第2話 美味しいおにくを追って

そんなこんなでわくわくでいっぱいのキューちゃんは自分の縄張りのぎりぎり一歩なか、というところまでやって来ていた。

「キュキュキュキュ」

ドスドス、にじにじと足を踏みかえながら、

「キュー!!!!」

体とたくましい(とキューちゃんは思っている)翼をブルブルッと武者震いで震わせ、一歩を踏み出す。

パキィっ

小枝が折れて小気味良い音が鳴ったのもキューちゃんを大いに満足させた。


「キュー……フッ……フキュッ」

キューちゃんはあまりに嬉しくてお漏らししてしまったようだ。

ちょっと恥ずかしそうに土を掘り返して証拠を隠滅する。

テリトリー用のおしっこと、嬉ションは、ちょっと成分が違うのだ。


隠し終わったキューちゃんは、そんな恥ずかしい記憶は秒で忘れて歩き出した。

おとこは後ろを振り返らないものなのだ。


「きゅッきゅッキューーー」

人で言う鼻唄を歌いながら歩みを進めるキューちゃんの背中には男気のようなものが、見えたかもしれない。


と、

お庭を超えたキューちゃんは何か運命的でワイルドな匂いを嗅ぎ付けた。

なにか、芳ばしくて、美味しそうな。

とにかく今までにない感じだ。


「ブルルッッツ」


聞いたこともない鼻声。

なんだろう、なんだろう。

音の正体を突き止めるべくキューちゃんは全力疾走を始める。

ドドドドドドドドドドドドドドdッッッッッ、見えたかもしれない

そこにいたのは。

立ち止まったキューちゃんの体を、衝撃が走る。

あれは、

あれは

お肉!

走るお肉だ!

キューちゃんの頭はお肉の幻想でいっぱいになった。

パパンが生きていた頃の、優雅な生活を思い出す。

溢れる、血、血、血

にくじゅう。

かっこいいパパンが狩ってきた走る獲物を、優しい美人なママンと一緒に食べた思い出。

キューちゃんの幸せで、大事な大事な思い出と目の前を走る生き物の芳醇な薫り、実はまだ小鳥さんしか狩れないキューちゃんのお腹事情、全てが答えを示していた。


走れ。捕らえろ。喰らい付け。


キューちゃんは我を忘れて走った。メロスのように走った。


追い付けた。


賢いお肉は、キューちゃんがやばそうな顔をしていることに気づいていた。

ジグザグ走行、カーブ、乱歩、様々な技でキューちゃんを撒こうとしたが

離される度、キューちゃんの中の野生の血が目覚め、筋肉を駆り立てた。


「ルォオオオオオオオオ''オ''オ''ン」

「ブルッッツ」


森を抜け、信じられない早さで草原レースを繰り広げる2頭はかたや竜、そして馬。

追われているお肉、もとい栗毛の馬は並の走竜、翼竜なぞ撒けるスペックを持っていたのだが、相手が悪かったとしか言いようがない。

竜の中の竜、空腹のキュガントス・ドラゴスペンデスを舐めてはいけないのだ。


馬の方に金のプレートが着いている。

Joflleと彫ってあった。

地を駆ける度にそれは激しく揺れて、きらきらと輝いた。

無駄のない肉付き、美しく手入れされた蹄に、編み込まれた鬣。

誰かそう低くない身分の主に使えているのだろうその馬は何故キューちゃんの前に現れてしまったのだろうか。

激しく地を蹴る度に豊かな尻尾が揺れ、肉が踊る。

とめどなく汗を流し、滴らせ、荒い息をついて主のために生き残ろうと必死に走る美しいサラブレッド。

全てがキューちゃんの前に立ちはだかり、誘惑していた。


「ヴォアッ、ヴォアッ、キューヴォアッ」

キューちゃんは今必至に追いすがる自分の鳴き声が、今まで出したこともないだらしない音だと思ったが、不思議と爽快な気分だった。

こんな追いかけっこは初めてだ。

すごく速い。

追い付けない。

追い付きたい。

もっと息を荒くしたっていい。全てを忘れてキューちゃんは追い続けた。


どれだけ追い続けただろう、辺りはオレンジの夕闇に包まれ始めていた。

しぶとい。

お互いのしぶとさにうんざりするほど走り続けた2頭は、最初の草原に戻ってきていた。


「ブルルルッッ、ブフッ、ブッフ」

「キュヘッ、ギュッ、ギュヒッ」


飼い主のもとに戻れるかもしれない、その期待にすがって走り続けた馬と、野生に目覚めたキューちゃんの闘いは終わろうとしていた。


疲れきった2頭は体を引きずり、それでもお互いに勝負を諦めることはないかに見えた。


次の瞬間、馬が歩みを止める。

キューちゃんは気付かず近付いていった。

あと10歩、7歩、3歩。

そして。


美しい黒い瞳を目の前にして気付く。

「キュ」

お互いに荒い息をつき、口の端から泡を吹いてたが、草原に静寂が訪れた。


「…………ブルッ」

諦めたように首を差し出す栗毛。

「ヴォフッ、ヴォフッ、ギュッ、キュフッ」


口から流れる泡のように、未だに現実を理解できないキューちゃんの頭は真っ白だ。

ちょっと白目だって剥いている。

「ブルルッ、ヒヒィーーーーーーーン」

まるで敗けを認めるように

荒野に響き渡る、最後の嘶き。

そして片方の影が、大地へと倒れ伏す。

2頭の闘いは、幕を閉じた。

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キューちゃんとランスロット 刈染野 @FeriusMelta

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