第11話 大成功である!

 化学実験室の隣にある準備室。そこは今回のお化け屋敷イベントにおける作戦司令室となっていた。部屋に幾つものモニターが並べられ、旧校舎のあちこちに設置された隠しカメラの映像が映し出されている。

 さすがに女子トイレにまでカメラは設置されていないけれど、ここで僕たちの行動のおおよそは監視されていたわけだ。

「でも、音声は拾えへんでな。そやから万が一の事を考えて、栗栖君にはあの時、盗聴器を仕掛けさせてもらってん」

 陳さんが僕のポーチを指差す。どうやらフィルムを回収した際に、どさくさに紛れて盗聴器を中に仕込ませたらしい。

 慌てて中を開けてみると、確かに僕のものではないフック付きの小さなキーホルダーが出てきた。一見ただのキーホルダーにしか見えないが、どうやらこれが盗聴器らしい。これで拾った音声を、ピアス型の受信機で聞いていたそうだ。

「僕はそんなところも含めて、瑠璃ちゃんが大好きなんだから」

 突然、陳さんが僕の声真似をした。

「こんな酷い事をしちゃったのに……センパイ、大好きっ!」

 次いで瑠璃ちゃんの真似。

「いやぁ、ホンマに君ら青春してるなぁ。おねーさん、恥かしくてとても聞いてられへんかったわー」

 熱い熱いと手で顔を扇ぐ陳さん。立歯もそうだけど、この人も負けず劣らずの出歯亀だ。

「まったくいい趣味してますね。一度死んでこい」

 僕は両手で陳さんのほっぺたをつねりあげた。

「いたひいたひ。許ひてや」

「じゃあ、さっさとその受信機外してください」

 そそくさと陳さんがピアスを外すのを確認して、僕も柔らかいほっぺたから手を離す。

「ううっ、酷いめにおうた……もー、うちが盗聴してへんかったら、横須賀君に立歯が取り憑いた時、あんなベストタイミングで駆けつけられへんかったんやで。そやのに、この仕打ちは酷いわ」

「ここで一部始終見てたでしょうが!」

「そやから。モニターでは音声は拾えへんって言ったやん。ええか、栗栖君。いくら映像で見ててもな、その場の雰囲気ってのは音声もないと正確には把握でけへんもんやねんで。ましてやあの横須賀君や、無駄に凝った演技しててもおかしくないしな」

 なるほど、最後の一言は否定出来ない。

「まぁ、二人のプライベートなところを聞いてしもうたのは謝るわ。でも、盗聴は安全を確保する為にも必要やったって事で分かってや」

 陳さんは盗聴器キーホルダーとピアス型受信機を机の上に置いた。

 安全のため。そう言われて、さらに実際に助けてもらっているのだから、これ以上の追求は出来なかった。恥ずかしいところを聞かれた(そしておそらくはモニターもされていたのだろう)のは、やはり許せないところではある。が、今ここでそれを議論しても始まらない。今やらなくてはいけないのは、何とかしてこの事態を収拾させることだ。

 それを誰よりも理解していたのは瑠璃ちゃんだった。

 陳さんの冷やかしにも動じず、僕たちの会話にも入らずに、さっきからずっとモニターのひとつを凝視している。

 モニターには板を打ち付けられた窓がいくつか割られ、すっかり煙の晴れた三階廊下が映しだされていた。そして廊下の壁を背に、座り込んでいるヘンタイラントこと横須賀先輩の姿があった。

「さっきから動かないのです」

「取り憑きに失敗したとか?」

「んー、横須賀君には悪いけど、ここは素直に乗っ取られておった方が助かるんやけど……おっ、動き出したで」

 肉襦袢を着た巨体がもそもそと立ち上がる。額から流れ出た血が肩から腰にかけて赤黒い染みを作り、異様な迫力を出していた。

 いや、異様なのはそれだけではない。

 体全体から湯気のように迸っているのは霊的な何かだろうか。漫画でよく言うところの「オーラ」のようなものを発散し、カメラを睨みつける目は炎のように真っ赤に発光している。口元は先輩本来の物とは別に、耳元まで裂けた邪悪な半透明の口がゲラゲラと可笑しそうに笑っていた。

