第10話 極楽研究会……を知らない人は二章に戻ってください
「こっちや! こっち!」
煙で視界の利かない廊下を、陳さんの声を頼りに走り抜ける。
取り憑かれた先輩の脇はとっくに抜けたはず。だけど気ばかり焦って、なかなか階段まで辿り着けない。視界が利かないと距離感がここまで狂うのか。もどかしくも懸命に左右の足を動かしていると、突然現れた腕に制服を掴まれて引き寄せられた。
「うわ!? ば、化け物!!」
「ちゃうちゃう。うちや、うち!」
煙の中から引き出されると、そこには陳さんの巨乳と満面の笑顔。
「よっしゃ! よう頑張った!!」
陳さんはすかさず三階へのシャッターを降ろすと鍵を掛けた。
「いやぁ、まさに危機一髪やったなぁ」
「はぁはぁ……あ、ありがとうございます。た、助かりました……」
瑠璃ちゃんを抱えていたとは言え、わずか十数メートルの短距離走。にも関わらず、僕はひどく疲れて、息も絶え絶えだった。精神的なキツさが、肉体にも影響を及ぼしているようだった。
「なんや自分、えらい疲れとるなぁ。なんやったら瑠璃ちゃん、うちが代わりにだっこしてやろか?」
「い、いえ、大丈夫です」
僕は頑張って首を横に振る。自分でも格好悪いぐらい無理をしているのが分かる。でも、いくら疲れていてもそれだけは譲るわけにはいかなかった。瑠璃ちゃんのナイトは、他の誰でもない僕なんだ。
「ん、そやな、それぐらいは格好つけなあかんな、男の子は。まぁ、すぐそこやから、もうちょっとだけ頑張り」
やせ我慢している僕をニヤニヤと笑うと、陳さんは二階まで降りて廊下を歩き始める。
「ちょ、ちょっと、どこに行くんですか!? 早く外に出て助けを求めないと!」
僕は慌てて陳さんを追いかける。すると陳さんは僕を振り返りもせず、とある教室の扉を開いて答えた。
「んー、それがな、あかんねん。ちょっとこっち来てみ?」
そして中を指差す。陳さんに追いついた僕は、恐る恐る中を覗きこんだ。
「なっ!?」
そこは化学実験室だった。教室にはガス栓が備え付けられた長方形の机がいくつも並べられていて、窓際の水洗い場の上には割れたフラスコや埃の被ったビーカーが乱雑に放置されていた。
教室そのものはごく普通の化学実験室だ。が、問題は窓から見える景色である。
何故かこの教室だけ板を打ち付けられていなかった。建物の位置から考えて、本来なら窓の外には体育館が見えるはずである。
が、外には体育館なんてなかった。
と言うか、なにもない。
何もなさ過ぎて距離感が全く掴めないが、はるか向こうに地平線が見える。だだっ広い空間だけがそこにあった。
「スゴイやろー。どうやらあの火の玉幽霊によって異空間に閉じ込められたらしい。あ、ちなみにだったらなんで電気が来てるの、なんて疑問をもったらあかんで」
陳さんが唖然としている僕の肩をぽんと叩いて、実験室に入っていく。その飄々とした物言いや表情は、どこか楽しそうにすら感じる。こんなトンデモナイ状況だと言うのに動揺が微塵も感じられない陳さんを、僕は頼もしいと思った。
実際、もし一人でいきなり本物の幽霊と遭遇していたら、僕はきっと腰を抜かしていただろう。最悪、気絶までしてしまうかもしれない。
また仮に上手く幽霊から逃げられたとしても、今度は異空間に閉じ込められたという状況を知って絶望し、わめき散らしていたに違いない。
なんで学祭のお化け屋敷でこんな事に巻き込まれなくちゃいけないんだ、と。
普通の人なら取り乱して当然だと思う。
僕の場合は、瑠璃ちゃんという守るべき人がいるから何とか正気を保つ事が出来た。でも、陳さんは違う。彼女はたった一人なのに、この異常を冷静に受け止めている。人語を操る火の玉という存在、それにこの異空間という異常事態にまで冷静に……。
って、アレ?
なんか、タイミング的におかしくないか?
