第69話『藍の走る意味』
前半は1-0で折り返すことが出来た。
残り10分でのジェニーのシュートは強烈だったよ。
ホワイトボードでの予習・復習が始まる。
それにしても、得点シーンは印象的だった。
桜のフェイント、何よあれ?
チートよ!チート!
冷静に考えてみれば、私もいおりんも福ちゃんも、関東大会や全国大会で得点を上げてきたおかげで、敵からシュートを警戒されている感じは受ける。
それによって天龍のマークが薄れると、あっという間に大量得点、なんて試合が増えてきた。
そっかー。だから私達にラストパスを出すんだなぁ。
例え決まらなかったとしても、どっちにしても警戒はされるしね。
「藍ちゃん!後半序盤から敵は動いてくるよ!だから、頼んだからね!」
そう桜が言ってきた。
「それに、攻撃しかけないと負けちゃう立場になった相手は焦っていたしね。」
SDFなんて、慣れないポジションにいながらも、相手チームは勝ち越されてからのギクシャク感が凄かった。
黄金パターンが崩されて、キャプテンの福田さんも、大声を出すシーンが増えていたかなぁ。
「これで、桜ヶ丘のペースにすることが出来たよ。だけど…。」
桜が何かを心配している。私はピンッときて発言してみた。
「何か秘策をやってくる可能性は?」
「それそれ。この場面は、相手からみたら最悪のケースなはずで、こういった場面でも得点出来る作戦を持っていても不思議じゃないよね。じゃないと万が一にも先制点を取られた場合、『無策でした』では負けが確定しちゃう。」
なるほど。相手の立場になって考えれば、自ずと見えてくるってわけか。
「桜の言っていることは、心配性でも過大評価でもないよねぇ。」
「だから私達も警戒しましょ。」
「うへ…。それってもしかして私が期待されてる?」
「勿論!藍ちゃんなら大丈夫!」
でた…、桜の大丈夫。もう聞き飽きた。
だけどね、そう言い続けることも分かってるつもり。
だって、他に選択肢なんか無いんだもん。
だから大丈夫って励ますしかないんじゃないかなぁ。
私に賭けてる。そんな気持ちがビンビン伝わってくる。少し前の私なら、ビビって何も出来なかったかもしれない。
だけどね、私だってサッカーやって良かったって、桜ヶ丘女子サッカー部に入って、本当に最高だったって思ってる。
その恩返しをしたい、仲間の為に走りたいって想いは、試合ごとに強くなってきているの。
やってやるんだから!
後半が開始される。
相変わらず霧島菱田高は重厚な守備をひいていた。
視界からは攻める気がないように感じるけれど、危険な香りがプンプンしてる。
そうだよね、早い段階でリセットしたいよね。
あんな強烈なゴールを見せつけられたら、いつ追加点取られるか分からない状況だと考えるよ。
兎に角、相手が唯一前線に置く攻撃陣である、ハーフウェイラインに居る10番の岸田さんに注意する。さり気なく近くに立って、いつ走り出すのか警戒する。
向こうも、私のそんな気配を感じ取っているみたい。ニヤリと笑われた。
気が付いている。
俊足勝負になると!
敵がボールを囲んで奪うと、キャプテンの福田さんが前線を確認した。
「藍ちゃん!!!」
桜の叫び声と共に全速力で駆け出した。
岸田さんも、ほぼ同時に走り出す。
!!
速い!
でも、負けない!
勝つ!勝ってみせる!!!
無呼吸でのダッシュ。激しく揺れる視界の先、ペナルティエリアよりも少し手前に、ボールはポトンッと落ちた。ミーナちゃんはボールと私達の位置を確認し、飛び出すのを辞めた。
正解。
もうボールに届く…。
岸田さんもギリギリ…。
滑り込め、足を出せ。
相手よりも早く!
速く!
届けっ!!!!
