第6話『直見真緒』
「……こんにちは、椎原君」
直見真緒。俺のクラスメイトだ。茶髪でショートボブの髪型がよく似合い、明るく元気な印象がある女の子だ。学校では主に女子と仲良く話しているのを見かける。ちなみに、直見は俺に告白したこともなければ、虐めにも全く関与していない。
「どうして、直見がここにいるんだ?」
「ここのマンションの二階に住んでるからだよ」
にこっ、と直見は可愛らしく笑った。
なるほど。だからエントランスの方じゃなかったんだな。というよりも、直見がこのマンションの住民だったことに軽く驚いている。
「そういえば、たまに玄関の横にプリントが置いてあったけど、あれって……」
「……うん。私が置いていったの。同じマンションに住んでるから」
「そうか。あれは直見だったんだな」
不思議には思っていた。学校からのプリントが、エントランスにあるポストでは無くて家の扉の前に置かれていたことに。このマンションにクラスメイトが住んでいたとなれば全て納得がいく。
「それで、今日もプリントを持ってきたのか?」
俺がそう訊くと、直見は真剣な表情になり首を横に振る。
「……ううん、違うよ。今日は椎原君に話したいことがあったから」
「そうか。ここじゃ何だから上がってくれ」
「うん、分かった」
直見が家の中に入り、靴を脱ごうとした時だった。
「……あのさ、椎原君。お邪魔だった?」
「えっ?」
「だって、さ……」
直見の指さす先には、リビングからこちらを見ているエリュの姿があった。ああ、なるほど。そういうことか。
「あいつとは訳あって、一緒に住んでるんだよ。付き合っているとかそういう関係じゃないから」
「ふうん、そうなんだ……」
そうは言うものの、あまり納得してないように見えた。
俺は直見をリビングに通し、彼女をテーブルの椅子に座らせ紅茶を出す。そして、彼女の向かい側にエリュと隣り合って座った。
「初めまして、直見真緒です。椎原君のクラスメイトだよ」
「初めまして、エリュ・H・メランです」
「えっ、エリュ・H・メランっていうことは外国人なの? 日本人っぽい顔だけど」
直見がそう言うのも納得できる。エリュは和服が似合いそうな大和撫子みたいな感じだから。
でも、日本人かどうかいう以前に人間じゃないんだけど。どう誤魔化そうか。
「それはよく言われますね。短い期間なのですが、日本でホームステイしているんです。お互いの両親が知り合いで、結弦さんとは小さい頃から何度も会ったことがあるんです」
「へえ……」
エリュ、上手く言ったな。平然とした顔で言えるのが凄いと思った。外国人のような名前だし、一緒に住んでいる理由にはホームステイというのが一番自然な形だろう。
さすがに今のエリュの説明には納得してしまったらしく、直見は爽やかな笑みを見せる。
「そうだったんだ。いやぁ、私はてっきり、エリュちゃんが椎原君の彼女で同棲しているんだと思ったよ」
「ど、同棲! あううっ……」
おいおい、そこで顔を赤くしてどうするんだ、エリュ。一緒のベッドで寝たりして同棲のようなことはしているけどさ。
「椎原君も告白を断るのはエリュちゃんが彼女だからだと思ったよ。でも、エリュちゃんがホームステイに来ているから、彼女なんて作れないか。エリュちゃん、可愛いもんね」
「そ、そんな可愛いだなんて」
昼モードのエリュはこういう風に謙遜するが、夜モードのエリュだとどんな反応をするのかちょっと見てみたかった。
エリュが可愛いというのは俺も思っていた。仮にこんな女の子がクラスにいれば結構な人気が出ていたと思う。昼モードでも、夜モードでも。
「椎原君が学校に来なくなって心配だったけど、エリュちゃんがいたから大丈夫だったんだね。それに、今日も堂々と復讐するって宣言してたし……」
「あ、ああ……」
やっぱり、あの復讐宣言はインパクトが絶大だったみたいだ。不登校していた人間がやったから尚更なのだろう。
「私も復讐されちゃうのかな……」
俯きながら直見は言った。