「あー、陳さん、さっき『あの火の玉幽霊』って言いましたよね? どうして火の玉の事、知ってるんです? 陳さんが現れたのって横須賀先輩が火の玉に取り憑かれた後でしたよね?」
「あ、しもた」
陳さんがあちゃーって顔をして振り返った。
おいおい、勘弁してくれ。
「まさかこれもお化け屋敷の演出の一つ、とか?」
「んー、まぁ演出と言うより、本当の目的なんやけど……」
陳さんが胸の前で両手の人差し指を合わせながら、もじもじと体をくねらせる。
はっきり言おう。似合わねー。
「実はな、旧校舎に棲むという本物の幽霊を呼び出すってのが、うちら極楽研究会が企てた今回の目的やってん」
このトンデモナイ状況は、トンデモナイ事を考えたバカ達の仕業だと言うことが今ここに暴露された。
「極楽研究会? 極楽研究会って、あの横須賀先輩が写真部をほったらかしにして入部したあの極楽研究会ですか?」
僕はこんな状況を引き起こした連中の一人を前に怒りを抑えながらも、まずは状況を打開すべく情報収集に努める。
うん、拳骨を落とすのは事態が収拾してからでも遅くはないからね。ふふふ。
「栗栖君、なんか顔が怖いで? まぁ、それは置いといて、そや、その極楽研究会や。ちなみに言うと横須賀君は小学生の頃から組織の一員やで」
「組織? 組織ってなんです?」
「極楽研究会ってのはな、あくまでこの高校での活動するための名目にすぎん。実際は幽霊や怪奇現象なんかを研究する、世界中に拠点を構える一大組織なんや。そして十年前、組織を作り上げ、今も指揮を執るのは……」
陳さんは僕の腕の中で気を失っている瑠璃ちゃんを指差した。
「その子のお父さんや」
トンデモナイ事を引き起こしたトンデモ組織。そのトップがこれまたトンデモナイ人で。もはや「トンデモナイ」が「豚でもない」のか「飛んでもない」のかどっちなんだと訳の分からない事を考えるぐらい混乱しそうになる。
行方不明の瑠璃ちゃんのお父さんが生きている。それはとても喜ばしい事だ。
でも、生存がこのような形で判明するのは、決して歓迎出来るものではないと思う。
「瑠璃ちゃんのお父さんが……なんで?」
だから僕は呟かずにはいられない。
「さぁ? 組織設立の詳しい理由やなんて……」
「違う! なんで、瑠璃ちゃんのお父さんは彼女を迎えに来ないんですかっ!?」
僕は思わず声を荒らげる。
「それこそ知らんがな。そもそも総督に娘さんがおったっちゅーのも、このミッションの企画中に知らされたぐらいやしな。まぁ、色々あるんやろ。総督も今は会う時やないっておっしゃってたし、それに」
「ふざけるなぁぁぁぁぁぁ!!」
陳さんの話が終わらないうちに、僕はとうとう怒鳴ってしまった。
「訳の分からない組織を瑠璃ちゃんのお父さんが作り上げた。それはまぁいいとしましょう。でも、自分の無事を娘に伝えないってのはどういうつもりですか? どういう想いで瑠璃ちゃんが今日まで生きてきたのか、少しでも想像してみたことはあるんですか? 彼女がどれだけ苦労したのか……くそっ、なんなんですか、その父親は!? そんなの、父親失格じゃないですかっ!」
「いやー、うちにそんなん言われてもなぁ」
陳さんが困惑したような表情を浮かべて苦笑いした。
分かってる、陳さんが悪いんじゃない。悪いのは瑠璃ちゃんのお父さんで、僕が怒りをぶちまけるのはその人にすべきだ。そもそも僕が怒るのもお門違いだろう。
それらをひっくるめて全て分かっている。
でも、理解は出来ても冷静にはなれなかった。
僕は決して怒りっぽい性格じゃないと思う。それは怒りが爆発してしまう前に、適当に放出させてしまうからだ。嫌な人にはあまり関わり合いを持たず、不満を隠さない。不満を溜め込んでしまうから、耐え切れなくなった時に怒りとなって現れてしまう。だったら日頃から不満を持たないようにするべきだと思っている。
だからこの時、僕がこんなに激昂するのは自分でも驚きだった。
「陳さん、瑠璃ちゃんのお父さんはどこにいるんですかっ?」
「総督の居場所? 知らん知らん。てか、そんなん知ってどうするつもりなん、自分?」
「乗り込んでいって、殴ってでも瑠璃ちゃんの所へ連れていきます!」
「殴ってでもって、あんた」
「そして瑠璃ちゃんに謝らせる。謝って済む問題ではないですけど、とにかく謝らせます! 最低な父親だという事を懺悔させて」
「……そこまでしなくて、いい、です」
僕の胸元で声がした。
「瑠璃ちゃん……」
「センパイ、お父さんの事、それ以上悪く言わないでほしいのです」
