第4話
隼人は目を覚ました。何度か瞬きした後、横を向いていた身体を仰向けにして、己の身体を確認する。
なんともない。
身体を起こした。Tシャツとトランクスだけの状態でたった今まで眠っていたそこは、見慣れた自分の部屋のベッドの上だ。
夢……? にしては、縁起でもない夢だったな。
隼人は両腕を上げて伸びをした。自然と欠伸も出てくる。
窓の外が明るい。太陽が既にその威力を主張し始めている。風はなく、窓を開けっ放しにしているのに、カーテンはぴくりとも動く気配がない。その代わりに、うるさいほどの蝉の大合唱が流れ込んで来ていた。
はぁ。マジ暑いんだけど。今、何時だよ?
隼人は手元に置いていたスマートフォンを手に取った。ボタンを押すと、スリープモードだったディスプレイが灯り時間が表示される。朝の八時を少し回ったところだった。
うわ、まだ朝早いのにもうこんなに暑いのかよ?
起き上がる気が失せてしまった。隼人はそのままベッドの上に大の字になると、また目を瞑った。手からスマートフォンが零れ落ちる。
今日から夏休み。それなのに、いつもの習慣とこの暑さで、早めに起きてしまったらしい。部屋には扇風機すらないから、ただ寝転がっているだけでも汗がじんわりと出てくる。
暑い。溶けそう……。
そのとき、耳元で短い電子音が鳴った。首を回してそちらの方を向く。目をうっすらと開くと、スマートフォンの小さなライトが、点滅しながらメッセージを受信していること隼人に教えていた。
メッセージを読むことすら面倒臭くなる暑さだ。それでも隼人は再びスマートフォンを手に取った。
『今日の午前中、市民プール行かない?』
親友の陸太からだ。
この暑さに、最高の誘惑。部活じゃなくとも泳ぎたい。
『行く。九時に現地集合でいい?』
そう書きかけて、指が止まる。
──あれ?
隼人は起き上がると、隼人は母親がいるはずの一階へと駆け下りた。
「母さん、いる!?」
思ったよりも大きな声が出て、隼人は自分でも少し驚いた。
ダイニング・キッチンに入るといい香りが漂って来た。テーブルでは隼人の母、聡子がコーヒーを片手に新聞を読んでいた。
「あら隼人、おはよう。いるわよ。夏休みなのに早く起きたのね」
そう言った聡子は、まぎれもなく元気で怪我一つないように見える。隼人はそのまま呆然と聡子を見つめた。
妙に現実味を帯びたアレは何だったのだろう。本当に、夢、だった? 隼人は少し混乱した。
低いモーター音が一定のリズムを刻んでいるのが聞こえて来る。洗濯機が動いているらしい。
洗濯機が動いてて、母さんがテーブルでコーヒー飲んでて。やっぱりオレ、この光景、知ってる。
隼人は夢での出来事を思い出そうとした。
この後オレは、市民プールに行って、陸太と泳いで、帰りがけに雨に降られて、そして……。
背中がぞくりとし、血の気が引いた。
そんな隼人には気付いていない様子で聡子が席を立ち、隼人に近付いて軽く額を小突いた。
「隼人、起きたなら挨拶くらいしなさい」
「あ、おはよう……」
「どうかしたの? 母さんの顔に何か付いてる?」
まじまじと聡子のことを見ていたからだろう、そう質問されて隼人は言葉に詰まった。首を横に振ると、聡子は苦笑してキッチンへと入っていく。
「今、パンを焼くわね」
隼人はのろのろとダイニング・テーブルの聡子が見える席に座った。混乱する頭の中を整理している間に、トーストとスクランブルエッグ、ベーコン、サラダの乗った皿が用意される。
「はい、お待たせ」
「ありがと」
「牛乳は自分でお願いね。それと、食べ終わったらでいいんだけど、プシュケの散歩に行ってくれない?」
キッチンを去りながら言った聡子の言葉に、隼人は庭の方を振り返る。
窓の向こう側に、三角の大きな耳と長い毛を持ったパピヨン犬が一匹、前足をサッシに掛けて家の中を覗き込んでいた。尾を振りながら、期待の籠った眼差しで隼人の方を見ている。
「母さんも忙しいのよ。夏休みの間くらい、隼人が行ってくれてもいいじゃない?」
聡子の声が洗面所の方から聞こえて来た。
お風呂の脱衣所を兼ねているそこには洗濯機が置いてある。さっき洗濯完了のブザーが鳴っていたから、干しに行ったのだろう。
「わかった。食べたら行ってくるよ」
隼人は答えた。考えるまでもなかった。
「頼むわね」
隼人はトーストを齧りながらスマートフォンを取り出した。
『行く。でも、先にプシュケの散歩に行くから、終わったら連絡する』
そう書いて、陸太にメッセージ送信した。
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