第7話 大乱戦! お花畑スチューデンツ!
僕は猛然と放送室から飛び出す。
「頑張ってなー」
後ろから陳さんのお気楽な応援が聞こえた。でも、僕はそれに答えることなく廊下を走り抜ける。
嫌な予感がするんだ。
特に先ほどまで廊下を埋め尽くさんばかりに倒れていた、化け物に扮する生徒達が誰もいないことに。
そしてその嫌な予感は、階段に辿り着いて二階を見下ろした時に現実のものとなった。
二階の踊り場のみならず、階段の半ばまで埋め尽くすコスプレの化け物たち。時折「どっせーい」の掛け声と共に、何かを打ち破らんとする破壊音。彼らがどこに向かい、何をしようとしているのかは明白だった。
「貴様ら、瑠璃ちゃんに何をするつもりだーっ!」
僕は力強く吼えると、階段を駆け下りる。
「おっ? あの子の連れが来たぞ」
僕の雄たけびに振り返る化け物たち。僕は問答無用とばかりに右拳を振りかぶった。上級生とか、そんなのは関係ない。瑠璃ちゃんに危害を加えようとするヤツはみんな敵だ。たとえここにいる化け物すべてが敵で、戦力の差が歴然であったとしても、僕のこの命に代えて瑠璃ちゃんの純白を守ってみせる!
燃えよ拳。震えろ魂。俺の小宇宙よ、完全燃焼して奇跡を起こせ!
「おーい、誰か委員長を呼んでくれー。写真部の子が来たって」
僕の拳を凄い力で握り締めながら、フランケンシュタインに扮する三年生が化け物たちの群れに呼びかけた。
「いたっ、痛い、いたたたっ、すみません、手を離してもらえませんか?」
「おっと、すまんすまん」
フランケンが快く手を離してくれる。
バカめ! その油断が命取りだ!
僕はすかさず逆の手で、強烈なストレートを顔面めがけて放つ。
……が、あっさり平手で受け止められ、
「いたいっ! すみません、本当にすみません。勘弁してください。いたたたたっ!」
また凄い力で握り締められた。
「おいおい、何をやってんだ? 痛がってんだろ、離してやれよ」
そんな事を何度か繰り返しているうちに、化け物の集団を掻き分けて空手着を着たゾンビ男が前に出てきた。
どうやらこの空手着ゾンビが先ほど言っていた「委員長」のようだ。
「このイベント自体が結構めちゃくちゃなのは分かりますけど」
僕は両手が痛いのを我慢して、精一杯強がってみせる。
「トイレ中の女の子を襲うってのは、さすがにやりすぎじゃないですかっ!」
腕力では負けても、心では負けない。僕は委員長と呼ばれる空手着ゾンビを思いっきり睨みつけた。
にもかかわらず、空手着ゾンビはこれっぽっちも臆することなく、むしろ笑顔で切り返してくる(ちなみにゾンビメイクでの笑顔は結構シュールで怖かった)
「あー、それは誤解だ。俺たちはそんな事はしちゃいない。むしろその逆だよ」
「逆?」
「よく考えろよ。俺たちが彼女を襲ったのなら、今頃はとっくに女子トイレに突入しているはずだろ? しかし、現状では俺たちはまだトイレの扉すら打ち破れないでいる。つまり俺たちは襲撃者ではない。彼女がトイレで悲鳴をあげたのは全く別の理由のためで、今、俺たちはそれを確かめて救出しようとしているところなんだけど……あ、ようやく扉をこじ開けたみたいだな」
空手着ゾンビが言うように、大きな破壊音に次いで歓声が上がった。
「きゃあああ、来ちゃダメぇ! 来ないでくださいですー!」
そして最初の悲鳴以来、聞こえなかった瑠璃ちゃんの叫び声も……叫び声?