いつの間にか意識が戻った瑠璃ちゃんが僕を見つめていた。その目が降ろしてほしいと言っていたので、僕は彼女をゆっくりと廊下に下ろす。
瑠璃ちゃんはしっかりと廊下に立つと佇まいを整え、まずは陳さんに向かって
「お父さんが生きている事、それに時が来ればまた会える事。それが分かっただけで十分なのです。陳先輩、ありがとうございますっ」
と、深々とお辞儀をした。
「あー、うちはなにもしてへんし。お父さんの居場所、知らへんで堪忍やで?」
ちょっと決まりの悪そうな陳さんに、瑠璃ちゃんはにっこりと笑った。
そして次は僕の方に向きを変えて。
陳さんに向けた笑顔が消えていた。
「センパイがあんなに怒るの、初めて見たのです」
ぽつりと俯いた瑠璃ちゃんが呟く。
「でも、お父さんの事、あんまり怒らないで欲しいのです。何かよっぽどの事情があると思うのです。大丈夫、私はお父さんがいなくてもここまで元気に楽しくやってきましたし、それに」
瑠璃ちゃんは俯き気味だった顔を上げて
「お父さんはいなくても、今はセンパイがこんなに近くにいるのです!」
僕を見上げてにぱっと笑った。
それは強がりでもなんでもない、心からの笑顔で。
おかげで僕の心の中から、激しい感情がすぅーとウソのように消えていった。
「さて、瑠璃ちゃんも目覚めたし、栗栖君も落ち着いたようやから現状の確認をするで。言うまでもないが、うちらは今、未曾有の危機に晒されておる!」
陳さんははしたなくも化学実験室の机に腰掛け、片手で握りこぶしを作って僕たちに語りかけた。
「未曾有の危機って言っても、貴方達が仕組んだ事ですけどね」
僕は非難を色濃く滲ませた目で陳さんを軽く睨む。
「うちらは協力してこの現状を打破せねばあかん!」
見事に無視された。横須賀先輩といい、極楽研究会の連中はみんな面の皮が常人の何倍も厚いのだろうか。
「で、でも、あのラスボスは卑怯なのです。男の人が素っ裸で、おまけにまさか噂に聞く男の人のアレが、あんなに大きいなんて……」
瑠璃ちゃんが顔を真っ赤にして、ぷしゅーと湯気を出した。どうやら横須賀先輩のヘンタイラントを思い出してしまったらしい。
「大丈夫。アレは精巧に作られてるけど偽物や」
「偽物なんですかっ!」
「そや! それに男の子のアレはもっとかわいいもんやで。なんやったら、栗栖君のを見せてもらうか?」
ニヒヒと陳さんが笑った。瑠璃ちゃんはさらに顔を赤らめ、湯気がぼむっと爆発した。
「誰が見せるか! てか、瑠璃ちゃんも想像しないで。恥ずかしいから!」
「あ、あう! 想像なんかしてないです!」
瑠璃ちゃんが僕をぽかぽか叩く。変な想像をされた上に叩かれるとは心外だ。おまけにさすがは瑠璃ちゃん、軽く叩いているつもりだろうけど、体の芯に残るような重い打撃は確実に僕の体力を削っている。
「ま、まぁ、それはともかく。陳さんが言うように、アレは無駄に良く出来た偽物だから。てか、それよりも問題は……」
僕はこれ以上体力を削られる前に話題を逸らす事にした。
「センパイに取り憑いたあの幽霊をどうやって退治するか、だと思うのですが」
僕は陳さんに視線を向ける。陳さんは机に胡坐を組んで、僕たちのやり取りをニヤニヤと見つめていた。ぱんつが見えそうで見えないのは、さすがは上級生の嗜みと言ったところだろうか。まぁ、陳さんのぱんつなんてどうでもいいけど。
「ん? 今、なんか軽く女の子として侮辱されたような気がするんやけど」
あんたはサトリか?
「なんのことやら。で、当然こんな事を仕出かしておいて対処法を考えていませんでした、なんて事はないのでしょう? いい加減教えてくださいよ、この茶番を終わらせる方法を」
そう、このままでは瑠璃ちゃんにKOされてしまうから、一秒でも早くお願いプリーズ。
「しょうがないなぁ。ほら、瑠璃ちゃん、それ以上やったら栗栖君壊れてしまうさかい、攻撃を止めて二人ともこれを見てみ」
陳さんが机からジャンプして飛び降りる。それでもぱんつが見えないのは、もはや何かしらの大人の事情があるとしか思えない。まぁ、でも、本当に陳さんに関しては、ぱんつなんかどうでもいい。それよりもたわわな二つの果実が、いい感じに揺れていた事の方がよっぽど重要であろうから明記しておく。近年、女性のソレと言えば従来のアルファベット表記による味気ないレベル分けを脱し、エベレスト級やメロンレベルなどの様々な比喩表現によって頌されているが、僕はあえてここはモンスター的表現を採用したい。それによると陳さんのソレはまさにベヒーモスとも言うべき……ぐほぅっ!
