第12話 お家

 山に戻ったノスリさんとイトヨくんは、暫くお互いに何も言わずにお茶を飲みました。その沈黙は決して居心地の悪いものでは無く、この二人にはとても自然なものでした。


 イトヨくんは本を読むでもなく、ただ、そこに座って何かを考えながらお茶を飲んでいました。彼が何を考えているのかなんて、ノスリさんにわかるわけも無いので、彼女も何も言いません。


 ただ、彼女は一つだけずっと気になっている事がありました。それはイトヨくんが一番最初に言った『嘘つき』という言葉の意味でした。でもそれは彼に直接訊いて良い事ではないような気がしていました。ですからノスリさんはずっと訊きたいと思っていてもそうはしませんでした。


 不意にイトヨくんがノスリさんに声を掛けました。


「ずっと、ここに居ていい?」

「もちろんですよ。一緒に暮らしましょう」

「ノスリは……」

「はい、何ですか」

「何故いつも笑っているの」

「イトヨくんと一緒に居るのが嬉しいからです」

「初めて会った時もノスリは笑ってた」

「そうでしたか」

「笑ってたよ。だから『嘘つき』って言ったんだ」

「笑ってなんかいませんよ。笑顔を作っていただけですよ」


 イトヨくんは驚いたような顔をしました。


「笑うのと笑顔を作るのは違う事なの?」

「私の中では違う事なんですよ」

「そうか……」


 イトヨくんは考え込んでしまいました。彼にはまだ少し難しかったのでしょうか。ややあって、彼はまた顔を上げました。


「それならノスリは嘘つきじゃない」

「でしょう?」


 イトヨくんは少しだけ表情が柔らかくなりました。


「ノスリも必死だったんだね」


 ノスリさんはそれを聞いてニコッと笑うとポットを手に取りました。


「お茶、淹れますね」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る