命と震災とできること

つづれ しういち

命と震災とできること

 これを書いているいま現在で、九州の熊本と大分を中心とする大地震が起こって、まだ一週間が過ぎていない状態です。

 現地で避難生活をされている皆さん、救助や被災者支援をされている警察、自衛隊、消防隊員の皆様、まことにお疲れ様です。


 テレビやネットの報道で流れてくるニュース映像は、嫌でも私に二十年以上前の震災の記憶を呼び起こします。そう、私は阪神・淡路大震災の被災者なのです。

 たとえ二十年以上たっていても、私自身、まだ語ることのできないこと、書くことのできないことが沢山あるような状態なのですが、今回、この震災の報道に接して、少しでも何かお役に立てることがないだろうかと筆を取ることに致しました。


 まず、被災一週間以内だと、被災者にとって真っ先に必要なものは命をつなぐための救援物資です。いまある命を救うこととつなぐこと、それのみを見て動く段階だろうと思います。水と食料、赤ちゃんのためのミルクとオムツ、安心して眠れる場所の確保、使用できるトイレのありか、そんなことでまだ頭が一杯だと思います。

 けれども、いまは地震そのもの、余震への恐怖や物資のことのみで頭が一杯で、精神的にはある種の奇妙な高揚感に包まれている場合があるのですが、それが少し落ち着いてくると、今度は精神的なダメージが深くなってまいります。

 少なくとも、私と家族はそうでした。それが思った以上に長引きましたし、何よりつらかったのは、気軽に周囲にそのを聞いてもらえる人がいなかったことでした。


 何しろ、周囲はみんな被災者です。

 家も半壊ぐらい、家族も猫を含めてだれも命を失わなかった、そんなある種「中途半端」な被災者にとって、実際にご家族を亡くされた方、家を無くされた方に比べれば「自分なんて」とか、「自分程度が悩みを聞いてもらうわけにはいかない」とか、つい思ってしまいがちなものですよね。

 でも、そうは思わなくていい。

 話したかったら、聞いて欲しかったら、是非とも誰か、ただ聞いてくれる人を探して、その思いを吐き出して欲しいと思います。そこで言わなかったことが、後々どんどん精神的な負担になってくるからです。


 逆に、いま震災を外側から見ていて、このエッセイに接してくださっている皆さんには、機会があるのでしたらそうした声を聞いて上げて欲しいと思います。

 恐ろしい災害に見舞われたとき、人は自分の無力感に呆然としてしまうものです。実際、私も、ご近所の奥さんから「そこに娘が埋まっているんです」と言われたとき、何もできることがありませんでした。

 拙い自分のこの手では、目の前でがれきに埋まった誰のことも救うことはできなかった。そのことが今でも、私の心の奥底で疼き続けている。

 でも、無力感に捉われて、なにもしないでいることは違うと思うのです。

 というか、その無力感も、事実として受け入れるしかない。その上で、そんなつまらない自分でも、出来ることがあるならするしかないのだと思うのです。


 それは何か。

 金銭的、物質的な援助は言うに及びませんが、やはり私は、被災者に寄り添うこと、話を聞いてあげることではないかと思います。つまり、自分の心と、時間をそれらの人たちのために使ってあげたい。そして、心ある皆さんには、やっぱりそのようにしてあげて欲しいと思うのです。


 別に、大したことじゃないんです。

 側にいてあげて、話をただ聞いてあげて欲しい。それがもし許されるのであれば、一緒に泣いてあげてほしい。それだけです。

 「自分は家族を亡くしたわけじゃないし」とか、「家だってそんなに壊れなかったんだし」とか、いい人ほど、自分の精神こころにできた傷に無理やり蓋をして、黙り込んでしまうものです。でもそれが、その心を、次第しだいに蝕んでゆくのです。そして数ヶ月、また何年も先になって表面化し始めます。

 心の中にできた傷というものは、今回のような災害であれ、犯罪の被害者であれ、後になればなるほど、ボディブローのようにして効いて来るもののように思います。

 今、少しでも、まだ瘡蓋になる前の傷の間に少しでも話が聞いてもらえていれば、少なくともその瞬間だけでも、その人の心を支えることぐらいはできる。

 ずっとは無理でも、少なくともその瞬間だけでも、です。


 私たち人間にできることは、少ない。

 少ないけれども、「無」ではない。

 そう信じたいものです。

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