第2話(2)

 


そして次の日。

 柚季はいつもと変わりなく学校へ行くと、生徒であふれかえった教室に入り、自分の席へ腰かける。

(今、こんな状況だけど・・ちゃんと学校には行きたいし・・)

 そして、カバンにしまってある、すずの絵本を取り出しパラパラとページを捲った。

 部屋に置いたままだと母に気付かれる恐れがあったので、一応学校に持ってきたのだ。

 すずの家にあった大量の絵本からして、彼女が絵本好きだということが分かる。

 だからもしかしたら、すずの一番望むものは生きていた頃に大切にしていた・・・

(この絵本のことかもしれないっ・・)

 そう思わずにはいられなかった。

「あっ絵本だぁ~懐かしいっ」

 その声に顏を上げるとそこには、今登校してきたらしい琴音の姿があった(琴音は同じクラスでもある)。

「あ、琴音ーおはよー」

「おはよー・・ね、その絵本どうしたの?」

 琴音は興味津々な様子で、柚季の手の中の絵本を覗き込んでくる。

「家にあったやつなんだけどさー・・たまたま見つけて」

「そうなんだぁ。あたしも昔こういう絵本、読んだなぁ~。ねっ見てもいい?」

「うん」

 琴音は柚季から”白雪姫”の絵本を受け取るとページを捲る。

「へぇ~やっぱり絵本の絵ってカラフルでかわいいなー」

 琴音はそんなことを呟きながら、幸せそうな表情で次々とページを捲っていき、そして最後のページで手の動きをとめた。

「いいなぁ・・ハッピーエンドのまま、時が止まるって。いつまでも幸せに・・って、現実ではなかなかそーはいかないしねぇ・・ね、柚季もそう思わない??」

 そして琴音は、絵本を閉じそれは柚季に手渡した。

「まぁ・・確かに」

 言われてみれば確かにそうだと柚季も思う。

 いつまでも幸せに・・・って、この現実ではまずありえない。

「そういえばさっ何コースにいくか決めた?」

 柚季が絵本をバッグにしまっていると、琴音にそんなことを訊かれる。

「あー・・」

 琴音がいうコースというのは、3年になったら分かれことになる、理系コースと文系コースのことだ。

 柚季の通う高校は進学校のため、卒業後は大学にいく生徒がほとんど。よってそのコースは、いきたい大学によって変わってくる。柚季は詳しい進路なんてまだ決めてなかったが、単純に数学が嫌いだからという理由で、文系にいこうということは決まっていた。

「文系だよ!琴音は?」

 柚季の言葉に、琴音の表情が柔らかくなる。

「あたしも文系~よかった~柚季と同じコースで。じゃ、また同じクラスになれるかもしれないねー」

「うん、だね」

「・・・ってことは、柚季は美術系の大学にいくの?」

「えっ何で?わたし、まだ行く大学なんて決めてないからっ」

「そうだったんだぁ・・・柚季、絵上手いから卒業後は絵の勉強するのかなぁって思ってさぁ・・」

 何故だか琴音の声は、少し残念そうだ。

 とその時、前の出入口から担任の先生が入ってくる。

 琴音は「じゃぁね」と言うと、自分の席に戻って行った。

(美大か・・・)

 考えたこともなかったが、言われてみるととても興味をそそられる。

 自分の好きな絵の勉強ができる、そう思うだけで、大学というものが楽しい場所に違いないと想像できる。

 単純に考えると、だが。

「・・・」

 美大のことは、頭の隅の方に置いておこう、柚季はそう思った。



 そして、夕方・・。

 柚季の母は、柚季の部屋をのぞきこんだ。

「ゆずーサインしておいたからー」

 母が手に持つのは、進路関係の親のサインが必要な書類だ。

「あ・・まだ帰ってきてないのね」

 後で渡すのも面倒なので、母は机の上に置いておこうと思い、部屋の中に歩みを進める。

「あー散らかってる散らかってる・・」

 机の上は教科書やノートだらけだ。

 片付けようとそれらを机の端に寄せると、教科書類に紛れるようにしてある一冊の絵本が目に留まる。

 母はそれを手にとる。

「随分と懐かしいもの持ち出したのねー・・」

 長い入院生活の中、すずの笑顔を取り戻したのは絵本、だった。

 朝昼晩だされる大量の薬を前にしても、「お薬飲み終わったら、絵本読もうか?」ときくと、すずは笑顔で頷いた。

「・・・ねぇ、ゆず。あなたはすずの生まれ変わりでしょう?」

 だから、この絵本を持ち出したんでしょう・・?

