15 再会



 どれぐらい微睡まどろんでいたのだろう。


 不意に玄関で気配がした。

 音だけで気配を追うと、誰かがガラス戸をひいた。

 ガラガラ、とガラスがなる。

 空耳かと耳を疑ったところで、ただいま、の声がした。

 耳にぴったりと馴染んだ、あの声。


 恐怖とは違う温かなもので胸がぜた。


 玄関に駆けよりたかった。

 精一杯、ぴんと尾を立てて。


 だけど身体は動かない。


 耳がぴくりと動いたきり、それで限界だった。


 どうしても眠い。

 どう頑張っても身体は起きてくれない。


 たまのれんがコロコロと乾いた音を立てた。

 スーパーの袋をガサガサさせながら、気配が廊下を行き過ぎる。

 台所から聞こえる鼻歌。

 すこしテンポの外れた、いい日旅立ち。

 いつも口ずさんでいた歌。

 低くて柔らかくて少し掠れた優しい声。


 ……ああ。やっとかえってきたのだ。


 胸で爆ぜた温かなものが溢れだす。

 ほっと息をつくと気持ちがゆるんで、ゆるゆると意識が遠のいていく。


 バリバリバリバリ


 原付が前の道路を通り過ぎる。

 眠りかかった意識が、びくりとねた。

 潜んでいた恐怖が弾けそうになる。

 身体を強張らせると、ふわりと膝上に抱き上げられた。


 ごめんなさいね

 おそくなったわねぇ


 すぐ後ろで声がした。

 がさがさした手が背中を撫でる。


 だいじょうぶ

 だいじょうぶ


 ずっと待っていた優しい声。

 背中をなでるがさがさの手。


 そうだ、大丈夫だ。


 かえってきたのだ。


 もう大丈夫。


 何の心配もない。

 ここは安全で優しくて心地良い。

 ここにいれば大丈夫。

 弾けかけた恐怖が、ゆっくりと溶けていく。

 ぐっと脚を伸ばしてのびをする。

 あくびをひとつした。

 また柔らかな眠気がやってきて、“ワタシ”は目を閉じる。


 だいじょうぶ

 だいじょうぶ

 

 柔らかな声に、ほっとする。

 ゆらりゆらりと揺られながら、安らかな眠りに身を委ねた。

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