第70話『天龍の慣れない提案』
コンコン…。
ん?俺の部屋に誰か来たようだ。
今日は2回戦終わって、大会中宿泊しているホテルで祝賀ムードの夕食も済ませ、ホッとしていたところだ。どちらかというと寝ようと思っていた。
ほとんどの奴は飯食ってる時に眠そうにしていたぐらい疲れも溜まっているみてーだな。
誰だろ?取り敢えず出迎える。
ガチャ…。
「ふぇぇ…。天龍ちゃーん…。眠れないのぉ…。」
チッ。桜の野郎、寝ぼけてやがる。仕方ねぇなぁ。
「しょうがねぇ奴だ。」
おっと、俺の話は聞こえてねーみてーだな。さっさとベッド行きやがった。
もぞもぞっと潜り込むと、直ぐに静かになった。
扉を閉めて俺もベッドに入るか。どうせ寝るところだったし。
向かい合うように横になる。
スゥー…、スゥー…。
静かな吐息が聞こえた。なんだ、寝られるじゃねーか。
まっ、いっか。別に寝辛くねーし。桜はちぃせーしな。
ゆっくりと眠気が襲ってくる。
俺も疲れが溜まっているのだろう。程よい寝心地を感じ、眠りに入りそうになった。
「ダメなの…。」
ボソッと聞こえた。桜の寝言のようだ。何がダメなんだ?
ちくしょー。気になるじゃねーか。
「私じゃダメなの…。百舌鳥校は全部知っているから…。」
夢の中でも戦ってやがる。
「武器を…、新しい武器を見つけないと…。」
桜が一番心配していることなんだろーな。
手の内がバレているってーのは、きついもんだ。喧嘩でも同じだぜ。
そっか。桜は百舌鳥校の連中が知らねー武器を探しているんだな。
こんなにスゲー奴が、まだ成長しようとしてやがる。
恐ろしいことだぜ。
「天龍ちゃん…。」
「ん?」
あぁ、寝ぼけてるんだっけ。つい、答えちまった。
「天龍ちゃんのシュートは…、世界一なんだから…。百舌鳥校からハットトリックだって…、夢じゃないんだから…。」
「あぁ、証明してみせる。」
俺はそう答えた。
薄暗い部屋だが、薄っすらと桜の顔が見える。
彼女の瞑られた目から、涙が一筋零れた。
「私も…、世界一のパスを出せるよう…、頑張る…。」
桜は悔しいだろうな…。
本当なら、自分のシュートで百舌鳥校倒したいよな…。
俺は桜の頭をそっと抱きしめた。
彼女は俺の襟首の辺りを、そっとギュッと掴んだ。
桜は小さく震えていた。
それは寒さのせいではない。
そっか…。
本当は怖いんだ…。
まだ不安要素があるんだ…。
クソッ!
「俺がぜってーゴール決めてやるからな。世界一のパスを出しやがれ。」
そう伝えると、震えは徐々に収まり、眠りに落ちていった。
なぁ、サッカーの神様とやら。
俺らに足りねーもんは何なんだ?
なぁ…、教えてくれよ。
もう時間ねーんだよ。
「私達の武器は…、絆…。」
絆か…。
まぁ、桜の言いたい事も分かる。
時々、仲間の次の行動が読める時があるのも事実だ。それが絆によってって言うのなら、そうかもしれねーな。
これはこれで凄いことかも知れねーが…。
だけどよぉ…。実感ねーしなぁ…。
「自分が頭だとしたら…、仲間は手の指達…。」
ん?なんだって?
自分が頭だとしたら、仲間が指だと?
確かに、誰しも自由に動かせる10本の指がある。
そんな関係が絆だとしたら、ハードル高けーなー…。
だってよ、俺にも10本の指があって自由に動かせるなら、それは桜だって同じだ。
他の奴らだってそうだろ。
複雑に絡み合いながらも、仲間が体の一部みてーに感じ合えるなら、そりゃぁ…絆が武器とも言えるかもな…。
俺達はそんな関係になっているだろうか…?
桜はそんな関係を目指しているのか…?
ふんっ。
そんな難しいこと、俺にはわからねーな。
「じゃぁ、桜は俺の左小指な。」
何となく、そう答えた。
何だか、変な感じだな。ちょっとニヤけちまったぜ。
「天龍ちゃん…。」
そんな俺の心が伝わったかのように呼ばれる。
「なんだ?」
桜はムニャムニャすると、再び眠りに落ちたようになった。
なんだ、寝ちまったか。
そんな時、突然襟元を掴んでいない手が腰の辺りに置かれた。
!?
ぐいっと引き寄せられる。
桜の顔が首筋に近づいたのが分かる。
吐息が熱い…。
「大好き…。」
!?
おい!?