「えーと、助けに入ったんじゃないんですか?」
「うむ、どうしたのだろう」
思ってもいなかった展開なのか、空手着ゾンビも少し戸惑っている。
するとそこへ、額にお札を貼り付けたキョンシーに扮する小柄な生徒が、化け物の集団を掻い潜って現れた。
「委員長! 大変だよ、前線は大混乱だ」
「大混乱って、一体何が起きてるんだ?」
「扉を相撲部の佐藤君とアメフト部の鈴木君のぶちかましで何とか突破して、トイレの床にしゃがみこんでいる彼女を見つけたまでは良かったんだけど……その、何があったのか、彼女、穿いてないんだ、パンツを」
「なにぃぃ?」
僕や空手着ゾンビだけでなく、周りの化け物全てがパンツの三文字に敏感に反応した。
「穿いてないってどういう事ですか?」
僕は思わずキョンシーに食って掛かる。
「いや、どうやら彼女、用を足している最中に何かに襲われたみたいで。慌てて個室から飛び出したものはいいものの、そこで腰がぬけちゃったようなんだ。足首にかわいい水色の縞パンが下ろされててね」
なんという事だ、縞パンは俺のものだぁなんて言っている場合じゃない。
「で、大混乱って言うのは?」
「うん、その様子を見た前線の生徒達が興奮しちゃってさ。血走った目で彼女に襲い掛かり……」
「襲い掛かったの!? それで? それで瑠璃ちゃんは?」
「左手でスカートの上から股間を押さえつつ、右手一本でまずは佐藤君と鈴木君をKOした」
おおう、さすがは瑠璃ちゃん。右手一本で相撲部とアメフト部を撃沈するとは相変わらず凄い。とりあえず貞操はまだ守られているようだ。
「ただ、さすがの彼女でもこれほどの人数を右手一本だけで乗り切れるかなぁ」
キョンシーが大袈裟に溜息をつきながら辺りを見回す。
我に返ってよく見ると、階段周りには誰もいなかった。
代わりに先ほどよりずっとすし詰め状態になって、我先にと押しかける化け物たちの集団が女子トイレの周りに屯していた。
よく見ると、先ほどまで「襲撃ではなく救出だ」と言っていたはずの空手着ゾンビまで「ノーパンたん! 俺のノーパンたん」と叫びながら、集団の中を進もうともがいている。
「あ、言っておくけど、確かにさっきまでは助けるつもりでいたよ。いや、マジで」
キョンシーが僕の肩を叩きながら、なんとか現状のフォローを試みた。しかし、だからと言って、女の子に襲い掛かろうとするこの有様が許されるわけもない。
くそっ、こんな奴らに瑠璃ちゃんを渡してなるものかっ。
幸いな事に、まだトイレから瑠璃ちゃんの「来ないでくださいっ!」「来るなー!」って元気な声が聞こえてくる。その声が聞こえる以上、瑠璃ちゃんはまだ貞操を守りきれている証拠だ。彼女も頑張っているんだ、ここで僕が諦めるわけにはいかない。
「うおおおっ、どけぇ、おまえらぁぁぁ」
怒号一発、僕は化け物たちへ果敢に飛び込んだ。
なんとかして集団の中を掻い潜り、瑠璃ちゃんの元へ急がなければ。
「くそっ、どけどけぇ」
しかし、集団には蟻一匹入り込む隙間も無く。
「ぐはぁ! でも、まだまだぁ」
幾度となくアタックを繰り返しては肘打ちを喰らい。
「ならば上から……ぐぼぅ」
ジャンプからの飛び込みにも昇竜拳で打ち落とされ。
「だったら下だ……って、イテテテ」
足下を匍匐前進で掻い潜ろうとしたら、手やら体やら頭やらをしこたま踏まれた。
「くそう、どっかにダイナマイトでもないか」
このヘンタイたち、まとめて吹き飛ばしてやりてぇ。
そんな時だった。
「まったくもう。何を物騒な事を言ってるんだよ、キミは」
不意に、本当に不意に、僕のお尻を誰かがつるりと触った。
思わぬ刺激に、無意識にその場で直立不動になる。
