11.子うさぎの牙
血相を変えたフレッタが立ち上がるより速く、少女はカウンター越しに、右掌をフレッタへと向ける。
バチィッ、と、紫電がほとばしった。
「わたしの魔法はご存知でしょう。贈り物を選んでくれたことは本当に感謝しています。でも、それとこれとは話が別です」
昨夜の一幕を思い出す。
背丈が違う。が、怪人の『バネ足』がシークレットブーツも兼ねていたとすれば、何の問題もない。目の前でちらついた閃光が、何より雄弁に彼女の正体を物語っている。
うかつに動けず立ちすくむフレッタ。その視線の端が、少女のずっと後ろで鬼の形相を浮かべるルチアを捉えた。
「お姉ちゃんに――」
彼女はおもむろにキッチン雑貨のフォークを手に取ると、
「何さらすんじゃあああ!!」
「やめろルチアッ!!」
思いっきり少女へ向けて放り投げかけ、振りかぶった寸でのところで制止する。
歯噛みするルチアに向け、すぐさま左掌を向けるトリス。両腕を両極へ向けて平行に上げる形となり、そのまま三者は固まった。
「お願いします。
とてもまっすぐで、純粋な視線に射抜かれる。一体、どのような方法でこの店を嗅ぎつけたのか。一度は来客を装って様子見に徹したあたり、見た目以上にしたたかさも持っているらしい。
フレッタは両手を上げてから嘆息した。
「やめときな。こんなことは誰も得しない」
「盗人はお互い様です。貴方に諭される謂われはありません」
「それはまぁ、そうかもしれないけど」
この少女は本気だ。彼女の目に宿る、炎のように燃え立つ意思が告げている。
だが、そこに一抹のゆらぎが見えるのも事実。真っ先に電撃を放ってこちらの動きを止めようとしないのは、昨晩の教訓を活かせていないと言わざるをえない。迷い――そうだろう。昨晩のやり取りからして、彼女は明らかに大した場数を踏んでいない。
本来、虫も殺せないような女の子のはずだ。父を想う心というのも、本当だと信じたかった。
(……ん?)
緊迫の時が過ぎる中、隙は無いかとわずかに逸らしたフレッタの視線が、窓の外に立つ男を捉えた。ジュネロだ。
本来の予定通り、【雪】を受け取りに来たのだろう。彼は店内のただならぬ様子を察したか、一つフレッタに頷いてサッと姿を消した。
彼の判断は早かった。フレッタもまたその思惑を汲み、なんとか少しでも時間を稼ごうと、ぺろりと唇を濡らした。
「これ、本当にキミのやりたいことなのか。あたしには、とてもそうは思えないよ」
「そんなことありません。これがもっとも最良の道だと信じています」
「悪いけど、手慣れてないの丸出しなんだよね。風向きも分からず火遊びなんて、せいぜい火葬屋の手間が省けるだけさ」
「風下に立っているのは貴方の方です。お尻に火がつけば、そんな冗談も言えなくなりますよ」
あくまで己の優位を説く少女だが、その指先が震えているのを見逃すフレッタではなかった。経緯は定かではないが、彼女をここまで駆り立てるものとは一体なんなのだろうか。
「見れば分かるよ。無理は身体に毒だ」
「無理なんてしてません。これはわたしの意思です」
「何でそんなに欲しいんだか。ははぁ……さては自宅の庭先にまいて、飼ってる子犬と庭駆け回って遊ぶ気だな」
「飼ってません。そもそも犬か猫なら猫さん派です」
「さぞかしかわいいだろうなぁ。ぜひとも写真に収めたい」
くだらない冗談のつもりだったが、後半は本気になっていた。いや、小さい子だから大型犬との取り合わせの方がアリかもしれない。尻尾をぶんぶん振りながら飼い主の少女を押し倒す大型犬。少女はペロペロと容赦なく顔中をなめまわされるも、笑顔で愛情表現を受け入れてたわむれる――ほほえましい光景ではないか。
