04 原手野結弦と神様家族

 数時間前――。


『憧れのMステに出られるなんて、夢のようです』


「結弦。ちょっといいか」

「待てよ親父。いま良い所なんだから」

居間でテレビを見ていた結弦が振り返るのと、ほぼ何も身に着けていないゼウスがテレビ画面に視線を移すのは同時だった。


「おっ、ミューゼスじゃん」

「親父、風呂上がりに半裸で歩き回るのやめろって…。ミューゼス知ってんの?」

「当たり前だろ。オレを誰だと思ってる。あ、ちなみにオレ、この娘推しだから」


 画面に映るメンバーの一人を指さすゼウス。


「へ、へぇ…」

「そっかぁ~、Mステにミューゼスが…」

「そうなんだよ。だから、一応録画はしてるけど、生で見たいじゃん。やっぱりさ…」

「よし、見ようぜ」


 そうして、結弦とゼウスは親子でMステを鑑賞することとなった。

 ちなみに、Mステの正式な番組名は『ミュージック・ステージ』という。

 紅白と比べれば歴史は浅いが、毎週末の夜に人気歌手達を集めたステージを生放送する有名な番組だ。


 結弦は、幼い頃から聖地・オリュンポスを行き来し、父・ゼウスから様々なことを教わった。

 結弦がアイドルや声優に興味を持つようになったのも、少なからず父の影響かもしれない。


「さて、ミューゼスの出番も終わったみたいだし、そろそろ良いか?」

「あぁ、別にいいけど」

「……近く、NHKホールで大規模な神話災害が発生するという予言が来た。時期的に考えられるイベントは…」

「紅白…!? ミューゼスが巻き込まれるって言うのか!?」

「可能性はゼロとは言えないな……」

「俺、一応は神子だし、何とか食い止めることできないかな?」

「ああ、できるさ。……予言は、お前宛てに届いているのだからな」


 そう言って、ゼウスが何処からともなく取り出したのは、真っ白な封筒だった。

 そこには、ミューゼスが神話災害に巻き込まれるという予言が書かれていた。


「おっと。どんなに悪いことが書いてあったとしても、そいつをオレに見せるんじゃねぇぞ。もちろん口に出すのも禁止だ」

「そうだった……ごめん……」

慌ててゼウスに内容を問いただそうとしてしまった結弦は自分を恥じた。

「前にも言ったと思うが、予言や神話ってのは大勢が知れば知るほど事実として確定していく性質を持つものだ。その予言を覆したいと思うなら、その内容はお前の胸の内にだけ秘めておけ」

「わかったよ、親父。俺、誰にも言わない」

「頼もしいな。頑張れよ、結弦。明日にでも万神殿に呼び出すから、早めに来るんだぞ」


そう言い残して去っていくゼウスの背中に、結弦は堂々と答えた。


「あぁ、誰よりも早く行くさ」


予言の書かれた便箋を懐にしまい込む前に、それは質量を失い、光の粒になって消えてしまった。不思議なことに、便箋が消えていくにつれ、そこに書かれていた予言の内容は結弦の心に深く沁みわたっていくようだった。


「あれ? もしかして……」


予言に隠された真実に気付きかけていた結弦は、不意にもう一つの重大な事実に気付いてしまう。

 

「この予言から察するに、俺、ミューゼスのメンバーと直接会話できるんじゃないか!? やったぜ!」


結弦は、胸の高鳴りを抑えられなかった。


「いやぁ、無事に解決できたら、今回ばかりは親父に感謝しなくっちゃな!」


結弦は肝心なことを見落としたまま、運命の日を迎えることとなった。




 そして、現在――。


――予言によれば、近くNHKホールが絶界に呑まれるとされている。ちょうど、今年の紅白関係者に神子が二人もいたことは不幸中の幸いと言うべきか……杏子ちゃんは確か、アルテミスの神子だったね?


「そうよ。アルテミスはどこ?」


――現在、世界各地で同時に神話災害が発生していてね。アルテミスにはヴェネツィアで形成されつつある絶界の対策に当たってもらっている。そちらの問題が早く解決すれば、彼女も合流できるとは思うが…。正直、此度の神話災害は君たちの手には余る。君たちに集まってもらったのは他でもない。NHKホールが絶界と化す前に、原因となる人物を突き止め、神話災害を未然に防いでほしいんだ。君たち三人にならば、それが可能であるはずだ。


「んー、なんか断り切れない理由をつけられちゃった感じねぇ…」


あからさまに嫌そうな表情で答える杏子を見て、原手野結弦(ぱるての ゆづる)は少しショックを受けていた。


「杏子ちゃん、テレビで見るのと、だいぶ雰囲気が違う気がするなぁ……」


心の中で呟いたつもりが、声に出てしまっていたらしい。すぐさま杏子の鋭い視線が結弦を貫いた。


「何か文句あるわけ?」


「す、すみませんっ! 何でもありません!」


結弦は思わず身を小さくした。


――何だか、先が思いやられるな……。大丈夫か?


「ええ……大丈夫よ……」

「問題ないわ」

「お、俺、頑張るから!」


ゼウスは心配そうに三人の神子を眺めていた。


===============

『原手野結弦』(14歳)

親神:ゼウス   境遇:家族

背景:創世の子  予言:??

職業:フィギュアスケート部

===============

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

アマデウス・リプレイノベル 紅の九歌姫(ミューゼス) ごん里山 @satoyama

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