ギンブナと皇帝ペンギン

@naruyu77

第2話 ネムリユスリカ

医者が現れたら今度は時間の流れは急速で、運び込まれた装置によってその場でX線を撮り朝一番の手術で帝王切開の運びとなった。眩いばかりの冷たい部屋にふたりは勿論歩けるはずがないから寝たまま移された。ママには不安が全くなく、いよいよわたしがお腹から出る時だという安心感と幸福感しかなかった。ママのお腹が切開されてママの身体に馬乗りになった医師の手で、思いっきり何度も何度も身体全体を壊されるかと思うほど押された。息もできず本当に最早これまでと大声で叫んだらすごく寒いところに出た。私は世の中に誕生した。生まれたばかりの私が裸ん坊の体で看護師にどこかへ連れていかれる前に、麻酔科医師が「赤ちゃんをお母さんに見せてあげて」といった。ママは号泣して息も絶え絶えに、「どちらですか」と医師に言った。医者は「女の子ですよ」と言った。ママは首から上だけが自由になったその頭を左にかしげてしっかりと私を見た。そのあとすぐに私は看護師に抱かれてどこかへ連れていかれた。ママはまるで魂を吐き出すかのように大声で泣いていたので麻酔科医師が、ママに酸素マスクをさせ、わたしに初乳を与えるため麻酔の効いたままの身体の乳房から小児科の看護師の手で無理やり母乳を搾り取られた。未だママは医療従者によりロボット扱いだった。

看護師に抱かれて到着した先で私は、生かされるために裸に紙のごわごわしたおむつをつけられ、小さいけれど想像を絶するほど痛い点滴の管を鼻から入れられてママの初乳が注入され、心電図を診るパットを胸に付けられ透明な枠に囲まれたコットと呼ばれるベッドの中にタオルを敷いた上に寝かせられた。ときどきそのコットに設置された2つの穴から手が伸びてきて、私の身体を清拭したり、おむつをかえられたりしたが、だいたいがそれをやるのは看護師だった。ママもパパも、待っても待っても全然私のところにきてくれなかった。私はこの世でひとりだった。看護師はお世話をしてくれたが、彼らにとって私は患者で人間ではなかった。本当の愛を感じられないのが永遠に続くと感じた。さっきまでママと一緒だったのに、さっきまでのママのように、今度はひとりっきりでずっと夜の眩いばかりのライトに照らされ続ける自動販売機のような、タオルと器械だけの空間に寝かされて動くこともできなかった。まだ、今がいつだか何時だかなんにも分からず流れる時間は、何の意味もなさないように感じた。この世に出てきて良かったのか、まったく分からなくなったので寝るしかなかった。

どれほどの時間が流れたか、やっとパパがやってきてコットの二つの穴から二本の手を私に向って伸ばした。続いてママがやってきて私に話しかけ続けた。私はまるで綿菓子に包まれたように甘くて柔らかい愛でいっぱいになった。


産科の医療が、患者としての視点を優先し、診察看護する側に立った環境を提供するのは致し方ない。私が産まれたころは、患者は蟻のように弱い存在で選択肢や情報入手手段は与えられていなかった。

私のような経験をした人間は、いったい人間成長にどの様な影響が与えられるのか想像しただけで恐怖に震える。人間は、杉のように空へ伸び進めるのか?柳のようにしなやかに風でなびくのか?欅のように芳醇さが永遠なのか?松のように粘り強いのか?石のように硬いのか?月のように明るく照らすのか?太陽のように眩く力強いのか,そして果たして水のように流れゆくのか。 Nobudy knows。

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