突然、横っ面に凄まじい衝撃が走った。
「栗栖君、キミ、おっぱい大好きやろ?」
「な? あんふぁ、やっぱりサトリなのふぁ?」
「そんな化け物じゃなくても、キミの顔見てたら分かるわ。ホンマ、懲りんやっちゃね、キミは」
陳さんの揺れるおっぱいに思わず見とれ、瑠璃ちゃんに殴り倒された僕を陳さんがしゃがみこんで呆れたように見つめる。ぱんつはやっぱり見えなかった。まぁ、ホントに陳さんのぱんつなんてどうでも……
「あ、うちもやっぱり一発殴っとこ」
そして僕の顔面に陳さんが追い討ちをかける。
僕は……死んだ。
「死なへん死なへん。それよりも遊んでないでこれを見るんや」
僕の回復を待たずに、陳さんは何かを瑠璃ちゃんに手渡した。
「こ、これは……」
彼女の驚きの声とともに、何かが僕の目の前に落ちてきた。ひらひらと舞い降りてきたそれは一枚の写真。割れたガラス窓から暗い教室を覗き込むように撮られたその構図には見覚えがある。一階の廊下で襲われた後、僕がちょっと気になって撮ったものだ。
もう現像したのか、早いな……って驚くのはそこじゃない。
それは確かに僕が撮った写真だった。でも、写真に大きく写り込んでいる半透明の男には全く見覚えがなかった。
「こ、この人です、私がおトイレに入っているのを覗き見したの!」
瑠璃ちゃんが声を震わせる。
「の、覗かれたぁ!?」
僕は思わず立ち上がった。
「は、はいです。その、最中になんか人の視線を感じて、ふと見上げたらこの人がにたぁって笑いながら覗いてて……。私、思わず大声を出してすぐに飛び出したです。にもかかわらずトイレには誰もいなくて。私怖くなって思わず腰が抜けちゃったです」
ああ、あのトイレ騒動はそういう事だったのか。いや、今はそれはどうでもいい。それよりも。
「こいつ、許せん。陳さん、こいつがあんたらの狙っていた獲物……横須賀先輩に取り憑いたあの火の玉幽霊の正体ですか?」
「そや。そいつこそ、この旧校舎に棲むと噂されている幽霊、立歯君や!」
いくつかの写真に写りこんでいた半透明の男。その名も立歯。旧校舎の地縛霊にして、瑠璃ちゃんのトイレを覗き見する出歯亀野郎であり、今や横須賀先輩の体を乗っ取ったラスボスでもある。
「こいつはな、今からニ十年ぐらい前、この旧校舎で自殺したんや。女子トイレを覗いたとみんなに糾弾され、それを苦にして自ら命を絶ったらしい」
陳さんが手元の資料を見ながら僕たちに説明をする。
「うちたちが集めた当時の記録によると、まぁ、実際にそういう性癖があるヤツだったようやな。自殺後、部屋からその手の写真がいっぱい出てきたそうや。ご両親、不憫や」
確かに息子が自殺した上に、さらに変態だったなんて知らされたらたまったものではないだろう。
「ま、それはともかく。それから十年ほど経って、学校に変な噂が流れ始めた。曰く、女子トイレを覗く幽霊がおるってな」
「死んでも覗きですか!? ド変態なのですっ」
瑠璃ちゃんが憤慨する。覗かれたのだから当たり前だ。
「で、それが理由で校舎を廃校にするに至ったのですか?」
「うんにゃ。廃校になったのは単純に古くなったから。そもそも学校側は立歯君の自殺をとことん隠蔽した。幽霊が出るって噂になったのが自殺して十年ほど経った後だったから、生徒達は過去の出来事なんて知らへんしな。それに出歯亀の幽霊が出るって言っても、その報告件数は微々たるもんや。学校側も、そして生徒達も、学校にはよくある七不思議のひとつみたいな感じで受け止めていたらしいで」
トイレの花子さんは聞いたことがあるけど、トイレを覗く出歯亀とは。嫌な七不思議もあったものだ。
「それにな、立歯が覗きをする女子生徒にはある決まった特徴があったらしいんや。だから当時、その特徴さえ避けていれば問題ないって事で女の子達は安心してトイレを使ってたらしいで」
「特徴? 特徴ってなんです?」
「そこやがな、栗栖君!」
陳さんが僕をずばりと指差した。おっさん臭い言葉使いだったけれど、おっぱいが揺れたのでよしとする。
