19.笑顔の過去

 他にどのような部屋があるのか確認しつつ廊下をうろついていると、ジュネロが戻ってきた。


「どうでした?」


 問い掛けにジュネロはため息をつき、肩をすくめた。


「フェルミの方に怪しい点は無さそうだな。だがゼビアノのチームは、この研究所内でも独立性が高いというか、他とどうにも折り合いが悪いらしいな。なまじ優秀なだけに、所長には特別扱いされてるようだが」

「というと?」


 上から良い待遇を受けているならば、他の所員に対して驕るところがあってもおかしくはない。それに対する妬みも然り。

 もっとも、あの男の眼には研究しか見えていないようだったが。


「ゼビアノの研究には、あえて他所に伏せてる不明瞭な点が多いらしい。所長から信頼されてるってのもあるが……どうもゼビアノの場合は、個人的な主義に依るところが大きいと見える」

「娘さんを職場に連れてこれるくらいには信頼されてるみたいでしたね。今でも家族写真を置いてましたし。研究者として伏せるべき箇所とそうでないトコロ、その線引も自分の中でハッキリしてるようで」

「家族写真だ? 人は見かけによらねぇってのは本当だな」


 失礼な物言いだが、フレッタにもその気持ちは分かった。あの仕事に没頭するいかめしい風格で、家族団らんの風景など今ひとつ想像できない。トリスの『優しい』という評は、身内びいきなのだろうか。


「呪痕の研究だって、堂々とやる人ほとんどいないでしょうしね。いろいろフクザツな御仁ってわけだ」

「もちろん表向き、定期的な研究内容の発表や調査段階の公開は行ってる。問題は、そこに見えない裏側……どうだ?」

「そうですねぇ。いろいろ気になった点はありますが――」


 言いかけたところで、木箱を抱えた出入りの業者らしき男達が現れた。いったん口をつぐみ、すれ違う際に木箱の印字を認めた。街の中でも大手の雑貨屋のシンボルマークだった。


「備品かな。買うならウチの買ってくれりゃいいのに」

「あんなファンシーグッズを研究所で使えってか。建都記念祭も近いし、何かと入り用なんじゃないか?」

「こんな施設でもお祝いするんですねぇ」


 口をへの字に曲げてから、フレッタは再び小さく唸りつつ黙考する。

 ややあって、ゼビアノとの会話、そして最も気になった点――ラフォレーゼ家の家庭事情についても、知る限りを話した。


「獅子頭の学者、正体は明るく元気いっぱいの娘が大好きな、子煩悩パパってわけかい」


 壮年顔でうそぶくジュネロに、思わずフレッタは顔を上げて「え?」と返してしまう。


「なんだ、違うのか?」

「いや……ジュネロさんがトリスに会ったのって、店での一件の時だけですよね?」

「あぁ」

「明るく元気いっぱいな娘に、見えました?」

「見えなかったが、そりゃ取り乱してたからだろ? フェルミのチームにそれとなく聞いたが、あのトリスって娘、とにかく天真爛漫で元気でやんちゃな娘だそうじゃないか」


 フレッタは頭をフル回転させる。どうも自分とジュネロの認識との間に、明確な矛盾があるようだ。

 知る限り、今現在のトリスは天真爛漫で元気でやんちゃな娘ではない。あの家族写真ではそう見えなくもないが、あれは過去の姿だ。

 二年前――おそらく写真の撮影と同時期から、彼女は研究所にまったく姿を見せなくなったという。だからこそ、研究所の人間にとっては今でも、『ラフォレーゼ教授の娘のトリス』=『元気でやんちゃな娘さん』という認識なのだ。今現在のトリスがどんな娘なのかは知られてない、ということだ。


 ――あの娘、二年くらい前までは、ここに何度か連れて来てましたよね。元気いっぱいな娘さんで


 思えば別の研究者のこんな発言からも、そのことが窺えた。

 トリスが変わった理由――多感な年頃だから、で済ませるには印象が違いすぎる。普通に考えるなら、母が亡くなって精神的にふさぎ込んだ結果、物静かな性格になったというところか。その場合、母の死去した半年前が契機。トリスが二年前から研究所に訪れなくなったことは、性格の変化には何の関係も無いということになる。


「……」


 約一年半の空白は、ひとまず思考の外に置くことにする。

 母親の死が娘の性格を変えてしまった――これが本当なら、なぜゼビアノは、研究員達が持つ愛娘のイメージを訂正しないのだろう。今も娘は元気でやんちゃな娘ですと、そのまま周囲に信じこませている。単に余計な心配をされたくないから? それ以外で、娘の現状をことさら秘する理由があるとすれば?


「……呪痕を発症したから?」


 また一つ、点と点が繋がる気配。

 トリスの母親の死と、呪痕の発症には、何か関係があるのだろうか。盗賊の直観が危険な匂いを嗅ぎ取っている。そこまで来て、あと一歩ハッキリ煮え切らないところがもどかしい。

 眉間に皺を寄せて熟考するフレッタの肩を、ジュネロがトントンと叩いた。


「落ち着けよ。ところで、俺の方でも妙なもんが見つかったんだ。聞いといて損は無いぜ」


 ジュネロは少しあたりを見回し、廊下に自分たち以外の人間がいないことを再確認する。


「資料室の奥に鍵のかかった部屋を見つけた。古い資料を保管するための別室らしくてな、お邪魔してみたわけだ。ホコリまみれのカビ臭い中で、最近出し入れされた形跡の物があってな――」


 淡々と事実を告げるジュネロの言葉に、フレッタは瞠目どうもくした。

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