02 鍵鎮小詠と絶命の予言

「ずっと、あの日のまま……何も、変わってはいない……」


 鍵鎮小詠(かぎもり こよみ)は、鏡に映る自分の顔を眺め、無意識に呟いた。


 童顔ですね、と言われることは多いものの、可愛がられることが少ないのは、何事にも動じることのないその性格ゆえだろうか。


――その様子だと、絶界の予言も既に受け取ったようね?


シャラン…


 鳴り響く鈴の音色に、小詠が勢いよく顔を上げれば、

 手洗い場の鏡に、彼女の親神である太陽神・アマテラスの姿が写り込んでいた。

 艶めかしく長い黒髪と色白の肌が印象的な美しい女神であるが、

 言わずと知れた、ヤマト神群の主神だ。その力は計り知れないものがある。

 近頃は日本のサブカルチャーに夢中だという噂が経っているらしいが、

 それすらも、他の神群を油断させるための方便なのかもしれない。

 最も近くでアマテラスを見続けてきた小詠は、そう考えている。


――大丈夫?


 普段は不敵な笑みを絶やさないアマテラスも、さすがに今回の予言を受けて、明るい表情は保てなかったようだ。


「ええ。別に大した問題はないわ」


 対する小詠は、無表情だった。

 彼女は普段から、あまり表情豊かなわけではない。

 だが、今日は一段と、感情を押し殺しているように見えた。


――予言は絶対ではない。神子である貴女たちなら、運命を変えられる。


――そう言っても、大した慰めにはならないかしら?


 小詠は幻視(ヴィジョン)の中で自分の死を体感した。


「問題はないと言ったはずよ。余計な心配しないで」


 手足が、その先端から少しずつ熱を失って凍り付いていくような感覚。

 それを見下ろすことすら、小詠には許されなかった。

 カッと眼を見開いて、小詠は、怪物の正体を暴こうと必死に見つめていた。

 怪物もまた、小詠をじっと見つめていた。


 そんな幻視を小詠は体感したのだ。


「死を体験するのは、別に初めてじゃないから」


 小詠は冷たく言い放つと、親神を残して鏡の前を去ろうとした。

 何しろ今は勤務時間中だ。NHKホールはいま、紅白直前のリハーサル中だ。

 NHKスタッフである小詠もまた、時間に追われていた。

 これから、万神殿(パンテオン)に向かわなくてはならないとなると、

 午後の予定を組み直さなくてはなるまい。

 何しろ、昼飯を食べる時間もないほどの忙しさなのだから。


――待ちなさい。


 慌てて近くの扉を目指す小詠を、アマテラスが真剣な表情で呼び止める。

 そして、立ち止まった小詠の耳元で、小さく囁いた。


――――


 そんなこと、言われるまでもない。当然だ。

 無言で去りゆく小詠の表情は、そう語っていた。


 鍵鎮小詠は、高校時代にある怪物に襲われ、一度、絶命している。

 アマテラスに『神の血(イコル)』を与えられたことで、

 辛うじて死の淵から生還したものの、

 その時に負った心の傷は、今も癒えていない。


 小詠の外見年齢は止まったままだ。

 一度死んで蘇った、あの時から。


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『鍵鎮小詠』(外見年齢16歳)

親神:アマテラス 境遇:帰依

背景:災厄の子  予言:??

職業:優等生(NHKスタッフ)

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