(・・ってことは、死ぬとかそういう心配はしなくていいよねっ?)
「取りあえず、何か冷やすもの持ってこよう」
数時間後・・・
柚季はアルトの額に乗せた冷たい水で冷やしたタオルを、様子を見ながら取り替えていた。
アルトが倒れてから1~2時間たつが・・・
(大分・・熱、ひいてきたかな・・?)
アルトの額や手に触ってみたが、少しずつ熱は引いてきているようだ。
とその時、アルトはゆっくりとまぶたを開く。
「!あっ目覚ました・・」
柚季がほっとしてその言葉をこぼすと、
「すみませんっ・・」
アルトはすぐに体を起こしてそう言った。
「また柚季さんに迷惑をかけてしまいましたね・・」
「そんなことより、もう大丈夫?」
アルトは少しだけ口元に笑みを作った。
「はい、もう大丈夫です・・。やっと薬の効果がきれてくれたみたいですね・・」
「なら、よかった!あ・・何か飲み物、飲む?」
柚季がそう言いつつ立ち上がると、アルトも立ち上がった。そして、立ち去ろうとする柚季の腕をつかむ。
「本当に・・すみません・・柚季さんを助けるためにここに来たのに、役に立つこともできなくて・・──」
「・・・」
振り返ると、アルトは目を伏せていた。
「大丈夫だって!」
柚季は笑顔でそう言った。
「アルトのこと、役に立つとか立たないとか・・考えたこともないしっ・・それに、こーして一緒にいて協力してくれるだけで、もう十分ありがたいって言うか・・・」
柚季は何とかしてその言葉を並べた。
・・・そう、柚季が一番うれしくて安心できることはアルトが協力してくれること。・・この左目の問題と一緒に関わってくれること。
今の柚季が前を向いていられるのは、きっとアルトが一緒にいてくれるからなんだと思う。
アルトは目線を上げると、柚季を見て少し表情を和らげた。
「本当ですか・・?」
「・・・うんっ。だから、あんまり落ち込む必要ないからね?」
「・・・──ありがとうございます。柚季さんが優しい方で本当によかったです・・」
アルトは微笑む。
柚季もそれを見て、ほっとした。
「僕、頑張りますね?」
「うん、よろしく・・・そーいえば・・」
柚季は机の方へ歩み寄ると、そこに置いてある白い本を手に取った。
「アルトってすずに会ったんだよね?この本のこと、何か言ってた?」
柚季あ少しの希望を信じて、訊いてみた。
「・・・得に何も・・あ、でも・・特別な効果があるとはちょこっと言ってましたけど」
「・・そっか。・・・そう言えばさ、アルト、課長にレプリカ渡したって言ってたけど大丈夫なの??バレからやばくない?もしかしたら、仕事、くびになっちゃうかもよっ?」
柚季にとって、そのことが気ががりだった。
こんな真面目なアルトが、そんな行為をしたことなんて今だに信じられないのだが・・・──。
「あっ・・・──!で、ですよねっ・・ヤバいですよねっ・・」
アルトは途端に顔色を悪くする。
「あぁぁぁ・・どうしましょう・・あの時は、ほんと・・頭が回らなくてっ・・─。あの時の僕、ほんとどうかしてましたよ・・」
「すずの薬のせいなんだよね?」
アルトはそれに頷いた。
「多分、そうですけど・・・でも、やってしまったことには変わりありませんしっ・・本当にくびになってしまうかもしれません・・あぁぁー」
アルトは絶望的な表情を浮かべ、頭をかかえる。
「ちゃんとわけを話せば分かってくれるかもよ?今からでも遅くないと思うしっ」
柚季がとっさにそう言うと、アルトは力ない笑みを浮かべこちらを見た。
「そうでしょうか・・」
「うんっ・・だから、早く話してきた方がいいって!」
「で・・ですねっ・・では・・」
アルトはぺこりと頭を下げると、フワリと浮き上がり天井を通り抜け姿を消した。
「・・・」
(大丈夫かなー・・?)
それにしても・・──。
すずがアルトに変な薬を使ってまで、白い本を柚季に返してくるなんて。
(やっぱりちゃんと、わたしが持っているべきなんだよね)
そうすれば、他の人に危害が及ぶ心配はしなくて済むはずだ。
そのためにもこの白い本は、自分がしっかり持っていよう、柚季はそう心に決めた。
*
時は少しさかのぼり・・・
アルトが白い本を置いていき、部屋からでていくと、リツボシは大きくため息をついた。
(境界の魔女・・こんなもの地上の奴に渡して、何考えてんだ?)
リツボシはその白い本のページをパラパラと捲る。
見たところ、何の変哲もないただの白い本だ。
(何の変哲もない・・・が、いかにも怪しいだよっ!)