余計なことを考えている内に頬が緩んだか、少女は死に腐ったサバの群れでも見るような目でこちらを睨めつけていた。ついでにルチアも。
「わたしで変な想像するのやめてもらえますか」
「いやぁ、すまんすまん。そっちの妹ほどじゃないけど、あたしも可愛いものは好きなんでね。ちなみに、あたしはうさぎ派だよ」
「……そうですか。同好の士を攻撃するのは心苦しいですね。穏便に済ませたかったのですが、ちょっとだけ痺れてもらいます」
彼女はグッと指先に力を込めた。撃たれる――その前にフレッタが口を開く。
「分かった、分かった、そう焦るこたない。雪はここにあるよ。二階……案内する」
「お姉ちゃん!!」
「ルチア! そのまま動かないで、いい子だから。お姉ちゃんと約束。不意打ちしようなんて思わないで」
「うぅ……」
『お姉ちゃんと約束』を持ちだされてしまえば、ルチアは動けない。歯噛みしながらも、彼女は両手を上げたままその場にしゃがみこみ、動かない意思を示した。
フレッタは少女を連れて二階へ向かう。一時的に盗品を入れておくための金庫は、自分の部屋に置いていた。一抱えのツボくらいなら余裕で入る大きさだ。調度品の調和も何もあったものではないが、フレッタにとってはこれが一番安心できた。
ゆっくりとした足取りで部屋に入る。窓は開けっぱなしになっていて、風通しが良い。これで脅されていなければ、とても清々しい気持ちになれたことだろう。
「この中だ。開けるよ」
「お願いします」
フレッタは金庫の前にしゃがみ込み、丁寧にダイヤルを回す。背中から、そわそわと覗き込む気配が伝わってくる。
カチリと音がして、扉が開き――
「……どこですか? 無い? 無いじゃないですか!?」
「ホントだ」
金庫の中を見て、少女は狼狽して落ち着きを失う。フレッタも同じように驚いたフリをしながらも、安堵の溜息と共に、開いた窓の方に視線を向けた。宝はすでに遥か遠く、今ごろクライアントの元へ向かっていることだろう。フレッタは先輩の仕事ぶりに感心し、コーヒーにケチャップぶち込むくらいは見て見ぬふりをしてあげようと思った。
「どうして!? どうしてッ!?」
「え? ちょ、ちょっと」
「ここにあるはず! わたしを騙そうなんて……どこか別の、別の場所にッ!!」
少女の様子がおかしい。
髪を振り乱し、狂乱に目を見開いて部屋中を睨み回す。彼女にだけ得体の知れない何かが見えているのか、その視線もまるで定まっていない。
青ざめた顔色のまま、室内を飛ぶように駆け回る。どう考えてもそこにツボは無いだろうという引き出しやベッドの下まで、まるで荒れ狂う台風のように引っ掻き回していく。先ほど感じた一輪の野花のような清らかさなど、そこには欠片も無い。
騒がしい物音を聞きつけて、恐る恐るルチアも二階に上がってきた。
「お姉ちゃん、これって」
「あぁ。……落ち着くまで待とう」
人とも獣ともつかないような状態の少女は、しばし惨状の渦中で「無い! 無い!」とただならぬ焦燥に駆られていた。
それをただただ、部屋の隅で固唾を呑んで見守る姉妹。ひとしきり荒れ狂ってから、少女はぺたりと座り込んでしまった。うなだれると、長い銀髪がカーテンのように顔を覆い隠してしまう。
「あれが無いと……お父様が……」
大粒の涙が一つ、二つと零れ落ち、少女は銀髪に顔を隠したまま、泣き崩れてしまった。
雷撃の恐怖からは開放されたものの、フレッタは静かに嘆息し、物憂げに頭を振った。
「……呪痕、か」
台風一過の惨状を前に、ぽつりと一言が漏れた。
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