第5話『追い出す方法』
「疲れた……」
午後二時。帰宅しリビングに入ると、俺はソファーに身を投げた。
主犯格の奴等に負けないようにするだけでも大変だったのに、復讐宣言までしてしまった。俺への虐めを少しでも抑制されれば何よりだが、更に事態を悪化させてしまった可能性は大いにある。
「お蕎麦でも茹でて、さっぱり食べましょうか」
「そうだな。じゃあ、俺が……」
「いいですよ。結弦さん、疲れたでしょう?」
ソファーから起き上がろうとする俺のことを、エリュは半ば強引に押さえつけた。
「……作らせてください。今の私にはこのくらいのことしかできませんから」
そう言うと、エリュは儚げな笑みを浮かべた。
そういえば、昼モードのエリュは日光のせいで力が出せないんだっけ。魔女がいたことが分かったのに、何もできなかったのが悔しいのかな。
「あのさ、エリュ」
「はい、何でしょう?」
「俺はエリュがいたから、教室でも何とか立ち向かうことができたんだ。エリュには感謝してる。だから、昼間で力が出せなくても気落ちするなよ」
エリュを慰めるつもりでそう言ったつもりなのだが、言われた本人はきょとんとした表情を浮かべていた。
「……力、出せますよ?」
「えっ?」
「少し時間がかかりますけど、力を溜めれば夜と同じように行動できますよ」
つまり、昼間でも力さえ溜めれば夜モードのエリュになるってことか。
「でも、嬉しいです。今の私でも結弦さんのお役に立つことができて。私こそ、結弦さんが時間稼ぎをしなければ、魔女が青髪の女性に憑依していることに気付けませんでしたし」
「……そうか」
エリュの役に立てたのなら俺も嬉しい。きっと、エリュも今、同じような気持ちを抱いているのだろう。
その後、エリュの作ったざる蕎麦をさっぱりと食べた。今日は少し汗ばむくらいの陽気だったので冷たくて美味しかった。
「ご馳走様でした」
「お粗末様です。結弦さん」
「すまないな、エリュばかりに飯を作らせて」
「いいえ、いいんですよ。お料理は大好きなので」
そう言うエリュは満面の笑みを浮かべているので本当だろう。
実は今日の朝食も、俺が起きたら既にエリュが作っていたのだ。食事を作ってくれるのは嬉しいけれど、同時に申し訳ない気分にもなる。
「エリュ、たまには俺のことも頼ってくれよ」
「……はい。じゃあ、夜ご飯は……結弦さんのお力を借りたいと思います」
「……ああ」
全て私がやります、って言ってくれなくて良かった。俺のことを必要としてくれている気がしたから。
「それにしても、結弦さん。復讐するだなんて物凄いことを言いましたね」
「……ああ。我ながらよく言えたなと思うよ」
でも、あのくらい言わないと駄目だという気持ちもあった。藍川に憑依した魔女の所為なのかは分からないが、一年三組の中には間違った考えが蔓延ってしまっている。
「本当に復讐をするつもりなのですか? 結弦さん」
「……俺がされたようなことはしないさ。ただ、何となくなんだけど……俺には単に自分の持っている正義を貫こうとしただけじゃないと思うんだ。彼等には何か、彼等なりに抱えていることがある気がするんだよ。だからこそ、その中でも藍川は魔女に入り込まれた。俺にはそんな気がしてならないんだ」
「では、結弦さんへの虐めにはそれなりの理由が?」
「……ああ。女子からの告白を断ったことや、実力試験で一位を取ったこと以外に何かある。特に主犯格の人間には。そう信じたいじゃないか」
俺は入学した直後のことを思い出していた。
池上、松崎、藍川……後に虐めの主犯格となる生徒達とだって、あの時は普通に話せていたし、面白いことでは笑い合えていた。
何気ないことでも、突然嫌がられたり避けられたりすると結構堪えるものだ。俺絡みのことだけで、あそこまで俺のことを排除しようと考えるものだろうか? 自分を弁護するわけではない。ただ、彼等には何か抱えていることがありそうな気がする。