「その特徴が分からへんかったから、今回、十人の異なるタイプでアプローチを試みたんや。ミスコンの高橋さんを筆頭に、巨乳で有名な桂さん、ツンデレの釘宮さん……」
次々と陳さんが名前を挙げていく。
「清純派で根強い人気の藤崎さんに、不思議少女の綾波さん、さらにはギャル系、妹系、お姉さん系、ついには男の娘の広場君にまで声をかけて、学祭の出し物っちゅー名目で参加してもらったんやが……」
「残念ながら彼女たちは立歯のお眼鏡には適わなかった、と?」
「そや。まぁ、よくよく考えてみれば、今から二十年前に死んだ人間がツンデレとか不思議系とか男の娘とかに興味があるわけもないんやけど……参加希望者をリストアップした時はちょっと男どもが盛り上がってしもうてな?」
盛り上がってしもうてな、じゃねぇーよ。完全に本末転倒じゃないか。
「しかし、最後の最後、ぺちゃ系格闘非常識少女の瑠璃ちゃんでヒットしたわけやー!」
「失礼にもほどがあるわー!」
僕は両手を上げて満面の笑みを浮かべる陳さんの頭をグーで叩いた。
「ぺちゃ系……」
瑠璃ちゃんがぺちぺちと自分の胸を両手で軽く叩く。あ、やばい、泣きそうだ。
「る、瑠璃ちゃん、あまり気にしないで。僕は確かに巨乳スキーだけど、その瑠璃ちゃんのつつましいソレも好きだし、いざとなれば僕が揉んで大きくぐぼわれぇや」
今度は瑠璃ちゃんが僕の顔をグーで殴る。照れ隠しなのは分かるけど、僕の体力を示す心電図を赤色でヤバイ感じにするのは止めてほしい。
「とにかくや、立歯君は瑠璃ちゃんに過剰な反応を示したんや。一階ではミイラ男の三宅君、ホッケーマスク男の小林君を操って、本気で栗栖君を亡き者にしようとしてたしな」
言われて思い出す。確かに彼らの僕に対する行動は、お化け屋敷で驚かそうという域をはるかに超えていた。あの時は本気なのか、それともまだ熱の入った演技なのか判断が付かなかったけれど、やっぱり本気で殺そうと考えていたのかと思うと改めてぞっとする。
「でも、瑠璃ちゃんが想像以上に強い事が分かると、今度はその瑠璃ちゃんを何とかしようと思ったんやろな。二階に学校内でも名高い武闘派八人衆を集めて、彼女に襲い掛からせた時はどうなるかと思ったわ」
ああ、そう言えばそんな人たちもいたねぇ。瞬殺だったから印象が薄いけど。
ちなみに僕たち以外の関係者は、トイレから僕をジャイアントスイングで振り回す瑠璃ちゃんに悉く退けられ、とっくの昔にみんな病院へと運ばれたという(後で知ったが、男色キョンシーも巻き添えを食らったそうだ)。とんだ災難ではあったが、異空間に閉じ込められるという不運に比べればまだマシだと思っていただきたいところである。
「そしてトイレで瑠璃ちゃんを覗き見し、どうやらそれでは満足出来ず、ついには横須賀君の体を乗っ取っとって今に至るわけなんやが……」
陳さんが僕たちを眺める。
「ま、予定とは違うけど、なんとかなるやろ! 栗栖君、音楽室で入手したフィルム、出してくれへんか?」
「は?」
急に言われて、一瞬何のことだか分からなかった。それぐらいすっかり忘れていたし、そもそもアレは単に僕をからかうだけの仕掛けとアイテムだとばかり思っていたので面食らった。
とゆーか、あんな白黒フィルム、一体何に使うというのか?
僕は腰のポーチから言われたものを取り出して手渡す。
「この『トライX』の事ですよね?」
「ちゃうで!」
え、違うの?
「それは『トライ・エックス』やない。『トライ・テン』と読むんや!」
……はい?
「うちらの組織が研究し開発した対霊的存在最終兵器! 霊をフィルムに閉じ込め、捕獲するというポケ○ンボール的感覚で生まれた、まさに人類の英知の結晶! 幽霊退治はトライXで万全! これを四号か五号で焼いてこそ味が出る!!」
一人盛り上がる陳さん。何故だか妙にジェネレーションギャップを感じた。
……てか、焼くなよ。
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