第3話 殺人事件 後編
今日もカトウさんは出るのだろうか。そうしたらオレは決意を表明したいのだがな。
辺りが暗くなってきたので、オレは涼むという口実で外に様子見に出た。虫の鳴き声がきれいだ。暑くても夏はこれがあるから許せる。
中々彼女が出てこないので、オレは少し家の周りを歩いてみる。街灯の一つもない道は暗くてイキフン満点だが、以前よりは慣れた。今ならいきなり何かが出てきても叫ばずにいられる自信がある。そんなことを考えていると、森の中に青白く光るものを発見した。オレはカトウさんかな、と思って、そこに駆けつけた。
「こんばんは!」
『?!・・・』
そこにいたのは彼女じゃなかった。見た目は高校生っぽい男だった。幽霊だけどな。いきなり生身の人間に話しかけられて困惑しているようだ。そりゃそうだよな。幽霊の方から近づいて驚かすのが普通だもんな。
『・・・こんばんは。オレのことが見えるのか?声も聞こえてる?』
「はい。聞こえてるよ」
『ちなみに、握手は出来るか?』
「できるはずだよ」 ニギ
『・・・ほぅ、見所があるな。生前のオレとソックリだ。お前もオレと同じ、超霊力者なんだな』
「超霊力者?」
『霊力が強すぎて、幽霊との交流ができる人間のことさ。オレが命名した。オレは、かつて霊感が強すぎて、友達は幽霊しかいなかった男だ』
・・・ん?似たような話、ムードメーカの野郎から聞いたよな。
「もしかしてあんた、人生の大半を幽霊の成仏の手伝いに当てたって噂の人か?」
『そうだな。オレも有名になったものだ』
そんなこの人がこの世を彷徨っているということは、心残りがあるということ。噂によれば女幽霊の成仏がうまくいかなかったって話だが、この人の話なのだろうか?聞くが早しだな。
「この世をさまよってるあんたに聞くが、もしかして心残りは女幽霊のカトウさんを成仏させられなかったことか?」
『・・・なぜわかる?もしかして君も会ったのか?』
「彼女は今、オレのところにいるんだ」
『・・・そうか』
「あの、一つ言っておく。さっきオレが決めた、決意表明だ。オレはあんたの意思を継いでカトウさんを成仏させる」
『・・・君が?』
「オレもある程度霊感があるのは知っての通り。乗りかかった船、途中で投げ出したくはないんだ」
『(生前のオレと似ているな。こいつには任せて大丈夫そうだが)・・・オレみたいに深入りしすぎるなよ。カトウは悪霊じゃないが、これは殺人事件の犯人探しだ。油断は禁物だぞ』
「オレは将来敏腕刑事になる男だ!どんときやがれってんだ!」
『フフ、頼もしいな。頼むぞ』
そう言った彼は、だんだんと身に纏う光を青白い色から黄色に変えてきた。そして、どんどん輝きは増し、姿を確認するのも難しくなってくる。
「あ、最後に名前を教えてくれるか?冥土の土産に」
『名乗る程の者じゃない。知ったところで、どうということはない。じゃあな』
光は球状に集まり、天に昇っていった。
「これが、成仏か」
結局名前は分からずじまいか。だが、彼の意思を継いだんだ。必ず解決してみせる。カトウさんの成仏を達成するには、彼女を殺した犯人を見つけなければならない。確かにこの成仏条件をクリアするには一般人では成し得ない。だが、オレは刑事志望者。やれる気がする。いや、やってのけてみせる!