「このカメラってアップに出来るです?」

「出来るで」

「じゃあ、横須賀先輩の口元をお願いするのです」

 陳さんはモニター前に座ると、キーボードを操作する。すると口元をズームアップした画像がモニターに映し出された。遠くからではただ笑っているだけのように見えた半透明の口が、何かを呟くように動いているのが分かった。

「やっぱり何かしゃべっているのです」

「瑠璃ちゃん、読唇術、習ってたよね?」

「はいです。任せて欲しいのです」

 瑠璃ちゃんがモニターを凝視して、化け物の言葉を紡んでいく。

「モウ、逃ゲラレヌ」

 わざわざ声色を使わなくてもいいとも思ったけど、集中を乱したくなかったので突っ込まない事にした。

「娘ヲ、我ニ、差シ出セ。サスレバ、オ前達ノ命ハ助ケテヤル」

 予想通りの要求だった。が、それだけに瑠璃ちゃんの読唇術に頼った、自分の迂闊な行動を恨んだ。こんなの、当の本人である瑠璃ちゃんに聞かせていい話ではない。

「ごめん、瑠璃ちゃん。あんなヤツの言葉なんて聞く必要なかった」

 僕は慌ててフォローに入る。

「そんな事ないのです。相手が何を求めているのかをちゃんと把握するのはとても大切な事なのですよ」

 でも、当の瑠璃ちゃんは少し口元を引き締めたものの、動揺した様子は微塵もない。

「予想通り、私を手に入れることさえ出来れば、センパイたちに危害を与えないみたいなのです。ちょっと安心です」

「安心って。何言ってんだよ、瑠璃ちゃん」

 僕は瑠璃ちゃんが自ら立歯にその身を差し出すのではないかと、そんな嫌な想像をして慌てて止めに入る。

 が、瑠璃ちゃんはにっこりと笑うと

「センパイ、おっちょこちょいなのです。私、自分から降参するなんて、そんな事考えてないのですよ。だって」

 僕たちのやり取りを黙って見ている陳さんを見つめる。

「立歯を捕らえるのがお父さんの目的なのです。だったら、私はなんとしてでもお父さんの目的を叶えてあげるのです。そうすればお父さんと出会える日が少しでも近付くですよね?」

 一瞬呆気に取られる陳さん。でも、すぐに微笑むと「その通りや」と力強く答えた。

 正直、僕自身は瑠璃ちゃんのお父さんに対し良い印象を持っていない。むしろいくら瑠璃ちゃんが気にしていないと言っても、最低な父親だと思っている。

 だから、そのお父さんの為に頑張ろうとする瑠璃ちゃんは偉いとは思うけれど……

「あ、横須賀君もなんか言うとるなぁ。瑠璃ちゃん、さらにアップにするさかい、何を言うとるのか読み取ってくれへんか? もしかしたら立歯攻略のヒントをうちらに伝えようとしているのかもしれへん」

