第1話(5)



 そして、一時間後。

「・・まだ着かないの?」

「さっきから、そればっかりですよ?柚季さん」

 柚季とアルトは、ただ黙々と歩みを進めていた。

 一体、どのくらい歩いただろう。

 さきほどまでは並ぶようにして建っていた家々も、今はまばらになってきた。

「・・・もしかして、騙された・・ってことはないよね?」

 その考えがどうも頭から離れなくて、柚季は気が付いたらそう訊いていた。

「まだ分かりませんよ?行き止まりになるまで、行ってみませんか?」

 アルトは柚季とは対照的に、柔らかに微笑む。

「うん、そうだね・・・行くか・・」

 一緒に頑張ってくれるアルトがいるから・・・信じて頑張ろう、そう思った。


 そして、30分後。

 まばらに建つ家々は、もう見当たらなくなり、分かれ道にも出会わなくなり・・柚季とアルトは、ただ真っ直ぐに続く道を黙々と歩いていた。

「・・・」

「そろそろ、行き止まり・・・のようですね」

 アルトは呟く。

 家々があったときは、明るかったはずが、今は薄暗くて視界が悪くなってきた。

 するとその時、薄暗い景色の向こうに何かがポツリと見えた。

(あれ・・何だろ)

 だんだんと歩みを進めるうちに、それが何なのか分かってきた。

(家か・・どうしてこんな離れた場所にあるんだろ)

「ここで行き止まりですね」

「!・・・」

 アルトの言葉に、よくよく見てみると、その家から後は道が続いてなかった。

「もしかしてこれが、すずの家?いたって普通なんだけど・・」

「・・・おそらくそうだと思います。真っ直ぐ歩いて、行きついた先がここなわけですし」

「・・・」

(本当に着いちゃった・・)

 今まで胸の奥でくすぶっていた不安が、一気に膨らむ。

 ・・・やっぱり、怖い。

「頼りにしてるからね・・?アルト」

 柚季がそう呟くと、アルトは引きつっている表情をこちらに向けた。

「もちろんです!柚季さんのことは僕が守りますよ?」

 そう言う彼の顔は・・・やっぱり引きつったままだ。

 そしてアルトは、ゆっくりと手をドアノブの方へ移動させ、そこに手をかけると「失礼します!」の言葉と同時に、ドアを開け放った。

「・・・」

「・・・」

 しかし、返ってきたのはただの沈黙で。

 中の様子も薄暗くて、ここかれではよく確認することができない。

「入ってみますか?」

 アルトは緊張気味の顔をこちらに向ける。

「・・うん。もちろん」

 柚季はにっこりと笑顔をつくって、そう返した。

「ですよね・・行きましょうか」

「うん」

 アルトはそろそろと歩みを進める。

 柚季もアルトの背中に隠れるようにして、家の中へ足を進めた。

 ・・・家の中は、とても静かだ。

 この静けさが、柚季の中の不安と恐怖をよりかき立てる。

 天井からつりさがっている朱色のランプが、柔らかな光を放っていた。

 柚季はアルトの背中にしがみつきながら、周りの景色に目を凝らした。

(本棚・・?こんなにたくさん・・)

 背の高い本棚が、まるで迷路の壁のように立ち並んでいる。

 それに・・・大きな違和感を覚えた。

(こんなに広かったけ?)

 家の外観からして、普通の一戸建てぐらいだったのに・・・中に入ってみるとまるで違う。

 とても広い部屋。ここからでは、向こうの壁が見えない。

 立ち並ぶ本棚は本当に迷路のようで、一回入り込んだら帰ってこれなそうだ。

「アルト・・この部屋、おかしくない?」

 柚季が恐る恐る聞くと、アルトは前を見たまま、

「・・・境界の家はみんなそうなんです。

 外観は普通の家でも、中は無限の空間がひろがっています。その空間をどう使うかは、もちろん家の持ち主の自由です・・」

「そうだったんだ。すごい・・って言うか・・すずの家って不気味すぎるんだけど」

「で・・ですねー」

 柚季とアルトは、そんな会話をしながら歩みを進めた。

 どこまで歩いても、同じような景色ばかり続く。

「魔女さん!いるんでしょう?出てきて下さいっ」

 アルトは突然立ち止まると、そう叫んだ。

 ・・・しかし、それにこたえる声はない。

「・・・本当にいるの?」

「分かりません。取りあえず、もう少し行ってみましょうか」

「・・・うん」

 そして、また歩き出す。

「・・・」

 柚季は歩みを進めていくうち、もう一つ気付いたことがある。

 立ち並ぶ本棚。その中には、ところ狭しと本が敷き詰められている。

(ここにある本って・・・全部・・もしかして・・)

 するとその時、後ろから誰かに背中を叩かれた。

「!」

 ドキリとして振り返ると、そこには女の子がいた。

 見知った顔・・あの時、すずの家の場所を教えてくれた女の子だ。

「あっ・・・」

 柚季が思わずそう声を漏らすと、女の子は静かな表情で口元に人差し指をあてる。

「!──・・・」

 そして、手招きすると踵を返しここからでは見えない、本棚の向こう側へ行ってしまった。

(一体・・何?)

