2.原因を対処しなくてもいい

 読子さんは、じっと黙ったまま、しばらく動かなかった。ぼくは読子さんがなにかを話すのを、ただ待っていた。待っていれば、読子さんがなにかを話してくれることを知っているくらいには、ぼくと読子さんのつながりは深い。

 守られた沈黙が開かれる瞬間を待っている。ここにはぼくと読子さんしかいないはずだから、破られた沈黙はぼくたち二人だけの秘密で終わるはずだ。たぶんね。


 ――そうだね、なにか、言うとするなら……


 読子さんがおだやかな声でそうはじめる。ぼくは読子さんを見つめた。読子さんはそれからまた数秒、目を閉じて時間を置く。読子さんはだいじなことを言うとき、たっぷり時間を取る。


 読子さんはぼくにクイズを出した。高層デパートの最上階に、超人気のレストランがある。デパートはどの階も繁盛してる。結果、レストランに向かう唯一の手段であるエレベーターは大混雑。客は不満でいっぱい。エレベーターの数を増やせ。レストランに行かない客にエレベーターを使わせるな。レストランはいつもクレームばかり。さて、どうやってこの問題を解決する?


 ぼくはじっと考える。しかたがない。レストランを最上階から下の階に移すわけにはいかない。このレストランはデパートの最上階にあるから人気があるんだ。お値段以上の料理とデザート、夜景もきれいでデートにも最適。お薦めはチキンのグリルだ。誓ってもいい。食べればなんとなく小説も上達して、人生が前向きになるかもしれない。……責任は持たない。


 話がずれた、戻そう。さて――どうやって、客の不満を解決するか。ぼくはひとつ息をつく。エレベーターを増やす? レストラン以外の客はエスカレーターを使わせる? ……そのレストランだけのために?


 時間切れ。読子さんはそういってにっこり笑う。これはたわむれみたいなものだ。もしぼくが答えを知っていたとしてもぼくは読子さんに時間切れと言われるのを待つ。……強がりと思われても、とりあえずこの場面は構わない。


 正解のまえに――と、読子さんはもう一度目を伏せる。正解のまえに踏まえておかなくてはならない大事なことがある。そこにお客さんの不満があるというのは紛れもない現実。それだけは、解決するのか、できないのかとは別に、うけとめたい。そう読子さんは言った。こういうところが読子さんはやさしい。


 さて、正解は。正解というよりも、ひとつの解決案か。それはエレベーターホールに鏡やメニュー、映像を流すディスプレーなんかを設置することだ。不満の中心は、待ち時間が長いことによるいらいらから生まれる。その待ち時間を無くすことが難しいなら、待ち時間で生じるいらいらを消してしまうのだ。待ち時間に鏡で身だしなみを整えてもらったり、メニューを見て期待を高めたりしてもらえばいい。


 尖っているところは、ちょっと困ったように見えるかもしれないけれど、でもそれは、大事なアイデンティティかもしれないから、それを活かすかどうか、しっかり見極めたいよね、と、読子さんは言っていた。


 読子さんはそう言うにとどめた。これが、なにかの解決に繋がるかどうかはわからないが……一つの考えかたの材料、立場の取り方としては、ありうるんじゃないだろうか。不満を実感し、不満の原因を探り、原因を取り除くやりかたのほかに、不満を実感し、原因とは別に不満を取り除く方法がとれるなら、それも一つの道だということだ。

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