第8話 山

 山を登って行くと、お家の前にイトヨくんが立っているのが見えました。ノスリさんは嬉しくて、少しでも早くイトヨくんに会いたくて、そこまで駆け上がって行きました。


 でも、彼女の目に飛び込んで来たのはいつものイトヨくんではありませんでした。


 イトヨくんは泣いていました。ノスリさんは驚いて、急いで彼をお家に入れてあげました。


 椅子に座ってただ涙を流しているイトヨくんに、ノスリさんはお茶を淹れてあげて、何か言ってくれるのを待ちました。ずっとずっと待ちました。イトヨくんは何も言ってくれません。それでもノスリさんは待ちました。


 西の空が茜色になって来て、一番星が見えてきました。それでもイトヨくんは何も言ってくれません。


 この山は草も木も何も生えていないので夕方になると急に冷え込みます。ノスリさんは暖炉に火を入れました。窓からはお月様が覗いています。


 空がインクのような深い色になった時、ノスリさんはやっと口を開きました。


「イトヨくん、もう暗くなってしまいました。今日はここに泊まって行ってください」


 すると、ずっと下を向いていたイトヨくんが顔を上げました。


「ノスリ」

「はい、何ですか」

「ノスリは友達何人いるの」


 彼女はドキッとしました。一番聞かれたくなかった事だからです。


「イトヨくんだけですよ。昔はもっとたくさんいたんです。ここの山に住む全ての生き物たちがお友達でした」

「今は誰も住んでないね」

「南の湖の街の王様と、この山の王様が喧嘩して、山を全部焼かれちゃったから」

「それでノスリだけが残ったの?」

「そうですよ」

「もう木も草も生えてないのに、どうして山に住むの?」

「街には住めないから。私は山が好きなんです」

「僕も街には住めないよ」

「どこに住んでいるの?」

「南の湖の王様が住んでたお城。ノスリと同じ」

「ほんとだ、同じですね」


 暫く二人は黙ってお茶を飲みました。ノスリさんもイトヨくんもこの沈黙の時間が嫌ではありませんでした。

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