桜はベッタリとくっつき、足を絡ませてきた。
ファッ!?
おい!!
寝られねーだろ!!!
一人でドキドキしつつも、暫くの間は寝付けなかった。
最初はジタバタしていたが、疲れに負けたのか、いつの間にか朝を迎えていた。
俺も案外熟睡していたようだ。寝不足なんじゃないかと思ったが、意外と調子は良いな。
目が覚めた時には、仰向けの俺の体にしがみつくように寝ていた桜。
ったく。しょーがねー野郎だ。
浴衣が開けて、パンツが丸見えじゃねーか。
俺はそっと、開けた浴衣を直そうとした。
(大好き…。)
思い出しちまった…。
嫌な汗が流れやがる…。
まてまてまてまて。
俺は何に動揺しているんだ?
冷静になれよ。
そう、ゴールを狙うストライカーのようにな。
………。
この下着はフクと買いにいったやつだな…。
おい!?
何で俺はそんな事を考えた?
馬鹿野郎!
俺は越えてはならないラインは超えねーぞ!
レッドカードだけは避けなくっちゃならねー。
浴衣をそっと摘み、顕になった体にかぶせる。
ふぅ…。
なんだ、たいしたことねーじゃねーか。
ん?
何だ?この柔らかい弾力は…。
!?
俺はいつの間にか桜の太ももに触れていた?
な…、何が起こったのか…さっぱり分からねー…。
開けた浴衣を直していたはずが、いつの間にか桜の太ももに触れていた。
手品だとか、そんなチンケなもんじゃねー…。
頭が狂いそうだ…。
「天龍ちゃん。」
!?!?
俺は心臓が飛び出すほどビックリした。
全速力で走っている時のように、心臓がバクバク動いてやがる。
頭に血が上り、視界が揺らぐ。
俺は動揺した。
この状況を、どう説明していいか分からねーからだ。
「な…、何だ?」
「どうして私、天龍ちゃんと一緒にいるの?」
あぁ…、サッカーの神様ありがとう。
やっぱりおめーは居るんだな。
どうやら太ももの件は、気にしてないようだ。
さり気なく手を離し、腕組をする。
身体中から汗が吹き出しているのに気が付いた。
「覚えてねーのか?お前が俺の部屋に来たんだぜ?眠れねーとか言ってな。」
「えっ?そうなの?ごめんね。」
「構わねーよ。」
ふぅ…。
何とか凌げたぜ。
どうかしちまってるぜ、俺。
部長やジェニーに当てられて、何だか変な気を起こしちまったのかもな。
「ところで。」
「何だ?」
「どうして私の太もも触っていたの?」
!?!?!?!?
おい!!
神様とやらは、やっぱりいねーのかよ?
落ち着け、落ち着け。
柄にもねー、神だとか仏だとかに逃げるんじゃねー。
余計に混乱しているだろ。
「そ、それはだな…。あー、あー、何と言うか…。アレだ。お前が俺の足を…、足を触ってサッカーにさささ誘ってくれたじゃんか。だからよ、そんなの分かるのかなー?って思ってな。」
「そんな事もあったね。私、夢中になると周りが見えなくなって…。悪い癖だね。」
崩れた浴衣姿でテヘペロする桜。
ドキッ…。
おい!!
俺は今、何にドキッとしたんだ?
おい!!!
フーッ、フーッ…。
落ち着け、俺。
そんな俺をあざ笑うかのように、桜は浴衣を脱いだ。
!?!?!?!?!?
「天龍ちゃんになら…、もっと触られてもいいよ…。」
そう言って頬を赤らめてうつむく桜…。
ハッ!?
俺は今、何を妄想した?
おい!!
ヤバイだろ!!