「……どうしてそう思うんだ?」
直見は虐めには全く関与していない人間だ。見て見ぬ振りをしたかもしれないけど、そういう人間には復讐をするつもりはない。
「だって、椎原君が嫌がらせを受けているところを見ているのに何も出来なかった。今度は自分がやられるんじゃないかって怖くなって……」
予想通りの理由か。次に虐められるのが自分になってしまうことを恐れて、見て見ぬ振りをしてしまった。
「そんな理由で、俺は直見に復讐をするつもりはないけど」
「……でも、見て見ぬ振りをするのは虐めた人と同じなんじゃないのかな。そう思ったから、椎原君に謝りに来たの。本当にごめんなさい」
直見は俺に深く頭を下げた。
虐めを見て見ぬ振りをする人間は、もはや虐めている人と変わらない、か。どうにか止めたいと考えるほど、そう感じてしまうのだろう。
もし、直見が止めろと言ったら俺は不登校にならずに済んだのかもしれない。だからといって、俺は直見を恨んだりするつもりはない。それは見て見ぬ振りをした他のクラスメイトにも言える。
「自分の気持ちに従って、謝りに来てくれたんだな」
俺は直見の頭を優しく撫でた。
「止めさせたいって思ってくれてありがとう。それを知ることがてきて、俺は……本当に嬉しく思うよ」
一人でも、虐めを無くしたいと思うクラスメイトがいると分かると心強い。
俺がずっと頭を撫で続けていると、直見は顔を上げる。
「……ねえ、椎原君」
「なんだ?」
「……私、椎原君の助けになりたいの。何も出来なかった自分が悔しくてたまらない」
直見の表情は言葉通り、悔しさを滲み出していた。
「それは俺に対する罪悪感からか? もしそうなら、直見の助けなんていらない」
「結弦さん! そんな言い方は……」
「エリュは黙っていてくれ。……直見、どうなんだ?」
俺の助けになりたい。それはつまり、俺の復讐の手助けすることになる。相手にするのは普通の人間だけではない。魔女や洗脳された人間に立ち向かわなければならないんだ。そうなると危険な場面に遭遇してしまうかもしれない。
だからこそ、俺は直見に問うている。その言葉の真意は何なのかと。罪悪感で動いて欲しくない。
直見は少しの間、口を開かなかったが、
「……本気だよ。罪悪感がないとは言い切れない。それよりも、椎原君を助けたい気持ちやこのクラスの状況を変えたい気持ちの方が大きいよ」
俺とエリュの目を見て、はっきりとした口調でそう言った。
「……そうか」
直見なりの覚悟が伝わってきた。彼女の気持ちを信じて、協力してもらおう。藍川の人間関係など知りたいこともたくさんあるので、直見の存在は大きい。
俺はエリュの肩にそっと手を乗せる。
「エリュ、上手く誤魔化してくれたんだけど、本当のことを話そう。そうじゃなきゃ、藍川達を救えない」
「……そうですね、結弦さん」
エリュも覚悟を決めてくれたみたいだ。
「直見さん、落ち着いて聞いてくださいね。私は外国からやってきたホームステイではないんです。本当は……異世界からやってきた吸血鬼なんです」
「……えっ? きゅ、吸血鬼?」
ぽかんとした表情で直見はエリュのことを見ている。それが普通の反応だ。
エリュはこれまでに俺に話してきた内容を簡潔に説明した。戦争の件などややこしいところは省いて話していたが、直見は今の状況を分かってくれただろうか。
「駆け足で説明したのですが分かりましたか? 真緒さん」
「……うん。エリュちゃんは人間に入り込んだ魔女を倒すためにこの世界に来たんだよね。それで、今は結衣ちゃんに入り込んだ魔女を倒そうとしていると」
「そうですね」
「それで、結衣ちゃんの友達が魔女に操られているんじゃないかってことなんだ」
「バッチリです」
直見はエリュの話を理解したようだ。一瞬そのことに驚いたが、彼女が実力試験でクラス内の女子では一番の順位を取ったことを思い出し、納得した。
「まずは魔女に洗脳されている可能性がある藍川の友人を助けたい。とりあえず、藍川は普段、誰と一緒にいることが多いか教えてくれないか」