つま先からボールの感触が伝わると、迷わずミーナちゃんに向かって蹴り出す。
倒れていく映像の先に、彼女が駆け出してボールに近づいてくるのが分かった。
つなげ!この思いを!!
ボールは弱々しくも、転がっていた勢いも借りてミーナちゃんに渡り、彼女は遅れて戻ってきたリクへパスを出した。
私は1度派手に倒れ込んだけれど、直ぐに頭を起こしボールの行方を確認する。
リクからジェニーに渡り、マイボールとなっていた。
ハァ…、ハァ…。
良かった。
ハァ…、ハァ…。
隣からも激しい息遣いが聞こえる。視線が合った。
「ナイスラン。」
岸田さんは起き上がってから、私に手を差し伸べてきた。
似た特性の選手なのは、もうお互い理解している。だからこそお互いの力量を感じ取り、讃え合える。
「あなたこそ、ナイスラン。」
私は彼女の手を握り、勢い良く起き上がった。
二人共弱々しく走りながら、ハーフウェイライン付近へ戻っていく。
なにコレ…。凄くドキドキしている。
守りきったから?
ライバルが出現したから?
競り勝ったから?
分からない…。でも、楽しいと感じている。
もっともっと走りたい。
たった一つしかないボールを追いかけて、誰よりも早くタッチしたい。
岸田さんは、顎から滴り落ちる汗を拭いながらも、守備陣からのパスを待っている。
疲れの中にも、大きな集中力を感じ取れる。
諦めていない。
私も、油断しない。慢心しない。
次も競り勝ってみせる!
5分も経たないころ、岸田さんが準備運動のようにピョンピョン跳ねた。
ん?もしかして?
イケるって合図かも…。
緊張感が高まってきた。またくるよ。私も集中しろ。
そして『迷わず走れ』と強く念じた。
前線では攻撃陣が細かいパスを回しながら、分厚い壁をこじ開けようとしている。
だけど上手くいっていないのが、遠目にも分かる。
ボールには直ぐにチェックがくるから、考える余地もほとんど無い。
慌てて出したパスは、相手に取られてしまった。
空気が変わった。
私は迷わず自軍ゴールに向かって駆け出した。
岸田さんも走り出す。
再び俊足同士の競争となる。
もう二人共、サッカーの走りじゃない。短距離ランナーのフォームだ。
手を大きく振り、膝を高く上げながら芝の上を駆け抜ける。
もしもこの時、走ることだけに集中してしまっていたら、この後の展開がどうなっていたかは分からない。
そう、集中していた私は気付けた。
ミーナが私の後ろを指差している。
どうして?
そうか…。
こういうところがサッカーの好きなところだと、改めて思った。
仲間を助け、仲間を信じて、仲間の為に、自分の為にボールを追いかける。
今まさに、私はその渦中にいる。
岸田さんを横目に、ほんの一瞬、瞬きよりも短い時間で速度調整をかける。
本当に微妙に、岸田さんの方が前に出た。
ほぼ同時に二人は足を伸ばす。
だけど二人共気付いている。岸田さんの方が早いと!
彼女は倒れ込みながらボールを無理やり引き寄せると、滑り込みながらも体を反転させ、そしてもう一人のFWへとパスを出した!
「曲がれぇぇぇぇぇぇ!!!」
!?
私は軋む体を、強引に方向転換させる!
ミーナがもう一人の存在を指差していた。だから気付けた!
夢中になって競争させておいて、仲間へパスを出すのだと。
陸上では、こんな90度直角に曲がる走りは練習しないし、レースでもやらない。
だからこそ私は鍛えた。
本当は高速ドリブルのためだけれど、その訓練は、今、仲間のピンチの場面で活かされた!