そうだ…、わ、話題を変えるぞ。
あれだ、昨日の寝言のことにしよう。もっとこいつから色々と聞き出せば、気が楽になるかもしれねーしな。
「なぁ、桜…。」
「ん?」
「新しい武器がどうとかって寝言で言ってたぞ。」
「あらら。百舌鳥校との試合に向けてね。彼女達が知らない私を見つけないと、勝てないって思っててね…。でもダメかも。」
寂しそうな、泣きそうな表情で笑う桜。
俺は思わず彼女を抱きしめた。
「今こそ言ってやる。大丈夫!ってな。お前なら見つけられる。百舌鳥校戦まで、まだ2戦残っている。5日残っている。必ず見つかるさ。俺も手伝ってやる。」
「うん…。」
桜は俺の方に顔を埋めて、泣きそうになるのを我慢しているようにしていた。
「そうだ。それと、俺達の武器は絆だって言ってた。まぁ、それはいつも言ってることなんだが、自分が頭で、仲間は手の指だってのも言っていたな。」
「そんな事まで言ってた?」
「面白れー考え方だな。」
「そうかな?それはね、もしも皆が絆って言葉に迷ったら言おうって思っていたの。」
「あぁ、なるほどな。」
「でも、上手く言葉には出来ないかもね。」
「そうかもな。まぁ、難しく考える必要もないような気がするけど?」
「どうなんだろうね。」
「例えばよ、今日は試合もないし完全休養日だろ?だったらよ、皆で東京観光でもしたらどうだ?そんで絆が深まるなら、安いもんだろ。」
「皆次第かな?」
「まぁ、聞いてみようぜ。」
朝食。
バイキング形式だか、なんだか知らねーが、取り放題で食べ放題らしい。
俺んちの朝食はいつも和食だから、結局そんな料理を取っちまうよな。
ちなみに桜はパン派らしい。美味しそうな香りが漂ってくると、明日は洋食風にしてみようと思った。
いくつかに分かれたテーブルに、桜ヶ丘のメンバーが座る。
ある程度食べ終わってから、全員に向けて提案してみた。
「なぁ。今日は軽く、全員で東京観光とかしねーか?」
誰もが驚いた顔をして俺の顔を見る。
チッ…。
やっぱ慣れねー事はするもんじゃねーな。
「僕は賛成です!」
真っ先にフクが立ち上がる勢いで賛成してくれた。
ま、まぁ、こうやって後輩が懐いてくれると、わ、悪い気はしないよな。
こっちも可愛がってやろうって思っちまう。
「天龍…。良い提案だし賛成だが…、ベッドの角で頭でもぶつけたか?」
「部長てめー…、朝から喧嘩売ってんのか?」
「いやいや、そういう訳ではない。私も今日の休暇は何かに使えないかと考えていたが、こうもベストアンサーが出るとは…、しかも天龍からだとは思わなかったからな。」
こいつ…。
まぁ、誂ったりしている訳ではないのだが、素直に賛成すれば良いだろ。
ちょっとイジメてやる事にする。
「まぁ、この発想自体、俺だけが考えたわけじゃない。」
「ほぉ?」
「昨夜桜が部屋に来てな、まぁ、朝まで一緒だった訳だが…。」
ガタッ!
そこまで言っただけで部長とジェニーが立ち上がる。
「ちょっと待て。待て待て待て待て。今、なんて言った?」
「天龍?今のところ、詳しくお願いネー。」
「桜は寝ぼけて俺の部屋に来ただけだぜ?まぁ、抱きつかれて寝たから、ビックリしたけどな。」
「ぶひぃぃぃ!」
「おうふ…。」
二人は勝手にダメージを負っていやがる。
まぁ、このぐらいにしておくか。
「天龍先輩…。僕という人がいながら…。」
!?
フクが泣きそうな顔になっている。
「桜先輩も酷いです!幻滅です!泥棒猫です!」
「えっ!?わ、私が猫?」
フクが桜に噛み付いている。
「おいおい、どうしてこうなった…。」
俺は軽はずみな発言に、ちょっと後悔した。
「はいはい。その辺にしときなよー。」
いおりんが良いタイミングで収めた。
「だな。それでよー、誰か行く場所の提案はないか?」
直ぐに三つの手が上がる。あぁ、三姉妹だな。
「浅草…。」
「雷門…。」
「遊園地…。」
「ほぉ?ここから近いか?」
三姉妹は顔を見合わせた。詳しくは分かってねーみたいだ。
「近いでーす。時間的にも丁度良いんじゃないでしょうか?」
ミーナが答えてくれた。何だか詳しそうじゃねーか。
「そうかもね。無難だと思うよ。それに、お洒落な所にいくような雰囲気でもないしね。」
可憐が補足した。そうだな、それも言えるわな。
「よし。他に提案がなければ、そこにしようぜ。」
俺が締めると、全員が食事を済ませようと急いだ。
「9時にロビーにしよう。」
部長の指示で、食べ終わった奴から部屋に準備しに戻っていく。
「桜は行ったことあるか?」
彼女はコーンスープの入ったカップを両手で大事そうに持ちながら答えた。
「えっと、雷門は聞いたことあるけど…。遊園地なんて幼稚園以来だよ…。」
おい…。
お前どんだけサッカー一筋なんだよ…。
まっ、良い気分転換にもなるだろうし、思わぬところから新しい武器のヒントがあるかもな。
取り敢えず部屋に戻り、急ぎ準備することにした。
ただ遊びに行くだけなんだが、何だか楽しいな。
言われてみれば、こういう経験って俺もあんまないな。
あれ?考えてみれば俺も保育園以来かもな、遊園地なんてよ。
絶叫マシンとか…、やべぇかも…。
違う意味でドキドキしてきやがった。
今日は何だか心臓に悪い一日になりそうだ。
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