「さあ、エリュ。まずは魔女に入り込まれた藍川と、魔女に洗脳された彼女の取り巻き達のことをどうにかしないとな」
「そうですね」
まずは藍川に入り込んだ魔女を倒すことが先決だ。
「藍川に入り込んだ魔女は強い奴なのか?」
「はっきりとは分かりませんが、入り込まれた藍川さんが持つ負の感情を利用されると、相当強い相手になると思います」
「そうか。そういえば、これまでエリュは何度も『魔女が人に入り込む』って言ってるよな。だったら、魔女を人から追い出すことはできないのか?」
俺はずっとそのことに疑問を抱いていた。魔女が人に入り込むのなら、人から魔女を追い出す方法が何かあるんじゃないかと。
「幾つか方法はあります」
意外な答えだった。魔女を追い出す方法が複数あるものなのか。
「一番単純なのは、入り込まれている人にダメージを与えることです。入り込んでいれば、魔女もある程度人間に依存しますからね」
「確かにそれが一番やりやすそうだけど、入り込まれている人のことを考えるとやりにくいな」
「結弦さんの言うとおりです。私も人間を傷つけるような手段はあまり使いたくありません。二つ目は入り込まれている人に、私の唾液を流し込み、血の浄化を行うことです。そうすることで、魔女にとって居にくい体にするんです。洗脳された人に対してはこの方法で解決するのがほとんどです」
凄いな、吸血鬼の唾液って。麻酔込みの傷薬の他にも血の浄化作用があるとは。ここまで凄いとまだまだ効能があるんじゃないかと思ってしまう。
「そして、三つ目の方法です。魔女は人の負の感情に入り込みます。なので、その負の感情について解決することです。これが一番難しいですけど、入り込まれている人を傷つけずに済むことができる最も合理的な方法とも言えます」
「それができれば一番良いけど、確かに難しそうだ」
しかし、負の感情を持っている以上、藍川には何か抱え込んでいることがある。それを解決して魔女を追い出すことができるなら一石二鳥だ。人の心のことだから難しいけれど、できることならこの方法で藍川から魔女を追い出したい。
「その表情ですと、今言った方法が一番良いみたいですね」
「……まあ、人間の俺に出来ることはそのくらいだから」
「三つ目の方法はむしろ人間だからこそできる方法でもあるんです。人の心を救うことができるのは人ですからね」
「そうなのかな……」
俺がそう言うのも、吸血鬼であるエリュが俺の心を救ってくれたからだ。三つ目の方法こそ、誰にでもできそうなことなんじゃないだろうか。
とりあえず、方法が複数あることを知ってちょっと安心した。いずれも簡単にはできないことだろうけど。
「エリュ、魔女がいたことは分かったけど、これからどうすればいいんだ? 魔女に入り込まれた藍川に接触するのか、それとも洗脳された取り巻き達を元に戻すのか」
「藍川さんの心を救うのであれば、まずは洗脳された藍川さんの取り巻き達を元に戻した方が良いと思います。それに、魔力の強い魔女であれば、洗脳されたと言ってもそれなりの力は持っていますし」
「まずは周りから固めた方がいいってことか……」
そうすることで、数的有利にもなるし、藍川の心を救う足がかりになるかもしれない。
『ピンポーン』
部屋のインターホンが鳴った。
モニターを見ようと思ったが、マンションのエントランスの方ではない。ということは誰かが家の前のインターホンを鳴らしたのか。ご近所さんかな?
俺は玄関まで行き、家の扉を開ける。
「はい、どちら様ですか?」
「……こんにちは、椎原君」
訪問者の姿を見て、俺は何故君がそこにいると思った。
扉を開けて待っていたのは、赤峰高校の制服を着た、クラスメイトの
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