01 鹿角杏子と喪失の予言

――紅と白の歌合せにて、あなたは8人の仲間を失うでしょう


 2015年12月某日、東京都渋谷区の某所。


 年の瀬迫る中、NHKホールでは『紅白歌謡賞』の準備が着々と進められていた。


 『紅白歌謡賞』は歴史ある長寿番組である。

 その年に活躍した女性の歌手が紅組に、

 同じく男性の歌手が白組に選抜され、

 それぞれの持ち歌で競いあう番組であることは、

 もはや説明するまでもないだろう。

 『紅白』と聞いて、この番組を思い浮かべぬ者はいない。


 そんな番組のリハーサルが行われている最中、

 控室で考え事をしていた鹿角杏子(かのつの きょうこ)のもとに、

 その不吉な予言は舞い降りた。


 予言を告げたのは、狩猟と純潔を司る月の女神・アルテミス。杏子の親神だ。


「なんなの、これ……」


 杏子は、大抵のことでは驚かない自信があった。だが、予言とともに脳裏をよぎった幻視(ヴィジョン)には動揺を隠せなかった。


 そこには――おそらく未来の光景だろうが――見知った人物が辿る、過酷な運命が映し出されていたからだ。


――ごめんなさい、杏子。私も全てを把握できているわけではなくて。ただ……


「私が何もしなければ、この未来は確実に訪れる。そういうことでしょう?」


 アルテミスは沈黙した。それが答えだった。

 杏子は軽い眩暈を感じて、こめかみを抑える。


「ほんっと、タイミング、最悪よね」


 苛立ちを隠そうともせず、杏子は椅子から立ち上がる。

 杏子は、アルテミスから『神の血(イコル)』を受け継いだ神子アマデウスだ。

 しかし、それ以前に、声優アイドルグループ《ミューゼス》のメンバーである。


 そう。今年、《ミューゼス》は初の紅白出場の機会を得たのであった。

 大晦日の夜に全国に生中継されるこの音楽番組に出演するということは、

 若き歌手たちにとっては、知名度を高め、人気を確実なものとする、

 絶好のチャンスであるとも言えるだろう。


「本番まで、一分一秒だって時間が惜しいってのに……」


――とにかく一度、万神殿パンテオンに向かってください。


 アルテミスは、申し訳なさそうに視線を外し、小声で告げた。


――そこで、『あの男』から詳しい説明があるはずです。


 文句の一つでも言ってやろうかと思った杏子だが、

 月の女神と通じていた回線は既に途絶えてしまった後だった。


「はぁ……。この辺りにも『珈琲店(カカオ)』はあったと思うけど…」


 杏子は、NHKホールを抜け出し『万神殿(パンテオン)』の入口へと急いだ。


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『鹿角杏子』(15歳)


親神:アルテミス 境遇:加護

背景:導きの子  予言:発見

職業:タレント(声優アイドル)


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