 陳さんの声に思考が遮られた。

 けれど、不快ではなかった。むしろ助かったと思う。

 あのまま瑠璃ちゃんのお父さんと、そのお父さんへの強い想いを見せる瑠璃ちゃんの事を考えていたら、どんどんどす黒い思考に囚われるところだった。

 陳さんはモニターをさらに横須賀先輩の口元へ寄せていく。

「声を出していると言う事は、乗っ取られても意識はあるみたいですね」

「みたいやな。上手く行けば立歯の動きをある程度邪魔する事も可能なんやないか」

「横須賀先輩もたまには役に立ちますねー」

 僕と陳さんはわははと笑う。まぁ、本当の事を言うと僕はあまり期待はしてないし、陳さんだってそれほど本気ではないだろう。

 そして予想通り、

「あ、ごめんなさいです。ちょっとそれは期待出来ない、かも」

 瑠璃ちゃんは僕たちに一言謝ると、申し訳なさそうに、ちょっと顔を赤らめて続けた。

「この人、さっきから『瑠璃ちゃんハァハァ。ナイチチ最高!』しか言ってないです」

「「やっぱりな!」」

 僕と陳さんが見事にハモった。横須賀先輩の行動が残念なこともそうだけど、お互いそれほど期待していなかった事も想像通りだ。

 だけど、僕は怒りを表すように、がんっと近くにあった机を殴った。

「わわわ、センパイ、ダメですよー、そんな事をしちゃ」

「あ、ごめん。思わずついカッとなってね」

「センパイ、あんまり普段は怒らない人なのに……」

「まぁ、今まで横須賀先輩にされた事を思い出しちゃってね。あんまり気にしないで」

 僕は叩きつけた手をズボンのポケットに入れた。



「では、作戦を発表するでー」

 これ以上モニターを見ても仕方ないと判断したのだろう。陳さんはくるりと椅子を回転させると、モニターを背に僕たちと対峙した。

「まず、横須賀君は立歯に憑依されてしもたようやが……」

 神妙な顔つきの陳さんに、僕たちも無言でコクリと頷く。

「大成功や」

 ええええええ?

「ごめんなさい。幽霊に取り憑かれて大成功って全然意味が分からないんですけど」

「ああ、それもそうやな。それじゃあ、栗栖君を襲った二人と、今の横須賀君を見比べてみて何か違いを感じへんか?」

 違い? 改めてモニターを覗き、記憶の中の二人と照らし合わせる。

「んー、センパイを襲った人たちはあんなオーラを纏ったり、目が赤く光ってはいかなったのです……」

 瑠璃ちゃんの呟きに僕も頷く。そうなんだよな。違いと言われても、そんな外見上の違いぐらいしかないように僕にも思える。でも、それがなんで大成功に繋がるのかが分からない。

 いや、待てよ。違いそのものよりも、どうして違っているのかを考えるべきなのか?

 僕は違いの理由に思考をチェンジして、再び記憶を辿っていく。そして

「あ、そういうことか」

 陳さんの言わんとする事が分かった。

「さっき陳さんは『ミイラ男とホッケーマスクは操られた』って言ってましたよね。でも、横須賀先輩は操られているのではなく憑依された。これは言い換えれば、先輩の体に立歯を閉じ込めたって事になる。そういうことですよね?」

「さすがや。その通りやで」

 陳さんがうんうんと頷く。

「うー、二人で納得しないで、私にも分かるように説明して欲しいのです」

 そんな僕たちを恨めしそうに瑠璃ちゃんが見上げる。

「そもそもさっきのトライXってフィルムで写せば、立歯を捕らえる事が出来るんじゃないんです?」

 極楽研究会の大本である組織が秘密裏に開発した幽霊捕獲フィルム・トライX。これがそのお題目どおりの力をいつでも発揮出来るのなら、対幽霊において人類は圧倒的有利に立てるだろう。

 が、

「残念やけど、そんな簡単な話やないんやなぁ、これが」

 瑠璃ちゃんの質問に陳さんは空しく首を振った。

「トライXは幽霊を捕獲できるが、その肝心の幽霊が見えん事にはどうにもならん。幽霊が自我を現す状態になって初めて効果を発揮するんや」

 陳さんの指先でくるくる回る秘密兵器トライXに、僕たちの目は自然と釘付けになる。

「幽霊の自我ってのは、簡単に言えば、うちらにも普通に姿が見えるような状態の事を言うんや。火の玉とかではあかん。生前の姿こそが自我やな。では、その自我を現すのはどんな時かと言うと、はい、瑠璃ちゃん、思い当たる事があるやろ?」

 突然陳さんに指名された瑠璃ちゃんは、驚きながらも考えを巡らす。

 きっかり十秒後。彼女の顔が赤く染まった。

「えと、その……トイレ覗いている時、です?」

 恥ずかしそうにごにょごにょと瑠璃ちゃんが答える。

「そや。幽霊ってのはこの世に未練が残っているからこそ存在しとる。だから未練を少しでも解消出来そうな状況に出くわしたら自我を現すんや。なんやかんや言っても、幽霊も成仏したがっているんやそうやで」