強引に曲がり、ボールを奪う。
そして視界に入った部長へとパスをだし、体勢を崩すとそのまま倒れた。
一回転して起き上がる。
ハァ…、ハァ…。
心臓が破裂しそうだ。
両膝に両手を乗せて呼吸を整える。
そして今度は私が岸田さんに手を差し伸べた。
「凄い作戦だった。」
彼女は悲壮感を漂わせている。
「これが防がれたら…。」
もう手立てがないのかも知れない。
「諦める時間じゃないでしょ。」
私の言葉に、彼女は驚いていた。
「私も油断しない。何度でもあなたと走ってみせる。」
「ふふふ…。」
岸田さんは、少し笑った。
「変な人っ。」
そう言って私の手を掴み、一気に起き上がる。
彼女は仲間のFWと一緒に戻っていった。
気合を入れ直しているのかもしれない。
私もゆっくりと戻る。
もう一度競り合いたい…。そんな事も考えたりした。
ハーフウェイライン付近では、岸田さんも同じ事を考えているんじゃないかと感じた。
時折私に視線を送ってきては、ニヤニヤしている。
思わず私もニヤニヤした。
だけど残念ながら、さっきのが最後の切り札だったのか、霧島菱田高は異常なほどの焦りをみせ、そして自滅していく。
人数をかけて攻めてきたのだ。
だけど、ガッツリやり合えば、私達の方に分があった。
守備中に桜が近くに来ると、私とウミのポジションを元に戻した。
今度は攻撃参加で俊足を活かす。
あぁ…。
ちょっと残念。
試合は一方的になってきた。
ラストパスが天龍に渡る度に、全てゴールが決まっていく。
結局、試合が終わってみれば4-0の快勝だった。
試合終了での整列。
霧島菱田高のイレブンは泣いていた。
得意の守備が崩されただけでなく、切り札まで封じ込められた。
あれ?結果的には、完勝だったの?
試合中は気が付かなかった。
敵の攻撃は鋭かったし、私もギリギリだった。
陸上やってなかったら、走り負けてゴールされていたかも…。
ゾッとした。
陸上に感謝した。私を育ててくれた陸上に。
そしてサッカーにも感謝した。
こんな達成感は初めてだったから。
また一つ、自分が成長した気がした。
!?
ぐふっ。
何かが飛びついてきた。
「藍ちゃん!最高だったよ!!」
桜だ。もう、そんな泣きそうな顔で言わないでよ。私までつられそうになるじゃない。
だから、泣かないように桜に思いっきり抱きついた。
想像以上に小さな体からは、熱い想いが伝わってきた気がした。
「神崎さん…。」
名字で呼ばれ、ふと顔を上げると、霧島菱田高のFW、岸田さんがいた。
「岸田さん。」
「名前、知っていたんだ。」
「あなたこそ。」
「まさかあなたと直接対決するとは思っていなかった。」
「私も初めてDFしたしね。」
「はぁ…。思い切った作戦だったよ。完敗。」
「んーん。勝負は僅差だった。コンマ1秒とか、そんな感じ。」
「やっぱり、神崎さんも陸上やってたんだ。」
「うん。岸田さんこそ。」
「私と同じ境遇の人がいるとは想像もしてなかった。」
「私もだよ。」
「そっかー。サッカーでも走り負けちゃった。」
「そんなことない!」
「!?」
「サッカーは走るだけじゃない。走った先には…。」
「…。」
「ボールがあって、仲間がいるもん。」
「あぁ…。」
岸田さんは、また涙を一つこぼした。
「神崎さんに負けた訳だ。私は走りにだけ拘っちゃった。」
そう言って、泣きながらもニッコリ笑う岸田さん。
負けた理由に気が付いたのかも。
彼女は誰よりも速く走ることだけを目指してグラウンドを走り、私は仲間の為に誰よりも速く駆け抜けた。
その違いが勝敗を分けたのかも。
「でも私は、岸田さんと、また走りたいって考えてた。」
「ふふっ、私もだよ。」
「じゃぁ、機会があれば。」
私は右手を出した。
「その時まで、更に鍛えておく。」
彼女も右手をだし、固く握手した。
お互い泣いていた。
零れた涙の意味は違ったけれど、私は彼女の分も走ろう。
そう強く誓った。
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