オレはその夜、カトウさんに事件の概要を聞いてみた。
約三〇年前、カトウさんは夫と二人で暮らしていた。家は豪邸というほどではないが比較的大きめだった。
ある日夫は務める会社の用事で東京へ出張し、帰宅は明日になると連絡があった。カトウさんは久々に一人で外食を楽しんでいた。
外食を終わらせて車で帰宅したところ、彼女は家内の異変に気がついた。正面入口が無造作に開けられ、家具が倒されてぐちゃぐちゃになってしまっている。それに中ではガタガタ音がしていた。
カトウさんがその音の鳴ってるであろう部屋のドアを開けると、不審者、もとい盗人と鉢合わせになってしまった。彼女は取り押さえようと突進してみるも、避けられ転んでしまう。その隙に盗人は懐からピストルと取り出す。目撃者を消すために、カトウさんの胸を打ち抜いた。そうして死に至らしめた。
彼女が死ぬ前に視界の最後に見えたのは、盗人が、夫から贈られた宝物の手鏡を手にしている光景だった。
その手鏡にはカトウさんの名前が彫られているので、この世に二つとないものらしい。
「だからあの時鏡っていうワードに反応したのか」
『そうよ』
「その手鏡を持っている奴が犯人か。その鏡の特徴をもっと詳しくお願いできるか?」
『・・・丸型で、柄には赤いバラの装飾があった。で、名前の彫刻は柄の裏に縦に彫られてる』
「分かった。十分だ。この情報はなかなかいい。なんとなく、事件の全貌が分かってきた」
『え、そうなの?』
「あぁ。あんたの成仏も近いかもしれない。今からオレは行動を起こす。あんたにも協力してもらいたい」
オレは作戦内容を伝え、捜査を始める。さっき言ってた手鏡だが、オレは見覚えがあった。それもすごく最近、身近でだ。
その場所とは、父の書斎だ。刑事になるためにそれ関係の本を借りるとき以外は入室を禁じられている。その時見た気がする。本棚の上に手鏡が置いてあったのを。
オレは気づかれないように書斎に侵入した。懐中電灯で足元を照らしながら進み、本棚の上を見上げた。するとそこには鏡が、そっと手に取ってみる。丸型でバラの装飾。裏に彫刻は・・・
「ここで何をしている、我が息子よ」
「・・・父さん」
父さんに見つかった。さて、どうなるか。
「ここに入るなと言ったじゃろう。借りたい本があるなら明るいうちに言って頼め。いくらでも貸しちゃるわい」
「今日は本目当てじゃないんで。宝探しだ。ちょっと気になるものがあってね」
「何かめぼしい物があったか?」
「なかなか興味深いものがあったよ。この鏡なんだけどね・・・」
「そんなものか。ならAmazanで買ってやろう」
「いらないよ。オレが気になってるのはこれだけだ。これはこの世に唯一無二の特注品だからな」
「・・・・・」
「鏡の裏側に彫刻があってね。母さんのでもあんたのでもない名前が彫ってあるんだ。父さんはこれをどこで手に入れたんだい?」
「・・・・・」
「買ったものじゃないよね」
「息子よ。何を知ってるのじゃ?回りくどいのは止さんか」
「フ、ならオレの推理をはっきり述べよう」
オレは咳払いをして、言葉を続ける。
「三〇年前、カトウさん宅に侵入し、金品を盗んで殺害した。あんたは強盗殺人犯だ!」
「!・・・」
「この手鏡の裏の名前もカトウだ。なんでその事件の証拠品がここにあるんだろうね?言い逃れはできないだろ」
「・・・拾ったんじゃ。ワシは関係ない。第一、ワシが彼女を撃った証拠はないじゃろう!」
流石は元刑事だ。言い逃れの術はもっているな。でも、ボロが出ている。
「フフフ、おかしいね」
「何がだ?」
「オレは、強盗殺人犯だって言っただけで、カトウさんが女性だってこと、殺害方法が銃殺だってことも言ってないよ」
「ク・・・だが、犯人である証拠はないだろう。ワシは刑事だ。教え子だった刑事から聞かせてもらったのだ」
やはり過去とはいえ、刑事を言いくるめるのは難しいか。でも諦めるものか。
「拳銃って、そう簡単に入手できるものじゃないよね。刑事なら簡単だけど。」
「だからワシの仕業か?そんなの犯人の候補が多すぎて使えない情報じゃ」
「そういえば、この事件の担当刑事って誰だっけ?証拠資料を知ってるなら知ってるよね?」
「う・・・それはワシじゃ」
「ほぅ、なら証拠を隠し持ち帰るのも簡単だよね」
「そんなことはせん!」
「でも事実、手鏡はここにある」
「そんな鏡の情報は資料にないぞ」
「刑事なら、捏造だっていとも簡単なことだろ」
「・・・・・」
「刑事が盗みを働いて、ピストル使って殺人。そして証拠は教え子に捏造してもらったか・・・万死に値する!」