 未練を解消して成仏、か。そう考えると幽霊にも同情の余地があるような気がする。

 もっとも瑠璃ちゃんのを覗いた立歯は別だが。

「でも、陳さん。それと横須賀先輩への憑依は、今は何の関係もないですよね?」

「もう、栗栖君はせっかちやなぁ。せっかく瑠璃ちゃんにもう一度トイレに入ってもうて、立歯を呼び出してなって、からかうつもりやったのに」

 陳さんがつまらんって顔で不満を顕わにする。

 対して僕は心底後悔した。

 しまった、そういう流れだったのか。

「ふぁ! 陳さん、酷いです。それにセンパイも『しまった』って顔はやめてほしいのです。先輩までヘンタイさんなのですか?」

「まさか。そんなわけないじゃないか。あはは」

「笑いが引き攣っとるで、栗栖君。まぁ、キミのヘンタイぶりは今さら言うまでもないと思うけどな。瑠璃ちゃん、男はな、みんな基本的にはどすけべぇなんやで。そやから、むしろそこを利用してやれば男なんてちょろいちょろい」

 おいおいおい、何て話をしてるんだ、あんたは。

 おまけに瑠璃ちゃんも瑠璃ちゃんで、そんな陳さんの言葉を神妙な面持ちで頷いたりしてるし。

 そりゃあまぁ確かに、ちょっとえろっぽい感じで迫られたりしたら嬉しいよ。嬉しいけれどもっ。でも、瑠璃ちゃんは瑠璃ちゃんらしくあって欲しいと、僕は思うわけですよ。

「……ってそうじゃないでしょ。今はそんな話をしている場合じゃないですよね」

 僕は頭を横に振って、無理矢理邪念を振りほどいた。

「立歯の奴の自我を引き出す別の方法を教えてください」

 ホント、話がこれ以上脱線する前にお願いしますっ!

「ホンマにせっかちやなぁ、キミは。今から瑠璃ちゃんに実践方法について伝授してあげるところやったのに」

 瑠璃ちゃんに耳打ちしていた陳さんがぶーたれる。

「しなくていいから。瑠璃ちゃんは今の瑠璃ちゃんのままでいいから」

「ホンマにええの? これ、彼女が会得したら、絶対栗栖君も喜ぶと思うんやけどなぁ」

「それは是非教えてやって欲しいですが、後でお願いします」

「センパイ、エッチです!」

 ああ、もう。

 思わず本音は出るわ、でも話を進行させたいわで、わけわからん。

「さすがは栗栖君、体と同じように心も正直やね」

 陳さんがあっはっはっと笑う。てか、体と同じようにって、どうして知ってるし?

「まぁ、でも。ここはおっしゃるようにしておこ。二人に変な気持ちになられても、うち、困るしな」

 掌をひらひらさせながら、陳さんはようやく話を元に戻した。

「さて、幽霊が自我を出すもう一つの条件についてやけど、ここで横須賀君に憑依してくれて大成功やって意味に繋がる」

 長かった。ここに辿り着くまで無駄に長かった。

「憑依ってのは霊が生きている人間の体を乗っ取るわけで、その事によって霊体では出来なかった事が出来るようになるわけやな。例えばモノに触れたり、匂いとかも感じるようになる。しかし、その反面、霊体の時には出来た事が出来なくなる場合もある。物質を通り抜けるなんてその際たるものや」

 僕たちはなるほどと頷いた。

 うん、このあたりは僕でも分かる。いわゆる幽霊と呼ばれる存在の一般常識だ。本当かどうかはこれまで考えた事もなかったけど。

「つまり、憑依は霊体にとって必ずしもパワーアップとは言いがたいわけやな。いや、むしろ弱点が生まれるぐらいやから、弱体化していると言ってもええ」

「弱点、ですか?」

 瑠璃ちゃんがピクンと反応した。

「そや。瑠璃ちゃんは格闘経験が豊富やろうけど、実体のない幽霊と戦えって言われたらどないする? パンチとかキック、それに投げ技や締め技も利かへん相手にどう戦う?」

「うーん、私はまだ使えないけど、体内の気を練り上げて、こう、えいやーと放出すればなんとかなるかもしれないのです」

 瑠璃ちゃんが腰の辺りで左右の手首を揃え、掌を開いて前に押し出す格好をした。

「まぁ、それやったら何とかなるかもしれんけど。残念ながら、それを使えるのはほんの一握りの格闘家か、とある星の戦闘民族ぐらいなものや。私たちには出来へん。つまり、霊体の状態では私たちは手も足も出されへんって事や」