 ・・・悲しいことは全て忘れるの。

 あなたが生まれてきてくれて、もう悲しんではいけないと思ったの。

 だってあなたは、すずの生まれ変わりの女の子。また母さんのところに帰ってきてくれた。

 ありがとうね。今度は絶対に怖い思いさせないから・・・ね。


 部活を終えた柚季が家に帰ると、自室にはアルトがいた。

「柚季さん、お帰りなさい!待ってましたよ」

「ただいまー・・で、どうしたの?」

 家族以外の人に、「お帰りなさい」と言われるのも不自然だと思ったが、今はそのことよりもアルトが柚季に会いに来た理由が気になった。

「実は、魔女さんに関する重要な手がかりが見つかったんです」

「うそっやったじゃん」

 アルトは嬉しそうに頷くと、手の中に一枚の紙を現した。丁寧にクリアファイルに入れられているそれを、柚季に手渡す。

「・・・境界に来た人には”生きていたころの思い出”を書き留める義務があるんです」

 柚季が紙にかかれてある文字を読もうとすると、アルトがそう言った。

「ふーん・・そんな面倒なこともあるんだ」

「そうだとしても、生まれ変わるときに参考にする大切な資料ですから、みんな割と真剣にかいてます」

「・・・」

 また紙面に目線を落とすと、名前や生年月日・・・それから、なくなった日付を書く義務的な場所がある。そこの欄にかかれてある手書きの文字は、星宮 すず という名前だった。

「もしかしてこれっ・・すずの!」

「そうなんですよっ」

 柚季はすぐさま続きに目を通す。

 思い出の欄にある文字は、意外に短いもので「お薬飲むの大変だったけど、絵本がたくさん読めて楽しかったよ」というものだった。

「!・・絵本・・」

 柚季が読み終えたことに気付いたらしいアルトは、

「どうやら魔女さんは、絵本が好きだったみたいですね・・だとすると、一番望むものというのは・・」

「もしかして、本当にこれかも」

 柚季は紙をアルトに返すと、カバンの中からすずの絵本を取り出し、彼に見せる。

「これ・・すずが生きていた時に読んでた絵本。やっぱり、わたし・・すずの妹だったみたい」

「えぇ!?」

 アルトはとても驚いている様子だ。

 柚季も・・心臓がいつもより早く波打つのを感じる。

「昨日・・棚の奥の方にあったのを見つけたんだけど・・」

「・・・」

「・・・」

 少しの沈黙。

「魔女さんの一番望むもの・・絶対これですよっ」

 アルトは興奮気味に、そう声を上げた。

「そっ・・そうかな!?」

 柚季もまさにこれだ、と思った。

「柚季さん、すごいですっ・・こんなに早く見つけてしまうなんて」

「・・・──でも、確かめてみないと分からないよ?」

 アルトは柚季の言葉に頷くと、言った。

「では、魔女さんにそれを渡しに境界に行きましょう!」



 次の日の放課後になると、柚季はアルトと待ち合わせ場所の屋上へ向かった。・・・そして、扉の前に立つ。

(本当に来てよかったのかなー・・)

 この時まで時間があったから、いろいろなことを考えてしまった。

 境界というという場所は、柚季にとって危険な場所に他ならない。そのことは一回行っただけで、十分すぎるほど理解できた。

(すずがまた、変な薬使ってくるかもしれないし・・それに、この瞳の進行も早まっちゃうかもだし・・)

 それならば、アルトに絵本だけ渡して行ってもらう方が・・・

「・・・」

 柚季は首を左右に振る。

(ダメっ・・これはわたしの問題でもあるんだしっ・・それに、アルトも危険なのは一緒だし・・・)

 とその時、

「大丈夫。早くいらっしゃい」

 柚季は無意識にうちに、そう呟いていた。

「え!?」

(もしかして・・・──すず?)

 柚季が初めてすずと会ったときのように、自分の意志とは関係なしに動いた唇。

 すずは、柚季のこと赤い瞳を通じて一瞬だけ、柚季の体に入り込んだ。

 それに・・彼女は、この瞳を通じて柚季の思っていることが分かる・・?のだろうか。

 そう考えるとヒヤリとしたものを感じた。

「・・・言われなくても、ちゃんと行くつもりだしっ・・」

 柚季は自分に言い聞かせるためにも、そう言葉にすると屋上へ続く扉を押し開けた。

「あ・・」

 途端に目に入ったのは、フェンスに寄りかかるようにして立っているアルトだった。

 夕焼け空を背景に、フェンスの影は長く伸びているのにアルトの下には影がなかった。

 あぁやっぱりアルトは、こっちの人間ではないんだ、と思い知る。

「あ、柚季さん」

 柚季の姿に気付いたアルトが、こちらに駆け寄ってきた。

「あ・・えーっと・・待った?」

「?・・そんなに待っていませんけど・・柚季さん、どうしたんですか?顏が引きつってますよ?」

「な・・なんでもないからっ。ほらっやっぱり境界に行くの、緊張するし」

 アルトは柚季の言葉に苦笑する。

「そんな・・全然緊張することじゃないですよ?」

「はは、だよねー」

「絵本は持ちましたよね?では、行きましょうか」

「うん」

 するとアルトは、頭の上で指をパチンとならす。

 と同時に、茜空の中浮かぶ境界への扉が現れた。

「・・・」

 アルト、という人物や境界という場所と関わっていく自分が、柚季は少しだけ怖く感じる。

 ・・そう、まるで自分が”人間”から遠ざかっていく気がして。



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