そして、胸ポケットから銀色のペンを取り出し、本の周りを囲むように机の表面に円をかいていった。
(やっぱりこんな怪しいものは、燃やしちまうに限るな!)
円を描き終え、指をパチンと鳴らすと円の中に青色の炎が湧き出た。
その炎は、あっと言う間に白い本を包み込む。
(これでよしっ)
とその時、部屋の扉が勢いよく開かれる。
「リツボシ課長!やっべーぞ!!」
魂の切断を担当している、シイカという少年だ。
「どうした?シイカ」
リツボシは、いい上司、らしく見えるよう、声のトーンと表情を上手く操作してそう返した。
・・・自分の仕事を効率よく進めるのには、部下に信頼されることが一番だからだ。
「アルトの持ってきた白い本、あれは偽物だんだよ!アルトの奴、境界の魔女の提案にのりやがった!」
「!・・あのアルトが・・?オレに偽物を渡したっていうのか?」
「あぁ、オレはこの目で現場を見たんだからな」
「・・・」
(あの真面目でいい子ちゃんのアルトが・・・!?まさかぁ・・お前の見間違えだろ?)
リツボシはじっくり考えているように見えるよう、腕を組みうーんと唸った。
「・・シイカの勘違いってことはないのか?」
「ちげーよ!」
シイカはすぐさまそう言い返す。
リツボシは小さくため息をつくと、
「・・そうか。後でアルトにもしっかりと確認しないとな」
(・・・面倒くせーことになってきなーっ・・あー何で今回の仕事は、こうも上手く進まねーんだよっ・・マジで困るわ・・)
シイカはリツボシの言葉に少し不服そうな顏をすると、ふと目線を下に動かす。
「おっ?何か燃えてんな!こんな部屋の中で火だしたら、危なくねーか??」
「・・あぁ。そうだな。シイカは真似するなよ」
リツボシは笑って見せると、銀色のペンの繋がりを指で断ち切る。すると、たちまち炎は空気に溶けるように消え失せた。
その後に残ったのは、粉々になった灰だけ・・・。
(こいつがバカでよかったよ・・アルトから預かった本を、すぐに燃やしたなんて気付かれたら、信用失うしな)
「・・・」
シイカはそんな様子をただ黙って見ていたが、やがて二カッと笑うと、
「あぁ、ぜってー真似しねぇ!」
と言って、そそくさと部屋から出て行った。
*
アルトは、大きく深呼吸すると課長の部屋の扉をノックした。
話して許してくれるかは分からないが・・・黙っているわけにはいかない。
だから、正直に話して分かってもらうしかない。
すると、部屋の中から「どうぞー」という声が聞こえた。
アルトはいつもそうしているように「失礼します」と言うと、ドアを押し開ける。
「お、アルトだな、どうした?」
課長は仕事用のデスクに座り、何か作業をしているようだ。
アルトは課長の傍まで歩みを進めると、
「じ・・実は、言っておかなくてはいけないことがありまして・・」
「ん、何だ?」
課長は不思議そうにアルトの顔を見る。
アルトの心は、緊張と不安で押しつぶされそうだった。
「課長に渡した白い本・・あれは、レプリカだったんです。本当にすみません・・」
「──・・・」
課長はほとんど表情を動かすことなく、静かに目を伏せる。そして、
「どうしてそんなことしたんだ?」
課長の静かすぎる声に、アルトは恐怖を覚えた。
「本当に情けない話なんですが・・魔女さんに精神的におかしくなる薬を飲まされまして・・冷静な判断ができなかったんです。本当にすみません」
「・・・そういうわけか」
課長は目線を上げ、アルトを見る。
その表情が穏やかだったことに、アルトはほっと胸をなでおろした。
「やはり、境界の魔女をあなどってはいけないな。それよりも、アルトが無事でよかったよ」
課長は口元に笑みを浮かべて、そう言った。
「本当にすみませんでした・・」
アルトは深々と頭を下げる。
(課長も・・柚季さんも・・優しい方で、僕は本当に幸せ者ですねっ)
すると、あることに気付く。
「あっ・・課長、本物の白い本、持ってきた方がいいですよね?」
「・・・いや。今は白い本に関しては、余計な動きをしない方がいいだろう。魔女が監視しているかもしれないからな」
「・・・分かりました」
アルトは課長のこたえに、心の中で安堵の溜息をついた。
もうこれで、柚季に無理なお願いをしなくて済むからだ。
「じゃぁ・・レプリカの方は、処分しておくが大丈夫だよな?」
「あ・・はい」
アルトは頷く。
「・・・魔女の一番望むもの、か。何とか探し出して、魔女のたくらみを阻止しないとな。頑張れよ、アルト!」
「はいっ・・ありがとうございますっ」
柚季のために・・それに、応援してくれている課長のために・・精一杯やろう、アルトは改めてそう感じた。
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