「しかし、人間に憑依して、感覚を共有している状態ならば攻撃が可能になる、そういうことですよね?」

 横須賀先輩の体を乗っ取られたという事実は、視点を変えれば先輩の体に霊体の立歯を閉じ込めたという事になる。一階で僕を襲ってきた二人は、ただ操られているだけだった。だからそいつらを倒しても立歯には何のダメージもない。だけど、先輩の体内に入り込み一体化した今ならば直接ダメージを与える事が出来るはずだ。

「うわっ、美味しいとこ持っていかれたわ。ううっ、さっきの物言いから気付きよったなぁって思っとったけど、油断してもうた」

 しまったと嘆く陳さんに、僕はようやくひとつやり返せたと溜飲を下げる。

 だが、ここで終わらせるつもりはない。僕のターンはまだまだ続く。

「そして横須賀先輩に取り憑いた今、先輩を攻撃して気絶させれば、同様にダメージを受けた立歯が自我を剥きだしにして出てくる。そこをトライXで撮影すればいいわけですね」

「くっ、さすがやな、栗栖君。そこまで分かっとるとはうちの完敗や」

 おおう、まさか陳さんからの敗北宣言?

 色々とこれまで僕をおもちゃにしてくれたけど、意外と打たれ弱い人だった。

「いえいえ、すべては陳さんのヒントのおかげです」

「謙遜せんでええ。あんなやけど横須賀君の目利きは確かやからな。あいつが栗栖君を推薦してきた理由がよう分かった」

「へ? 横須賀先輩が推薦?」

 なんだか急にきな臭くなってきた。

 あの人の名前が出てきて、まともな話で終わったためしがない。

「『俺に万が一の事があったら、栗栖に全てを託す。ヤツなら、たった一枚撮りのトライXであったとしても。さらにわずか一秒にも満たないシャッターチャンスだったとしても、臆することなく果敢に挑戦し成功を収めるであろう』……横須賀君の生前の言葉や」

 生前って、先輩まだ生きてるし。

 てか、落ち着け僕。ツッコむところはソコじゃないだろう?

 僕は深呼吸して、今明かされた衝撃のミッションを頭の中で反復する。

 撮影チャンスはたった一回。

 しかも、許された時間は瞬きのようなほんの一瞬。

 えええええええええ? なんだ、その無理ゲー。

「ああああ、あの、参考までに聞きたいのですが?」

「なんや、英雄・栗栖君?」

「もし万が一僕が撮り損ねたら……どうなっちゃうんでしょうか?」

 あははと笑った。

 陳さんも僕と同じように笑った。

 瑠璃ちゃんもなんだかよく分からないけれどつられて笑った。

 気付けば三人で大笑いしていた。

「その時は死ぬまで、仲良くここで暮らすだけやな」

 陳さんの言葉に、空気がいっきに重くなった。

「心配せんでええで。『こち亀』全巻があれば、退屈せえへんし」

 そういう問題ではない。

「センパイ、顔色が悪いのです。大丈夫です?」

 ずーんとプレッシャーに押しつぶされて項垂れる僕を、瑠璃ちゃんが覗き込む。

 って、ダメだダメだ、こんな情けない所を瑠璃ちゃんに見せちゃいけない。

 僕は瑠璃ちゃんの先輩で、頼りになって、格好良くて、一緒にいて安心できる人間じゃないとダメだ。

 だから僕は思いっきり強がってみせる。

「大丈夫、何てことないよ。瑠璃ちゃんは大船に乗ったつもりでいてくれたまへ」

 もっともどんな大きな船だって沈む時は沈むけどな。

 もちろん思っただけで、口にはしていない。

「はいです。センパイのこと、信じてるです!」

 それでも僕の強がりが功を奏したらしく、瑠璃ちゃんは笑顔で応えてくれる。が、また急に不安げな表情を浮かべ、

「あの、ところで私もひとつ気になることがあるのですよ」

 と、少し恥ずかしそうに切り出した。

「憑依した立歯を攻撃できるのは分かったのです。でも、それだと憑依された横須賀先輩も同じように攻撃を受けるわけで、ただでは済まないと思うのですが……大丈夫です?」。

 僕と陳さんは思わず顔を見合わせる。

 そしてふたりともニカっと笑って、同時に答えた。

「「それは全く問題ない」」

 殺しても死なないような人だ。きっと大丈夫だろう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る