 柚季は女の子が姿を消した方へ移動する。

 見ると、彼女は立ち止まりまた柚季に手招きをすると歩き出す。

「─・・行ってみるか・・」

(もしかしたら、また何か教えてくれるのかもっ・・あ、でも、アルトが・・)

 柚季はアルトのいる通りの方を確認してみた。

 アルトは今の事態に気付いている様子なく、彼の背中はずっと遠くの方へ行ってしまっていた。

(どうしよっ・・・)

 早く行かないと、女の子のことを見失ってしまう。

 今からアルトの方へ呼びに行っている余裕もない。

「──・・」

(まっいいか・・どうにかなるよねっ)

 柚季はそう決断し、アルトの背中から目線を外す。そして、女の子の背中を追いかけた。


「ねぇ!どこ行くの?」

 走って女の子に追いつくと、柚季はそう彼女に訊いた。

「・・・あなたの望んでいるところ」

 女の子は黙々と歩きながら、そう応える。

「もしかして・・すずのところまで案内してくれるの?」

「・・・」

 女の子は、ただ沈黙を返した。

 よく分からないが・・・

 多分、彼女はすずについて何かを知っている。柚季は、そう感じた。

(・・・やっぱりアルトのこと、呼んできた方がいいかな)

 仮にすずに会えたとしても、自分には戦える?手段がない。

「ねぇちょっといい?・・アルトのことよんでくるから、ここで待ってもらってもいい?」

 女の子はその言葉にピタリと歩みを止め、こちらに振り返った。

「・・それは無理」

「えっ・・・──?」

「わたしが案内したいのは、柚季。あなただけだから。ただ、黙ってついてきて」

 そして、また女の子は歩き出す。

「!・・・ちょっと待って」

「黙れって言ったの、聞こえなかった?」

 女の子は黙々と歩くなか、そう低い声で言った。

 柚季は女の子の背中を追う中、負けじと叫ぶ。

「ねぇっ少しはわたしの話もきいてよ!」

「・・・きかない」

 すると、女の子は突然立ち止まった。

 柚季も立ち止まると、こちらに振り向いた女の子と目があう。

 ・・・彼女は、微笑んでいた。

「!!」

 その時、女の子の姿が揺らめく。そして、その姿は空気に溶けるようにして消えてしまった。

「!・・・消えちゃったし・・」

 一体、彼女は何の目的でここまで連れまわしたのだろう。

 柚季が今いる場所は、さきほどと同じような景色が広がるだけだ。

「ようこそ。ゆず」

「!!」

 突然、その大人びた女性の声が上から降ってきた。

 見上げると、背の高い本棚の上には若い女性が一人座っている。

 腰まで届く長い黒髪に、白い肌。それに、人間味を感じさせない赤の瞳。

 着物に似た、変わった服を身にまとっている。

「もしかしてっ・・・すず!?」

「そのとおり」

 彼女─・・すずは、本棚の上からふわりと柚季の前に足をつく。そして、柚季の方へ駆け寄ると・・そのままの勢いで抱きついた。

「ゆず。会いたかったわ」

 すずのその声が、耳のすぐ近くで聞こえた。

「っ──・・・!」

「かわいいかわいい、私の妹・・」

「?・・・何言ってるの・・離して」

 すると、すずは柚季からそっと離れて・・それと同時に、柚季の眼帯を外した。

「!」

「こんなもので隠してないで、私によく見せて?」

 すずは、柚季の顔を両手で包み込むように押さえると、満足げに微笑む。

「・・うん、上出来」

 柚季はすずの手を振りほどき、一歩一歩後ず去った。

「ごめんね?片方の目しか使えないなんて不便でしょう?でも、大丈夫。薬の効果がすべて出たらちゃんと見えるようになるから。

 ・・・あ、そのゆずの目を使うのは私だけど・・」

 すずはクスクスと笑う。

「・・・悪いけど、アルトにかけてもらった術のお蔭で、もう薬の効果はでないから」

 柚季は呟くようにそう言った。

 その言葉に、すずは笑うことを止めると薄い笑みを浮かべる。

「・・・──そうみたいね」

「!・・」

「ゆずのその目を通して、少しだけ分かったの」

「!!」

 するとすずは、穏やかな表情を一変させ刺すような瞳で柚季を見た。

「そんなこと、絶対許さないから」

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