「ふっふっふ、ノーマルな人はそうなるよね。そしてその隙を見て追い抜くことが出来れば、どんな集団の中にあっても割って入る事は可能……」
その言葉に、はっとなる。なるほど、言われて見れば確かにその通り。しかし、一体誰がこのような悪魔のような知恵を生み出したのか。僕は恐る恐る振り返る。
そこにはキョンシーがこれまた笑顔で立っていた(いや、ホントは額からのお札が邪魔でよくは見えなかったけれど)。
「このテクニックをキミに教授してあげよう。さぁ、行け、我が弟子よ。我らホモセクシャルの技で嵐を吹き起こせ!」
この集団パニック状態において、キョンシーだけが暴徒とならなかった理由がカミングアウトされた。
いらぬ誤解を生まないよう、はっきり言っておく。
僕はホモじゃない。
もちろんバイでもない。
純粋にノーマルである。
故に喜んで男のケツを撫でまわす趣味はない。これはあくまで手段だ。
そう、瑠璃ちゃんの元へ一秒でも早く辿り着く。その目的を達成するためならば「このホモ野郎!」と罵られようが痛くも痒くも無い。
だから。
「栗栖よ、ケツでダメならばタマを攻めるがよい」
師匠の言葉に従って断行した、掌に残るいやぁな感覚も甘んじて受け入れよう。
「時には耳元に熱い吐息を。さらには大胆に後ろから胸のぼっちを攻めてやるのも意外と効果的だ」
男のぼっちをまさぐる空しさも今はただ耐えるのみだ。
ああ、しかし僕は今、明らかに禁断の技を使っている。十七年間の人生で築き上げてきたカリスマが、凄い勢いで急降下しているのが手に取るように分かる。
でも、全ては窮地に陥る愛しき姫を助けるため。
瑠璃ちゃんをヘンタイどもの間の手から守るためだ。
僕は、僕のアイデンティティを悉く破壊する、師匠直伝の四十八の必殺技を駆使してひたすら前に進んだ。
時には誹謗中傷を。
時には背中に蹴りを。
時には僕の技に呼応するかのように股間へのタッチを受けながら(もちろん、これは拒否した)、前へ前へ。
しまいには冗談が分からない、怒り狂った化け物に頭への強烈な一撃を喰らって床へ倒れ込む。でも、それでも僕は這いずりながら進んだ。
そして……
「センパイ! 助けに来てくれたのですか!?」
ついにあの集団の中を掻き分けて、瑠璃ちゃんの元に辿り着いた。
蹴られ、踏みつけられ、体はボロボロ。しかし、僕は気力を振り絞り、床に這い蹲りながらも瑠璃ちゃんを見上げる。
瑠璃ちゃんは襲い掛かる化け物集団にトイレの壁際まで押し込まれながらも、最後の一線はどうにか死守していた。
「なんとか間に合ったみたいだね」
ほっとして気が抜けたのか、一瞬意識が遠くなりかけた。やばいやばい、まだ瑠璃ちゃんの元に辿り着いただけだ。ここから彼女を守って、なんとか逃がしてあげないと。
しかし、僕の体はそんな意思に反して、ぐらりと傾く。
「せ、センパイ!」
「あはは、ざまないね」
僕は精一杯格好つけて、慌てて僕を助けようと両手を広げて駆け寄ってきた瑠璃ちゃんを、ほぼ真下から仰向けになって見上げた。
瑠璃ちゃんの足首には、キョンシーの報告どおり、ちっちゃい、こじんまりとした縞々パンツ。そして目線をあげていくと、スカートの奥に瑠璃ちゃんの秘密の花……
「センパイのエッチですー!」
あとで先輩たちに話を聞いたところによると、それはそれは見事なパウンドだったという。
死ぬ思いをしてなんとか瑠璃ちゃんの元に辿り着いた僕。しかし、本懐を果たさぬまま、無念にもここで意識を手放したのだった。
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