「待たんかい!お前が何を言おうと、すべては証拠のない無駄な論議じゃ!夜も深い、今日は寝ろ!」
オレがこの人に勝つにはまだ未熟だったか。だが、まだ手はある。これは反則だがな。
「フフフフフ」
「?何を笑っている」
「ハハハ・・・入ってこい」
オレはカトウさん本人を呼んだ。彼女はドアをすり抜けてオレの隣に来た。霊力のない父さんには見えてないし声が聞こえることもない。
「あんたを法の下で裁ける気はしない。なら、法以外で裁けばいい」
「法以外で、だと?」
これからオレは父さんを追い詰める。正しくはオレがじゃない。カトウさんがだ。
『ねぇ、一般人に姿と声を聞かせるためにはもっと精気が必要になるの。ちょっとくれる?』
「応。持ってけ」
「息子よ・・・さっきからお前は何と話して・・・」
彼女は父さんの前に進み出て、霊力を開放。可視化を図った。オレには変化が分からないが、父さんの顔を見ていれば分かる。みるみるうちに青ざめて、ブルブル震えだした。
『久しぶりね。盗人さん』
「カトウ婦人?!な、なんだ?どういう事なんだ?」
「カトウさんは死んでもなお、犯人を探してきたんだ」
「お、オバケなのか?」
『そうよ。私はずっと、この時を待ってた』
「自分の親を幽霊にけしかけるのは心苦しい気がするが、あんたはそれだけのことをしている。悪く思うなよ。父さん、自分のやったことを悔やめ!カトウさん、遠慮はいらない」
「息子よ、助けてくれ!」
『あなたは外で待ってて。ちょっと懲らしめるから』
「じゃあ、またな」
オレは泣き叫ぶ父を横目に見ながら書斎をあとにした。父の声にならない悲鳴が聞こえる。カトウさんが何をしたのかは敢えて聞かないが、その後の父の様子を見ればなんとなく分かる。
しばらくして、書斎のドアの隙間から光が漏れてきた。まだ夜明けの時じゃない。その光は暖かで、前にも見覚えがあった。霊力最強の男の成仏の時に見たものとソックリだ。カトウさんが成仏する?
想像通りだった。カトウさんが書斎からその光を纏って出てきたのだ。顔つきは清々している。心残りはさっぱりなくなったらしいな。
『あなたのおかげで私の心残りはさっぱりなくなったわ。ありがとう』
「礼なんていらない。オレは殺人犯の息子だぞ」
『それでも、事件を解決した。立派な刑事よ。罪人の子でも関係ないわそんなもの』
「そう言ってくれると気持ちが楽になる。あんたはもう成仏するみたいだな」
『悲しい?』
「そりゃな。でも引き止める気はない。あんたの成仏はあの人の夢なんだ。オレはその責をちゃんと果たせたな」
『あの人って?』
「あの人はあの人だ。あの世に行くなら会うことになるだろう。もし会えたら伝えておいてくれ。オレは約束を果たした、ってね」
『?・・・分かったわ。じゃああなたもあの世に来たらまた話しましょう』
「応」
カトウさんもまた、あの人と同じように人型の光が球状に集まって天に昇っていく。オレは、幽霊の成仏がいかに悲しいかがよく分かった。ムードメーカの野郎の忠告は的を射ていたな。もう会えないというのは生きてる友達なら死なない限り有り得ない。その点幽霊は・・・
「くそっ、悲しいぜ。畜生!」
オレはその夜、寝床で泣き明かした。
翌朝、オレは起き上がって書斎の中を見た。こんな時間から書斎からガサゴソ音がしている。今更父と呼ぶのも抵抗があるが、父が何かしているんだろう。
父は書斎の奥の方に突っ込んで何かを引きずり出しているようだ。あれは、ピストル!?・・・どうやら父は書斎に証拠品を隠していたらしい。オレがこの人を目標に頑張ってきたのに裏切られた感が半端じゃない。
父は自首した。隠していた証拠すべてを抱えてだ。証拠十分で父はすぐに刑務所に入った。ざまあみやがれと思った。
しかし、そうなると家に残るのはオレと主婦の母のみ。稼ぎは父頼りだったのでこれからしばらくは苦しい生活を強いられた。でもオレはめげることを知らない。
あの事件をバネに、オレは順調に刑事になる階段を上がっていった。中学生の若さで自分の父親の罪を明らかにした実績があったからか、オレは刑事になってどんどん実績を積んでいく。
殺人事件なら、オレの右に出る者はいない。なぜなら、オレの捜査は誰よりも確実だからだ。
『証言?被害者に聞けば一番だろ』
自分で作ったこの格言を胸にオレはこれからも分け隔てなく罪人を根絶やしにする。生まれ持った霊感で、被害者幽霊たちと共に。
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