「うん、いいよ。ちょっと待ってて」
直見はブレザーのポケットからスマートフォンを取り出し、画面をタッチしている。
「確か、写真を撮ってたはずだから……」
なるほど、写真があることは有り難い。顔を確認できるし、エリュにも誰が洗脳されているのか確認してもらおう。
「あったあった」
そう言って、直見はスマートフォンをテーブルに置いた。
スマートフォンの画面には直見の他に、制服姿の三人の女子が映っている。互いの顔を近づけ合っていて、仲睦まじい雰囲気が伝わってくる。
「……三人とも、俺に告白してきた女子だ」
画面に映っている三人は全員、主犯格ではないものの何かしらの形で虐めに加担していた女子ということで顔を覚えていた。
「エリュ、洗脳されているかもしれない取り巻き達って、画面に映っている彼女達のことか?」
「ええ、この三人で間違いないです。藍川さんから出ていた魔女のオーラと間違えそうだったんですけど、彼女達からも似たオーラが出ていました。洗脳されると、やはり負の感情を利用されることが多いので、自然とオーラも滲み出てしまうんですね」
「なるほど」
俺に告白を断られてしまったから、その際に生じた心の傷を上手く利用されてしまったのかもしれない。
これで、藍川の友人達が洗脳されてしまったのは確定か。そうなると、やっぱり彼女達にかけられている洗脳を解く方が先決だな。
「直見。知っている範囲で良いから、彼女達のことを教えてくれないか?」
「うん、分かった。まずは私の隣にいるピンクの髪の女の子ね。彼女の名前は
「じょ、女子力ね……」
男の俺には無縁の力なのだろう。
桃田か。確かに俺に告白してきたときも、真剣なんだろうけど、どこかふんわりとした空気を醸し出していたな。断ったら「ふぇぇん」と泣かれてしまったことを覚えている。
「次に黄色い髪のツインテールの女の子ね。彼女の名前は
ああ、思い出した。告白してきた女子の中でも、一二を争うほどの勢いで俺に告白してきたんだった。俺も思わずうん、って言いそうになったくらいだ。断っても「あっ、そっか」と笑顔で言っていたんだけど、やっぱりショックだったんだろうな。
「最後にメガネをかけている灰色の髪の女の子ね。彼女の名前は
灰塚は恋愛事には興味がなさそうな感じで、彼女に告白されたときにはちょっと驚いたことを覚えている。断っても、既に何人か告白されてからだったので、「やっぱり」と一言言われただけだった。
「あと、恵ちゃんは結衣ちゃんと小学校の時からの幼馴染らしいよ」
「そうか」
もしかしたら、洗脳された中で一番手強そうなのは灰塚かもしれない。幼馴染っていうのは結構強い繋がりだからな。
「灰塚さんはちょっと手強そうですね」
「エリュも同じことを思ってたか」
「ええ。まあ、洗脳する魔女の強さにもよりますけどね。でも、藍川さんの幼馴染というのは大きいと思います」
「そっか。じゃあ、灰塚は後の方がいいか?」
「そうですね。では、桃田さん、黄海さん、灰塚さんの順番に洗脳を解いていくことにしましょう。藍川さんについては、三人を助けた後に具体的に考えましょう。あとは様子を見ながらですね……」
その流れが一番自然でいいんじゃないだろうか。
「だけど、実際にやるとなるとどうすればいいんだ? 藍川とかに見られてもまずいだろうし。エリュがいきなり血の浄化をしようとしても逃げられそうな気がする」
「それについては私に考えがあります。真緒さん、さっそく協力してくれませんか?」
「うん、喜んで。私はどうすればいいのかな?」
「真緒さんは――」
その後、エリュが中心となって桃田の洗脳を解く作戦を立てた。エリュの発案したやり方は直見が加わったからこそできることだった。そのやり方を軸にして、作戦の内容を具体化していく。
そして、明日の放課後に作戦を遂行することに決めたのであった。
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